御伽噺話は夢のまま
息抜きになんとなく書きました。
おやつ感覚でのほほんと読んでいただけると嬉しいです。
白は縁起がいい。
太古からこの世界ではそう伝わっている。
この世界では、長生きというと千年単位の、ご長寿な種族がたくさんいる。
寿命に縛られることのない生き物たちは、どんどん増えていき、逆に寿命に縛られた生き物たちはどんどん減っていた。
ある時、革命が起きた。
ある大国の、何百年と生きた竜の王様が、死んだのだ。
その竜の王様は重い病にかかっていた。
そう、いくら寿命が長くても、彼らは病には勝てなかった。
どんどん死んで、数が減って、今ではご長寿な生き物たちは少数だ。
永く生きることができる者たちは目立たぬように、バラバラに分かれて、何かから怯えて隠れるような、生活を始めた。
しかし、寿命に縛られた生き物たちは、着々と数を増やしていった。病が流行っても、人数がいれば生き残る。しかし数が増えても、寿命が伸びるわけではない。
生き急ぐ彼らは、仲間割れしたり、己の理にために殺し合う。
悲しいことだが、それもまた現実。仕方のないことだった。
ある時一人の人間が言った。
人間は寿命に縛られた生き物だった。
『どうして、その国はそんなに栄えているのか』
戦ばかりで荒れた時代に、その国は異質だった。
羨望に塗れたその言葉に、その国の民は口々にこう言った。
「白い竜が運を呼んだのさ」
運を呼ぶとはどういうことか、その人間は問うた。
「言葉通りだ。国が豊作の時に、他国が不作で物を売れる。たまたま売り出した物の需要が上がる。いっつも儲けられるのさ」
嫉妬の目で、他の国から敵視されたその国は、長く続かず破滅した。
白い竜とやらは戦乱の世に消えた。
それからしばらく、今度は別の生き物が言った。
自慢げに話すのは、世界を渡り歩く小人だった。
彼らは人間の半分ほどしか生きられない。
「俺の旅団は運がいい」
戦争を避けることができる。偶然が続く、金に困ることもなくなった。
思いあがったかのように、続く自慢話に、他の生き物は羨ましくなった。
一人の巨人が理由を聞いた。
巨人は小人の四倍生きることができる。
その巨人は高慢で、偉そうにしている小人に無性に腹が立ったのだ。
「白い竜を荷馬車に乗せてるんだ」
栄華を誇ったその旅団は、たちまち巨人に潰された。
白い竜は巨人の国に囚われた。
しかしながら、巨人たちのもとに『幸運を呼ぶ竜』がいることは周りの国にたちまち知れ渡り、結局繁栄はそう長く続かなかった。
そうして、奪い奪われを続けた結果、結局、竜は何処かに消えた。
独り占めは良くないという、指標のような物語である。
この話は、御伽噺の扱いを受けているが、千年生きた竜は知っている。これは事実だ。
あれは酷い時代だったと竜は語る。
人の世なんて行くものではない、とも。
さて、それを聞いていた、寿命のない生き物の子らは気になった。
どうして白い竜は、何事もされるがままであったのか。
「それはね、坊やたち」
心底呆れたような顔で、老いた竜はこう説いた。
「その竜は、眠っていたのさ」
眠ったまま、意識もなく、偶然が続き、逸話になって、逸話だけが一人歩きした。その結果だ。
「なんともまぁ、ねぼすけな竜だろう」
懐かしそうな顔をした、その老竜はにこやかに笑った。
この世界には、二つの生き物がいる。
寿命のあるものとないもの。
寿命のあるものは、寿命のないものを化物と呼び忌み嫌う、それと同時に神格化し、祭り上げることもある。
寿命のないものは、それらを避けるため隠れて住む。
そうやって、ゆっくりと世界が二つに分かれ、いつの日か、お互いにまったく関わりがなくなった。
寿命のないものは、それを知っている。
昔、そういうものがいた、事実を知っている。
しかしながら、寿命のあるものはそうはいかない。
見聞で伝えていくうちに、内容があやふやになって、今では遠い幻想の話になってしまった。
そんな幻想の話の中でも、最も有名な話があった。
『運を呼ぶ竜』の話。
この話は分かれたどちらの世界でも有名で、知らぬ人のいない話だ。
竜とは何か。
寿命のないもののうちの一種族だ。
個体数が少なく、基本的にカラフルで、黒や茶色、そして白は珍しいとされる。
ドラゴン、とも呼ばれるその種族は光沢のある艶やかな鱗と大きく凛々しい角を持つ巨大な獣である。
人に擬態し生活していた一部の竜から、いつのまにか人型になってしまい、今では獣というより角のある人間のような見た目をしているが、太古より彼らは強く誇り高い獣だった。
この御伽噺話では、白い竜は獣だとされている。
でもそれは寿命のあるものたちの世界での話だ。
寿命のない世界では、白い竜は人型である。
角の立派な雄々しい男だとも、誰もを魅了する美しき女だとも言われているが、真相はどうなのか。知るものは数少ない。
ある日、寿命のない世界、魔界で、大ニュースが流れた。
魔王が白い竜を捕獲したという。
正確には、命乞いされて対価で渡されただけであって、これ目当てで国を潰した訳ではないのだが…。
もちろん、魔王は命乞いは断って、バッサリ始末してきた。
その国は確かに栄えていた。そう、過去形。栄えたら出る杭は打たれるとばかりに周囲にかき消されるのがこの世界の常識だ。
永遠の繁栄などあるはずがないのだ。
魔界で、ニュースが流れた日からずいぶん経った。
魔王の国は多少栄えた。
とても栄えているわけではない。
何事もほどほどが一番であるという。
あのニュースは、魔王様が見た夢なのではないかとまで噂が流れている。
実際のところどうなのかというと、白い竜は確かに魔王城にいる。
城に四つある塔のうち一つを住処とさせられている。
酷い扱いを受けているわけではないが、他の生き物と比べると多少不便なのかもしれない。
しかしながら、白い竜はそのことまったく気にも留めずにいる。
なぜなら白い竜は今もなお夢の中にいるからだ。
ところで、魔王は最近、部下の選定を行った。
貴族の一人が、能無しが上の地位にいるからなんとかして、とクレームを送ってきたのだ。
結果はどうだ。能無しが山ほど出てきて、能ありは下っ端においやられていた。
不甲斐なさと申し訳なさで、自慢の毛並みがしょんぼりしてしまった。
魔王は所詮キマイラと呼ばれるタイプの種族である。
ライオンの頭、霊長類の身体に蛇の尻尾を持つ。
良く部下の子供たちに怖がられるのが悩みの種だ。
それはともかく、ここ最近、魔王の国の周辺で争いが絶えず、備えておこうにも貯蓄が心許ない。
しかし、圧政を敷いて、金を巻き上げでもしたら、餓死するものが増えて、病が蔓延してしまうかもしれない、そうなれば魔界の生き物は全滅してしまう。
困った魔王は、いいことを思いついた。
眠れる獅子を起こすと酷い目に遭うというが、つまりは力を引き出すためには、叩き起こさなくてはいけないということであると、気がついたのだ。
余談ではあるが、魔王は使えるものはなんでも使う主義である。