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神谷リサは見逃さない  作者: 稲葉孝太郎 シナリオ / 大和麻也 著
薄墨色の習作 A Study in Light Black
9/41

第二幕 飾られる作品

 二年校舎と三年校舎は隣接している。もとは二年校舎にある生物部でも見ようと思っていたが、神谷に連れられて三分ほど歩き、三年校舎の美術部に来てしまった。

「あれ? 見学か?」

 美術室を覗いていると、ただひとり中にいて人間の頭部の石膏像を模写していた生徒が声をかけてきた。よくよく見れば、さっき『勝手にしろ』と叫んでいた部長である。

「あ、すみません。邪魔してしまいましたか?」

 おれが詫びると、美術部長は首を振った。

「いや、平気」そう言ってキャンバスから離れ、窓の外を見た。「さっき書道部といざこざがあって、あまり集中できていなかったから」

 おれも外を見てみる。探偵学園は『コ』の字の形で、三年校舎からちょうど直角の位置に一年校舎があり、同じ階なら部屋の中までよく見える。その一年校舎に、書道部の部室があるのだろう。

 部長が両手を広げる。

「ようこそ、ここは美術部。俺は美術部部長の三年、黒瀬(くろせ)だ」

「あ、よろしくお願いします。今成です」

 適当に会釈する。ふと見ると、さっきまでいたはずの神谷がそばにいない。

 絵の具や画材で散らかった部屋をぐるりと見渡すと、神谷は壁際でポスターを見ていた。まるで部長の話に関心がないようだ。

「おい、神谷。あいさつくらい――」

「あ、黒瀬部長。このポスターなんですか?」

「うん? ああ、それか」黒瀬部長が神谷の突然の質問に答える。「公募のポスター。締め切りは六月末だっけ? 毎年やっていてね、今年も美術部で出品しようと考えているんだ」

 そのポスターを、神谷の脇から覗き込んでみる。テーマは『百花繚乱』で、華やかなバラの花畑の絵が描かれている。締め切りは黒瀬部長の言ったとおり、六月末だ。

「興味あるの? すぐにとは言わないけれど、ぜひ美術部も選択肢にしておいてくれ」

「あ、はい。絵は苦手ですが……少し考えておきます」

 おれが適当に会釈すると、神谷もこくりと会釈し、退室した。



 美術室からさらに二分ほど歩くと、書道部の部室に辿り着いた。

 こちらもまた部屋を覗いていると、何人かの部員のひとりに、知った顔がある。

「あ、今成くん」

 そうおれを呼んで、とことこと背の低い同級生の少女が歩み寄って来る。

「このあいだは、どうもありがとう」

「いいえ、どういたしまして」

 神谷がきょとんとした顔で、「知り合い?」と訊いてくる。

「ああ、C組の佐久間恵梨(さくまえり)。入学式のときに、講堂がどこかわからずに迷っていたところを案内したんだ。ほら、講堂の場所は一年校舎と離れていてややこしいし、入学式は講堂が集合だっただろ?」

 神谷は「ふうん」と納得したようだ。佐久間にも神谷を簡単に紹介しておく。

「こいつは神谷リサ。受験のときに面接が一緒でね。……A組だ」

「ひどいわね、わたしがA組だと気に入らないみたいな言い方しないでよ」

 気に入らないんだよ。

 A組と聞くと、佐久間は晴れ晴れとした顔で、

「すごい、優等生さんだ。今成くんもB組でしょ? すごいじゃない!」

 もちろん褒められたなら嬉しいが、神谷に負けたことだけは腑に落ちない。神谷に会いさえしなければ、というより、神谷がA組でさえなければ、おれはB組であることを誇りに思っていただろう。

 一通り紹介が終われば、部活の話だ。佐久間が問いかける。

「それで、今成くんとリサちゃんは、書道部を見学に来たの?」

「そう、見学。佐久間は、書道部に入っていたんだな」

「うん、四月のはじめに入部したんだ。前に習い事でお習字をやっていた時期もあったから、ずっと入部しようと考えていたんだ。替わりに、芸術は美術にしたの。絵を描くのも好きだし」

「へえ……」

 会話を続けようとしたとき、がらりと扉が開く。

「多目的室、使えるってさ!」

 扉を開いた男子生徒が大声で知らせる。部屋は「おお」と少し湧きあがった。佐久間も笑みを浮かべ、喜んでいるようだ。……こちらもよく見ると、さきほど多目的室で言い争っていた部長である。

 おれと神谷が状況を理解できずにいると、佐久間が説明を入れる。

「部長の白石(しらいし)先輩だよ。展覧会で佳作をたくさん出してる実力者」

「多目的室とはなんのことだ?」

 喧嘩を目撃してはいたが、ちょっととぼけて質問する。

「多目的室で展示をしようってなっていたんだけど、美術部とぶつかってさ」そう言うと、さっきの黒瀬部長のように外を見る。やはり美術室がよく見える。「先生たちは『生徒同士で譲り合って決めろ』って言ったんだけど、上手くいかなくて。いま、顧問の先生たちが相談して決めてくれたんだ」

 なるほどね、どうりで喧嘩をしていたわけだ。

「これで展示ができるぞ。きょうはもうみんな疲れているだろうから、悪いけどあしたの二時、展示の準備に来てくれ。

 ……あれ? そのふたりは見学の人?」

 白石部長がおれと神谷に気づく。会釈をしておく。

「書道について知識はあるかい?」

 おれと神谷が首を振ると、白石部長はにっと笑い、いくらかの作品を示しながらそれぞれの紹介をはじめる。おれは欠伸を嚙み殺して渋々聞いていたが、神谷は露骨に退屈な顔をしていた。

 飽きが飽和に届きはじめたころ、素人の目にも気になる作品が目に入る。

「あれ? これ、ちょっと違う気がします。……素人のおれでも、なんとなくすごいなって思います」

「お、解るかい? これは佐久間さんの作品だよ」

 佐久間を振り返る。首を傾げていた。

「うん、もう抜群の作品だよ。経験者とはいえ一年生だからびっくりだ。ちょっと筆遣いが硬いけれど、字形が堅実できれいだよ。五月の展覧会の出品はほぼ確定さ」ひと息に褒めちぎると、顔を赤くして付け足す。「……あ、偉そうに語っているけれど、顧問の先生も言っていたんだよ」

「すごいじゃないか、こんなに褒められて」

 佐久間を振り返ると、ぎこちなく笑っていた。

 こほん、と白石部長が切り出す。

「それで、入部するつもりはあるのかな?」

「ううん……ちょっと難しそうですね」おれはやんわり断る。

「すみませんが、あんまり興味が……」神谷はきっぱり断る。

 白石部長がああ、と残念そうに声を漏らすし、部屋のところどころから苦笑が聞こえる。ふと見ると、佐久間は安心したように息をつく。入部の気がないと知って安心するとは、おれは嫌われたのか?

 肩を落とす白石部長の脇を抜け、退室した。



「神谷……」

 野菜ジュースを飲みながら、神谷への説教を開始する。予定していた部活はすべて見ることができ、日もだいぶ傾いたので帰路についていた。

「なに、今成?」

 アーモンドチョコレートの箱を突き出し「食べたいの?」と訊きながら、自らももうひとつ放り込む。

 おれは「いらない」と首を振る。チョコレートを咎める時間は省略し、眼鏡をかけ直して続ける。

「あのな、お前きょうなんのために部活を見ていたんだ? どの部活でも心ここに在らず、関係のないところに注目して部員の話に耳を傾けない……どうしてついて来たんだよ」

 神谷は箱の中身がないと確認すると、面倒くさそうに応える。

「部活には興味ないんだもん。今成について行ったら何か面白いことがあるかもと思って」

「あのな……」

「でも」

 おれの説教を真剣な声で遮る。おれが顔をしかめると、諭すように続ける。

「何か嫌な予感がする。よくないことが起こりそう」

 ふう、とため息が漏れる。おれはいつものように、呆れて問い返した。

「結論を先に言うな。根拠は何だ?」

「おんなの、カ、ン」

 ……こいつにだけは女の勘を語られたくない。

 まさか。よくないこととは何か知らないが、妙なことは起こるまい。

「お前の勘は信じがたいな。まあ、月曜日になればわかるさ」

 おれは手を振ってさっさと駅へ入った。

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