3
シャワーを浴びて美良野の部屋に行くと、テレビが外国人を映していた。
「国連が、なにか発表するらしいぜ……」
美良野が言った。
国連の男は、英語でなにかを言った。
すぐに通訳が日本語に言い直した。
『うんこの爆発には、三十秒の猶予があることがわかった』
国連の男は続けた。
『現在、米軍の主導で開発したシェルタートイレを、各国に設置する計画を進めている。みなさんは、このシェルタートイレにうんこをしてほしい。蓋を閉めれば、爆発を完全に封じ込めることができる。これで、私たちの排便は安全になった。もう何も心配はいらないだろう』
「こいつ、本当に国連の偉い奴なのか?」
俺は言った。
見慣れない奴にこんなことを言われても説得力がなかった。
「この人は、あまりテレビに出ないから」
優陽が言った。
「アメリカ大統領なら見慣れてるけどな」
と美良野が言った。
すると、カメラが国連の奴の隣を映した。そこにもう一人外国人がいた。
どこかで見た顔だと一瞬思ったが、すぐに誰かわかった。そいつの名は――、
「トランプ大統領!!!」
俺は叫んだ。
『これから、シェルタートイレのデモンストレーションをやる』
トランプが言った。
やっぱり、こういう非常事態に、よく知った奴が出てくると安心感が違った。
トランプは、一見して便器とわからないようで、よく見たら便器らしいとわからなくもない物体の横に立った。
それは、あたかもジョブズが生き返って仕事をしたかのような、魅力的なフォルムをしていた。
『こいつが、オレの米軍が作ったシェルタートイレだ。これにオレが今からうんこをする。絶対に壊れないことを、オレが実演してやる!』
トランプがシェルタートイレに座った。
気の利いたカメラが空を映しだしたが、トランプの『うおおおおおおおおっ!』という雄叫びが聞こえたかと思うと、すぐにブリブリボチャアアア!! と汚すぎる音が全世界に生中継されたので、俺はあらためてこれは非常事態なのだと認識した。
『出たぞ』
トランプは荒い息でカメラの前に出てきた。
『バカでかいのが出た。あとはこいつに蓋をして、ロックをかければ、世界最高の対爆技術が爆発を内側に閉じ込める』
蓋をしてロックをかけて、トランプは続けた。
『なぜうんこが爆発するのかはわからんが、このオレにかかればこの通りだ。そして、各国政府が今からやるのは、このシェルタートイレを買うことだ。決して安く売りはしないが、国民に安全にうんこをさせるため、おまえたちは絶対に買わなければならない。さあ、これから値段交渉に』
ドッ、
バォォォオオオオオオオオン!!!!!
シェルタートイレが爆発。
トランプは大量のうんこと共に吹き飛んで、画面から消えていった。
「えっ……、なんで……」
優陽が言った。
「爆発を封じ込めるんじゃなかったのかよ!」
美良野が声を荒らげた。
「でかすぎたんだ……」
俺は言った。
「爆発はうんこの大きさに比例する……。でかすぎるうんこの大爆発は、米軍の技術ごときじゃ防ぎきれないんだ」
テレビには、茶色いきのこ雲が映されていた。日本人の俺たちは、今、この映像を、どんな気持ちで見たらいいのだろう。
「もう駄目だァーーーーーーッ!!」
美良野が絶叫した。
「人類終了だッ! トランプでもだめだったんだ! もう誰も勝てっこねえ、こんなの!」
俺は、根拠のない気休めなどを吐く気にもなれず、ただ黙ってそれを聞いていた。
「…………」
優陽も黙っていたが、その表情は、どこか緊迫していた。
「優陽、どうした?」
俺はきいた。よく見ると、優陽の額や首筋は汗ばんでいる。今は真夏だが、シャワーを浴びたばかり、クーラーの利いた部屋で、これはおかしい。
……まさか。
「美良野、ちょっと、トイレ借りていい?」
優陽は、精一杯に笑顔をつくって言った。
「え゛っ」
美良野も、まさかという顔をしたが、優陽は間髪入れず、
「大丈夫、大きい方じゃないから」
そう言ってトイレへと向かった。
「なんだよ、ビックリさせんなよ」
美良野も今の一瞬でぐっしょりと汗ばんでいた。
「お前はうんこ、大丈夫なのか?」
俺はきいた。
美良野は「ああ」とうなずいて言った。
「今のところは平気だ。でも、実をいうとオレは無意識にうんこ漏らす癖があってな」
とんでもない奴が近くにいた。
「まぁそれはさておき」
置いといていい話題じゃないだろと思いながらも俺は相槌をうった。
「お前、家族に電話とかしたか? オレはしたんだけどよ、通じないんだ」
俺はすぐに親に電話をかけた。
「…………。だめだ。俺も通じない」
うんこで携帯が激しく汚損したのかもしれない。
「そうか……」
と美良野は言った。
俺の親は家に帰れば会えるかもしれないが、美良野の家族はハワイ在住なので、電話でしか安否を確認できない。心配をする気持ちが強くつたわってきた。
「私の親も、連絡とれない。家の電話も、通じないし」
部屋にもどってきた優陽が言った。
家電がだめということは、家でうんこ爆発が起きたのだろうか…………そんなこと、彼女の前では絶対に言えないが。
「これから、どうすればいいんだろう……」
優陽も不安そうだった。
俺は言った。
「とにかく、今のこの現状を乗り切ることだ。トランプはだめだったが、もっと頑丈なシェルタートイレが作られるかもしれない。それまで、希望を捨てずに生き抜くしかない」
「長浜……」
優陽が感嘆したような声を出した。
「お前、よくこんな状況で前向きになれるよな。心からすげえって思うよ」
美良野もそう言った。
自分でも、なぜ今のような発言ができたのかわからなかった。普段は運動も勉強もたいしたことのない俺なのに、今は謎の自信と力で全身がみちている。
あわやローソンでうんこ爆死という危機を切り抜けたせいか。
それとも、俺の中の野生が、こういう状況を待っていたというのか。
わからない。
今はとにかく、目の前に迫る現実のことしか考えられない。