第三幕 冷えた冬日
保護者が主催するイベントがひと通り終了した。
会がお開きとなったため、神谷と控え室へ荷物を取りに行く。片付けの一段落した美樹先輩もついてきた。
「あれ? おかしいな……」
荷物の整理をしていると、美樹先輩がぽつりと呟く。焦った様子が見えるので、念のため訊いてみた。
「どうしました?」
「いや、キーホルダーがなくってね……金属でできた、六角形がくり抜かれた星形なんだけど」
いわゆる六芒星や六光星などと呼ばれる形か。辺りを見回すが、光るものは見当たらない。神谷のほうも見ていないらしい。
「集会室は確認しました?」
「ううん、それは平気。それこそ集会室のごちゃごちゃの中でなくしたくないから、鞄に入れておいたの……むむ、本当にどこにいったのかな?」
がさがさと三人で荷物を持ち上げるなどしてみた。どうせ分厚い冬服の下に紛れていて、簡単に見つかるだろうと三人とも思っていた。しかし、しばらく捜しても見つかりそうにない。
しばらくすると、扉が開かれる。
「お、ここに三人いたのか」
弘樹先輩である。
「あ、弘樹!」美樹先輩がさっそく食らいつく。「どうしよう! 弘樹が買ってくれたキーホルダーなくしたかもしれない!」
「まあ、落ち着いて。な、美樹?」兄は妹を静かになだめる。「大丈夫だって。高い買い物じゃなかったんだし、また買いに行こうよ」
「うん……」
すぐに美樹先輩の熱が下りる。このやりとり、小宮山の言っていた通り兄妹とは思えない仲の良さだ。何も知らなければ恋人同士だと紹介されても納得しそうだ。
弘樹先輩は妹をなだめ終えると、今度は三人まとめて話しかける。
「さて、向こうで愛佳ちゃんが呼んでいたよ」愛佳、とは小宮山の下の名前だ。「一旦集会室に戻ろう」
「あ、はい」
荷物の整理をさっさと済ませ、部屋を出る。弘樹先輩も荷物を少しいじっていくと言うので、先に部屋を出て、また四人揃ってから集会室へ戻った。
「どうですか? このあと少し残って打ち上げなんて」
戻ってきた四人とまだ残っていた長部を、小宮山はそう誘ってきた。
小宮山は理由を付け足す。
「ほら、あつしくんが会長の息子さんでしょう?」いま集会室にはいないが、さっきカードゲームを見せてきたあつしくんは自治会長の子供だったらしい。「その会長さんはこの会の主催者だから、まだやることがあるらしくて……あつしくんがもうしばらく帰れないから、そのお守りも兼ねて、高校生で残ったお菓子でも食べながら――どうです?」
「いいね、残ろうかな」最初に乗っかったのは弘樹先輩だ。「あつしくんも急に人が減ったら寂しいだろうし」
「じゃあ、私も」弘樹先輩が動けば、美樹先輩も動く。「もう少し残るよ」
長部も頷き、打ち上げへ参加するつもりのようだ。
神谷に目をやると、「どちらでも」と言っているようだった。
「なら、おれたちも」
一日行動を共にしただけあって、打ち上げも楽しく過ごすことができた。その中でも特に打ち解けたのは、神谷と弘樹先輩だ。神谷を元気づけようと誘ったのはいいが、これではおれが何のために来たのか見失ってしまいそうだ。
そのおれの気持ちを知ってか知らずか、小宮山が神谷をちらちらと気にしながら小声でおれに話しかけてくる。
「ねえ、ホントによかったの? デート潰してまでボランティアなんて……」
「いや、だから違うんだよ」
何度も同じことを問う小宮山に、飲み物を一気に飲んでふてくされたふうを見せつける。子供向けアルコールフリーのシャンパンだったが、酔ったこともない未成年のおれでも、酔いが回ったような気分になるから不思議なものだ。
しばらく楽しんでいると、あつしくんの親がやってくる。ここであつしくんとはお別れだ。
「あ、ケーキがあるのに出す前に帰っちゃうんだ」美樹先輩が不意に漏らし、あつしくんに目線の高さを揃えて話す。「冷蔵庫に入れてあるから、出してこなくちゃね。あつしくん、持って帰ろうか」
ケーキがあると聞けば高校生も喜ぶ。それを見て美樹先輩は、すぐさまぱたぱたと給仕室へ駆けて行った。
五分ほど待つと、美樹先輩はすでに切り分けられたケーキを持ってきた。
「わ、美樹先輩。言ってくれたら手伝ったのに」
小宮山が焦って皿やフォークを配る。その切られたケーキの中にラップのかかったものがひとつあり、美樹先輩はそれをあつしくんに手渡した。
「はい、潰したり倒したりしないように気をつけて」
あつしくんは喜ぶのを我慢しながら、照れくさそうに母親のほうへと駆けて行った。今年のクリスマスは、あつしくんにとって楽しい一日になっただろうか?
改めて、高校生たちでもケーキを楽しむ。中でも楽しそうなのが、神谷だ。
「あら、チョコレートケーキじゃない!」
結局のところ、神谷はチョコレートに釣られて元気になるらしい。おれが苦心してきたのが馬鹿馬鹿しくなってくる。
「ちくしょう、やっぱり呆れた奴だ……」わざと聞こえるように漏らす。
「え、誰のこと?」ところが本人はのんきなもので、フォークをくわえている。
「もういいよ、お前はしょうがない」
「何かわからないけれど、すっごく失礼なことを言われたのはわたしのようね?」
……これはこれで、『面白い』神谷なのだな。
ひとりで納得してひっそりと口角を上げていると、おれたちとはまた違ったところで話が進んでいたらしく、小宮山が立ち上がる。
「じゃあ、緑川先輩ふたりはコーヒー、長部は紅茶ね」小宮山はどうやら、飲み物を淹れに給仕室へ向かうところらしい。「……あ、神谷さんと今成は? 甘いばっかりだと嫌でしょ、何にする?」
「悪いね、小宮山。じゃあ、コーヒーをお願いしようかな」
神谷も紅茶をお願いし、小宮山はそれぞれの用意をしに部屋を出た。そのとき開いたドアから、ひんやりとした空気が一気に流れてくる。外も暗くなって冷えてきただろうし、しばらく誰も出入りしていなかったぶん部屋もかなり暖かかったのだろう。部屋のみんなが一瞬震え上がり、廊下に出た小宮山に至っては「寒い!」と叫んでいた。
寒さが堪えたのか、小宮山がお盆を持ってせかせかと戻ってきた。それぞれに飲み物を配っていくが、焦って準備したせいか不備も多く、
「あ、ミルク欲しかったな……」
ぽつりと美樹先輩がつぶやいた。これには小宮山もたまったものではなく、
「しまった、ごめんなさい! うう、また寒いところに……」
「はいはい」渋る小宮山に、おれが手を上げる。「おれが取ってくるよ。どこにある?」
棚や配置を教えてもらい、廊下に出る。それにしても、出たとたんに寒い! 小宮山が叫んだのも妥当で、体の端々が凍ってしまいそうだ。自然と前傾姿勢になり、足早に給仕室に飛び込む。
言われたとおりのところにあったミルクを取り出す。流石にここは公民館だから、安物の粉末タイプだ。
用事を済ませたので、部屋を出ようと踵を返す。そのとき、ふと、テーブルの上に出しっぱなしにされたラップが目に入る。……こういうのが気になる性分なので、寒いのを我慢して棚へ片づけた。誰が使ったのだろうと思い返そうとすると、テーブルの上に、チョコレートケーキに乗っていたチョコレートのかけらを見つけた。
……そういえば、さっき美樹先輩があつしくんに渡したケーキ、あれにラップがかけられていた。美樹先輩も、寒くて片づけにまで気が回せなかったかな?
給仕室を出ると、腰を折り曲げ凍えながら歩く弘樹先輩にちょうど出くわす。
「あれ? トイレですか」
「うん。いやあ、寒いと余計に行きたくなるね」
「なんだ、ついでだから弘樹先輩にミルクも任せればよかったのか」
「あはは、何度もドアを開けると寒いからね」
…………。
なんとなく、弘樹先輩が気に入らないからだよ。
部屋に戻り美樹先輩にミルクを渡すと、まもなく弘樹先輩も戻ってきた。
そのとき、ひとりが声を上げる。
「あれ? なくしちまったのかな……?」
長部だった。
「何をなくしたんだ?」
おれが問うと、長部は少々困ったように言う。
「カードだよ、カード。さっきあつしも遊んでたやつで、人気のあるゲームだから俺も持ってきていたんだが……一枚だけ足りないんだ」
……紛失。
これって、きょうだけで二件目じゃないか?




