12
頭の中に、これまでの彼女との、ほんとうに些細なやりとりまでもがフラッシュバックした。
そして、思い返せば思い返すほど、彼女の代わりになるような人間はこの世にはおらず、唯一無二だったことを理解した。
それが、永遠に失われてしまったことも。
感情が波のように押し寄せる。
こみ上げ、
おさえきれない声となる。
「優――」
「優陽ぃぃぃぃあああ!!!!! うおあおあおぁあぁあぁあぁおぁおぁおあああああーーーーーー!!!!! オオオオレが! ふがいないばかりにボアアアァァあぁアァオァオアオあああーーーー〜〜〜!!!!!!!」
グアアアア!! ボロボロッ! ボロボロボロボロドボドボド! ボトボトボトッ!!!
美良野は抱えた頭をシェイクしながら、目だと思われる部分からネジとかチップとかUSBメモリとかを際限なく放出落下させた。
「…………」
俺もカルマもかなり動揺して、俺にいたっては慟哭寸前だったが、美良野の泣き方があまりに凄すぎたせいで落ち着いてしまった。
「ここは……」
少しして、カルマが言った。
「あいつ……優陽のおかげだ。危機を脱した。しかし」
「まだ処理場は残っている」
俺は言った。
「それをどうにかしないと、結局地球は消滅する。優陽の死も無駄になっちまう」
カルマはうなずいた。
「ああ、策がなくても、やるしかない。諦めたくなんかない。今、こうなって、お前の言ってたことが、ようやくわかった気がする……」
「つっても策がないのはマジなんだよな……」
と俺は苦い顔をした。
「やるしかないっていっても、何をすればいいのかもわからない段階だし。せめて取っ掛かり程度のものでもあれば……」
「ある」
カルマは言った。
「え?」
「あるんだ」
どこか言いづらそうに彼は続けた。
「うんこを混ぜれば威力が上がる……と同時に爆発リミットも延長する。世界中の処理場のうんこを、できる限り混ぜまくることで、世界終了の日を遠ざけることは、できる」
そういえばそうだ。なんでこんな簡単なことに気づかなかったんだ。
と、食いつきかけた俺を、カルマは指で制した。
「ただ、これは根本解決にはならない。確かにリミット延長は足し算ではなく掛け算的なものだ。だが、すでに爆発の迫っているうんこを混ぜたところで、そんなのたかが知れている」
「新しくしたうんこもどんどん混ぜていったらどうだ?」
と、こいつも落ち着いたらしい美良野が言った。
カルマは首を横に振った。
「掛け算的、と言ったよな。それが本当の掛け算なら、全人類がうんこを巨大うんこに混ぜることを日常化すれば、爆発を永遠に起こらないものにできるだろう。だが、実際のリミット倍増率はもっと低い、というか、リミットが迫るほど、そして混ぜて巨大化するほど、リミット減少率が増加するようになっている。決して抗えない、爆発への引力が存在しているみたいにな……」
「……結局、焼け石に水ってことか」
俺は言った。
「ああ。この地球のうんこを一つにまとめたところで、リミット延長は数十日がいいとこだろう。だが、それでも、そこで得られる猶予に価値がある」
カルマは言った。
「今回のことで、俺は自分の計算に狂いがあることを思い知った。しかしそれは、今は嬉しい誤算だ。俺は、自分が作った破滅のシナリオを、想定外の何かが壊すことを望んでいる。その何かを、探すための猶予だ」
バラバラバラバラッ!
そのとき、遠くからヘリの音が聞こえてきた。
警察かと思ったが、報道ヘリだった。
「美良野がついに注目されたか」
俺は言った。
カルマが頷いた。
「好都合だ。世界中のうんこを集めるには、俺たちだけじゃ限界があるからな」
ヘリが近づいてくる。カメラマンがこちらにカメラを構えているのが見える。
「美良野、応対任せていいか。多分、お前が喋るのが一番インパクトがある」
俺は言った。
そうして、俺たちはヘリからカメラとマイクを向けられ、日本、いやおそらく世界に向ける声を発信した。
美良野は驚くほど真面目なしっかりとした口調で、うんこ収集の呼びかけをした。
カルマはここぞとばかりに専門的な用語や数字を出して、それを補助した。
さらにうんこと一緒に氷づけになった優陽の姿も映され、その悲劇性が世論を後押しした。
俺は何もせず突っ立ってただけだったが、それが逆に威厳を放ってしまったのか、美良野やカルマのプロデューサーだと世界中に認識された。
それから数日で、全世界の処理場から大型重機等を用いて巨大うんこが運び出されて混ぜられ、地球の主な大陸と同数の七つにまでまとめられた。
…………。
……で、どうする。
カルマも、俺も美良野も、世界中の頭のいい連中も、この莫大な負の遺産の片付け方をまだ思いつかない。
質量が多すぎて運搬不可能なため、これ以上混ぜることのできない七つの超巨大うんこの爆発リミットは残り二週間。
一日経過。
二日経過。
どうする。
三日経過。
どうするどうするどうする。
四日経過。
「カルマっ!」
俺は美良野内部の廊下を行き、彼の部屋のドアを開けた。
カルマは椅子に腰掛けて、ワシントンの街並みを眺めていた。今、美良野ロボはホワイトハウスの横に立っているのだ。
「考えていた」
カルマは言った。
「俺たちは一体何をやってるんだろうって。うんこなんて集めてさ」
ああ、こいつも追い詰められてるな、と思った。
俺は言った。
「しかし冗談抜きでやばいな。猶予があったって、問題に解自体が存在しなきゃ解けるわけがないか?」
カルマは難しい顔をして、
「漫画とか映画なら、そもそもこうなった原因を探って、それを取り除いて一件落着だよな。だから、ここ数日はずっと、原因の方に着目して考えてるんだが、何も出てこない」
こうなった原因か……。
――あ。
「ちょっと待て。今なんか思いつきそうだ」
俺は言った。
何か、頭の中で掴みかかっている。俺の思いつきなんて正直たいしたことないだろうが、今は本当に藁にもすがりたい状況だ。カルマも身を乗り出した。
そのとき、
ゴォォォォォ……。
ヴヴヴヴヴヴヴヴ……!
なにか異様な音が辺りを包み込んだ。
美良野の不調かと思ったが、違った。窓から見える空が徐々に暗くなっていく。外で、何かが起きている。
俺たちは美良野から出た。ホワイトハウスの連中も集まって空を見上げていた。
ぐあんぐあんぐあんぐあん……という聞いたこともないような音が鳴っていた。
カルマが言った。
「爆発までは、まだ猶予があるはずだ。ライブカメラで見ても、七つのうんこはどれも落ち着いている。これはおそらく、うんことは無関係に起きていることだ」
「地球が、怒っているんだ。お前らのせいじゃないのか?」
とホワイトハウスの連中が英語で言った。ちなみに俺はリスニング専門だ。喋れない。
美良野は喋れるので、英語で適当なことを言って彼らを黙らせた。
「……くるぞ」
カルマが言った。
そして、空の色が変わった。
「うッ……」
俺は呻いた。
それは映画でよくある光景だった。
空一面を、光り輝く金属体が覆っていた。
「宇宙船……」
俺は言った。
「いたのかよ、宇宙人」
苦笑いでカルマが言った。
ホワイトハウス連中は大声で騒いでいた。それを美良野がまたピシリと言ってしずめた。
「流れ的に、宇宙人が降りてくるよな……」
金属体を見ながら俺は言った。
カルマも見上げながら、
「しばらくは様子を伺うのかもしれないぞ。あっちからしたら地球は未知の星だ……」
「いや、すでに降りている」
と、カルマの隣のやつが言った。
見ると、トカゲ人間がいた。
「うっ、うおあああ!!」
カルマが飛び退った。
「驚かせてすまない」
と彼は言った。身長二メートル以上はある、直立歩行のトカゲ……服は着ていないが、胸や腰に機械的なアイテムをつけている。翻訳機とかだろうか。
彼は言った。
「察しのことと思うが、私たちは遠くの星からやってきた。ポケモンという星だ。だから私たちのことはポケモン星人、もしくは単にポケモンと呼んでくれて構わない」
お前らはよくても商標的にどうだろうな……。
「私は、今回のこの星への接触行動の責任者で軍司令官のガブリエルという。よろしく」
と、彼は俺に手をさしだしてきた。
「……俺かよ。なんで俺だよ」
ちょっと視線を横にずらせばホワイトハウス勢の中にトランプもいるだろうに、と思いながらも握手した。
「逆に、君以外にいるのか」
とガブリエルは言った。
そんなにオーラあるのか俺は。確かにカルマが近くにいるせいで現状には詳しいし、美良野のパイロットだと思われてるフシもあるが、一番何もしてないぞ。
「……で、今日はなぜ地球に?」
半ば仕方なく俺はきいた。
実は微妙に想像はついていたが、やはり、そのとおりの答えが返ってきた。
「ここ数日で、この星に発生した、七つの高エネルギー体の調査だ。宇宙の秩序維持のため、私たちはそれを放置するわけにはいかない。勝手ながら、処理をさせてもらう」




