表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ツンデレ少年は天然少女と変態を連れて青春ラブコメを奏でる

作者: こたつ猫/ニヒルなチンジャオロース

決めた!私──ユーチューバーになる」


 茜色の夕日が差し込む教室で、スカートをなびかす少女が高らかに宣言した。


 また始まった。


 諦観の境地に達した俺は、読みかけの本を、パタン。少し乱暴に閉じて、目の前の机に置く。


 ドヤ。と、効果音が背景に浮かびそうなしたり顔で無い胸を張る少女──釘宮 楓(くぎみや かえで)は、ニマニマと俺を見下ろす。


 身長が150㎝にも満たない楓は、コンプレックスを抱えているのか、事あるごとに高いところに登る。いや、バカと煙は高い所を好むらしい。そう考えると、楓が高い所を好むのは必然か……。


「ねえ、聞いてるの!」


 ぷく〜っと、リスのように頬を膨らませる楓。

 モチモチとした肌は子供のように張りがあり、とても高校生には見えない。

 肩口で揃えられた柔らかな栗色の髪。お人形さんのように、作り物めいた顔の造形。腕の中にすっぽりと収まるほど小さい楓は、男女問わずマスコットのように可愛がられている。


 控え目に言っても美少女である楓は、放課後の空き教室で壇上に立ち、なにやら演説している。

 これほど美少女を無駄にしている奴はいないだろう。


「……はぁ。一応聞いてやるけど、今度はなにに影響された?」

「うっ! 違うもん! 雫ちゃんたちがユーチューバーは楽しいとか言ってたなんて無いんだぞ!」

「また九重か。面倒なことしやがって……」


「あ! 舌打ちはダメだぞ! 楓は、薫をそんな悪い子に育ててないぞ!」

「お前に育てられた覚えはない。捏造するな」

「楓は覚えているぞ! ねぼすけな薫を起こしてあげたり、苦手なピーマンを食べてあげたぞ!」

「……それは昨日、俺がお前にしてやったことだろ……」


 ちっちゃい両手をブンブン振り回す楓に、自然とため息が溢れる。

 誠に遺憾ながら俺──木之下 薫(きのした かおる)は楓と幼馴染だ。

 同じマンションに住んでいる上に、幼稚園から高校2年生の現在に至るまで同じ学校に通っている。もはや腐れ縁だ


 親同士も仲がいいことから、お互いの家でご相伴に預かることもしばしばある。


 軽い頭痛を覚えながらも、踏ん反り返る幼馴染を見上げる。


「で、お前はユーチューバーになってどうするんだ?」

「どうするとは?」

「だから、金を稼ぎたいとか、人気者になりたいとか、ユーチューバーになる動機なんてそんなものだろう?」


 俺の偏見だとは思うが、リスクを承知でネットに顔を上げる理由なんてそれくらいしか思いつかない。

 だが、どうやら楓は違うようで、小首を傾げている。


「違うぞ。私はただ──楽しそうだからやりたいのだ!」


 ──忘れてた。こいつはアホだった。


「そっか。頑張れよ」

「待つののだ薫! 話は終わってないぞ!」


 自然な動作で立ち上がり違和感無く帰るつもりだったが、襟首を掴まれ席に座らせられる。

 しぶしぶ教壇の楓に視線を向けると満足したのか、腕を組んで頷いた。


そしてクルッと一回転したかと思うと、軽やかな身のこなしで教壇から飛び降りる。

 おもむろにチョークを掴んだかと思うと、硬質な音を響かせ文字を刻んでいく。

 ミニマムサイズな楓は黒板の高い場所に届かないのか、プルプルしながら文字を書いている。


 相当無理していたのだろう。下半分の文字は力強く、上半分はヨレヨレだ。


 うまく描けなくて『うう〜』と涙目になる楓。これで高校2年生とは誰も思うまい。


「……薫?」

「ほれ。これで届くだろ」


 立ち上がり黒板の下に椅子を置く。


「ありがとうだぞ! 薫!」

「はいはい。はやく書き終えてくれ」


 俺の一回り小さい上履きを履いた足で椅子に登り、ダイナミックに白線を描く。

 右へ、左へ、忙しなく動き回る楓。あまりにも激しく動くものだから、すぐに椅子から落ちそうになる。


「楓。気をつけろよ」

「えへへ。支えてくれてありがとうなのだ!」


 にぱっと笑う楓。不思議とこいつが笑うと、周りの雰囲気が華やぐように感じる。

 先ほどとは違ったため息が溢れるが、悪くない気分だ。


 楓が移動するたびに椅子を運び、徐々に浮かび上がる文章に辟易する。

 カツカツと雪のように粉を降らす楓は、無邪気な妖精のようだ。


 茜さす教室には穏やかな静寂が漂い、二つの影が浮かび上がった文章を見上げている。


「『楽しいこと計画表』か……。そのまんまだな」

「物事はシンプルイズベストなのだ! 余分な言葉など無粋だぞ!」

「たまに物事の本質を突くよな……」

「ふふん!」


 どうだ! と胸を張る楓だが、頰にチョークの粉がついて全てを台無しにしている。

 この締まらないところが楓らしいといえば楓らしい。


「どうしたのだ薫? 何か面白いことでもあったか?」

「いや、何でもない。ほれ、顔を拭いてやるから目を瞑ってろ」

「んむ……くすぐったいぞ……」


 取り出したハンカチで、ムニムニと楓のほおを拭う薫。

 普段仏頂面の薫が穏やかな笑みを浮かべているが、気持ちよさそうに瞳を細める楓は気づかない。


 だが──そんな2人に熱い視線を向ける少女が1人。


『はぁ……はぁ……楓ちゃんが可愛すぎます!! あぁっ! 薫くんのデレ顔もナイスですわ! これは永久保存しなければ《ツンデレ王子と天使ちゃんを見守る会》会長──九重 雫(ここのえしずく)の名折れですわ!!』


 艶やかな黒髪を振り乱し、ビデオカメラ片手に悶える雫。学園で《黒薔薇姫》と呼ばれる彼女は、ゆるく巻かれた長いまつ毛に、凛々しい黒曜石の瞳。透き通るような白い肌は穢れを知らず、婉然と湿り気を帯びる唇は、高校生離れした色気を醸し出す。


 釘宮 楓が美少女だとしたら、九重 雫は美女である。


 その学園屈指の美女である雫は、上気した頰は薄っすらとピンク色に染まり、妖艶な唇からは湿り気を帯びた吐息が漏れる。

 汗でぴったりと張り付いた見事な黒髪など、時代劇の花魁のような色気が匂い立つ。


 ──男子高校生のリビドーに直撃する様な状態だった。


『んんっ……! 堪りませんわ……あの2人を見ているだけで何回でもイけますわ……!!』


 完璧に変質者とかした雫にも気づかず、楓は再び壇上に上がり胸を張る。


「さあ、面白いネタを考えるのだ!!」

「すぐに思いつくんだったら、この世に売れない芸人はいねぇよ」

「ふふん! 私をそこらへんの一発屋芸人と一緒にされては困るのだ!」

「ほほう。そこまで自信があるなら、お前のアイデアを聞かせてみろよ」

「もちろんだぞ! まずは──」


 足を肩幅に開き、腰をひねって力を貯める楓。

 十分に間を取ってから勢い良く振り返り、


「海賊王に俺はな──」

「アホかぁ! 最後まで言うんじゃねぇ!!」


 楓が言い切る前に、大声で遮る。

 こいつ、なんて恐ろしいことを……。


「なぜ邪魔するのだ! ありったけの夢をかき集めに行かないのか!?」

「行くわけねぇだろ! それは麦わら帽子をかぶった人に任しとけ!!」

「なら麦わら帽子を買ってくればいいのだな?」

「んなわけねぇだろ!! そもそもお前は船酔いするだろ!!」

「そうか……なら! 7つ集めると願いが叶う玉を探しに……」

「もうユーチューバー関係ねぇだろ! 別のものにしなさい!!」

「むう……別のものか……」


 あ、危なかった。このままだと著作権だとか、偉い人に怒られる所だった……。

 乱れた呼吸を整え、深く腰掛ける。

 たったこれだけの応酬で、マラソンを終えた時と同等の疲労感を感じる。


 昔からのくせだが、楓は考え事をするときに両手でほっぺたを摘む。

 ムニムニと自分の頰を捏ねて遊んでいるうちに、足をパタパタと動かし始める。


 長考する楓から視線を外し、窓の外を眺める。

 茜色の空は焼け焦げた様に赤みを増し、夜の訪れをほのめかす。

 活発に動き回っていた運動部は撤収を始め、誰もが家路へとつく。


「そうだ! 歌を歌えばいいのだ!!」

「歌ぁ!? まあ、悪くはないが……」

「そうだろう! 最近は『歌ってみた』というのが流行っているからな!」

「で? お前は何を歌うんだ?」

「──森のくまさんだ!」


 椅子から転げ落ちるかと思った。


「今こそ原点回帰! 時代は童謡を求めているのだ!」

「だからって森のくまさんは……」

「あ、あ、あるう日! も、も、森の中!」

「しかもテクノかよ! 原点回帰してねぇじゃん!」

「ふふん! 新しい時代には新しい風が吹く! 既存の曲をなぞるだけでは評価は得られないのだ!」

「ちっ、無駄にそれらしい事を言いやがって……」

「ふははは! 我、勝利セリ〜!!」


 にゃははと偉そうに踏ん反り返る楓を見て、思わず笑みがこぼれる。

 こいつと居ると、しかめっ面をして居る方が難しい。

 笑って居る姿を見られない様に口元を隠しながら、楓の亜麻色の瞳を覗き込む。


 深みを増した夕日に照らされた楓の笑顔は、無邪気さと慈悲深さが同居した、幻想的な魅力を纏っていた。


「……楓。もう暗くなる。今日は帰ろう」


 楓の顔を見ていられず、顔を背け、誤魔化す様に話題をそらす。


「そうか。そんなに時間がたっていたのだな」

「ユーチューバーの話はまた明日しよう、なんなら家に帰ってからでも──」

「──その必要はないぞ」


 思わぬ言葉に、顔を上げる。

 照れ臭そうに首を傾げ、両手を合わせグーパーと忙しなく動かす楓は、


「元々ユーチューバーになりたかったのは楽しい事をしたかったからだ。でも、こうして薫と他愛無い話をして、一緒に居る事が一番楽しかったのだ。──だから、もうユーチューバーにならなくても大丈夫なのだ」

「──っな! おま……」

「さ、帰るのだぞ! 今夜の夕飯はカレーだ!!」


 ひらりと教壇から飛び降り、足早に教室を後にする楓。

 その頰が赤く染まっていたのが、夕日のせいかそれ以外の理由かはわからない。

 ただ一つ言えることは──楓以上に俺の顔が赤いことだ。


(あいつは恥ずかしい事をさらりと言いやがって……!)


 蒸気が上がるほど火照ったひたいに手を当て、斜め下を向きながら楓の後を追う。

 いつか俺も言えるだろうか。お前と居る事が一番幸せだと──。


(柄じゃねぇ事を考えたな)


 誤魔化す様に足早に歩を進め、楓の隣に立つ。

 今はこいつの隣にいるだけでいい。でもいつかは──


「……楓」

「んむ?」

「……帰るか」

「──うん! 一緒に帰るのだ!」


 連れ添って歩く小さな影と大きな影。まだ二つの影が重なることはない。

 だが、寄り添う様に夕暮れの中を進んでいく──。



 ──。

 ────。

 ──────。

 ────────。



『んんっ……ああぁ!! 楓ちゃんマジ天使です!! 薫くんの不器用なツンデレもベリーグッド!! 本当にごちそうさまでしたぁぁぁぁぁぁ!!!!』


 ……2人が去った教室では鼻血を垂らし、恍惚の表情を浮かべる雫が1人悶えていた。










こんばんは! こた猫でございます!

『ツンデレ少年は天然少女と変態を連れて青春ラブコメをする』を閲覧いただきありがとうございました!

少しでも楽しんでいただけたら、こた猫感激でございます!!!!!

同時に『双子の妹が堪らんなく可愛いので全力で甘やかすために冒険者を目指します!!!』と『箱推し少女の異世界譚 〜箱推し少女はヒロインに溺愛され、悪役令嬢と腹黒王子にペット認定される〜』を投稿しています!

併わせて読んでいただけると嬉しいです♪(*^^)o∀*∀o(^^*)♪

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ