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運を呼ぶ竜の実態 下

 

「よくきた」



 いかにも魔物ですと言わんばかりのクリーチャー的な見た目をしたキマイラが、しゃがれた声でそう言った。


 頭は獅子、身体は毛深い霊長類、尻尾は先に頭のついた蛇。


 二足歩行の化け物だ。


 こういう生物、ダークファンタジーな漫画に出てくるよな、なんて場違いなこと考えながら、未だ私を背負ったままの男に目を向ける。


 彼は、魔王様とやらに跪き、目線を下げている。


 私は躊躇なく、魔王様とやらをガン見しているのだが、もしかしなくてもこれは無礼であっただろうか。



「白竜よ。よく眠れたか」



 白竜というのは、もしかして私のことだろうか。


「まだ、眠りたい……」


 叩き起こしたのはアンタですか、と眠たげに目線を送る。



「そうかそうか。怠惰なトカゲだ。困ったな。オマエにはやってもらいたいことがあるのだが」



 竜なのかトカゲなのかハッキリして欲しい。

 耳に痛い気味の悪い声で、笑い始めた魔王に、私は無表情で見つめ続ける。



「……不服そうだな。この我に命令を下されること、光栄に思うのが自然だというのに」



「寝てるとこ、起こされた……不満」



 思わずタメ口で返すと、男に、何言ってるオマエと突っ込みを入れられる。


 何かダメだったかと、彼に目を向けていると、ひどく頭に響く煩い笑い声が聞こえた。


 笑っていたのは化け物だった。


「……なんと、愚かな竜だ。ああ、愚かだ」


 どこがだ妖怪、と口にしなかった私は偉いと思う。


 偉そうなよくわからない化け物に、ただただ嫌悪感と戸惑いを覚えた。



「……まぁいい。眠りすぎて礼節も忘れた野蛮なトカゲだったというだけのこと」



 野蛮だのなんだのと、どうにも私を侮辱したいらしいこのキマイラは、私を見つめて目を細めた。


 ライオンの目というのは、なんと威圧感の強く荒々しい目つきをしているのか。


「汝に、命ずる。この城に富をよこせ」




「自分で稼げ……」




 思わず口を飛び出た要望に、魔王は、ひどく狼狽した。



「……何故だ。オマエは運を呼ぶ竜だろう。ならば富も、呼べるはずだ」



「呼んだ……覚えは、ない」



 一刀両断、切れ味抜群。キマイラは真っ二つに切ることができた。



「……まぁいい。ならば一生、このままここで寝ていれば良いだけのこと。……おいそこの兵」



 呆れたかのような顔をしたキマイラが、僕をおぶる彼に命じた。


「はい」



 心なしか緊張をしている彼を、私は気にする気も起きなかった。


「其奴の面倒を見てやれ。……ようは子守係だ。……噂はほとんど事実だった。置いたままでも損はない」


 逃すなよ、なんて脅されればただの下っ端である男には反対なぞできない。


 敬礼したかったらしい彼は、了承の意思を伝えたが、手が塞がっていたので一礼しただけだった。







「度胸がありますね……」



 魔王の部屋を出ると、開口一番に彼にそう言われた。


 私もそう思う。

 ちょっと威圧感のある化け物に、躊躇いもなくタメ口で喋れていたのはちょっと自分でも驚いた。


 頷いて返事とすると、彼は喋るのも面倒なんですね、なんて呟いたあと私をまた抱え直した。


 今度は抱っこにすることにしたらしい。

 私は赤子ではないのだが…。


「……眠れないんですか?」


「魔王……あまり、深く、眠れない、ように……」


 長い言葉は一息で喋れない。すぐに体力が尽きる。

 ちょっと休憩してから、続きを喋る。


「魔法……かけた…………多分」



「あぁ、それで」



「やること、なくなった」




 眠る以外にやることがなかった。少なくとも、この夢の中では。



 夢の中でも眠りたいだなんて、怠惰で堕落した人間に…いや竜に成り下がっていた訳だが、さてはて、どうしたものか。



「…私としては、また大人しく塔で過ごしていただければ、それで構わないのですが……やりたいことなど、ありますか?」


 もしかして、この男。私の世話役になったところまで、計画通りだったのだろうか。

 私みたいな、のほほんとした眠り魔の面倒を見るだけで、給料が入るのだ。やりがいは全くないであろうが、楽と言えば楽なのかもしれない。



「……塔で、本……読む」



「本、ですか?」



 私の学生時代の趣味、読書だ。


 基本的に、なんでも読む。

 強いて言うなら、頭を空っぽにして読めるような内容が好きだ。

 どこかの有名な人が、内容の全くない、暇つぶしのような文章は、読む価値もなく読むだけ時間の無駄である、思考が腐敗してしまう、なんていう風な名言を残していた。

 私は彼のいう暇つぶしで読書をしている愚か者だ。

 いつか、それが原因で考えることまで腐敗したとして、眠り続けたいだけの私にもはや考える頭なんていらない。


 夢の中なら、頭が腐ろうと、どれだけ堕落しようと、問題の一つもあるまい。


 どうせ起きたら、仕事の山が精神ごと鎖で縛り上げてくる。



 今だけ自由に。



「塔の中に、図書室がありますよ。……文字、読めるんですね。驚きました」



 大変だ。日本語じゃなかった場合…読めない、とその場では慌てたが、その後、連れて行ってもらった図書室の文字はどれもしっかり日本語であった。よく考えれば、日本語でないはずがないのだ。


 これは夢である。

 私の頭が作り上げた実在しない場所。

 私は昔、学校で習った英語を少々と、独学のイタリア語を齧っただけの、純日本人だ。私の頭がそんな異界語なんて作り上げられるはずがない。



 図書室で早速本を読んだ。本棚の端から端までしらみつぶしに、じっくりと。


 ぼんやりした頭で、適当に文字を追い、飽きてきたら、ぼんやりと窓から外を眺める。


 たまにやってくる世話役の彼は、せっせと部屋の掃除だけして、風呂に呼びにくるだけ。


 なんとまあ快適なことか。



 そんな生活をもう大分続けている。

 具体的な年数は数えていない。


 ただひたすらに目で文字を追って、頭に入れて、理解できたらページをめくる。もはや作業のような行動を延々と続けて、たまに目を閉じて睡眠チャレンジをする。



 図書室から動かなくなって少し経つ。


 最近気がついた。食事ってしなくていいのだろうか。


 風呂には入れと急かされるのに、食事は話にも出てこない。

 別に風呂嫌いなわけではないが、ただただ疑問に思った。


 本の中での食事は不思議だった。ネズミを料理したり、人間が踊り食いされたり、虫を共食いさせて残った方を食べたり、化物植物の花びらしか食べない生き物がいたり、どうにもグロテスクでいてファンタジーだった。



 また一つ本棚の中身を読破した頃、彼が掃除にやってきた。



「……ねぇ」



 声をかけた私に、一瞬、固まって、そのあとすぐさま、なんでしょうか、なんて返してくる。



「……きみ、何食べるの?」


 とても少ない語彙だった。これでは伝わるものも伝わらない。彼はひどく困惑していた。


「……なんの話でしょう」


 こればっかりは私の言葉選びが悪かった、自覚はある。


「食事の、話。……私は、食事、しない……から」


 君は何を食べて生きているんですか。


 私は夢の中なので、何も食べなくても元気でいられますが、もしかして君もなんですか、と長く話ができるならこういう風にもっと細かく聞きたかった。



 私の喉はそこまで長持ちしない。寝過ぎて退化してしまったらしい。



「……あ、あぁ。……はい。私は雑食ですから、毒物でもなければしっかり食べることができますよ、えぇ」



 雑食。ならば人間とそう変わらないらしい。



「そう」



 気の利いた返答は出来なかった。教えてくれてありがとうございます、とでも言えばよかったのだが、いかんせん文字数が多くて途中で息絶えそう。



「……貴女だって、雑食なんですよ。種別的には。……光合成や付近の魔力を吸収する機関のおかげで、食事がなくても動けるようですが」



 私も食べようと思えば食べることができるらしい。


 …面倒だから、しばらくはなくてもいい。



「……私は、なくても……」



 別にいいです、と言い切りたかった。喉がもたずに途中で言葉が途切れた。



「気になるのでしたら、明日。弁当でも持ってきますよ。……これでも二十二人の兄弟がいて、家事は得意なんです」


 二十二人とか、スポーツチームが作れそう。種類によっては相手チームの分までいる。


 子沢山にもほどがあるよなぁ、なんて思いつつ、何を勘違いしたのか、明日、食事を用意しますねなんて笑顔で言われてしまった。



 まぁ、笑顔の彼を、しゅんっとさせるのも忍びないから、食べてもいいか。






 昨日の私を全力で殴りたくなった。


 料理ができるらしい彼の弁当は、確かに見た目も味も悪くなかった。


 材料が問題だった。



 一見すると、タコさんウインナーや小さい魚の揚げ物、トマトとレタス…ちょっと変わったふりかけのかかった白米、と特に問題なさそうだった。


 味も悪くなかった。

 現実ではサプリメントとお友達、栄養補給剤最高、な食生活だったので、手料理は美味しく頂けた。


 ふりかけの味は変わっていた。酸味の混じった少し甘い味。

 変わったふりかけ、これはなんだろうかと、彼に問うてみた。彼は笑っていった。


「砂蛇の子供と甘蜂の粉末ですね。……店で買った物で、調合まではしてませんよ?」



「すなへび……あまばち…? 他のは……?」


 嫌な予感がする。



「他のものはガーゴイルの腸詰と、幼人魚(マーマン)の素揚げ、食人草の赤色果実とトレントの葉のサラダですね」



 普通のものが、白米しかない。その白米も蛇と蜂に汚染されている。


 ただただ、なぜこんな悍しいものが夢に出てくるのか、私の脳内が心配で仕方ない。


 そして何より見た目も味も普通に美味しかったことが不思議だ。



 ショックを受けた、受けたが、すぐに立ち直った。


 私は材料そのものを見ていないから問題ない。

 だいたい、現実だって、人間は動物の死体を食べて生きている。十分グロテスクだ。そう考えると現実と大差なかった。





「味は、どうでしたか?」





「おいしかった」



 ひどく満足げに、満面の笑みで笑う彼は眩しかった。


 そして、ひまわりのように真っ直ぐで、トリカブトのように不気味で、うつくしかった。




 図書室の本棚を全て読破し、暇を持て余した私は、最初にいた塔の最上階の自室で、だらだらとしている。


 眠ることを奪われた私は、夢の中では永遠に暇で、堕落しきった生活を謳歌していた。


 しっかりと眠れなくて、布団の中で微睡み、意識が薄らとしかない私を、世話役の彼が見つめている。


 何が楽しいのか私には理解できない、しかし、彼にとって、眺める行為は楽しいことのようだ。


 ニコニコと私を眺め、たまに聞いてくる。


「撫でても、よろしいでしょうか」


 別にハゲるほどわしゃわしゃされる訳でもなく、ゆっくりと掌で、髪を、頭を、たまに手や肩を、そっとガラスでも触るかのような手つきで撫でられるだけだ。



 とろけるような表情で、嬉しそうにする彼の感性は私には全くもってわからない。不思議だ。


 静かで、二人だけの空間が続く。


 これは私の妄想が生み出した理想の男性とか、彼氏とかそういうのなのだろうかと思うほど、私に甘い彼について、どうにもよくわからなかった。


 私の頭が生み出したのなら、もう少しわかりやすい思考経路をしていてもいいと思うのだが…。



「……それ」



「はい?」



「……たのしい、の?」



 のんびりと喋る私を気にもとめずに彼は会話を進める。



「えぇ、とても。……嫌でしたか?」



「いや……むしろ、面白い」


 頭撫でられるなんて子供の頃以来なのだ。

 昔は親に撫でられたりしたものだが、大人になった今、撫でてくれる相手などいないのだ。


 もしかしてそういう幼児返りがしたいとかいう欲求が夢に反映されたのではないよね?


「面白い、ですか」


 虚を疲れたような顔をした彼に、私はコロリと寝返りを打って、目を合わせる。


 ベッドに腰掛けるように座っていた彼の側にちょっと近づいた。少し心臓が音をあげるのは、気のせいだ。



「……あまり、されたこと……ない、から」



「そうですか。……じゃあ」




 こういうのも、されたことないんですね。

 続いた言葉ははっきりと頭に入らなかった。


 つんっと、頭を撫でていたはずの彼の手は、角にぶつかった。


 自分で触ったのとは違う、少しくすぐったい感覚にぴくりと身体が跳ねた。



「びっくり、しましたか?」



 イタズラっぽく笑う彼。




「……驚いた」



 角って、なかなか敏感なんですよ、そう教えてもらった後に、もしかして中庭で触ってしまった時の意趣返しだろうかと気がついた。


 これは確かに、悪いことをしたのかもしれない。



 反省するから、その手を角から離してもらいたいものだ。


 私の意思とは反対に、彼は面白がって、くすぐってくる。



 大声を上げて笑わないのは耐えているからではなく、単に喉が退化して大声が出ないだけだ。


 しばらくそうしてじゃれあった後、疲れたのか飽きたのか、彼は手を止め、掃除(しごと)に戻った。



 なかなかに遊び心のあるいい世話役だ。



 ……私の顔が赤いのは、くすぐられたせいだと思って欲しい。





 ぼんやりとした生活は続き、さて、いつ目が覚めるのかと待っているのだが、一向にこの夢が終わる気配はない。


 怖い夢ではないから、このままもうしばらく続いてもいいかなと思っている。




 人でなくなった私は、竜でないと主張する世話役と、今日もだらだらと過ごしている。




 夢が覚めるのはいつになるのやら、知るものは誰もいない。




これで完結です。

ここまで読んで頂きありがとうございました。

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