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外が暗くなってきた。
俺たちは食料を調達するため、アパートを出て歩きだした。
周辺はひどい有様だった。俺がさっき外に出たときより悲惨なことになっていた。下水道の方がまだいい匂いがするんじゃないかというほどのうんこ臭が漂っていた。
救急車が何台も停まっていて、うんこまみれの人たちを収容していた。
「オレは、パニック系の映画とかけっこう見るんだけどよ……」
美良野が言った。
「うんこが爆発する映画なんてなかったし、これからどうなるのか全く想像がつかねえよ」
「ああ」
俺は返した。
「ただわかるのは、もうこれ以上、何がおこっても不思議じゃないってことだ」
「…………」
優陽はだまっていた。
どう転んでもうんこの話になってしまう今の状況で、人並みの恥じらいを持った女子がうかつに口を開くわけにもいかないのだろう。
俺たちは、ひらすら歩いた。
爆発して木っ端微塵になったデパート。
かろうじて原型を保っているスーパーの軒先には、うんこの付着しまくった野菜、果物が並ぶ。
一応、奥にカップ麺や菓子がないかと覗いてみたが、すでに火事場泥棒の被害を受けた後だった。
パラリラパラリラ! パラリラパラリラ!
素っ頓狂なバイクの音が聞こえてきた。
ガシャアアアアン!!!
ガラスが割れる音。
「おい、この家まだ食いもんがあるぜ!!」
「頂け頂け!」
「荒らせ荒らせー!」
道の角を曲がると、金持ちそうな住宅から食料を運び出す暴走族たちがいた。
「まぁ、そうなるよな」
俺は達観したように言った。
「…………」
優陽も、納得いかない表情ながらも黙って見ていた。
「クソッ。プライド曲げてまで食い物にありつけりゃそれで御の字だと誘惑されそうな光景だぜ!」
美良野が地団駄を踏んだ。
暴走族は、俺たちの横を爆走していきざま、
「バーカ! バーカ!」
と暴言を吐いていった。
そしてまた、めぼしい家を見つけたのか、窓を割って侵入、略奪行為が繰り返された。
「……なあ、こういう時って、近所の学校が避難所になってるんじゃね?」
話題を変えたいのか、美良野が言った。
「食料も配ってるかもな」
と、俺も同意した。
そのとき、
「だめえええっ! もっていかないで!」
略奪された家の玄関先から、小さな男の子が叫んだ。
「おかあさんが、いざというときのために買ってた非常食のカップ焼きそば、もっていかないで!」
「タツヤ、いいの! 危ないから戻って!」
母親が出てきたが、男の子は暴走族のバイクのマフラーにしがみついた。
暴走族は、容赦なく一喝した。
「うぜーッ!!! カップ焼きそばは体に悪いだろうがッ! ガキが食うもんじゃねーーーッ!!!!!」
「ママの乳でも飲んどけ!!!」
ブオンブオンブオンブビビビリリリリリ!!!!!
男の子はマフラーからの黒煙噴射によって、無惨にもふっ飛ばされた。
「タツヤアアアーーー」
悲鳴をあげる母親の前に、ススで真っ黒になった男の子が転がった。
「うっ……ううぅ…………。ごめんなさい……。おかあさんのたいせつにしてた、カップ焼きそば……。うううう……」
そして放たれる、暴走族たちの哄笑。
「ギャハハハ、ギャハハハハハハ!! バーカ! バーカ!」
ブチブチブチブチィ!!!
隣にいた優陽から、何本もの血管が切れる音がした。
彼女は、女子のイメージをくつがえすような恐ろしい形相で、ツウとたれてきた血圧的にヤバそうな鼻血を指先でぬぐうと、ずかずかずかと大股で進みだした。
「ぎゃはは。……ん?」
暴走族の一人が、優陽の接近に気づいた。
と同時、彼女の流れるような回し蹴りが暴走族をバイクごと地面に叩きつけた。
「ぎゃふうう!!」
異変に、他の十人ほどの仲間が振り向いた。
が、声を上げる間もなく、さらに一人、二人と蹴り飛ばされていく。
「何奴だあッ!」
ブオンブオンブオンブオン! 暴走族たちはバイクでフォーメーションをとった。
「オラァ! ガキにヌルいことしてたと思ってナメるなよ!」
「このようなあからさまな暴力には、俺たちゃ容赦しないぜ! 轢き殺してやる!!」
バイクたちは広い交差点で旋回し、まっすぐに優陽へと向かってきた。
優陽はそれに背を向け、逃げるかと思いきや一転、迫りくるバイクへと突っ込んだ。
直後、優陽がとった行動は、なんと一台目のバイクに手をついた前方宙返り。
そのまま勢いをつけたカカト落としを、二台目のバイクに見舞うという超絶技。
暴走族のフォーメーションは崩れ、残ったバイクたちは彼女を避けて反対側の交差点へと走った。
「あの噂、マジだったのか。優陽が、格闘少女だって噂……」
美良野が言った。
その話は俺も聞いたことがあった。
優陽が入ったトイレの個室からは、明らかに筋トレの音が聞こえるとか。
放課後、学校の裏山で木を蹴りまくってるのを見た、とか。
長期休みは遠方や外国の道場で修行しているらしい、とか。
本人に尋ねると、休み時間や放課後や長期休みは全部勉強に費やしているとの答えが返ってきたが、今思えばあきらかに嘘だった。
彼女のテストの点は、常に一桁だったから。
「超つええぞ、この女子ッ!!」
「もっかいフォーメーション整えろ! パイプ抜け、お前らッ! 特攻! 特攻ォォォッ!!!」
暴走族たちはバイクに備え付けてあった鉄パイプを抜いた。
そして、今度は、最初から全台フルスピードで、逃げ場なし、やるかやられるかのブッコミをかけてきた。
優陽は、真っ向から迎え撃つ。
バイクの加速とフォーメーションによる目にも止まらぬ速さのパイプ攻撃の網を、無駄のない動きでいなして、躱して、通り抜ける。
ラスト一台の振り下ろした鉄パイプを、
「うらあああッ!」
「……」
ガチイイイィ!
無言で白刃取り。高速で過ぎ去ろうとする暴走族から、そのパイプをひねって奪い取ったかと思えば、体をねじらせてそのバイクの後輪をぶっ叩いた。
バイクは見事にパンク。
踊るように吹き飛ぶ。
前方を行く他のバイクを巻き込んで、激しいクラッシュの後、大爆発を起こした。
「ふぅ」
爆炎を背に、優陽は軽く汗をぬぐった。