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私は王都に近い領地を保有する、比較的豊かで歴史あるオルスター伯爵家の次男として生まれた。
兄とは歳が10離れているので、私が物心付いたときに兄は王都にある学校に行っていて、私が学校に行く歳になると入れ替わりに兄が領地に帰ってきた。
そんな理由で兄とは一緒に過ごしたという思い出があまりない。
8歳のとき、王都の学校でシルベスと出会った。
明るく聡明でクラスの人気者だった彼と気が合い、すぐに仲良くなった。
当時、学校の寮で暮らしていた私は度々彼の家に遊びに行き、楽しい時を過ごした。
彼の家は王都にあり、幼かったその頃は彼の家柄や父親の職業など気にもならなかった。
ただ大きく豪華な屋敷や上等な調度品などから子ども心に「金持ちだなぁ」としか思っていなかった。
シルベスには5歳年下のマリアンヌという妹がいる。
その子はいつも遊んでくれと、シルベスと私の後に付いてきては転んで泣き、置いて行かれては泣き、からかわれては怒って泣き…と、それでも懲りずに「マリーも!」と言って追いかけてくる。
シルベスはそれが毎日のことだけにウンザリしていたようだが、末っ子の私には後追いするその様も「アード」としか発音できないたどたどしい口調も、可愛らしくて仕方がなかった。
遊びに行ったときに急用でシルベスが不在だった時など、マリアンヌの相手をすることもあった。
そう、あの日もいつもと同じだった。
・・・ 途中までは。
シルベスと私が広い庭でボールを投げるなどして遊んでいると、いつものように屋敷から
「おにいちゃま! アード!」
とマリーが出てくるのが分かった。
ちょっとしたイタズラ心で我々は物陰に身を隠し、私たちを捜すマリーが通り過ぎたのを見計らってマリーとは反対側に飛び出し走った。
それに気づいたマリーが方向を変えて追いかけてくる途中で転んだのだ。
いつものようにその様子を見て2人で笑っていたのだが、いつもなら転んですぐに泣き出すマリーがその日は倒れたままで、起き上がらないし一言も発しない。
さすがに子どもの我々でも「おかしい」と感じた。
異変を感じ慌てて2人で倒れているマリーに近づくと、顔は血の気がない青色で呼吸は浅く、ハアハアと苦しそうだ。
尋常ではない顔色と様子に私は「誰か呼んでくる!」と屋敷に向かって走り、玄関に入ると大声を上げた!
「誰か! マリーが! マリーが!」
執事と侍女を連れ、再び走ってマリーの元に戻る。
倒れているマリーの顔色と様子を見た執事は、侍女に医師の手配を指示し、
「お嬢様! マリアンヌさま!」
と声をかけながら抱き上げて屋敷に走る。
子どもであるシルベスと私はドキドキと鼓動する心臓を抑えて、ただ見ていることしかできなかった。
程なく私はフィルダナ家の執事が用意してくれた馬車に乗り、学校の寮へと帰された。
そして週末の休みが明けた日に学校でシルベスにマリーの様子を尋ねると、彼は眉毛をさみしそうに少し下げ「大丈夫だよ。」とだけ言い、不安は残るものの取り敢えずホッとしたことだけを覚えている。
その後マリーはあまり外へ出なくなり、ともに遊ぶことも無くなった。
そして時折寂しそうに部屋の窓から外を眺めている彼女を、遠くから見かけるだけになった。
更に倒れた日から1年ほどすると屋敷で彼女の姿を見かけることも無くなった。
シルベスにマリーのことを尋ねると、気候の穏やかな地でしばらく療養することになり半年ほど前に療養先の別荘に移ったということだった。