15
草村はシュパッと華麗な足どりでカルマとガブリエルの間に降り立った。
「来てくれるのはナースから聞いて知ってたよ。で、ユウーヒはどこだ? んっ? 長浜、ユウーヒは」
彼は度の入っていないオシャレメガネを何度も指で上げて、ユウーヒという謎のイントネーションを混ぜながら、なおかつ内股の姿勢は崩さずに俺に投げキッスをして言った。
キモい。友人でも容認できないくらいキモい。でも何が一番キモいかって、それらが全て高度な計算のもとになされていることだ。男子しかいない場所では普通の仕草と口調の眼鏡イケメンになる。女子にキモがられることが生きがいらしく、その魂の在り方は人として到底擁護できない邪悪さといえる。
「ど・う・せ・さ……、この中に入ってるんだろーーーーーう!?」
と彼はガブリエルを肘でつついた。
「…………」
ガブリエルが歪みサーベルで一刀両断したいところを耐えているような表情だったので、俺は慌てて言った。
「草村、優陽はな…………。ていうかお前、テレビ見てないのか。俺たちのこと毎日やってるはずなんだが」
「僕が小説しか読まないの知ってるだろう? 長浜〜」
と彼は、一見誰にもわからないように、しかしわかる人にはわかるように、そっと、俺の乳首に触れた。
「こいつはヤバいな」
カルマが言った。
そんな彼を、草村はさらりと流すような視線で見やった。
どうやら、中性的なカルマを女だと勘違いして、必死でキモさアピールをしているらしい。
「しかし長浜、マジで僕の優陽はどこにいったんだ? あいつの香りが全然しないじゃないか。美良野のヤバい香りも全然しないし。まさか二人で秘密の旅行に行ってるんじゃないだろうね? 高校生の身分でそんなの僕はぜったいに許さないよ!!」
草村はいきなり憤慨した。
もういい加減、カルマとガブリエルもドン引きだったので、俺は言った。
「優陽は、もういないんだ」
「知ってる。氷漬けになったんだろ」
草村はさらりと言った。
「……はっ?」
一連の言動の意味がわからず戸惑う俺たちに、彼は続けた。
「知ってるよ。君はガブリエルだ。君は狩間秀明。美良野はロボット化して外で待っているんだろ。全部テレビで観た」
「じゃあ……なんで」
正直、何が目的かわからない嘘だ。別に面白くもないし、全国民が知ってる事実を彼も知っていたところで何の驚きもない。
だが彼は言った。
「優陽がまだ生きてるって、少しだけでいい、思いたかったんだ……。このトカゲの着ぐるみの中で汗をかいているって……。そしてカルマくん、君が実は女性だという妄想をしたかったんだ……。ごめん、僕の身勝手な欲望に付き合わせちゃって、本当に……」
ただ、キモかった。
「しかし、すっかり全快してるな。さっきは天井に張り付いてたし」
俺は言った。
草村はフッと笑った。
「そうそう。どこも悪くないはずなのに医者が帰らせてくれないんだ」
こういうやつを迂闊に野に放つわけにもいかんのだろう。
「で、まぁ、今日の用ってのはな……」
俺は若干口ごもった。うんこ処理策が何も思いつかず闇雲に会いにきたなんて説明しにくかったが、どうにか事情を話した。
こんなことを言われても相手は困るだけと思ったが、
「そうか……。僕のアイデアを聞きに来たか。ちょっと待てよ、今考えるから」
ノリノリで思考しだした。
別にお前のアイデアなんて期待していなくて、ヤケクソ半分の気分転換目的だったなんて、いまさら言えない。
「……べる……ってのは……」
しばらくして、草村がつぶやいた。
「え?」
俺は聞き返した。
彼は言った。
「うんこを食べるってのは、どうだ」
うんこを、食べる。
なにを言ってるんだ、こいつは。
「っていうか、なんで真っ先に試さないんだ。うんこ食べるのを」
言動がおかしいのは美良野も同じだが、おそらくこのあたりが二人の違いだろう。美良野はどんなに謎めいているとしても、俺たちと目的を共にしているから決して害にはならない。しかし草村は完全に常人と違う常識の中で生きている。だから彼が理性的であればあるほどわけがわからなくなる。
「食ってどうするんだよ……」
俺は言った。
草村は呆れたように、
「どうするとかどうなるとかじゃなくて、とにかく食わなきゃ始まらないだろ……。何でも試してみるんじゃなかったのか?」
確かにその通りなんだが、まるで普段から食ってるような口ぶりじゃないか。
「ま、待て!」
カルマが突然大声をあげた。
「待てッ、待て待て! うんこを食べるだって!? うんこは……体内にあったものだよな?」
確認せずとも明らかなことなのだが、せずにはいられないらしい。
すると、それまで沈黙していたガブリエルが、
「うむ。それが体外に出て爆弾と化す。ならば――」
カルマが言った。
「また体内に戻せば、爆発しなくなるかもしれない……」
……。
な、なんてことだ。
可能性としては充分にあり得る。
しかもガブリエルの歪みサーベルでうんこは一口大にカット可能だ。
いける。地球人口七十億人、みんなで手分けすれば……。
「しかし、地獄絵図だぞ、それは……」
一応、俺は言った。
カルマもガブリエルも気まずい顔で視線をそらした。
究極のタブーだろ、うんこ食うとか。
ちょっとかじってみるくらいならいけるかもしれない。けどこの場合、一人何キロ食えばいいんだよ。
「うんこ食うか、死か。…………か」
ガブリエルが哲学めいたことを言った。
カルマがそれに頷いた。
「おとなしく死を選ぶかもな……。まず、そんな無茶をしたところで爆発が阻止できる確証がない。さらにこれは全人類の協力が前提だ。うんこ食いたくないやつらのせいでうんこが残ってしまったら、正直にうんこ食ったやつはうんこ食い損になる。一……想像を絶する苦痛を伴い、二……無意味に終わるかもしれないことを、三……全員が足並みを揃えてやり通さなければならない。これで人が動くわけがない。もし実行するのなら、大規模な情報操作、いや、全人類の洗脳が必要になる」
「ああ、なんか、ダメみたいだな、僕の案は」
少し悲しそうに草村が言った。
「……いや、そんなことはない」
俺は言った。
「これで諦めがついた」
きっと今、俺は、晴れ晴れとした顔をしている。
「うんこを食わなきゃ生きられないなら、死んだほうがいい。多分、誰だって――」
振り返ると、カルマも、ガブリエルも、微笑んでいた。
「――そうなんじゃないか」
俺は、心の中で謝った。
優陽、ごめん。
地球のみんな、ごめん。
だめだったけど、許してくれるか。
「いいよ、長浜」
優陽の声が聞こえた気がした。
「よくがんばったよね。もう、楽になっていいんだよ」
優陽……。
「仕方ないさ」
知らない誰かの声だ。
「ドントウォーリー!(気にするな!)」
知らない外国人の声だ。
全部、全部、都合のいい幻聴だけど、それが聞こえるくらい、俺の中で確かなことが見つかった。
――うんこ食わず、俺たちは世界を終わらせる。
さらば!
終わりません。




