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神谷リサは見逃さない  作者: 稲葉孝太郎 シナリオ / 大和麻也 著
消えた受験票 A Case of Identity
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第三幕 信じがたい彼女

 面接官はふたり。禿げ頭の男性と、眼鏡の男性。片方が話を聞き、片方が書面で採点でもするのだろう。机の上には資料も多く、受験者名簿などもあるようだ。

 面接試験では最初に名乗りそうなものだが、個人情報保護のためか、最初に受験票を渡せと指示された。言われたとおり、三人は記録係と思われる眼鏡の試験官に、封筒ごと手渡す。なぜかこの順番だけは、席の近い神谷からの逆順だった。

 封筒を確認するあいだ、立ったまま待っていた。しかし、神谷、おれ、と確認をしたのち、最後の倉林の封筒を覗いたところで眉根を寄せ、さっとその視線を倉林に向ける。

「倉林さん、受験票がありませんよ?」

「ええ!」

 倉林が叫ぶ。おれと神谷は横目で倉林を窺いつつも、我慢して黙っていた。

「困りましたねえ」と眼鏡の教員は禿げ頭の教員に話しかける。それから、おれたちに注意を言う。「失礼、少し待っていてください」

 おれたちは立ったまま黙り続けた。しかし、倉林の焦燥は、立っているだけでもなんとなくわかった。

 ぶつぶつとふたりで「失格」や「連絡」といった言葉を含んだ会話をはじめる。さらに禿げ頭の教員は、教室の隅にある無線電話に目を向ける。まずい、連絡を取られたら失格が伝えられてしまう。

「あの……!」

 つい、声を出してしまう。試験官のふたりは面食らったようにおれを見た。

 勇気をふりしぼって、ひと息に言う。

「倉林さん、どこかで受験票を落としてしまったのではないでしょうか? 控え室でのチェックは通っていましたから。受験票を確認して問題がなかったところを、確かに見ていました」

 …………。

 頭の中が真っ白になる。同じように、この教室の中も真っ白になったような気がした。

 やがて、眼鏡の試験官が口を開く。

「そうは言っても、決まりですしねえ……ええと」視線を落とし、ここにいる三人の名前を確認する。「今成くん以外のふたり、倉林さんと神谷さんは見ていましたか?」

 そう言ってそれぞれに視線を向ける。倉林はぎこちなく頷き、一方で神谷はしっかりと首を縦に振った。

 神谷の自信に驚き、神谷の顔を覗き込む。しかし、その口はこう動いた気がした……


『面白い……』


 わなわなと嫌悪がこみ上げてきた。ダメだ、こいつは倉林を本気で助けようとは思っていない、場の流れを見ているだけに違いない。試験官、つまり大人ふたりの説得を、おれひとりでやらないといけないのか……分が悪い。

 とにかく、『探させてやってください』と提案しようと思った。だが、面接官のふたりは何やら協議中で、提案ができない。しばらくすると、無線を使って電話もした。五分は経ってからだろうか、禿げ頭の面接官はこちらをしっかりと見つめ、ゆっくりと話す。

「では、今回はこちらのミスかもしれません。ですから、特別にこうしましょう。

 三人の面接試験の代わりに、倉林さんの受験票がどこにあるか、この部屋の中だけで推察してみてください。時間の関係もあるので、その推論の筋道が立ち次第、結果を検討します。推論が理にかなっていれば、三人とも前向きに検討しましょう。

 ただ、推理やその過程に大きな問題があった場合、受験票がないのは事実ですし、ほかのふたりの面接もできないのですから、その限りです」

 …………。

 事態が大きな勝負へと向かっている。要するに、部屋から一歩も出ずに倉林が校内のどこで受験票を紛失したか推理し、推理が当たっていれば三人とも合格、間違っていれば三人とも不合格、というわけだ。

 指先や背中に、うっすらと汗が滲んでくる。

 しかし、こんな博奕を試験にするか? 馬鹿げた話だ。……それでも、冷静に考えればここは私立の『探偵学園』である。無線で連絡していたようだから、入試の仕組みにちょっと変更があったとしても、所詮ひとりの受験生でしかないおれには、抗議できようはずもない。

 ふと、思い出す。

 関心、協調、洞察――――

 探偵学園の校訓、これを見ようとしているに違いない。

「どうします? 推理しますか? ふたりで面接をしますか?」

「推理でお願いします」

 三人の声が重なった。



「三人で話すうちは、敬語を使わなくても構いません。三人の思うとおりにやってください。わたしたちはそれを観察し、評価します」

 試験官がそう許したので、おれたちは椅子を丸く並べ直し、互いの顔が見えるようにした。不安げな顔と、どこか楽しんでいるような顔が並んだ。

 息を吸い、襟を正して気合いを入れる。

 身を乗り出し、昂った気分のままに声を出す。

「まず、控え室にいたときから順に考えるのが利口だよな?」

 おれは意を決し、ありのままの言葉で話した。

「うん、それが一番いいし、思い出しやすい」

 倉林は、敬語を使わなかったおれへのフォローなのか、柔らかに応じてくれた。一方で、神谷は廊下にいたときのように腕を組み、目を閉じて黙っていた。

「なら、控え室でのこと。倉林、受験票を確認してもらってからは、特に受験票をいじっていないよな?」

「うん、じっとして待っていたよ。……あ、でも控え室の監督官さんに、『鞄に封筒を入れるな』って注意されたね」

「じゃあ、そのときに鞄に入ってしまった可能性は――低いな。受験票を出したようには見えなかった」

「うん、なかった」突然、神谷が目を閉じたまま口を挟んできた。「これはわたしも見ていたし、監督官が『受験票を不用意に封筒から出すな』というような注意をしていなかったから」

 なるほど、急に割り込んで主張するだけの根拠ではある。

 今度は倉林が提起する。

「なら、次。一回廊下で封筒を落としちゃったじゃない? ひょっとすると、そこで受験票がこぼれていたかもしれないよね? 受験票もカードみたいなものだから、確認しないうちに床を滑っていってしまったのかも――」

 その説には違和感があった。

「そんなふうには見えなかったな……神谷はどうだ?」

「ない。そのときに受験票が出てしまったようには見えなかった」

 神谷はまだ目を開かず、そのまま首を振った。

「じゃあ、直前だが……」試験官を窺うと、スピーチ用のものだったのか、ストップウォッチのようなものを眺めていた。「教室の前で待機していたとき、だな。倉林、何をしていた?」

「荷物の整理。控え室を出るときに中途半端になっていたから……受験票が落ちたようなところは見た?」

 おれはすぐに返事ができず、ちらちらと試験官を窺いながら話してしまう。

「いや、実は……それほど確かには見ていなかった。おれも、緊張していて……」

 泣きそうな気分になっていた。このままおれの証拠不足で三人仲良く不合格、という結末が脳裏に浮かぶ。

 最後の頼みは、神谷だが――――

「ない。美羽さんは、一度も封筒を開けてはいない。もちろん、この部屋の前で待機していたときも」

 …………。

 これで、おれの思いつく推理はすべて否定された。ぐるぐると、そしてずきずきと、頭が痛むような、疲れるような。

 こうなると、すべての場面で目撃したと語る、『神谷リサ』にしか疑う余地は残っていない……

 疑うにも、三通り思いつく。

 ひとつ、神谷の目撃証言が直感によるもので、当てにならない証拠である。……しかし、学校に来るまでにおれが受験生か否かを推測した神谷である、論理的に物を言っていると考えたほうが妥当だ。却下。

 ふたつ、神谷が倉林を貶めようと、目撃した事実を隠している。……しかし、今回の試験では三人一緒に合否が決まる。つまり、倉林のみを貶めることは不可能で、神谷にとっても不利益だ。却下。

 みっつ……自分が不利益を被ってでも隠したい場合。そう、たとえば倉林の受験票をくすねて、いまさら言い出せずに黙っている。このケースなら、貶めるつもりでも悪戯のつもりでも、理由は関係ない。

 神谷がくすねたとすれば、いまも2097番の受験票をどこかに持っているだろう。当然神谷の所持品を調べればいいのだが、根拠もなくそれを提案すればおれの評価は間違いなく落ちる。……無暗に疑えないが、それも神谷が狙っているのかもしれない。

 悔しさと疑念に、奥歯を強く嚙みしめてしまう。こいつが何らかの悪を抱いているとすれば、『面白い』と呟いた理由にもなる。

 おれは神谷を凝視した――



 ふう、と神谷が息をつき、腕を解き、そして目を開いた。

「……わたしは、見逃さないよ」

 おれが睨みつけていたから、神谷は自分の意見を求められたと思ったのだろうか? まずい、神谷が白ならろくな証拠は残っていないし、神谷が黒ならもっと悪い結果になりかねない。神谷の白黒関係なくお先真っ暗だ。

 そんな不安をよそに、神谷はふたりの試験官に問う。

「先生、そろそろ答えを出してもいいですか? わたし、最初から解っているので」

 …………。

 全身から力が抜けた。

「……ということだが、今成くん、倉林さん、もう話すことはありませんか?」

 倉林は、力なく頷く。おれも正直に白状する。

「もう、思いつくところがありません……」

 それを聞いて禿げ頭の試験官は、神谷を手で促した。

 すると神谷は楽しそうに頷いて、再び腕を組んで目を閉じる。うっすらと口角を上げながら、ゆっくりと話し始める。


「……受験票なんて、最初からなかった。控え室にいるときも、ずっと」

次回推理編。感想などによるみなさんの推理もお待ちしています!

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