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虚言症  作者: 出雲はつ
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とはいえ、太陽はやっぱり太陽だ。

ホームルームが終わった途端、バン、と教室のドアが開き学年の体育部長をしている城嶋さんが駆け込んでくる。なんだよ美香、陰気そうな顔して。そう言いながら周りの空気に気付いて、ちょっと行こう、と美香に声をかける。なんともいえない表情をして彼女は教室の外に促される。いったん白けた表情を見せたクラスメイトは各々のグループで会話を始める。


彼女は太陽だから。全ての道を閉ざされるなんてことはない。雲がかかったって雨が降ったってそれは一時的なものだから。クラスで孤絶したって部活仲間がいる、塾の友達がいる、幼馴染がいる。そうぼうっと考えていると「光岡さん!」と声がかかる。くだんの体育部長だ。ちょっと来てくれないかなと私も外に促される。


ごめんね突然、バレーボール部の主将らしく肩の筋肉の盛り上がった城嶋さんは私を先導する。あの子は謝っても許して貰えないようなことをしたかもしれないけど。渡り廊下の雨避けの渡し板を器用に飛び越しながら体育部長は言う。だけど、あの子悪い子じゃないの、話だけでも聞いてやってくれないかな?明確な声量で彼女は問う。私は眉を下げてうん、とそれだけ言った。


美香、連れてきた。ちゃんと謝りな。バレー部の汗くさい部室まで私を連れて行くと美香が泣きそうな顔で私を見上げた。


がらりと扉が閉まる。仕様が無いから乱雑にノートやら本やらが散らばるベンチに腰をかける。眼を伏せて膝を抱えたた美香は、こんな饐えた部屋に居たって美しく見える。ふいに彼女はまなじりを上げる。


「ほんとうに、ごめんなさい。」

唇を震わしながら、彼女はやっとそれだけ言った。本当に怖かったの、怖くてあなたを助けるなんて選択肢はなくて、それで気付いたら逃げてた。眉根を寄せて、彼女はぽつりぽつりと語る。あなたが殴られて蹴られるの、見てた。なのに動けなかった。いや、助けにいって私も巻き添えになるの、怖かった。気付いたら走って逃げていた。けど罪悪感ばっかりで。本当に、ごめんなさい。


そこまでひといきに喋って、彼女はひとすじ涙を流した。白くて細い指でそれを拭う。



「だから?」

問いかけると彼女はハッと私を見上げた。


だから何?事実は事実だし、謝ってもらったところで私の傷が消えるなんてこともないよ。唇を噛む彼女に、そう被せる。だけどさ、そもそもあなたの行動、別におかしくないと思う。人間誰だって、本能的に自分の身を守ろうとするじゃない。それって当たり前のことだと私は思う。だけど、と彼女が口を開く。


「それは貴方の事情だから。私がどう思うかは関係ない」

とにかく私はそう思うんだ、とわたしは言う。倫理的にどうこうってのはあるかもしれないけど、私は基本的に性善説なんて信じていないし。だから別に、傷つかない。


彼女は悲しそうな顔をする。

大丈夫だよ、そう言うと濡れた彼女の眼がもの問いたげに私を見つめる。大丈夫だよ、あなたは太陽だから。あなたの魂は基本的にはすごく綺麗で、あなたのエネルギーは他を圧倒するくらいで。だからあなたはあなたの勝手に、エネルギーを発してればいいんだと思う。他人にどうこう思われるとか、人を苦しめたとか、思わずにキラキラ生きてればいいじゃない。人間なんだからミスだって犯すけど、でもあなたは基本的には太陽なんだから、何の問題もない。私なんかに足をとられてないで、もっとエネルギー発してなきゃいけない。てか太陽は傲慢にエネルギーを発散させなきゃいけないんだよ。太陽だから。


最後のほうはもう良くわからなくて、私は踵を返した。彼女は違う世界のひとだから。こんなところまで堕ちてこなくていいんだ。階段を駆け上る。思わず掴んだ手すりがじとりと湿っている。落ち着ける場所へ。図書室へ。


いつだって太陽は眩しすぎて直視できない。焦がれてイカロスのように羽を焼かれてしまうから、だからわざと自分から排斥して前髪を長く垂らしうつむく。私だって太陽になりたい。友達と屈託なく笑いたい。でもそれを気付かれたくないから初めから怠惰を、一匹狼を装う。一段飛ばしで階段を駆け上がり、図書室のいつもの場所へと避難する。チェーホフを手に取りベロアの埃っぽい椅子に腰を下ろす。深く息を吐く。そしてチェーホフを開く。ページを繰る。壁に頭をもたせかけると雨の音が急に大きくなった。



集中できる訳もない。そう思いながらも必死で文字を追っていると、ふと目の前で栗色がかった癖の無い髪がサラリと揺れた。ここに居ると思った、と泣きそうな顔で彼女は言う。なんで、と言おうとしたら声が掠れた。何だか恥ずかしくなって喉を押さえたら、太陽がにっこりと笑った。

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