16
ドッ、
ガオオオオオォォォォォオオオオオン!!!!!!
そのとき、メチャクチャな振動が俺たちを襲った。
「なんだッ!?」
カルマが叫んだ。
経験したことのない轟音と揺れだ。途切れることなく、弱まることもなく続いている。病院がぶっ倒れるんじゃないのか。
ピピピピピ! とガブリエルの装備した機械が鳴った。
「なっ…………、巨大質量体、出現、だと? これは……ッ!」
彼は部屋のカーテンを開けた。
遠くの空に、なにか黒いものが見えた。
それは、体を丸めた、なんらかの生き物のようだった。しかし、距離感がおかしい。あれだけ遠ければもっと小さく見えていいはずだ。
「計算した。今、七百メートルくらい。多分、直立したら全長一キロになる」
カルマが笑いながら言った。
「ドゴラン星体だ。間違いない」
ガブリエルが言った。
「あれは、ここから私たちの星よりもっと遠くに住む、星であり、船であり、生命体でもある存在……」
そのドゴランなんとかは、今、完全に体を伸ばした。
一言でいえば、真っ黒な怪獣だ。しかしその体には、よく見ると無数の光がちりばめられている。
「巨大な肉体の中に、百億の意識が宿っている、どちらを個と呼べばいいのかわからない、非常に珍しい生態の宇宙生物だ」
ガブリエルは言った。
「しかし、まずい。やつが行動する場合、その理由は破壊しかありえない。放っておけば地球を壊されるぞ」
……一応、止めなきゃなんねえか。あと二日とはいえ、人類に残された大事な時間だ。
俺たちはまず美良野内部に瞬間移動をして、それから美良野ごとドゴランのいる地点へと瞬間移動した。
「ドゴラン星体、聞こえるか、ポケモン星軍司令官ガブリエルだ!」
ガブリエルは美良野メインルームのマイクを握って呼びかけた。日本語で言って大丈夫かと思ったが、
「なんだ、お前らもいたのか」
と、ドゴランからドスのきいた声が聞こえてきた。
どうやらガブリエルの持つ翻訳機は、単に翻訳というより、その場の言葉の壁を取り払う働きをしているらしい。
「この星の高エネルギー体はいったいなんだ。驚異度が高すぎる。もう星ごと壊すしかない」
とドゴランは言った。案の定、こいつもうんこが目的だったか。
「待ってくれ。星を壊したって問題は解決しない」
と言ってから、ガブリエルは小声で俺たちに、
「ドゴランは思考が非常に短絡的だ。支離滅裂なところもある。知識知能は私たちと同等だが、百億の意思の統一がうまくいかないのだといわれている」
あ……。
そこで俺は禁断の策を思いついてしまった。
「あいつに、うんこ食わせるってのはどうだ……」
と言うと、ガブリエルを含め全員が一瞬、絶句したが、
「……いや、やれるかもしれない。というか、それしかない」
そして彼は呼びかけた。
「ドゴラン、勿体無いぞ。この星のエネルギー体を取り込めば、お前は強力な力を手にできるのに」
するとドゴランは、はっとして言った。
「……なるほど、そうかもな」
そして、ビョワッと音を立てて巨体は姿を消した。
瞬間移動の消え方とは違う……ってことはメチャクチャ素早いってことじゃねえか。
ガブリエルが例のピピピピ鳴る機械端末を見て言った。
「向かった先はドバイだ」
俺たちも後を追うと、ドゴランは今まさに巨大うんこにかぶりつこうというところだった。
「食べやすくカットするから少し待ってくれ」
とガブリエルはトカゲ仲間を大量に呼びよせた。
歪みサーベルでカットしたうんこを、ドゴランは片っ端から食べていった。
「エネルギー反応、減っていってるぞ」
ガブリエルが測定機を向けて言った。
俺たちは揃ってガッツポーズをした。
ドゴランは休むことなくうんこ食を続けている。
「百億の意思決定の欠点だ。あきらかにヤバい味がしているはずだが、一度決めたことだから流されている」
ガブリエルが言った。
「他人事とは思えないな……。俺たちの国とか世界も、はたから見たらこうなんだろうか」
とカルマが言った。
『しかしナイスアイデアだったぜ、長浜』
スピーカーから美良野の声がした。
そうだな……。案外、すべてを諦めた後の方が頭って働くもんだ。
「おいおい。もとはといえば僕の考えだよ」
と、草村が茶化すように言った。
『そうだったな草村。さすがだぜ』
と美良野が言って、
「ははは、でもこんなロボットになっちゃうお前には敵わないよ」
と草村が笑った。
この二人の絡みにしては平凡すぎると言いたいところだが、彼らは以前からこんな感じだ。
どちらも普段の調子を出したら異次元の扉が開いてしまうからだと、俺は割とマジで思っている。
そんな会話をしているうちに、ドゴランはドバイのうんこを食い尽くした。
「こちらのホラだったから当然だが、ドゴランの持つエネルギー量は別に増えていない」
ガブリエルは言った。そのまま間をおかずにマイクのスイッチを入れて、
「ドゴランよ、今のでお前のエネルギーは二倍に膨れ上がったぞ」
大人ってすごい。
ドゴランは喜んで次のうんこの場所へ向かった。
最初は俺たちも律儀についていったが、向こうの食って移動するペースが早すぎるので、途中からはうんこカット部隊だけを向かわせて、こちらは測定機でうんこ消失を確認するだけになった。
「ロシアのうんこ消失。あとは中国で最後だ」
ガブリエルが言った。
「中国には、確か自衛隊が空輸や海上輸送した日本のうんこも混ざってるよな」
俺は言った。
「ああ。ロシアに次いで巨大なうんこだが……」
カルマがそれを言い終わらないうちに、ガブリエルが、
「食べ終わった。これで地球上のうんこは全て消えた」
と言った。
俺たちはドゴランのもとへ瞬間移動した。
「どうだ。俺は強くなったか」
ドゴランの満足げな問いに、
「ああ。もうあの銀河系でお前に敵うやつなどいないだろう。無敵そのものだ」
ガブリエルはさらりと返した。
そして小声で俺たちに言った。
「あとの処理は心配しなくていい。嘘だったとわかれば多少暴れるだろうが、私たちはドゴランの扱いには慣れている。今回は助かった。協力を感謝する」
手を差し出してきた。
俺はぐっとそれを握った。
「礼を言われるべきもわからないよ。元々こっちで起きたことに、あんたたちを巻き込んでるんだし。でも、なんにせよありがとう」
それからガブリエルは一人ひとり握手をしていった。
しかし、その中で、草村だけが黙ってモニターを見つめていた。
「どうした」
俺がきくと草村は、
「いや……。ちょっとマイク使っていいかな」
と言って、来たとき同様に丸まっておそらく帰ろうとしている黒い巨体に問いかけた。
「ドゴラン、シャーベットは好きか?」




