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後のファフニールになる者 下

 


 オレの家族の話をしよう。



 竜にしては珍しいほどの子沢山である両親は、正真正銘浮気などしておらず、別居しているのも仲が悪いからとかではない。



 子沢山が故に金がいるのである。



 今でこそ子供のほとんどが成人しており、多少安定しているが、一時期は、父と上の兄弟二、三人で家族その他を支えていかなくてはいけない状況の時があった。それで父さんは都会に行ったのだ、他の育ってきた上の兄弟数名を連れて。


 別居はその名残である。


 そのうち山で夫婦仲良く暮らすのだと思う。

 そうなれば兄弟がまた増える気もする。



 竜は少ないので、うちの家系は、あっちこっちに嫁に婿にと出されることがある。

 オレは先祖返りの髪色のせいでそういう浮ついた話もない。


 正直言って、恋愛結婚がしたいので、コレばかりはこの髪に感謝している。



 一応、オレも仕送りしたり、手紙書いたり、交流はたっていないが、次実家に帰るのはいつになるのか。




 今日もまた、あの竜の世話をする。

 身動き一つしないアレは不気味だが、心ない言葉を吐かないし、嫌な命令をすることもない。美しい置物だと思えば、特に気にもならない。


 権力者や力のあるものは皆、美しくなければいけないのかというほど、美しいものが多い。


 魔王様も素敵な毛並みをお持ちだし、貴族様たちは顔面がもはや凶器である。


 オレ?一応、竜の名残としての鱗や、オレに流れる竜の血は誇りに思っているが、見目は普通だ。

 竜は美形が多いというが、迷信だ。オレの家族で美形なのは一番下のチビと母さんだけだ。


 例に漏れず、この竜も美しい。



 白く流れる髪は、老いているというよりかは銀色に輝いていて艶やかである。肌も劣らずハリがあり、彫刻のような無表情さは聡明さを醸し出している。

 角がなければ、聖女として崇め奉られても不思議ではない。


 一体どんな夢を見ているのだろうかと疑問を覚える。


 一度、寝具を交換しようと布団を剥いだ時は、慌てた。



 この竜、何にも着ていないのである。


 確かに太古から、素のままの竜はマッパだが、人の形をとっている時は話が違う。一応、こちとら成人男性である。



 そして、この竜は女性である。



 ちょっと勘弁して欲しかった。

 とりあえずその場では布団を戻し、部屋を一度出てから、周囲を見渡した。



 他の班員は相変わらずここに近づかない。



 変えの寝具を用意して、誰もいないことを再三確認しつつ、もう一度、と試みる。



 動きもしない、この竜に、生きているのかと触ろうとして、待て待てこいつマッパだよ、問題しかない、とやめた。

 どうしたら良いものか、慌てる。

 おそらくここにこの竜を安置したのは魔王様かゴーレムなどの素がマッパの魔物だ。あいつらは服を着るという概念が死んでいる。せいぜい、あれは肌が弱いもののための防具だ程度にしか考えていない。


 羞恥を隠しながら、布団でぐるぐる巻きにした竜を端に寄せ、さっさと変えて、さっさと戻した。



 始めはそんな感じで、ひどく緊張したが、今となっては動じなくなった。お陰様で、彼女ができて一緒に風呂入っても動じない程度の精神力を得た気がする。

 まったく嬉しくない。

 そもそも彼女ができる予定がないのだ。こんな精神力、使い道がない。そして無駄に神経すり減らした気がする。



 ムラッとくるとかそういうことは全くなかった。


 お前は人形に欲情するか?

 オレにはそんな性癖はない。

 感覚的にはそんな感じなのでまったくもってそういうことはなかった。

 湧き上がる罪悪感に襲われたくらいで。


 ただ、未だに布団越しに触るのですらドキドキするのは仕方のないことだろうと思って欲しい。



 一応、この竜が起きた時用に、シャツやズボンを取り寄せた。下着の類は女性の班員に任せた。


 スカートじゃないのは、ただ単に、女物を頼むのが恥ずかしかっただけだ…。それも女性の班員に任せればよかっただろうって?…言いたくなかったんだよ、恥ずかしい。

 経費で落としはしたが、注文はオレがやったのだ。


 コイツの趣味じゃなかったとしても仕方のないことだと諦めてもらいたい。


 他人のコーディネートなどやったこともないし、兄弟に服着せる時も、基本お下がりで、あるものを選んでいただけなので、シャツや、ネクタイ、ベストなんかはオレの趣味だ。



 白いから、ハッキリした黒いシャツや、真っ赤なネクタイが似合う。



 着せ替えはする勇気がないのでクローゼットにしまっておいた。


 使うことになるのはいつになるのやら。




 魔王様が最近騒がしい。


 何事かと思ったら、国境付近で他国同士が争い始めそうな状況らしい。


 緊急事態用の対策として金が欲しい。一気に繁栄とかしないかなぁなんてことを会議に参加していた財務の貴族が嘆いていた。



 だからなのだろう。




 威圧感マシマシの魔王様が、高笑いしながら魔法陣を描いて、術式の組み立てを行なっていた。



 お化けも真っ青なヤクザ顔で、クマのついた目元がよく目立っていた。余程疲れていたようだ。


 アレはなんの術式なのだろうか、オレが知ったのは、数日後。




「あぁ、書類が一枚……二枚……」



 楽しげに完徹した魔王様が、鼻歌を歌っている。

 慌てたA級護衛班の中にあのシルキーが混ざっているのが見えた。

 ふらふらと歩く姿が痛ましいので、早く寝てもらいたい。


 これは断じて、魔王様と同じくクマの濃いシルキーのために言っているのではない。





 最近、すごく久々に、それはもう何年か振りに、母さんと父さんから手紙が来た。


 父さんに関しては、別段会えない距離でもないので、休日に行こうかなと思っている。初の会話に試みてもいい頃合いだろう。


 手紙には母さんの丁寧な字が並んでいる。


 母さんの手紙を抜粋


『ソテツへ

 元気ですか。貴方の兄弟はとんでもなく元気です。この前も喧嘩をして壁を破壊していました。少し元気が有り余っているようです。

 いつも仕送りありがとうございます。お陰で家計は大助かりです。この前はみんなにお菓子を買ってあげました。貴方は今何を食べているのでしょうか。

 さて、前置きはここまでです。

 心配事がふと思い浮かんだのでペンをとりました。

 貴方は、少し特殊なこともあり、縁談の話がないのですが、いい人とかできたでしょうか。

 脈ありの彼女ができたらちゃんと報告してくださいね。


 三番目の兄も、もう子供が四人目だそうです。

 可愛かったですよ、今度会いにいってみるといいです。



 怪我と健康に気をつけて。母より』



 ただの心境報告だった。いや、それはまったく構わないが、嫁でもつくってこいと急かされている。



 別にいなくてもいいと思うのだが、母さんはそうは思わないようだ。


 そして、うちの家系はどう足掻いても、子沢山の家系らしい。

 既に一番上の兄は六人ほど子がいて、二番目も三人、そして三番目がこうなのだ。


 他の結婚済みの兄弟も最低でも二人は子供がいる気がする。


 オレはいったい何人の甥や姪ができるのか。




 若干の戸惑いを覚えつつ、母の手紙をしまう。


 オレは今、弁当を作ってるよ、母さん。朝ごはんは握り飯で十分だ。



 仕事から帰ってきてから、父さんの手紙を読む。


 力強くて荒々しく、読みづらい字がバラバラと散らばっている。


『ソテツへ

 きちんとやっているか。仕事はうまくいっているか。食っていけなくなったら、かあちゃんのところに戻れ。飯くらいはもらえる。』



 父より、という言葉すらなく、これでは差出人不明だ…。わかるけど。



 飯に困ったら、家に帰れと。


 まぁ、困ったらそうするよ。



 門番で疲れた足をさすりながらそう思った。




 今日は竜の護衛の日だった。


 相変わらず眠りこけている竜を見ていると、オレはなんのためにココを掃除しているのだろうという不思議に頭がクラクラしてくる。


 幸せそうでもなく、かと言って悲しそうでもなく、虚無を顔に映し出している竜は、どうにもよくわからない。



 なぜこんなにも長い間眠りこけているのか、病なのか呪いなのか、はたまた身体は生きていて心は死んでいるのか、さっぱりわからない。


 むしろ、学者方にもわからなかったことが、オレにわかるはずがないのだが。


 案外、よく寝る子なだけなのかもしれない。まぁ、基準がこの竜になってしまうので、よく眠る、どころの騒ぎではなくなるのだが…。


 掃除をして、愚痴をぼやきつつも、手は止めない。


 ため息を吐いて、寝こけている美人の顔でも眺めてやろうかと、顔を向けた。



 その竜は、目を開いていた。



 ……目を?




 オレはこの竜の目玉も身体同じく白銀で、薄いグレーなのだとばかり思っていた。

 もしくは稀にいる白に赤目のアルビノではないかと。


 その竜の目に咲いていたのは、鈴蘭でも彼岸花でもなかった。


 鮮やかでありながら、魔に誘うような毒毒しい紫陽花がそこで堂々と咲き誇っていた。



 竜が、起きたのだ、と気がつくのに幾ばくか時間を要した。


 驚いて、情けなくも悲鳴をあげてしまった。


 報告をしなくては、いや、その前に、本人の前で愚痴を言ってしまった。謝罪をするのが先か?!


 あたふたして、部屋を飛び出そうになり、グッと耐える。

 途中で尻餅をついたのが何気に痛かった。


 とりあえず、まずはこの竜と、会話を試みることにした。



 声をかけるが反応はない。


 眠たげに見開かれた紫陽花がこちらを向いているだけだ。

 眠りこける様が人形のようで不気味だと、聞いたけれど、目を開いている今の方が余程不気味だ。


 一切、返答がない。


 これは、起きているのだろうか。



「あの……なにか……」


 喋って欲しい。頼む。このままではらちがあかない。



 痺れを切らしかけていたその時、竜は、声を出した。



「……だ…れ…?」


 蚊の鳴くような弱く力ない声だったが、それは道端、とおくの方から聞こえてくるような、耳を澄ましてしまうか細い風鈴の音のようにも思えた。




 これでも、相手は一応上司。




 しっかりと対応しなくてはならない。




「…所属、C級護衛部隊班、第三班。ソテツです」




 事実だけを、端的に。


 こんなぼんやりした雰囲気の竜だが、とても立派な角をお持ちの、それこそ竜の中の竜と言っていいような方だ。


 今、この目の前の竜は、オレに対してどのような第一印象を持ったのか。


 不安がってしまうオレに対して、その竜は一切の遠慮なく、眠たげに、けだるげにこちらを見ていた。


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