第五幕 ずば抜けた彼女
再び探偵学園を訪れると、校門からすでに人がごったがえしていた。
きょうはついに合格発表日。二次試験の受験者は二百人近くいるのに、合格番号の掲示板が一カ所にしかないから、それを見ようとする人で溢れているのだ。おれも受験番号の2098番を心の中で何度も唱えながら、掲示板へと歩いた。
やっとのことで人をかき分け掲示板に辿り着き、見上げる。
――2090番、2091番、2092番、2095番、2098番、2099番……
よかった、合格だ。
事務室で入学手続きの資料をもらった。この学校の事務作業は非常に速いらしく、もうクラス分けをされていた。探偵学園は受験結果でクラスを分配され、おれはB組……上から二番目に入ることができた。筆記での手ごたえは充分だったため、A組に配属されなかったのは残念だが、面接で上手くいかなかった影響だろうから仕方がない。
ふと、背後から冬に似合わぬやわらかな香りを感じ、立ち止まる。
この香り、チョコレートだ。
「合格おめでとう、神谷」
「ありがとう。今成もおめでとう、また会ったね」
振り返った先で、受験日に食べていたのと同じチョコレートバーを持った名探偵が、にっこりと笑っていた。
「そうそう、合格番号を見て気がついた? どうやら、全員が推理をさせられたわけではなさそうだね」
「……そうじゃないのか? 緊急事態だったみたいだし」
「今成。常識だのを語るなら、簡単に信じ込まずに前提を疑うこと。よろしい?」
おれは理解できず、眉をひそめた。……探偵には鼻で笑われた。
「緊急事態なはずないじゃない。受験なんだから、選抜方法が平等じゃないと意味がない。……だから、全員が推理をしたと仮定する。けれども、合格番号の並びからして、わたしたちと同じような、三人にふたり合格するケースばかりではない」
そういえば、試験に特例を設けられたときこそ『平等でない』と疑問を抱きはしたが、いざ合格すると忘れてしまっていた。
実際、平等に全員同じ推理の面接試験をしたならば、『三人まとめて不合格』もしくは『ふたり合格して、サクラのひとりぶん不合格』という並びになるはずだ。おれが自分の前後の番号を見た限り、そのような規則性はあまり見られなかった。
「どうやら何らかの条件を満たした受験生が、推理をさせられるようね」
神谷は腕を組んだ。考えはじめようとしているのかもしれない。
だが、おれは『ところで』と言って推理を遮ろうと思った。クラスのことについて聞きたかったのだ。しかし、その『ところで』すらも遮って、女の声が割り込んできた。
「合格おめでとう! 今成くん、リサさん」
倉林さんだった。
服装は受験日のセーラー服ではなく、探偵学園の黒いブレザーだった。どうやら受験日には中学時代の制服なりを引っ張り出し、学校のために恥ずかしさを押し殺しながら着ていたようだ。
「ありがとうございます」
神谷とおれは丁寧に頭を下げた。倉林さんはもう『受験の同志』ではなく、『ひとつ上の先輩』である。
「お、ちゃんと後輩やってるね」と倉林さんは照れながらも胸を張る。「そうだ! ふたりはわたしと一緒に特別な受験をしたかわいい後輩たちだから、ちょっとした噂話を教えてあげよう。……ここだけの話だよ?」
神谷と顔を合わせる。いまさっき話したことではないか。
「あのね、わたしがサクラをやるために先生のところに顔を出していたときなんだけどね……採点中の先生たちが話しているのを小耳に挟んだんだ」
「どんなことですか?」おれが問う。
「面接試験で推理をさせられるのは、特別な人たちなんだよ!」
「すみません、知っています」神谷が気まずそうに応じた。
「あらら、知っていたか」倉林さんはちょっとがっかりしながら話を続ける。「じゃあ、具体的に誰が特別なのかも知っているかな?」
後輩ふたりは首を振る。先輩の自慢げな笑顔が咲いた。
「どうやら、一次の筆記試験の『異常な優秀者』と『異常な落第者』が、推理によって選抜される……らしいんだよ!」
…………。
つまり、筆記で満点を取るような人間と、一点も取れないような人間が、まったく同じ試験で選抜されるということか? そうなると、不合格になるはずの人間が聡明な推理で合格、合格になるはずの人間が推理力不足で不合格、という事態もあり得る――――
こんなの……合格したからって納得できるわけがない!
「お、おい神谷! クラスは何組だった?」
おれは焦って神谷に問う。同じ推理の試験を受けたおれと神谷が両方とも合格したということは、クラス決定の際に一次試験の点数が大きく反映されているのではないか? 受験要項もろくに読まない、常識知らずの神谷が、筆記で好成績を収めているとは考えたくない――
「A組だよ?」
……こともなげにクラスを言う。
神谷、まさかおれより優秀な成績を? そう思うと、入学する前から心が折れる。
「せっかく受験勉強頑張ったのに! 受験要項もよく読んだのに! この受験要項も読まない非常識より、おれの筆記が悪かったというのか!」
おれは神谷を指差し叫んだが、本人の頭上には『?』が見える。
「まあまあ、今成くん」倉林さんがフォローを入れてくれた。「リサさんは推理をほとんどひとりで片付けたんだし、一次試験がどうだろうと、良いクラスに割り振られて当然だったんだよ」
何だかんだ倉林さんも神谷の頭脳を甘く見ている気がする。
「……そうだと願います」
ため息をついて不満を飲み下す。それを見た神谷は、残り少なくなったチョコレートバーを口に放り込んで苦笑する。
「そんな、推理も大したことはなかったし、筆記だって落第者のほうだったかもしれないし。……あ、そろそろ電車の時間なので」
それだけ残し、A組の優等生さまは本を開いて校門を出て行った。
「ねえ、今成くん」
おれとふたりにされた倉林さんが、さっきよりも真面目な声で話す。
「本人はああ言って謙遜していたけれど、本当はものすごい子なのかもしれない」
「……どういうことです? やっぱり筆記が満点とか?」
いいや、と返される。
「推理のほう。これもここだけの話、先生たちの噂話なんだけど――
リサさんと今成くんの推理は、ほかの推理をした受験生たちよりも、結論に達するまでの時間がずば抜けて早かったそうだよ」
……………。
神谷リサ――――とんでもない女と知り合ったものだ。