男は降り立つ1
目を覚ます。
そこは、森の中だった。
「ったく…これからどすっかな」
いきなり、呼ばれた世界に情報も無く、食料も無く、どこに向かうかさえ分からない状態だ。
「まず、食いもんからだな」
しばらく森を歩く。
日本にいたときには、見たことがないような植物や昆虫がいる。
さすがに、見たこない植物や昆虫を口にするのは怖い。
「おっ」
腰に差した刀を抜く。
「グルルルゥッ」
男の目の前に、紫の毛皮に体長3メートルは超えるような巨大な熊のような生き物が、メキメキと木を押し倒しながら現れた。
「でけぇ、熊だな。いや、紫色の熊?食えるのか?まあ、試し斬りにはいい相手かもな…」
熊は、男との距離を詰める。
かなりの速度だ。
そのあたりの木よりも遥かに太い右の前脚で男に攻撃する。
男は、熊の前脚に合わせるように刀を振る。
シュン、ズチャ!
風を切る音と重い何か落ちる音が聞こえる。
「グオォォ!」
熊の右の前脚が斬れ、大量の血が吹き出て、熊は倒れ悶える。
「腹の足しにはなりそうだが、【こっち】の足しには物足りねぇなあ」
男は、自分の頬についた熊の血を舐めとりながら言う。
その時の男の口角はつり上がっていた。
「でも、骨ごと斬ったが、刃こぼれ一つしていないか。あの自称神様が言ってたことは本当のようだな…」
刀身を見ながら呟く。
「グゥ~…」
熊は、今まで多くの人間を殺め喰ってきた。だが、この人間は確実に違う。
熊は身を震わせる【自分は刈られる側だと】。
その後は、逃げた。
斬られた前脚など気にしない、まだある三本の脚で、死ぬもの狂いで逃げる。
後ろから来る【狂気】【恐怖】から。
「おいおい。前脚だけじゃ、物足りねぇぞ!」
男は、熊の後を追う。
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「キャー!」
少女は、叫ぶ。
目の前に、紫色の毛皮で3メートルは超える巨大な熊の魔獣【ゴアグリズリー】だ。
その血には猛毒があり一滴口に入ると意識朦朧となり最悪の場合死に至るという。
「グルルルゥ!」
ゴアグリズリーの右前脚は切断され、大量の血が流れ落ちている。
そのため、かなり興奮してるようだ。
少女は、その血を口にしないように口を手で塞ぐ。
(どうにかしないと…このままじゃ…)
少女は、脚がすくみ両膝をつく。
ゴアグリズリーは、この辺りの森の主であり
周辺の村では、多くの被害が出ている。
そのため、近々ギルドで大規模討伐作戦があると聞いている。
ゴアグリズリーには余裕が無い。
何故なら、後ろから巨大な【狂気】と【恐怖】の塊が迫ってることを知ってるからだ。
目の前の自分の行く手を阻んでいる、人間を速やかに殺し、逃げる為に残った左前脚で少女に襲いかかる。
(助けて!神様!)
少女は、目を閉じ神に祈る。
数秒たってもゴアグリズリーの左前脚が少女に襲いかかることは無かった。
少女は、ゆっくり目を開ける。
目の前には信じられない光景が広がっていた。
ゴアグリズリーの身体は、地面と垂直に真っ二つに切断されていた。
そして、元々ゴアグリズリーがいた場所には一人の【少年】が立っていた。
「悪いな。俺が逃した、熊が迷惑かけたみたいだな」
少年は、何事も無かったかのよう少女に話しかける。
「あ、ありがとうございます」
「それより、この熊食えるのか?すげえ色してるけど?」
「クマって、【ゴアグリズリー】のことですか?た、食べたらダメです!絶対にダメです!このゴアグリズリーの血には意識が混濁する猛毒があるんですよ!」
「血に毒が…ああ、どおりでさっきから…頭が…」
フラフラとその場に崩れ落ちた。
「まさか!ゴアグリズリーの血を口に!?まずいわ!」
【肉体強化Ⅱ】
少女は、倒れた少年を軽々と抱え走り出した。