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ジュワああああ!! とうんこの焼ける音が響き、こうばしい臭いが噴出した。
「つーか光線ぶつけてどうすんだ……。かえって爆発が早まるんじゃねえのか……!」
俺が言うと、カルマが、
「いや、焼却して灰にできるのなら、それこそが本来のうんこの処理法だ! 確かに誘爆の恐れはあるが、この際――」
「ちがうぜッ!」
美良野の四重に重なった声がした。
「オレの破壊光線は、ただの光線じゃねえ!」
うんこ焼き肉の煙が晴れた。
そこに見えたのは、四体の美良野を起点に、釣り竿のようにしなる、四本の光線……その先端は、うんこに焼け付いて結合している。
「うおおおおおおお…………!!」
四体の美良野が、光線を振り上げる。うんこは持ち上がらないが、光線の折れ曲がった部分が濃く変色し、明らかにバネのような力が溜まっているのがわかる。
光線というものは絶対にこんな性質じゃないんだが、……それこそが美良野の力だ。
常識なんて屁だ。
法則なんて便所の落書きだ。
「お前こそが……真理だッ! うんこ吹っ飛ばせ美良野ォォオオオオオ!!」
「ふおおおおおおおおおおおおおオオオオオ!!!!」
俺の叫びに呼応するように美良野は声を上げ、四体が同時に大物フィッシュを釣り上げる姿勢に入った。
ズ、ズズズ……と煙を上げながら、沈殿池のヌシが浮き上がった。
美良野が最後の叫びをあげる。
「フォアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーー!!!!!!」
ポキッ。
急角度でしなっていた光線が、四本同時に折れた。
ズウン……!!!!
持ち上がりかけていたうんこが沈殿池に落下し、
ブイイイイイ……! ヒュゥウウウウウウン……。バチバチッ、バチバチバチバチ! グシャア! ガシャア!
四体の美良野が火花を噴き出し、電力ロストっぽく真っ暗になって、次々に壊れていった。
「ぐはあ……」
一体だけ、ボロボロながらもなんとか形は保っている美良野から声がした。
「駄目だった、すまん……」
そんな彼に、ねぎらいと、励ましの言葉をかけてやる余裕はなかった。
うんこが、膨張していた。
沈殿池を溢れるんじゃないかというほどに。
「ば、爆発する……!」
カルマが戦慄して言った。
「考えろ……考えろ……」
俺は早口でつぶやいた。
……だめだ。頭が回らない。
眼前に迫る驚異のせいで。
死が、こわすぎて。
結局こわいんだ。どんなにかっこつけたって、自分が可愛くて、大事で、ずっと生きていたい。死にたくない。死にたくないんだ!
俺は情けない声で叫んだ。
「ち、ちくしょおぉぉ……!!」
そのとき、何者かがフェンスを跳び越えた。
まっすぐな視線、何かを思いつめたような表情……、他の誰かと見紛うわけもない。
「優陽!」
俺の声なんて聞こえないかのように、彼女は落下の勢いそのままに、膨れ上がるうんこへと拳を打ち込んだ。
ドッ――、
ピシィ! ビキバキバキガチガチガチィイイイイ!!
殴った点を中心に、凍結が広がった。
だが、さらに膨張を続けるうんこは氷をひび割れさせて、ところどころで破裂粉砕させていく。
優陽はさらに拳を打ち付ける。
ガッ――、
ピキィィィィ………………。
氷が完全に沈殿池を覆った。
が、またもうんこは膨張、ついに地面の高さを超え、優陽を乗せたまま十メートル近い高さまで持ち上がった。
「うう……ああアアアアアアアアアーーーーッ!!」
優陽はさらに打撃を繰り返した。
凍結はそのたびに広がって、分厚くなっていく。
だが、優陽の動きも徐々に鈍くなり、遠目に見ても顔が青白くなっているのがわかった。
「あいつ、やばいぞ……!」
カルマが言った。
「よせ……優陽……」
こんな小声じゃ届かない。届いたところで意味をなさない。わかっていても俺にはそれしかできない。
「ハアアッ!!」
優陽は大きく拳を振り上げ、
「ああア!!!」
打ち付けた。
しかし今度は次の攻撃に入らず、そのまま左手も添えて、激しい唸り声をあげはじめた。
割れかかっていた氷が、骨折の自己修復のように厚みを増して、さらに周囲の空間にまで浮き出た氷の結晶と結合していく。
「……完全に、うんこを抑え込む気だ」
カルマが言った。
俺は、寒さのせいだけとは思えない震えに歯を鳴らしながら、
「でも、どこにそんな力が……」
そのとき、気づいた。
優陽の髪が、凍りはじめている。
それはすぐに耳のあたりまで下りて、肩、胸、腹部へと広がっていった。
「命を燃やして……いや、凍らせているんだ……」
カルマは言った。
そして、優陽は叫んだ。
鋭い凍結の音とその声が共鳴し、増幅して、あたりを一瞬無音にした。
気づけば、終わっていた。
巨大うんこは活動を止めていた。
それを閉じ込めた氷の中に、優陽もいた。
戦いを終えた、どこか穏やかな顔で、彼女の時も止まっていた。




