17
「そういえば、ここにも残ってたな」
移動を終えて、処理場の氷漬けの巨大うんこを前に俺は言った。
優陽はあのときと変わらない姿で氷の中にいた。
「命を張った彼女には悪いが、確かにこれが爆発しない保証はない。あいつに食べさせておくのが懸命か」
とカルマはドゴランを見上げた。
歪みサーベル部隊が、一緒に氷漬けになった優陽とうんこをきれいに分断して、うんこだけを食べやすくカットした。ドゴランはそれをシャリシャリと食べはじめた。
「優陽は、今までどおりここに置いておくのがいいかな。地球の守り神っていうか。こいつがいなければ、こうしてみんなが助かることもなかったわけだし」
俺が言うと、カルマも美良野も頷いた。
「…………」
草村はじっと優陽を見ていた。
こいつは本当に女子からしたらゴミな存在だし、優陽への好意も独りよがりというか、もうネタみたいなもんだと思ってたが、もしかしたら案外本当に……。
そのとき、ドゴランが言った。
「うまい……。このデザートも、はっきり言って臭いが、病みつきになってきた……」
全員が一斉にこの哀れな生物から目をそらした。
ドゴランはシャーベット最後の一切れを飲み込んだ。
「終わった」
俺は言った。
「これで、地球上からヤバい規模のうんこはなくなったな」
美良野が言った。
「俺ももう、うんこ混ぜるのを封印しないとな」
カルマが言うと周囲から笑いが起きた。
その笑いが止むと、なにか、かすかな音がしていたのがわかった。
ピシリピシリという、細かい音だ。
俺たちは振り返った。
氷がひび割れていた。
優陽を包んだ氷が。
「僕の考えでは」
草村が言った。
「優陽は責任感や使命感の塊のような女の子だ。だから、発現した超能力にも、彼女のその本質的部分は反映されている……いや、むしろ彼女の本質が氷へと形を変えたんじゃないか」
氷の亀裂が無数に増え広がっていく。
「今、うんこは消滅した。使命感から開放されれば、彼女の氷も――」
バアアン!
氷が砕け散った。
優陽は立ったまま硬直していたが、すぐに瞬きをして、その目は俺たちを捉えた。
「あれ……。う……んこは……」
と言った。
「優陽……」
俺は泣きそうになった。
「……やっと礼が言えるぜ、優陽」
とカルマが言った。
美良野もでかい体を乗り出して、
「優陽ィッ! オレのこと覚えてるか!?」
忘れたくても無理だろ。
「みんな……」
優陽は言った。
「みんなが、助けてくれたの……?」
そうして涙ぐんでいたが、
「ああ。しかし私たちは何もしていない。結局のところ、君を氷から解き放ったのは、そこの草村だ」
ガブリエルが言うと、奇怪なトカゲ人間の彼を通り越して、優陽の目は草村に向いた。
「草村」
「優陽……。あの日、爆発で死にかけた僕を、君は命がけで助けてくれたんだってね。あんなに嫌っていた僕なのに……。これはその借りを返したわけじゃないけど、とにかくまた会えてよかったよ」
草村はそう言って、優陽を包んでいた氷を一片しゃぶった。
「この、トカゲの方は?」
と、スルースキルの高い優陽にきかれたので、俺はとりあえずガブリエルという名だけ伝えて、
「話すと長くなるんだが、問題が宇宙規模にまで広がってな。でも、もう解決した」
俺はドゴランを見上げた。
「巨大うんこはなくなった。これから普通通り、とはいかないけど、排便の事情が変わるだけで、明日も明後日も明々後日も、俺たちは平和に暮らしていける」
長いようで短い戦いだった。
壊れた街、下水処理のシステム……失ったものは多いけれど、得たものもある気がする。
危機を乗り越えたことで、俺たちは一人ひとりが強くなれた。
人と人とのつながりができたかもしれない。
不透明な未来への希望が、生まれた。
俺たちは……、
「行こうぜ」
美良野が言った。
カルマが、
ガブリエルが、
優陽が、草村が、
振り返って俺に微笑んでいた。
「そうだ」
とつぶやいた。
「俺たちは、これから、どんな苦難にだって」
ブリブリブリブリ!!! ボヂャアアアアアアンンン!!!!!!
とんでもない音がした。
さっきから大人しいと思っていたドゴランの尻先に、それはうまれた。
特大、宇宙生物級の、赤黒いうんこだ。
ガブリエルが呆然としながらも、測定機を当てた。
「エネルギー、膨大すぎて計測不能……。食べたうんこが全て凝縮されたか……」
うそだろ。
ガブリエルは続けた。
「にもかかわらず、爆発まであと十五秒……」
「したてだから、三十秒ルール適用かよ」
カルマがもはや無表情で言った。
うんこは激しく膨張をはじめた。
「え、どうなるんだ」
草村は事態についていけてない。
「夢じゃねえのかよ! リアルなのかッ!」
美良野がパニクって叫んだ。
「……」
優陽は唖然としていた。そりゃそうだ、生き返った途端にこれでは。
「あ、だめだ」
俺の口からは、言葉が漏れるだけだった。
「なにもできない」
爆発する。
宇宙を飲み込む爆発――。
光と、衝撃が、俺たちを包んだ。




