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「そうか……」
俺は言った。
「そんな気はしていた」
頭の中がはてしなくクリアだった。
この世のすべてが、見通せる気がした。
あらゆるしがらみから解き放たれた、
これが、うんこの感覚――。
美良野たちに向けて、撫でるように手を動かした。
すると障壁は一斉に破壊されて、気を利かせたガブリエルの瞬間移動で全員が数メートル下の地上へと無事降り立った。
「あっ……!」
それにより、石を投げていた連中と優陽が出くわすことになった。
が、ドゴランがいかにも攻撃しそうな勢いで彼らを睨みつけ、ガブリエルもサーベルを構えて優陽の前に立った。
「うんこ人間を見たせいかな。またスーパー・ギャラクティカ・ゼロアンドワン・セクシーになれそうな気がするぜ……」
とウイングガンダムが言った。多分、美良野だろう。
「さっきは女子に対してひどすぎたよな、あんたら」
と、パンツを頭にかぶった草村が自分の所業は棚上げしたようなことを言って、いつのまにか隣にいた大悪魔を生贄に、おそらく支離滅裂な文章が書かれている例の紙片を召喚するというカオティックな荒業をやってのけた。
『うぬっ……貴様ら……! ガブリエルまで……!』
トカゲ族長のホログラムが唸り声をあげたそのとき、優陽の周囲に冷気が発生した。
それは結晶化して、鋭い氷の刃となって、外側に向けられた。
優陽は無言で、族長や人々を一瞥した。
『ぐ……』
まだ何かを言いかける族長だったが、そのときカルマが前に出てきた。
「あのさ、こういうとき、潔く去った方が気分いいぜ」
と言ったかと思うと、次の瞬間、
「さっさと消えろォ!!!」
そのような暴走族的人払いにより、人々は一斉に走り去っていった。
「ここはもう大丈夫そうだな……」
俺は言った。
そして、さっきからとぐろを巻いた髪の毛にビンビン感じる敵意の方向へ、全身にみなぎるうんこパワーと呼ぶしかない力を全開にぶっ飛ばして飛行した。
キュッ。
と空中で静止すると、そこには、機械的な金属の地面が地平線まで続く景色があった。
開いているハッチを見つけたので、侵入する。
中には、世界が広がっていた。
海があり、森があり、川があり……、しかし地平を目で辿っていくと、反り返って頭上に続き、最後には今いる場所に戻ってくる。つまり、ここは地球と逆。星の内部に世界がある星。ドンドンガラガラピッピッピー星とは、こういうところらしい。
森の中から、いかにも作業用っぽい地味なロボットが飛び出して、俺の方に向かってきた。
敵意は、あの中から感じる。
ロボットは、どういう原理かわからないが、機械部分が細胞分裂のように増殖して巨大化、変態を繰り返し、カニを彷彿とさせる攻撃的なフォルムとなって俺に迫った。
ギャアン!!
ものすごい勢いで振られたハサミは、受けた俺の腕に傷一つつけられないまま、その動きを止めた。
「時に、暴力的なほど硬いこともある。それがうんこだ」
俺はそのようなことを口走って、敵に向けた掌からエネルギー波ではなくうんこを放った。
ドォォオオオオオオン!!!
うんこ爆発をモロに食らった敵は、しかし透明な球体バリアに守られて無事だった。
「無限障壁か」
言う間に、敵は胸部を展開させて極太のレーザービームを発射した。俺はそれに飲み込まれたが、うんこの体に当たったレーザーは、中和されて消えていき、やはり俺は無傷だった。
「今のはさしずめ、無限光線ってとこだな。あとは無限生命……不死身の肉体か。それがあるなら、こいつを食らっても平気だろう」
俺は体内のうんこエネルギーを増幅させて、一気に爆発させた。
障壁ごと、ロボットは粉々になって吹き飛んだ。
てっきり中からカニ人間でも出てくるかと思ったが、炭化した機械片がただ落下するだけで、それらしいものは見当たらなかった。
「……殺しちまったか……?」
俺は若干青ざめたが、
「ドンドンガラガラピッピッピー星人は、地球の微生物ぐらいの大きさしかない。というか微生物そのものだ。残骸と一緒に落ちていったんだろうけど、死んじゃいないから安心しなよ」
と突然現れた神少年が言った。
「まぁ、あの損害じゃ、当分攻撃は仕掛けてこれないね」
「他のドンドンガラガラピッピッピー星人は?」
俺はきいた。
「今のやつだけだよ。一般には知られてないけどね。言葉を持たず、不死身で最強ってのはつまりそういうことだ」
神少年は言った。
一人……か。
そう考えると、なんか、かわいそうなことをしたかもな。
俺は、残骸が落ちていった方へ大声で叫んだ。
「聞こえてるか! 今から、世界を元に戻して、お前も死ななくて済むようにする! だから、悪かった! 許してくれ!!」
当然ながら返事はないし、翻訳機械で言葉がわかるとしてもそれは吹き飛んでるだろうしで、伝わっていない可能性が濃厚なのだが、俺はとにかく言いたかったのだ。
神少年は言った。
「え、何? 世界を元に戻すって」
「戻すんだよ」
俺は言った。
「最初に会ったとき、言ってたよな。世界を修復するのは面倒だ、って。だから全部壊して再創造するって。面倒くさがらずにやれよ。言っとくが、俺のこの髪アンテナはお前の位置も探知してる。この世界のどこにいても、世界外のどこにいても、見つけて殴りにいくぜ」
「ハハハッ……君の頑張りをねぎらいにきたのに、あんまりだなぁ」
などと笑う神少年だったので、ぐいと胸ぐらを掴んで拳を構えると、
「い、痛いのは嫌だよ、痛いのは!」
途端に慌てだした。今や創造物であることを逸脱した俺は、神と対等の次元に立っている。攻撃をすれば普通に効くだろう。それを当然彼も理解している。
「でも、でもね! 材料がないと修復はできないよ! つまり、うんこ概念がボクの手中に戻ってこないかぎり……」
「ああ、わかってる」
俺は言った。
「今から、捕まえにいくさ。やつの位置も探知できている。倒して、おとなしくさせればいいんだろ」
「……ま、まぁ、そうすればボクがまた世界の概念として縛ることができるけど……」
そこまで聞くと俺は「じゃあ行くぞ」と言って、神少年を掴んだまま、超高速移動をした。
時間、空間、世界を飛び越え、俺たちが着いたのは異次元とでもいうべき異質な場所だった。
色や距離などが曖昧な景色がはてしなく広がっており、地面がないのに何故か立つことができた。
すべてがだまし絵のようだった。気をしっかり持たないと頭がおかしくなりそうだ。
「ううッ! ボク、こんなとこ来たことない! こわいよ!」
と泣き出す神少年を引きずりながら歩いた。
丸一日歩いたようで、一分も経っていないような感覚が過ぎた頃、遠いのか近いかもわからない場所に、茶色い人影が座っているのを見つけた。
「ほお、来たか」
彼はゆっくりと立ち上がった。
光沢のある筋肉質の茶色い肌、激しくツイストした髪……今の俺以上にうんこらしいうんこ人間がそこにいた。当たり前だ、彼が元祖なのだから。
「ひとつききたい」
俺は言った。
「なぜ俺だったんだ」
「なぜ……?」
彼は首を傾げた。
俺は続けた。
「神を倒した後、なぜ俺だけに話しかけた」
あのときの邂逅が、今俺がうんこになるという結果を生んだのは明らかだった。
「なぜ俺を選んだ」
「……ふっ、ふふっ……」
彼は肩を揺らした。
「ぶふっ! ふはははは! なんか勘違いしてるなぁ、お前」
「はっ……?」
唖然とする俺を前に、うんこは続けた。
「あれは、あの世界の生き物全部に向けて言ったんだ。俺は特定の誰かに話しかけたりなんかしねえ。自分とそれ以外って区分でしか世の中見てねえからな。お前ら全部、俺の中で一括りなんだよ」
俺はわけがわからなくなった。
「……だったらなんで、俺だけがそのことを記憶していたんだ」
「知らねえよ。まぁ普通、あんな状況での誰かの言葉なんて忘れると思うけどな。ただ、お前は覚えてたってだけだ」
そしてうんこは言った。
「選ばれたんじゃねえ。お前は、自分の意思でここに来た」
…………。
「そうか」
と俺は言った。
「さぁ、やるんだろ?」
うんこは首や腕を回しながら近づいてきた。
その一歩ごとに、不確かだったこの異次元の空間が、明確な色、距離、時間を得て、広がっていく。
これほどまでに、周囲に作用を及ぼす力を持っているのか……。
確かに、うんこが置かれた場は緊迫感と無縁ではいられない。
あらゆる努力や作為でも届かない、存在そのものが持つ力……!
俺は今、とんでもないやつを相手にしようとしている。
「オオオッ!!」
うんこは大きく一歩を踏み込み、その拳が俺の腹にめり込んだ。
強烈な一撃。だが、それだけでは済まない。
ドッバアアアアアアアアン!!!
打撃された箇所を中心に、激しいうんこ爆発が起きた。近くにいた神少年は軽々と吹き飛ばされた。
俺も、もとの肉体だったらああなっていた。いや、死んでいただろう。
しかし今の俺はうんこだ。
打撃も、爆発も、こらえた。踏ん張った足を前に出して、拳を振りかぶり、
「うおおおッ!!」
うんこの腹に打ち込んだ。
ドグヮアアアアアアアアンンン!!!
さらに激しいうんこ爆発が俺とうんこを包んだ。
「ほお、やるなぁ!」
うんこは爆発の中で身軽に動き、二発のうんこ爆発パンチを放った。
「ぐうッ!」
よろめきながらも俺はやり返した。
ドガアアアアアン!!
ブバアアアアア!!!
ボゥヮアアアアアア!!!
ここが異次元でなければ、周りはとんでもないことになっていただろう。俺たちはひたすら殴り合い、その度に爆発が起きた。
バアン!!
軽いジャブが二発、うんこの顔にヒットした。
「よしッ」
緩急つけて当てにいったが、呆気ないほどうまくいった。
生じたその隙で、俺は体内にエネルギーを増幅させる。
「お前もそれが切り札か」
仰け反りながらうんこが言った。
その体が発光していた。エネルギー増幅だ。
どうやら、さっきはわざと打たせたらしい。……ということは、ジャブの直前からエネルギーを溜めていたであろうやつの方が、俺よりも増幅量が多いことになる。
いや、だとしても顔面への攻撃は効いているはずだ。状況は五分五分。
いけるか?
いくしかない。
「ウオオオオオオッ!!!」
「はあああああアッ!!!」
両者、同時にうんこエネルギーを開放。
ドブワッファアアアアウオオオオオアアアアブエワオワッファアワワワワワァォァアアンンンンンンンン!!!!!!!!
「ーーーーーーーッ!!!」
「ーーーーーーーッッ!!!」
次の瞬間、爆風の中で、俺とうんこの拳が交差し、同時に顔面にめり込んだ。
どちらも、本当の切り札はこれだったのだ。
さらに激しい爆発のあとで、俺たちは揃って崩れ落ちた。
「い、今だッ! 捕獲ーーーーー!!」
どこからともなく現れた神少年が、両手から伸ばした神肉の縄でうんこをギュルルルルル!! と縛った。
「ただのうんことして、もとの世界に帰ってもらうよ……!」
ビビりまくりながら神少年は言った。
「あー……? 好きにしろよ。どうせもうエネルギー切れだ」
うんこはそう言って、俺の方に顔を向けた。
「いい爆発だったぜ、お前」
「…………」
俺は喋る気力も残っていなかったが、なんとか一言だけ言った。
「……楽しかった」
負ければ、俺の知る世界の人々が助からない、何が何でも勝たなきゃならない勝負だった。
でも俺は、全部かなぐり捨てて、ただ俺として、一対一の殴り合いに挑んだ。逆説的だが、そうじゃなきゃ勝てない相手だった。
得られた結果よりも、戦えたことが嬉しかった。
俺はにやりと笑った。
うんこも笑い返した。
そのとき、神肉の縄が俺の体をグルリリリ! と縛り上げた。
「君もだよ、長浜」
神少年は言った。
「約束通り、世界は修復する。けど、こういう異常なのはもうなしだ。ボクにまで被害が及ぶからね」
そして彼はポケットから、小さな白い球体を取り出した。
それを十本の指で複雑に撫でながら、
「面倒くさいから放置してた、君たちがオカルトと呼ぶもの――幽霊とかスカイフィッシュとか――って実際は世界のバグなんだけど、今度はそれを完璧に修正する。これでもう、万に一つもうんこが爆発なんてことは起きないだろう。前より硬派な世界になっちゃうけど、それぐらい我慢してよね」
というか、まさか、その球体が俺たちの世界なのか。
などと思う間に、見つめていた球体の白が広がるような錯覚に陥り、気づけばそれは錯覚でもなんでもなく、俺は白に包まれていて、神少年の声を全身で聞いていた。
「別に、約束を守る義理なんてなかったんだけど……まぁ、なんていうか……君がかっこよく見えちゃったんだよね…………」
なに言ってんだ、こいつ。
「あ、忘れて。今の忘れてね。それじゃ、バイバイ」
急に慌ててそんなことを言うと、神少年の気配は消えた。
そして、俺はもとの世界に戻った。




