ちょっとだけオチのある短編集(ここを押したら短編集一覧に飛びます)
一点
毎年一回戦負けだったとある弱小サッカー部に、監督として元サッカー選手がやってきた。
そして、その監督がやってきてからというもの、弱小校だったサッカー部は徐々に強くなり、いつしか中堅校と呼ばれるまでになっていた。
しかし、なぜ強くなっているのか。
その強くなる秘訣とは、単純かつ明確。
生徒たちに『一点を大事にする』という意識付けをさせることだけだったのだ。
「今日は最後まで絶対に諦めないで走ること! この一点を大事にして練習だ!」
「はい! 監督!」
今日の生徒たちはよく走った。
最後までボールを追いかけ、必死に走った。
どちらともいえないルーズなボールも、全員が諦めることなく走って追いかけた。
次の日。
「今日はシュートを打つときにサイドネット目掛けてシュートを打つんだ! この一点を大事にして練習だ!」
「はい! 監督!」
今日の生徒たちは目付きが鋭く、ゴールキーパーに絶対取られないようにと厳しいコースへシュートを打ち続けた。
ストライカーの彼は絶対に外さないという気迫を持ちつつシュートを打ち続けた。
次の日。
「体を張ってシュートを絶対に打たせるな! なんとしてもゴールを守るんだ! 今日はこの一点を大事にして練習だ!」
「はい!監督!」
今日の生徒たちは覚悟がいつもと違った。
ゴールを守るため、全員が全力で体を張り、シュートをブロックし続けた。
ゴールキーパーの彼はまさに執念が宿ったかのようなキレの良さでゴールマウスを守っていた。
そんなある日。
「監督に質問があります! 俺たちは毎日毎日一点だけを大事にして練習してますけど、これで本当に強くなれているんでしょうか?」
練習に疑問を持っていた一人のとある生徒が、監督に質問をしたのだ。
監督はその質問に対して、
「ああ、お前たちはまだ気づいていないだろうが、確実に強くなっている。今日のテーマである『一点だけ疑問を持つ』という一点についても、きちんとみんな守って取り組んでいるからな」
また、別の生徒はこう質問した。
「どうして疑問を持つ必要があるのですか?」
「自分がやっていることに対して疑問を持つこと。なぜこれをやっているのか自分に問いかけること。そうして自分と対話することが、さらに強くなれる秘訣なんだ。だから疑問を持つ必要があるんだ」
「なるほど! ありがとうございます! 監督!」
「他に質問はないか? せっかくのミーティングだ。どんどん質問してほしい」
熱血な監督はなんでも質問するよう生徒たちに促した。
すると、
「はい! 監督にとって、練習とはなんですか?」
一人の生徒が質問した。
「俺にとって練習とは裏切らないものだ。練習したことがきちんと本番で結果として現れる。だから練習を怠ることだけはしないでくれ。これは俺からお前たちに対する大事にしてほしい一点だけのお願いだ」
「はい! 監督! 大事にします! ありがとうございました!」
こうして、一点の重みを知る監督の指導のもと、サッカー部は一点を大事にすることを基本として、日々練習を積み重ねていった。
また、一点ということで、紅一点であるマネージャーもサッカー部ではとても大事にされた。
そしてこの大事という想いは連鎖となり、マネージャーから生徒たちへ、生徒たちからマネージャーへ、そしてチーム全体へと繋がっていき、それがだんだんと手厚くなり、チームの強さにさらに拍車をかけていた。
一方、試合でも同様に一点を大事にする戦いを進めていった。
その結果、なんとほぼ全ての試合が一対ゼロ。いわゆるウノゼロだった。
そうしていつの間にか対戦相手からの評価が、『ぎりぎりでいつも倒せないウノゼロの強豪校』に変わっていた。ついに強豪校になったのだ。
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そして時が経ち、今日は全国高校サッカー選手権大会決勝。
「今日は集大成だ! これまでに練習してきた全てを出しきれ! そしてこの出し切るという一点を大事にして戦うんだ!」
「はい! 監督!」
監督の自信と活気に満ち溢れた声が響く。
生徒も元気に勢いよく返事をする。
天気は晴れ。ところどころに雲が点在しているだけで、大きな青空が広がっている。
そんな好コンディションのなかで試合が始まった。
試合前半、生徒たちは諦めることなく全力で走り、ボールを追いかけた。
そして前線からのプレッシングのおかげで、ストライカーの彼にボールが渡り、彼は見事に一点を奪いとった。
試合後半、押される展開が多くなったものの、守備陣は必死に体を張ってゴールを守った。
ゴールキーパーの彼は絶対に一点を取られないよう全身全霊で体を張って守った。ファインセーブも連発した。
しかしその後も押される展開は続く。
そして終盤に差し掛かったそのとき、生徒たち全員が一点の疑問を持ってしまった。それも全員が同じ疑問だった。
押されているがこのまま勝てるのだろうか、と。
そのとき、ぽっかりと一点だけ空いたゴール前中央の大事な空間。
そこを付け込まれたその瞬間、一点を大事にするということができなくなってしまった。
相手に一点を許してしまったからだ。
まさに青天の霹靂。生徒たちは雷に撃たれたかのように無心となり立ち尽くした。自陣のゴールネットをただただ見ていた。
しかし、試合が終わったわけではない。その後、生徒たちは悪夢から醒めようとするかのごとく、足掻き、藻掻いた。諦めずに突拍子もないこともやってみたりした。
だが、練習でやったこと以外のことを本番のしかも決勝の舞台でできるはずがない。
こうして悪夢は醒めることなく続いた。そして一度崩れたものを立て続すことはできず、再び失点した。二失点目だ。
そして、無情にも試合終了のホイッスルが吹かれた。
結果は一対二、準優勝。
最後の試合で一点に泣いたのだ。
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試合後のロッカールーム。
生徒たちは泣き喚いていた。
監督はそんな生徒たちをただ黙って見ている。
しかし、ついに監督が口を開いた。
「お前たちはよくやったが、優勝できなかった。これも全て監督である俺の責任だ。すまなかった」
監督からの突然の謝罪だった。
生徒たちはそれを聞き再び涙する。
監督はその生徒たちの様子をじっくりと見たあと、大きく息を吸い、深呼吸。そして話を続けた。
「俺から一点だけ言わせてほしい。俺はこの指導方法でいけば優勝できると思っていた。俺にはできるという自信しかなく、疑問は一切持っていなかった。つまり、このチームの中で俺だけが疑問を持つという一点を大事にしていなかったんだ。俺だけが練習をすっぽかしていたと言ってもいい。そして練習を怠れば負けるのは当然だ。だから俺たちは負けたんだ。俺の責任だ。本当にすまなかった」
それから監督は何度も謝り、頭を下げ、涙した。
そして次こそは一点の曇りもない、完璧な勝利を目指すことを生徒たちに誓った。
また、生徒たちもそんな監督を信頼し、慕い続けた。
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一年後。
再び勝ち上がり決勝の舞台までのし上がってきた強豪サッカー部は、昨年の反省を見事に活かし、一点を大事に守りきり初優勝した。
次こそは誰も疑問を抱くことのない完璧な優勝だった。