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あれから数日後、美良野のメインルームに俺たちは集まっていた。
「ヤバいぞ……。もう何も思いつかない」
カルマが言った。
「あと三日だ。どうにかならないものか」
ガブリエルも苦い顔で言った。
「美良野、お前は何かないのか」
俺が言うと、スピーカーから声がした。
『ん〜〜〜。オレ、頭悪いしな〜〜!』
と謙遜なんかしてるが、こいつの学力は学年上位だ。昔カルマと暗算で争ったぐらいだから天才の部類かもしれない。
しかし一応話を合わせて俺は言った。
「頭の良い悪いじゃなくて、お前にしかできないすごい発想とかないのか。ていうか処理場でボロボロになった体もいつの間にか直ってるし、マジでもうあとはお前のそういうぶっ飛び加減に賭けるしかないぞ」
『でもほんと何も思いつかないんだよなぁ』
本気の口ぶりだった。
「長浜」
ガブリエルが言った。
「彼――美良野は、うんこ爆発の影響で能力開花した、いわばうんこチルドレンだ。今、ぶっ飛び加減といったが、そういった要素でも、彼はオリジナルであるうんこを超えることは不可能だと思われる」
「そ、そうなのか……」
ならもう手詰まりじゃねえか。
「私は、この現状を母星に連絡していない」
ガブリエルは淡々と言った。
「伝えられるわけがないからだ。下手な混乱を招くより、何も知らず皆が一瞬で死んだほうがいい」
ああ、こいつ軍の責任者だっけ。大変だよな……。
と思ったが、そこでふと地球の現状のことを考えた。
地球人はみんな、リミットのことを知っている。
伝えたのは…………俺とカルマだ。
つーか、この流れを作ってカルマを巻き込んだのは俺なんだから、結局は俺だ。
「…………」
おなかが痛くなってきた。
俺はよく堂々としてるとか態度がでかいとか言われて、物事の中心に担ぎ上げられる傾向があるし、自分としてもノリノリでそれをやったりするのだが、それはうまくいってるときだけで、実際は失敗まで背負い込める器なんてない。優陽のときだって…………あ。
優陽の家族とか今どうしてるんだろうな……。バタバタしていて考える余裕がなかったというか、無意識に考えないようにしてたフシもなくはないが、あいつが氷漬けになったのは報道で知ってるだろうし、……どうして何も言ってこないんだろう。逆に心が苦しい。
美良野だってこんな変わり果てた姿に……ってこれは俺のせいじゃないか。
でもとにかく、やらかした感がやばい。うんこが多少爆発しても、出しゃばらずに一市民として過ごしていればこうはならなかったのに。
処理が頓挫しかけてるのは世間にもうバレてる。激しく責められるのも時間の問題なんじゃないか。
「う、うう……」
「長浜、どうした。大丈夫か」
カルマが気遣ってくれたが、全然大丈夫じゃない。重圧で俺が爆発しそうだ。
「あと四日ですべてが終わるのだ。無理もない」
とガブリエルが言ってドリンクバーから梅昆布茶を注いできた。
「でも、なんか実感ないな。死ぬのか、俺たち」
とカルマもドリンクバーからコーンスープを注いできた。
『そろそろ昼飯の時間だな。自動調理機に新作メニューが入ったのは知ってるか?』
と美良野が言って、チーンと調理機からピザが出てきた。
チーズとはちみつのピザ、クワトロフォルマッジ。
「これは、私は好きだ」
ガブリエルが食べながら言った。
「ああ、いける。最初は抵抗あったけど、やみつきになるな」
カルマは夢中で食べていた。
「………………」
俺は、ピザを楽しむ、余裕すらもない。
思えば、総理大臣や大統領、国連のやつらよりも俺は責任を負っている。いや、自分で始めたことだから仕方ないんだが……。
「そうだ、自分で始めたことだ……」
俺はつぶやいた。
「俺にしか、俺にしかできない。頭が平凡だとか何だとか言ってられない。お、おっ、おれが、おれが」
「長浜……?」
カルマが覗き込んだ途端、俺は爆発した。
「おあえああああア!! もうっ! もうもうもう、やるしかない! 時間がない! とにかく、今までやってなかったことを全部やるんだ! 早くッ! はやくはやくはやくはやくはやく」
「と、いっても、例えば何を……?」
恐る恐るの調子でガブリエルがきいてきた。
うううっ、あれだよ、あれあれ!
「殴ったりとか! うんこ殴ったりとか!」
「長浜……大丈夫だ……! まだ四日もあるから、自暴自棄にならなくても、まだ……!」
カルマが俺を優しくなだめた。
「その、すまなかった。君がそこまで追い詰められているのに、さっきはくつろいでしまって……」
ガブリエルが謝罪した。
俺は言った。
「いえ、そんな、謝らなくていいですよガブリチュウさん! どうぞくつろいでください! なんなら今から俺の部屋のベッドで寝ていいですよ! うんこのことは俺が一人で全部なんとかしますから!!! なんとかしますから!!! アハハハハ! アハハハハハハ!――――そうだッ、これまだやってなかった! みんなでうんこの周りを盆踊りしよう!! きっと神様が見ててくれる!! そして助けてくれる!!」
カルマとガブリエルがさめた目で俺を見ていた。
そうして、多分、下手に否定しないほうがいいと思われたのだろう、俺の出した糞アイデアを片っ端から試してみることになった。
うんこを殴ったり、周りでトカゲたちと盆踊りをしたり、水鉄砲を撃ってみたり、みんなで願いごとを短冊に書いてうんこに貼り付けてみたり……。
リミットまであと二日。
少し冷静になった俺は、美良野メインルームにて、リスト化したアイデアを試したものから順にペンで消し込んでいた。
「これも駄目だった。『全員、語尾にうんこをつけて話すことでうんこの怒りを消滅させる』」
キュッ、とペンで消した。
「どうしても、おまじないというか、宗教めいたアイデアになっちまうな」
カルマが言った。
「しかし、次のは少し違うんじゃないか」
ガブリエルがリストを指差した。
『草村に会いに行く』
「……草村って誰だ?」
カルマが首を傾げた。ああ、こいつは知らないよな。
「俺たちの目の前でうんこ自爆した、まぁ友達だ」
と俺は言った。
なんでこれをリストに書いたのかもよくわからない。これに限らず全部よくわからないわけだが。
「友に会いに行くか。宗教は脱したが、今度は終活めいているな」
ガブリエルが言うと、俺たちは皆笑った。
そりゃ笑うさ。あと二日で終わりだもんな。
瞬間移動で病院についた。草村の携帯はあのときうんこ壊れして連絡がとれなかったが、運んだ病院に問い合わせたところまだ入院しているとのことだった。
一時は避難所になっていたらしい病院だが、爆破場という名の実質空き地なトイレが各地にできてからはそれも解消されている。
病室のドアを開けた。
ベッドはもぬけの殻だった。
「いない……?」
俺が言ったそのとき、
ピピピピピピピピピ!!!
ガブリエルの装備機械の一つから警告音が鳴り、彼が言った。
「上だッ!」
全員が一斉に見上げた刹那、
「優陽、好きだアーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!」
と声が降ってきた。
天井の角に、クモのように張り付く男、草村がいた。




