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「美良野ォォーーーーーッ!!」
茶色い爆風を浴びながら俺は叫んだ。
しかし、頭の中では、カッ、と爆発寸前に彼の体から出た光のことを考えていた。
うんこの爆発前にうんこが光るならわからないでもないが、うんこではなくその当事者が光るなんてことが今まであったか? いや、ない。というかうんこを漏らしてそのまま爆発させるやつが今までいなかった。
これは希望的観測が入っているし、どういう理屈でそうなるのかわからないが、まさか、美良野は生きている……?
――そのまさかだった。
「ウオオオオオオオ…………!」
うんこの爆煙が内側から押されるように盛り上がっていく。そして聞こえてくる、唸り声。それは、たしかに美良野の声だったが、徐々に低くなり、やがて美良野どころか人間のものとも思えないものになっていく。
爆煙は民家を越す高さにまで膨れ上がって薄まっていく。その中から現れたのは……、
巨大ロボットだった。
ギュイイイガチャ! ヒュゥオオオオオオン!! ジャキィィィ! ピカア! ギュッ、バアアアアアアアアン!!!!
「ハイパー・オーバー・ギャラクティカ・トゥーサウザンド・ダブルエェェェェェックス!!!!!!!」
と、ロボットは言った。
それは、全長二十メートルを超えるであろうアニメのようなロボットで、子供が好きそうなデザインをしていた。胸のところに『二〇XX』という激しい筆書きのようなエンブレムがついていた。
「美良野? 美良野なのか?」
俺がきくと、ロボットは言った。
「あ……ああ。オ、オレ、どうなっちまったんだ? なんでこんなにでかくて、体がゴツゴツしてるんだ? まさかオレ、ロボットになってるのか……? いったい、何者なんだ、オレは…………」
お前、さっき自分でギャラクティカなんとかって言ってただろ、と俺は思ったが、常識的に考えて遅すぎるのかもしれないがいよいよこいつという存在が怖くなってきたので、そこは柔軟に流すことにした。
「自分への怒りで、力に目覚めたのかもしれない……」
と優陽が言った。ちょっと俺には、お前を含めて理解できない。
「ロボットだと……。ありえない……」
と、俺と組み合った敵が見上げて言った。
俺は隙有りとばかりに頭突きを食らわした。するとフルフェイスヘルメットが吹き飛んで、中から敵の素顔が現れた。
俺はドキリとした。彼は、中性的で、いい匂いのしそうな美少年だった。しかし実際うんこの臭いしかしなかった。
「くっ……!」
彼は俺を睨みながら言った。
「…………あの女子の氷の力は、まだトリックの可能性があったが、次は巨大ロボットに変身だと……。ありえない」
いまさらながら、この声はプリウスからずっと聞こえてきた声だと気づいた。ということは、こいつがボンバーチームのリーダー格か。
俺は言った。
「うんこを投げるくせに意外とまともな感性なんだな」
「うんこの爆発は、お前たちや世間が思ってるほど不条理なことじゃない。爆発の原因はともかく、その特性は一定のロジックに則っている。しかしあれはなんだ」
「世界はそんなに単純じゃないってことだ……よッ」
俺は体育の授業で習った腰払いを炸裂させた。美少年はぶざまに路面に転倒した。
「よし、美良野、お前のお陰だ!」
と言って優陽の加勢に向かおうと走り出しかけた俺に、
「無駄だ……無駄だよ!」
美少年が叫んだ。
彼は仰向けのまま笑って言った。
「俺の計算じゃ、爆発まであと二十秒だ。間に合わない」
なに……。
「……嘘をいえ。それじゃ、お前らが逃げる時間も元々なかったことになるだろ」
しかし彼は表情を変えない。俺は「まさか……」と言った。
「ボンバーチーム『最後の』大技と言っただろう……。ブラウン・ケミストリー…………これを作った時点で、プリウスで逃げられるような爆発範囲など優に超える。最初から、心中するつもりだったのさ」
彼の言葉に、他のチームメンバーも頷いた。
彼は続けた。
「後先なんて考えないのが暴走族。勝負は常に命がけ。それにうんこは俺たちの芸術だ。邪魔されてたまるかよ……!」
そのとき、
「オイオイもっと早口で喋らないと二十秒経っちまうぞおまえらーーーーーーーーーーーーッ!!!!!」
と美良野が言ってロボットの手がグオオオオオッと迫り、唖然とする優陽やボンバーチームの前から凍りかけのうんこを掴んで、ものすごい突風を起こしながら上空へと投げ放った。
うんこはすぐに見えなくなった。多分、地球外に飛んでいった。
キラッ、と、暮れかけの空が光った。今、爆発したのだろう。
「でかしたぞ美良野ーーッ!」
俺は歓声をあげた。
「ばかな……。俺たちのブラウン・ケミストリーが、こうもあっさりと……」
美少年は空を見上げて、愕然としていた。
「クソオッ!」
ボンバーチームの一人が優陽の体から離れて言った。
「命張った勝負の結果がこれで、格好がつくかよォ!」
「愛車プリウスに申し訳が立たねえ!」
運転手だったらしいチーム員が言った。
「こうなっちゃ、もう族を続けるのが恥ずかしいぜ……」
「俺もだ……!」
「俺も……」
そう言ってボンバーチームは、次々とヘルメットを外して、特別製らしい尻に穴の空いたラバースーツも脱いで、上は肌着とかを着ていたりするが、下半身は控えめにいっても丸出しの格好となった。
優陽はそれを見て一瞬ギョッとしたが、
「…………」
すぐに、うんこが飛び交う状況でそれもいまさらだと気づいたような悟りの表情になった。
「待てよ、お前ら!」
美少年が言った。
「まだ、俺たちはうんこができるだろ……! 確かに負けは負けだ。死ぬつもりが、生きながらえて、最高に格好悪い負けだ。でも、俺たちの剣はまだ折れてねえ!」
剣、とはうんこのことだろう。
「もっと……技をもっと磨けば、こんなロボットも敵じゃないんだ。うんこは……俺たちの生き様は……まだ……!」
だが、彼の熱弁とは裏腹に、他のチーム員の視線はさめていた。
「カルマ、お前、今、うんこを生き様って言ったな」
「え……」
カルマと呼ばれた美少年は、虚をつかれたような顔をした。
他のチーム員も続けた。
「お前は族だけど、少し族から気持ちが離れてると思うぜ……」
「うんこが爆発するようになってから、変わったよな。爆発の時間を計算したり、混ぜようとか言い出したり……」
「お前、うんこにとりつかれてるんじゃないのか」
美少年カルマは、
「なん……だと」
反論しようとはするが、まさに言われた通りなのでそれ以上の言葉が出ないらしい。視線を落として、強く歯噛みをした。
「俺たちは、最後まで族でありたい。だから、今、いさぎよく族をやめる。……お前は好きにしろよ」
四人の半裸の男は、そう言って去った。