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「君たちにとってあれがなんなのかは知らないが、はっきり言って、この星の文明技術で扱える規模のエネルギーではない。おそらく偶然に生まれてしまったものと見受けられる。対処は私たちに任せてもらおう」
ガブリエルは言った。
「なぁ、これは、やれるんじゃないか……」
とカルマに言うと、彼は興奮気味に、
「ああ。想定外のなにかが、まさに起きた。闇雲にでもうんこを集めて正解だった……」
遠くの星から数日でやってきて、一瞬で宇宙船から地上に降り立ち、なんの苦労もなく日本語を話してコミュニケーションをとる……特別に示されるまでもなく、こいつらのテクノロジーが俺たちの遥か上をいっているのは明らかだ。任せる以外に選択肢なんてない。
「ガブリエルさん」
俺は言った。
「そうしてもらえると非常に助かる」
ガブリエルは頷いた。
「ではまずエネルギー体の調査から始めよう。調査班を降下させて」
ゴトリ。
彼の腰のあたりから何かが落ちた。
てのひら大の、石のような物体だ。透き通っていて、中に星のような無数の輝きが見える。
「なにか、落としましたよ」
俺は言った。
彼は、「失礼」と言ってそれを拾った。
「すごいな……。宝石かなにかですか」
とカルマが言った。それは思わず吸い込まれそうな美しさで、まさしく広大な宇宙の神秘だった。
ガブリエルは言った。
「これは、宝石ではない。体内の不要物を定期的に体外に出しているんだ」
うんこじゃねえか。
「ふ……伏せろーーーーーーーーーーーッ!!!」
カルマが叫ぶと同時、ドッバオォオオオオオオン!!!! と、なんだか懐かしい爆発が起きた。
俺とカルマは美良野がとっさに手で守ってくれたため無事だったが、ガブリエルとホワイトハウス連中はゴミのように飛んでいった。
ドォォォォン!
ドッバァァァン!
上空を覆った宇宙船からも、うんこ爆発が続いた。
そしてどうやら、動力源に致命的な損害が出てしまったらしい。宇宙船は傾いて少しずつ空から落ちてきた。
ところどころにある窓らしき部分から、トカゲ宇宙人がバラバラと脱出するのが見えた。
その数秒後、宇宙船は突然真っ黒に染まり、焼けた灰のように細かく風に流されていった。
カルマが言った。
「すごい。多分、墜落を避けるためにクリーンなやり方で自爆させたんだ」
俺は「ああ」と適当な相槌をした。
「うんこが爆発するとは知らず、先日は失礼した」
と言って、腕や頭に包帯を巻いたガブリエルが俺たちのところにやってきた。
「いや、先に知らせなかった俺たちも悪かった」
俺は美良野内部のメインルームに彼を案内して、ドリンクバーの茶とチーズケーキを出した。
ガブリエルはそれに口をつけて言った。
「君たちは、排便の処理はどうしているんだ?」
おそらく、本題に入る前の軽い雑談だろう。にしては汚すぎるんだが。
「俺はまぁ、そのへんで。カルマは窓から投げてる。美良野は、ロボットになってからうんこは出てないみたいだ」
「ほう」
「あとは凍らせてトイレに流す……いや確認とったわけじゃないが、うんこを凍らせられる仲間も以前いた。超能力だ」
それを言って、ひょっとしたら驚くかなと思ったが、
「なるほど」
彼は平然としていた。
俺はきいた。
「もしかして、超能力とかロボット化とかは宇宙レベルでは珍しくないのか?」
「いいや、前例がない。しかし理論上はあり得る。現在この世界は科学的秩序が支配しているが、それが何らかの原因で崩壊すれば、当然素養のある者に限られるが、秩序の枠からはみ出すこともあるだろう。よって私たちは、うんこの爆発を不可解と思うのは君たちと同じだが、それが引き金で超能力者やロボットが現れたのはむしろ必然だと考えている」
「へえ……」
素養か……。まぁ充分にあったな……二人とも。
「で、巨大うんこの処理はできそうか」
俺は言った。
彼は頷いた。
「うむ。母船は消滅させてしまったが、必要な道具は、乗員が脱出時に持ち出している。今から調査に向かう予定だ。君たちも一緒にどうかと思ってな」
「ああ。行かせてもらう」
そうして俺たちはまず、船を失ったトカゲ連中が寝泊まりする公園に向かい、調査班と合流した。彼らは、母星でもベッドとか家なんてものはなく、野宿する種族らしい。トカゲだからその方が自然なんだろうが、それでいてハイテクだから不思議な感じがする。
現場まで美良野で移動するのを提案したが、その美良野ごと一瞬で移動する技術があるとのことで却下された。そういえばガブリエルの登場時がまさに瞬間移動だった。俺たちからすると、これこそ超能力や不条理にしか思えないのだが、彼らに言わせれば立派な科学らしい。原理をカルマが聞いていたが、彼でも理解できない高次元の理屈が働いているとのことだった。
なんにせよ俺たちは、超巨大うんこが置かれているハリウッドへと到着した。
アメリカ人が大慌てでうんこを集めたのがたまたまここだったために、映画の聖地は建物が一掃され、あの有名なHOLLYWOODの文字看板に並んでうんこの山がそびえ立っている。
調査班が機械による調査を開始した。
得られた結果はすぐにガブリエルに報告された。
「やはり母星からの観測通り、爆発を起こせば我々が把握する宇宙全体を飲み込むほどのエネルギー量です」
「ふむ」
「そして、直に計測したことで、爆発猶予時間も判明しました。あと九日と十時間二分です」
カルマの予測とほぼ同じだった。このハリウッドのうんこが最も小さく、リミットが近いのだ。
「では、処理をはじめようか」
とガブリエルが言った。
トカゲの一人が小さな機械をうんこ山に向けた。
ボタンを押すと、うんこ山がぶるるっと震えた。
「だめですね」
と彼は言った。
「ううむ」
と唸るガブリエルに俺はきいた。
「何をやったんだ」
「ああ、母船を自爆させたのと同じ技術を使って灰にしてしまおうとしたのだが、効かないようだ」
あの見るからにオーバーテクノロジーなやつが、うんこに対してはぶるるっ、でお終いかよ。
「ならば、これしかないな。私が直接やろう」
と言ってガブリエルは腰から筒状の機械をとった。
スイッチを入れると、フィィィィ、と音がして、筒の先端から、長さ二メートルくらいの歪みのようなものが発生した。
「物質ではなく、それが存在する空間自体を切る剣だ。そのため、どんな硬いものでも、逆に軟質のものでも、絶対的な切断ができる」
ガブリエルは剣を構えた。なにか流派のようなものを想像させる、無駄がなく美しい構えだ。
「シャアッ!」
一閃、そして、
「フォォッ!」
また一閃。
「チョアアアッ!」
最後は突き刺した。
彼が静かに剣を抜くと、三角にカッティングされたうんこが刃の上についてきた。
「……可能だ。小さく分断することは、可能」
ガブリエルは言った。
「やった……!」
カルマが拳を握った。
俺も思わず飛び跳ねそうになった。
「こうしてどんどんバラしていけば、とんでもない爆発も起きなくなる! あんたら凄すぎるよマジで!」
と俺が言ったそのとき、調査班の一人が、カッティングされたうんこに機械の先端を当てた。
「あ、駄目です。エネルギー量、減ってません」
彼は言った。
「なので、切れば切るほどエネルギー総量増えますから、爆発はさらに悲惨なことに」
もうすでにうんこを斬りまくっていたガブリエルが、ピタリと動きを止めて振り向いた。
「なんだと……」
地球どころか、宇宙終了も濃厚になってきた。




