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うんこ大爆発  作者:
10/25

10

「優陽、このコーンスープうまいぞ。おいしく飲むコツは頭を空っぽにすること――」

 カップを二つ持ってドアを開けた俺が見たものは、誰もいない部屋だった。

 俺はコーンスープを放り出して、廊下に出た。

 思えばさっきは、不自然なくらいに物分かりがよすぎた。まさかとは思うが、一人で処理場に向かったんじゃあ……。

 しかし杞憂だった。

 優陽は、廊下をさっきと反対側に行った先の、外が展望できるバルコニーにいた。

「なんだ……ビビった……」

 大きく息をついた俺に、優陽は振り向いて言った。

「ごめん、勝手に。風に当たりたくて」

「そうか」

 と、俺も欄干に寄りかかった。風が気持ちよかったがうんこ臭かった。

 しばらく二人で街を見下ろしていた。今も爆発音は頻繁に聞こえる。だが、人々も学んだらしい。爆発が起きているのは特定の場所だけだった。つまりそこがトイレということだ。

 そんな景色を見ながら、俺は優陽に話しかけるタイミングをはかっていた。

 あのことを、言わなくてはならない。

 処理場に、彼女は連れていかない。もうこのわけのわからない使命から自由になるんだと。

「……優陽」

「行くなっていうんでしょ」

 先に言われた。

 驚く俺に、優陽は微笑んだ。

「わかるよ。もう三年以上の付き合いだもん。なんで仲良くなったのか、今でもよくわかんないけど」

「……だな」

 たまたま、席が隣で、美良野も入れて同じ班で、普通に話が通じるから話をして、帰り道が同じだったから一緒に帰ったりした。

 それがなければ繋がりなんてないし、友人だ仲がいいだと言ってるが、決して親密とは言えす、ベタベタしたりケンカになったり、ましてや恋仲だなんて考えられないような距離感がある。

 それでも、相手が次に何を言うかはわかったりする。

「私は、行くよ」

 優陽は言った。

「役には立たないかもしれない。けど、何もできないわけじゃない」

「でも、優陽……」

 言いかけた俺を、彼女は優しく微笑んで制した。

「私は、計画が立てられない」

 いきなり何を言い出すのかと思ったが、優陽はそのまま続けた。

「小さい頃からずっと、先のことよりも今、目の前にあることが気になって。それが、普通に考えたら自分と無関係なことでも、私がやらなきゃって思っちゃって……」

 そういえば、中学から今まで、俺は学校でいじめというのを見たことがない。

 もしかすると、こいつがそういう芽を全部潰していたのかもしれない。

「テレビをつけたら、外国で理不尽に人が死んでる。テレビを消しても、気になって気になって、勉強なんて手につかなくて、気づいたら体鍛えたり、格闘技を習ったりしてた」

「……」

「スポーツ推薦で高校入れたのも奇跡だって言われてて。……私、自分でもわかってる。世界の現状を変えたいなら、勉強して、そういう仕事に就く方がずっと近道……いや、そうするしかないって。自分が強くなったって、外国の紛争は終わらない。わかってるのに、先を考えて動けない。気づけばまた筋トレしてる。……そんな自分が嫌だった。けど――」

 優陽は言った。

「世の中がこうなって……思ったんだ。今、この時のために、私は生まれてきたんだ、って」

「……そうか」

 言えない。こんな話をされて、「行くな」なんて、言えるわけがない。

「……わかったよ。一緒に行こう。でも」

 俺は言った。

「絶対に無理はするな。自分を一番大切にしろ。他の誰よりも……いや、俺よりも先に死ぬなよ」

「うん……」

 優陽は頷いた。

 いつの間にか、爆発の音はやんでいた。

 単に、人々が寝入ったからだとは思うが、なんとなくそれがありがたかった。

 静寂の夜空を二人で見上げた。


 午前八時、朝食を済ませた俺たちは、メインルームと称される大部屋に集まった。

 そこには、多分、美良野の体調とか機嫌とかを示すのであろう計器類と、いくつものモニター、スイッチ類、安全ベルト付きシートが五つ、そしてマッサージチェア、ルームランナー、冷蔵庫など、なんでもあった。

 雰囲気を阻害するものは全部部屋の端に寄せて、俺たちは中央のテーブルを囲んだ。

「いくぜ、隣町の下水処理場」

 カルマが言った。

 どんな因果か、最も小規模でリミット間近の処理場は電車で五分の隣町だった。そのおかげで昨日はゆっくり休めたわけだが。

「美良野、任せていいんだな?」

 俺が言うと、

『オーケー。このガンダム、飛行機能がついてるからな』

 と室内スピーカーから声がした。もはや俺の心も突っ込むのをやめた。

 俺たちはシートに座ってベルトを装着した。よくわからない乗り物に乗るのだから当然と思ってしたのだが、

「美良野、まだ発進しないのか」

『もう着いてるぜ、早く降りろよ』

 なぜか下ろしっぱなしだった窓のブラインドシャッターを開けると、処理場が眼下に見えた。

 とんでもなく静かな離発着だった。ギュイイイイイ、ガシャア! ピカア! バアアアアン!! という馬鹿うるさい駆動音は、じゃあ何だったのか。

 俺たちはエレベーターで降りて、美良野の左足のつま先から外に出た。

「沈殿池ってのはどこだ」

 俺が言うと、なぜか表情をこわばらせたカルマが言った。

「目の前にあるぜ……」

 目の前……。視界いっぱいにフェンスが広がっている。この下がそうなのか?

 位置的に見えないと思い近づくと、徐々に違和感がでてきた。

 なんだか、向こうの景色が見えにくい。湯気が出ているのだろうか。この周辺は、夏の気温とは別質の暑さな気がする。

 気づけば、ごぽりごぽりという得体のしれない音も聞こえる。

 うんこが、沸騰しているのか……?

 多分、美良野の高さからは中身がすでに見えているのだが、彼は何も言わない。……言えないのだろうか。

 俺たちは慎重に、フェンスまで近づいた。

 ものすごい熱気と湯気だった。

 苦労して目を開き、見た。

 そこに、大量の、赤黒いマグマが溜まっていた。

「うウッ!」

 俺はうめいた。

「これが、全部……」

 優陽が口もとを覆った。

「うんこだ……ッ」

 カルマは青ざめていた。

「くせえ!! 息止めてても臭うぜーーーッ!!」

 美良野は大きくのけぞった。

「まずい……まずいぞ……」

 カルマは突然、頭に手を添え、目を強く閉じて、思考するような格好をしながら言った。

「お前ら、マジですまない……。爆発エネルギーが熱となってうんこ内部に溜まってるのはわかっていたが、それが沸騰を起こすことを――クソォ! こんなの小学生の理科だ!――考えていなかった!!」

「つ、つまり……?」

 俺は努めて冷静に先を促したが、カルマはもう絶叫しかかっていた。

「沸騰による質量の減少、水分が失われ冷却作用喪失、諸々を考慮して再計算の結果――――もう時間がねえ! このうんこ、今この瞬間に爆発しても全くおかしくねえぞッ!!!」

 見たまんまだ。

 この膨れ上がったマグマは、もはや爆ぜる寸前の印象しかない。

「うおおおおお!! お前らどいてろーーーーーーッッッ!!!」

 視界すべてが影に覆われた。

 俺たちの頭上を越えて、美良野が跳躍していた。

「どうする気だ! お前のパワーじゃうんこは持ち上がらないぞ!」

 俺は言った。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 美良野は雄叫びをあげ、そして、

「影分身!!」

 四体に分裂した。

 ……もう、もう、なんでもいい! この事態を変えられるなら細かいことは言わない! いけ、美良野!!! やれーーーーーーーっ!!!

「は・か・い・こ・う・せ・ん」

 四体の美良野はどう見てもかめはめ波のポーズで、あきらかにかめはめ波の模倣と思われる光線を発射した。

 ワッッッッ――――!

 辺りは光に包まれた。

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