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神谷リサは見逃さない  作者: 稲葉孝太郎 シナリオ / 大和麻也 著
消えた受験票 A Case of Identity
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第二幕 前後の席の彼女

 複雑な校舎を指示に従って移動し、指定された教室に着くと、かけている眼鏡がずれた。

「また、お前か……」

 チョコレートの香りを漂わせながら、コンビニで出会った先ほどの女がチョコレートバーをまた食べていた。そこは、おれの座席のちょうど後ろ、受験番号2099番の座席だ。

「2098番の後ろの席に座って、菓子を食べてくつろいでいる……お前、受験番号は2099番だな」

「ご名答」

 と言って、残りのチョコレートバーを口に放り込んだ。さっき五本も買い足していたが、このペースで食べればすぐになくなってしまうだろう。受験会場に不似合いな甘い香りがうっすらと漂っている。

 睨み合うように黙っていると、おれの前の席から声をかけられる。

「あれ? 知り合いなの?」

 前の席には、いかにも常識人を感じさせる、上品な雰囲気のセーラー服を着た女子生徒が座っていた。にこやかに微笑をたたえ、2099番の女と比較すると格段に癒される。

「ああ、知り合いと言えば知り合いになるな」おれが応える。

「知り合いとしてくくられるのは業腹だけど、日本語的には知り合い」と2099番。

 上品な女子は苦笑した。

「ほら、これからやる集団面接って三人一組でしょ? だから、誰と組むのか座席を数えてみたんだけどさ、私たち三人みたい」

 おれも教室を見回す。確かに三人ずつ数えると、ちょうど2097番から2099番の組み合わせになる。そもそも、2099番が99番目の受験生だから、三の倍数で考えても察しのつく組み合わせだ。

 しかし、ふと窺った2099番は怪訝な表情を浮かべていた。不思議に思ったので、声をかけてみる。

「何か違ったか、2099番? 受験生同士仲が悪くなっても損だし」

「いや、たぶん違うところはないよ。……それより、刑務所じゃないんだから番号で呼ばないでよ、失礼ね。わたしにはちゃんと、神谷(かみや)リサって名前があるの」

「私は倉林美羽(くらばやしみう)だよ」前の女子が続いた。そして、おれに問う。「きみの名前は?」

今成(いまなり)(さだむ)」自分も名乗ってから、素直に疑問を口にする。「ところで、自己紹介をして何になるんだ? 集団面接とはいえ、座談会をするわけでもない」

「まあ、仲が悪くなっても損でしょ?」倉林と名乗った女子が応じた。「集団面接なんだから、相手を悪く言ったら不合格にされちゃうじゃない」

 おれにはチョコレートの女、……神谷を黙って見ている自信がないぞ。

 会話をしてほどよくリラックスできたところで、がらがらと前の扉が開き、この学校の男性教員がふたり入ってきた。集合時間の五分前だ。

 ひとりは教壇に歩いて行って資料の準備をはじめ、もうひとりは扉の近くで手元の資料をめくっている。おそらく、教壇の試験官が試験の説明をし、扉の試験官が資料写真による本人確認をしようとしているのだろう。

 その教壇にいるほうが資料から顔を上げ、教室の隅々に伝わる声で話す。

「前の組が面接中なのでチャイムは鳴りません。あと五分、時間に気をつけて待っていてください」

 そう言うと、再び資料に目を落とす。まだ待機の時間とはいえ、教室はすでに凍るように静まり返っていた。

「あ、しまった」と静寂の中倉林が呟き、小さく手を挙げる。「すみません、トイレに行ってもいいですか?」

 それに扉の近くの試験官が気づき、「構いませんよ、遅れないように気をつけて」と了承したので、倉林はこそこそと教室を出て行った。五分前に教員が来るとは思わずおれたちと話して、トイレに行き損ねていたのだろう。

 倉林を軽く目で追い、その流れで神谷を横目に見る。

 試験官が来たので、流石にチョコレートバーは食べていない。整った顔立ちと黒髪のショートカットが垢抜けた印象で、チョコレートのものなのか本人のものなのか、ふわふわと甘い香りを感じる。面接への緊張で何か物思いに耽っているのだろう、目の焦点は定かでなく、口を少し『へ』の字に曲げていた。

 神谷がこちらに気づいて視線を向けて来たので、おれは焦って前を向いた。



 倉林が戻ってきたところで教壇の試験官が時計を確認する。

「それでは、時間なので面接試験の説明を開始します。

 本校の面接試験は集団面接です。日常的な態度や学習習慣などを見ますから、演技では見抜かれると思って、ありのままで対応してください。三人一組とし、受験番号順に三人ずつ区切って行きます。つまり、三の倍数の人が三人組で一番大きい番号になりますね」

 倉林の言っていたとおりだ。倉林、おれ、神谷の三人組――――神谷と同じ組! なんと不安な組み合わせなんだ! ……なにせ、校訓は『関心、協調、洞察』である、下手に人の指摘をしてもいけないし、尊重せず我を主張するのもそれはそれでマイナスに見られそうだ。その点、いけ好かない神谷はネックである。

「順番が来て試験官に呼ばれたら、すべて荷物を持ってこの控え室を出て、案内された部屋へ移動し、部屋の前の椅子に座って待機してください。試験に向かったら、控え室には二度と戻れませんので、荷物を忘れないように。

 試験をする部屋には、必ず二次試験の受験票や一次試験の合格証が入った、本校発行の水色の封筒を持って入ってください」

 試験官はそう言って、封筒を掲げて見せた。

 この学校の封筒は非常に厚手で、決して中身が透けて見えることはない。かなりしっかりと封もしてあった。探偵学園の卒業生は、高い割合で警察や探偵の職に就くから、私怨や因縁などで将来厄介が起きないよう、個人情報を厳重に管理し留意しているのだとか。受験要項で語られていた。

 試験官は資料から顔を上げると、教室を見回しながら問う。

「何か質問があればどうぞ」

 …………。

 特に手は挙がらなかった。

「はい、質問はありませんね。……ええ、では、受験票のチェックをします。試験官が回ってきたら封筒を渡してください。同時に写真で本人確認をしますから、マスクを外して、写真と同じように眼鏡などをかけるなり外すなりしておいてください」

 指摘されて、おれは眼鏡をしっかりとかけ直した。

 順々に試験官が回って行く。倉林の番が回ると、封筒を覗いて受験票を確認し、資料と顔を見比べて、封筒を倉林に返す。おれの番でも封筒を受け取り、受験票を取り出し資料と照らし合わせ、おれの顔を覗き込むと、「結構です」と言って封筒を返した。

 機械のように照合作業が進んでいき、何組かが面接に呼ばれた。

 おれは無意識に、制服の裾を強く握っていた。



 やがて、おれたちの組が呼び出された。

 荷物をまとめ、移動に備える。すると、突然試験官が声をかける。

「あ、封筒は手に持っていてください。すり替えや紛失なんかがあっては困るので、念のため」

 注意されたのは倉林だった。封筒を鞄に入れようとしていたらしい。倉林はびっくりしたように会釈し、鞄を肩にかけて封筒を手に持ち直した。

 試験官に連れられて、廊下を倉林、おれ、神谷の番号順に歩いて行く。綺麗に掃除された静かな廊下がいかにも試験に向かうのに相応しい厳粛さで、緊張が増していく。

 緊張しているのはおれだけではないようだった。神谷は黙っていたし、倉林もきょろきょろと落ち着かない。その倉林が途中、封筒を落としたので、拾ってやる。

「ほら、気をつけて。緊張してるのはわかるけど」

「あ、ありがとう」

 案内する試験官にも軽く注意されたが、ついにおれたちは試験をする教室の前に着いた。待機のための椅子に座って眺める教室の扉は、いままでに見たことがないほど重そうな扉だった。

 集中しろ、集中。そしてリラックスだ――――いつもどおりの自分を出せばいい、緊張に押し潰されてはいけない。

 しかし、ついついまた周りを気にしてしまう。左の神谷は腕を組んで目を閉じていて、右の倉林は焦ったように鞄をいじっている。黙って動かないか、何かをいじっているか、それぞれの緊張の誤魔化し方なのだろう。

 控え室のときのように神谷がおれの視線に勘付き、片目を開いて怪訝な視線を寄越してくる。おれは視線を逸らしたが、神谷はその後もこちらを睨んでいた。……かえって緊張が増してしまった。

 しばらくすると案内してきた試験官が、部屋の中の試験官とコンタクトを取り、おれたちに「どうぞ」と声をかける。

 いよいよ、面接試験だ――――

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