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第一章 最初はみんな子供から

火消しの俺が殉職(しつぎょう)して放火魔(イフリート)に転職する話


① 

 火。

 それは光で、熱で、温もりで、人の生に欠かせず、また全てを灰塵に帰す存在。

 人は火を見て心穏やかにし、時に火を恐れる。恐れるというのは動物としての条件反射のようなものではないか。その便利さに酔いしれ、本来危険物であることを露程考えず、日々ほとんどの人間が火を使用している。

 実家の手料理の匂い、温かい風呂、BBQ、花火、焚火での寛ぎも、すべては火が齎すものだ。

 だが、火は簡単にその牙を剥く。

 近年、ここ日本では火災件数が増加している。

 ガス栓の閉め忘れ、コンセントからの発火、放火、時にはネット上の娯楽なんて理由もある。

 不注意というものは、私は大丈夫、という過信から始まる。そしてこの過信は黴みたいに、一度捨て去っても心の奥片隅に小さく芽吹く。よってこの世から火災はなくならないのだ。そもそも火を使うから火災はなくならないわけだが。

 火災は人災によるものも多いが、天災による火災なんてものもある。乾燥続きの国では、青々とした森林が紅蓮に燃え盛り、黒煙を吐き、火を軽んじる人類への制裁のように、今なお、燃え続けている。


 東京都某区某所冬、火災発生。

 現在時刻は午前1時、深夜にもかかわらず紺色の空は灰色の煙で薄汚れ、火災の炎によって煌々と照らされている。二階建て家屋の火災通報を受け、俺、火守 怜を含め消防隊員数名が消火活動に当たっていた。現場到着まで10分程だったが、火は一軒家すべてを覆いつくしていた。局所的な物が一気え広がるフラッシュ・オーバー現象ではないかと消防隊員たちは考えた。

 一階キッチンにて料理中、火を消さずにぐずった子供をあやしに行ったところ、油が発火した、と逃げられた子を抱えた奥さんがおっしゃる。さらに、消火しようと発火した油に水をかけたそうだ。火のついた油は忽ち飛散し、あっという間に火の海になったらしい。

 火災の現場には一般人が立ち入らないように、警察と連携を組んではいるが、決まって野次馬共でお祭り騒ぎだ。

  「やべぇって」

  「〇○さん家よね、大丈夫かしら」

  「何々、放火」

  「めっちゃ燃えてんじゃん」

  「全然消えねぇじゃん消防何してんだよ」

これらすべての声の主たちは、もれなく手のひらサイズの電子版を掲げていた。きっと今SNS上では『△区火事』『消防無能』なんてハッシュタグが作られているころだろう。おっと、上からはヘリコプターまで聞こえてくる始末だ。見世物ではないんだがな。

すると、消火活動中の俺の元へ、逃げ延びた奥さんが慌てた様子でかけてきた。

 「奥さん、離れてください、ここは危険です。」

「ま、まだ中に、…子供が」

 「な。」

なんで今の今まで言わなかったのか、不思議でならなかったが、この奥さんを責めたところで中の子が助かるわけでもない。

現地に向かう際、現場を指揮する隊長が必ずいる。まずはその隊長に報告し、指示を仰がなければならない。

俺は他の隊員に持っていた消火ホースを変わってもらい、隣で消火活動をしていた後輩の池谷に一度離れる旨を伝えた。

 「り、了解しました。けどすぐ戻ってきてくださいね。」

少し離れたところにいる隊長の元へ向かおうとすると、奥さんがしがみつき妨害してくる。

 「い、今すぐ助けないと、間に合いません…。」

 「し、しかし…。」

俺は轟々と燃え盛る一軒家を見た。

この家の二階、子供が、一人で、助けを待っている。

俺は一歩ずつ、火の柱となりつつある家屋に向けて歩き出していた。

 「ちょ、ちょっと先輩、何してんすか。」

勢いよく水が噴射するホースは、ぱっと手を放して置けるものではない。

池谷が家屋と、俺を交互に見る。

 「…行ってくる。」

そういうと、俺は家の中へ駆け出していた。

 「せ、先輩っ。」

池谷の声が遠く響く。だが振り返ることなく歩みを進めた。



火守が家の中に入るのを見かけたのか、隊長がすぐさま池谷の元へ駆け寄った。

 「おい池谷、火守はどこ行きやがった。」

 「え、えとぉ、まだ子供が中にいるとかで、独断で家の中に…。ぼ、僕は止めたんですよ。」

 「子供だと、ここの家は三人家族だぞ。」

 「は、え、で、でもそこの奥さんがまだ中にいるって…、あれ。」

池谷が振り返ると、そこにいたはずの奥さんの姿はなかった。

 「いいかよく聞け、奥さんと子供は火傷もあって今は病院だ。旦那さんも今日は出張。今家の中には誰もいねぇんだよ。」

木造住宅の木材がパキパキと音を立てながら崩壊を予告していた。



家の中は煌々と燃え盛る赤で溢れ、防火服上からでもわかる異常な熱気を感じた。

玄関に飾られていた写真は炭になり、花瓶は割れ、生活と思い出の一つ一つがもれなく失われていく惨状だった。いわば目の前で輝かしい過去の記憶たちが踏みにじられていくような錯覚を覚える。自分の物ではないが、違うからこそそう思えてしまうのが異常といえるだろう。

幸いなことに、上へ行く階段は何とか登れそうな状態で残っていた。

意を決して火守は上へ続く階段を上り始める。これがあの世への階段にならないことを願いながら。

階段は決して長くはなく、上り始めてからすぐに二階へたどり着いた。一階に比べて未だドアの木目など、物の原形はとどめてはいるが危険な状態だ。

子供の名前を聞いてはいなかったが、一つの扉に『子供部屋』と書いた札が立てかけてあった。迷わずその扉を蹴破った。

 「おい、大丈夫か。」

叫ぶ声もむなしく、無残にも炭と化した子供の遊び道具たちが火だるまになりながら火守を向かい入れたのみで、人は見当たらなかった。

 「ま、まさか、もう。」

そう思って、焼死体のようなものはないか探す。しかしどこにも見当たらない。

いやこれはこれでいいことだ。

 「ちっ、他の部屋か。」

子供部屋から出ようとした瞬間、一階で大きな爆発音を聞く。二階にいても、一階の窓ガラスが割れ、炎が一気に噴き出しているのが想像できる。

ここもすぐに崩壊する、そう感じ、一歩踏み出すと同時に床が抜け、火守は一階に叩き落されてしまった。

火守はリビングに倒れたまま、動くことができない。

 (から、だが…う、ごかね、え。)

意識が遠のいていく。

唯々鮮明に、炎の音だけが聞こえてくる。意外と熱さは感じなかった。

 (くそ…、眠気が、つよ、く…。)

激しく燃える一軒家、そのリビングの真ん中で、火守は意識を失った。

そしてそれと同じくして、この家全体は火災旋風に覆われたという。



夜、瞼を閉じたときの様な闇。

自分が起きているのか、寝ているのか、はたまた夢か現実かもわからないような闇の中に、火守はいた。

そこは寒くもなく、熱くもなく、触感すらもない。

(ここは、どこだ。)

微睡みの中、精神だけが漂っているような錯覚を覚える。

(そうか、俺、現場で。殉職ってやつか。)

 直近の記憶を何とか思い出そうとするが、朧気にしか思い出せない。

  (ってことは、…そうか、こんだけ暗きゃ地獄かな。)

 微睡みがそうさせるのか、死んでしまった悲しみや失意の念もわかず、いま置かれている状況を唯々流れるままに理解する。

  「っ!…やっと、やっとです…。」

  (ん…。)

 自分の声意外の音が初めて発せられる。

 それは若い女性の声、声色からして喜んでいるようだ。普段はあまりはしゃがないような大人びた聞いていて心地よい声が、興奮を抑えたように話し出す。

  「この日を、どれだけ待ちわびたでしょうか…。」

  (何を喜んでるんだ、というか、誰。)

 目を開こうにも、どう開けたらいいのかがわからない。

 手を伸ばそうにもどうして伸ばしたらいいのかがわからない。

 おかしい、自分の身体なのに。

 そう試行錯誤していると、徐々に意識がはっきりしてくるのを火守は感じていた。

  「あ、一層光が強く…。ご復活、まことにおめでとうございます、イフリート様。」

  (………ん、何だって。)

 火守が目を覚ますと、そこには赤い修道着を身にまとい、暗がりでなお輝く金髪の女性が、煌々と輝く炎のような瞳を輝かせて火守を見ていた。

  (え、綺麗。いや違う。誰、閻魔様かなにか。この見た目で実はおっさんなの。というか、このアングルなに。)

 線香立ての様な丸い器の中に灰が敷き詰められ、その淵を両手でつかみ覗き込むような形で女性が、火守を見ていた。

  (彼女が巨大なのか、それとも俺が小さいのか。)

 本来みる女性の顔にしてはかなり大きくみられる。

 立ち上がってみるが、足の感覚がない。

 手を伸ばしてみるが手の感覚がない。

 腹も空かない、呼吸もしているかわからない。

 だが、生きている、そういう実感はあった。

 動揺を隠せない。どうしたものかと焦っていると、修道女が手を伸ばし、火守を掬うように器から出した。

  「大変、イフリート様が点滅しています。混乱されているのですね。」

 容器から掬われたことで、ここがどういう場所なのかを見ることができた。

 容器の中は狭かったものの、その外は広大な神殿の中の様だった。日本の寺院仏閣ではなく、西洋の造りに近いだろうか。

 しかし、一目でわかるほど廃墟と化していた。

  (な、何なんだここ…。)

  「…そうですよね、混乱されているのもよくわかります。イフリート様といえば、雄々しく、猛々しく、燃え盛る劫火の権化のようなお方、それが、今ではこんな小さい火球に…。」

 おいたわしやと小声で鼻をすすりながらつぶやくと、残念そうに眉を顰めて涙目になる修道女。

 まって、俺、火の玉なの。

 混乱する感覚の中、どうやら視界だけは360度確認できるようだった。そこで、近くにあった鏡を確認する。

 修道女の両手には一杯の灰と、その上に親指大ほどの小さな炎が、めらめらと音を立てて燃えていた。そして、それが自分だと気が付く。

  「おかえりなさいませ、イフリート様。」

  火守は思った。

  (ここは地獄で間違いない。)






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