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うんこ大爆発  作者:
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8

「くっ……」

 カルマはがくりと俯いた。

「どうも、よくわかんねぇな、お前」

 と、ロボット美良野が言った。現状、こいつが一番よくわからないと思うのだが。

「暴走族の考え方ってのもよくわかんねぇけどよ、その中でもお前は一人だけ、何をそんなに生き急いでるんだ?」

「…………」

 カルマは答えようとしない。

 優陽は軽くため息をついた。

 俺は、放っておくべきだと判断した。

「行こうぜ。結局何も食べてないし、腹減った」

 と言っても、この美良野を連れてどこへ行くのか自分でも謎だったが、三人で歩きだそうとしたとき、小さなつぶやきが聞こえた。

「もうすぐ、すべて終わるのさ……」

 カルマは虚ろな目で言った。

「だから、残された時間をできるだけ納得いくように生きたい……俺にとってはそれがうんこだったってだけの話だ……」

 発言の要所要所にうんこが入り込むので本質がわからなくなりがちなところを、頭の中でうまく整理して俺は言った。

「なんだよ、すべて終わるってのは」

「ハハハハ! ハハハハハ!!」

 カルマは突然笑いだした。

「鈍いな。一人くらいは気づいてもよさそうなもんだが。まあいい。ヒントをやろう。――うんこは混ざることで爆発力が増大する。混ざれば混ざるほどだ」

「――あ」

 と優陽が声を出して、視線を下にやって考え込むような顔をした。

「女子はわかったようだ。お前らはまだ気づかないか? 俺は武器としてうんこを混ぜたが、そのような作為とは無関係なところで、あるだろ? うんこが、大量に、混ざる場所が……」

「げ……」

 俺はわかった。美良野もわかったらしい。同時に言った。

「「下水処理場……」」

 カルマはフッと笑った。

「俺は世界中の処理場のうんこ処理能力を調べた。まあ一日にされるうんこは一定じゃないが、大体の予測はできる。計算したところ、最も規模が小さい処理場で、爆発は明後日から明々後日の間。爆発規模は……」

 息をのむ俺たちに、カルマは静かに告げた。

「そうだな……太陽が消滅するかどうかは、爆発地点との位置関係次第ってところだな……」

 回りくどい言い方だが、つまり、地球は確実に助からないと言いたいらしい。

「ちょっと待て」

 俺は言った。

「処理場にあるうんこは、当然、爆発の法則ができる以前のうんこだよな。今日されたうんこは発射後三十秒で爆発して処理場までは届かないんだから」

「そうだな」

 皮肉そうな笑みを浮かべるカルマ。

「ってことは、昨日されたうんこも爆弾化しているってことなのか?」

「そうだ。地図アプリの衛星写真でも見てみればわかるさ。あれは完全にリアルタイムじゃないが、何時間か前に更新されてる」

 俺は言われるがままにアプリを開いた。

 と言ってもどこを見ればいいんだと思ったが、今いる地点の周辺が表示されただけで異常は明らかになった。

「蛇……」

 俺はつぶやいた。

 そこに無数の蛇がいた。

 正しくは、爆発のクレーターが連続して曲線となり、街にひしめく光景……。

「これは……」

「下水道だ」

 カルマは言った。

「今日の昼、うんこが爆弾化したとき、下水道を流れていたうんこも一斉に爆弾となった。そしてそれが爆発し、地下を走る大蛇の姿が浮き彫りになったのさ」

 ……なんてこった。

 昨日以前のうんこも生きている……。

 そして、街中のうんこが処理場に溜まり、巨大爆弾となって爆発のときを待っている……。

「なあ、それって処理場で処理できないのか?」

 と、二十メートル上空から美良野の声が降ってきた。

「処理場のうんこは、沈殿させて最終的には燃やすって聞いたことあるぜ。灰にしちまえば爆発しないんじゃないのか?」

 甘い、とでもいうように、間髪入れずカルマが答えた。

「燃やせるかどうかも怪しいが、まず沈殿池から焼却設備につながる配管をうんこが通れない。なぜなら、一旦放出されたうんこ、そして混ぜたうんこは分離不可となるからだ」

「ざ、ざけんな……!」

 俺は思わず声を上げた。

「そんな後付けみたいな都合のいい性質があるかよ! この世はうんこを中心に回ってるんじゃねえぞ!」

「……長浜、多分、そいつの言ってるのは正しい」

 優陽が言った。

「さっき、ブラウン・ケミストリーに手を突っ込んだとき、小さくちぎって凍らせやすくすることも考えたけど、感触がなんか……それを許さない感じだった」

 なに……。

「お前ほどの馬鹿力でも、ちぎれない……と?」

 俺の問いに、優陽はこくりと頷いた。

「確かに、俺が投げたときも、氷が若干割れてきてて、こりゃ型崩れするかなと思ったけど案外しっかりしてたな」

 と美良野が言った。

「マジかよ……」

 俺はつぶやいて、カルマを見やった。

 ていうかこいつ、どんだけうんこや処理場に詳しいんだよ。

 いや、そもそも、調べたとか計算したって言うが、うんこが爆発するようになってからのここ数時間でそれをしたのか? うんこの爆発威力や爆発時間を計測して、混ぜた量との関係から、処理場のうんこ爆発の規模を予測する……途方もない作業に思えるんだが。

「全部、デタラメじゃないのか」

 俺は言った。

「さっきから、お前の口から出てくる情報は何もかもが唐突すぎて、悪いが信じる気になれない。ブラウン・ケミストリーの爆発だって、結局俺たちは直に見てないわけだしな」

 こいつは、ありがちな妄想終末論者かもしれない。さっき仲間が愛想を尽かしたように離れていったのもその証拠だ……。

 そう考える一方で、ご都合的な思い込みをしたいのは俺の方なのではという気もしていた。世界の終わりを認めたくなくて反論する、そんな理に合わない感情を自覚する部分もあった。

「ふっ……まぁいいか」

 彼は立ち上がって言った。

「俺がした細かい計算を言ったってお前らには理解できないだろうしな。信じたいものだけ信じていたらいい。どうせもうすぐ死ぬのなら、むしろそれが一番正しい」

 そうして去ろうとする彼を、誰も引き止めはしなかった。一定の信憑性は感じながらも、やはり眉唾だという印象が皆にあったのだろう。いや、誰もが、そう思いたいだけなのか……。

「あれ……ま……待てよ?」

 しかし美良野が声を上げた。その一声はカルマに対するものではなく、思わず言ったというようなものだったが、

「よく見たら、お前、『神童』じゃないか?」

 路地を曲がろうとするカルマが振り返った。

 美良野は巨大な体を乗り出した。

「やっぱり、『神童』だ。『神童・狩間秀明かるまひであき』! 小三のときの全国暗算コンテストで一位だった! オレオレ、決勝で戦った美良野瞬平だよ! 覚えてるか?」

 カルマは本気の戸惑い顔で言った。

「お前みたいなやつは、知らないな……」

「くうーっ! だよな、完敗だったもんな! でもよ、『神童』はマジで、お受験界隈じゃ有名人だったぜ。なのに突然パッタリと噂を聞かなくなってさ。あれは将来エジソンを超える! とか言われてたのに。それがなんで暴走族なんかやってるんだよ? 勉強しようぜ勉強!」

「いや……ありがちですまないが、親がきびしくて今グレてるんだよ」

 グレてるやつの言動とは思えなかったが、美良野のヤバさ加減が相手を冷静にさせるという現象が起きているのだろう。よくあることだ。

「おい長浜」

 美良野が言った。

「『神童』が言うなら、さっきの話はマジだぜ……」

 と言われるまでもなく、俺は携帯で彼のことを調べはじめていた。

 そうしたら、出るわ出るわ、IQ二〇〇超えとか、大学の研究室からスカウトがきてるとか……。同じ街に、こんなのがいたのか。

「くそ……。信じざるをえないか」

 俺は言った。元々信じかけてたしな……。

「はは。残念だったな。最期まで希望を持ちたかっただろうに」

 カルマは嘲笑した。

「……ん、なんだって?」

 と俺も少し笑いながら首を傾げた。

「この世界が終わるのを妄言だと思ってた方が、お前らにとっては幸せだったってことだよ」

 彼はそう言ったが、

「ああー。そうだな」

 俺は言った。

「お前の計算が正確なのは認めるしかないな。放っておけば、この世界は確かに消滅する。……放っておけばな」

 彼の笑みが呆れ笑いに変わった。

「悪いが、爆発を食い止める手段くらい、すでに考え尽くしてるんだよ。考え尽くした上での、地球滅亡ファイナルアンサーだ。自慢になるからあまり言いたくないけど、お前らとは違って俺は――」

「その高IQでも理解できない存在が、ここに二人いる」

 俺は言った。

 カルマは沈黙した。

「これまでの常識が壊れて、何もかもがおかしくなったって、絶望的なことばかりじゃないぜ。何だって物事には裏と表があるからな」

 俺は優陽と美良野を振り返って言った。

「俺は、こいつらを、理解はできないが肯定する。……お前も中途半端で諦めてないで、ここまできたら最後まで、うんこを肯定してみたらどうだ」

「ぐっ……」

 カルマはひざまずいた。

 後半、自分でも何を言ってるのか不安だったが、どうやらこれでよかったらしい。

「……なら、付き合ってやるよ。俺の頭脳を貸してやる。爆発を、食い止めてみろ!」

 と、彼は言った。

 正直、勝算はまるでない。ただ、足掻ける余地がまだ残ってるというだけだ。

 俺は言った。

「……やるだけやるさ。何が起きたって、後悔しながら死ぬよりはマシだ」

「うおおッ! オレの本気を、この腐った世界にぶつけてやるぜえええ!」

 本当に、こいつに限ってはどこまでが本気なのかわからないのが一番不気味だが、美良野がそんなことを叫んだ。

 そのとき、

 バタリと音がした。

 振り返ると、優陽が倒れていた。

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