第四幕 見抜かれた手品
文化祭も終わり、片付けも終わり、日常が戻る文化祭後最初の登校日。
一番のビッグイベントが終わったばかりの生徒たちは、そわそわした感覚を持て余しながらも、落ち込んだように、緊張したように学校へ黙々と歩いていた。おれもその一団の中で、文化祭の余韻を味わう。
校門に辿り着くと、ふと倉林先輩と目が合う。先輩は生徒会の仕事により、毎日校門であいさつをしているのだ。
手招きされたので、何だろうと思いながら歩み寄る。
「おはよう、今成くん」
「おはようございます。どうかしました?」
「聞いた? 景山のやつ、あの日階段で転んで骨折したらしいよ。二日目も片付けの日も休んでたんだ」
「え、骨折?」
あの日、とはA組のメイド喫茶で景山を見かけた日のことだろう。そのとき景山は女子に囲われご機嫌そうにしていたが、骨折をするようなはしゃぎ方はしていなかったはずだ。
「何があったんですか? 足でも滑らせた、とか?」
「それがね、友達から聞いた話だと『突然眠たくなって、耐え切れずに転んだ』らしいんだ。……まあ、天罰ね。適当に捨てた女の子の恨みに違いないよ」
皮肉に倉林先輩が吐き捨てる。恨みって、何もふられた女子が死んだわけでもあるまいに。
しかし、以前知り合った時田とも関わりのある景山だ、気になる話である。
もやもやと疑問が溢れてきたが、倉林先輩も忙しそうだ。話の続きは諦めて、校舎に足を踏み入れた。
「あら、今成じゃない。おはよう」
靴を履きかえると、神谷が声をかけてきた。朝からよく人に会う。
「ああ、おはよう」適当に挨拶を返す。そして、神谷の顔を見て思い出したのが、先日コーラの代わりにお冷を出されたことだ。「お前、メイド喫茶でのことは憶えていろよ。注文はちゃんと伝えたはずだ!」
「根に持っていたの? 女々しいわね」神谷は嫌々返事をして受け流す。「そういえば、景山とかいう二年生、階段で転んで怪我をしたんだって?」
なかなか噂は広まっているらしい。
「ああ、おれも聞いた」
「そのことで、片付け日に生徒指導部がうちのクラスに来たのよ。誰かがイタズラで睡眠薬を入れたんじゃないかって」
「何だって! どうしてまた?」
「搬送された病院で、あんまり不自然な睡魔だから、それなりに詳しく検査したらしいのよ。そうしたら、睡眠薬を大量に飲んだような痕跡があったんだって」
「なるほど、だったら飲食物を出していた店が真っ先に疑われるか……まずいな」
神谷のクラスが疑われたとなると、おれのクラスにもそのうち指導が入る、ということだ。景山を見たときには、まさか騒動が起こるとは思わなかったし、まして渦中になるとは思わなかった。
「犯人、早く見つかればいいんだが……」
「いいえ、すぐ見つかるわ。単純な事件だから」
「はあ?」
「わたしは、見逃さないよ」
放課後。神谷に連れられ、階段を上る。
向かった先は一年校舎の屋上で、そこは探偵学園で唯一、生徒が自由に出入りできる屋上スペースだった。
風に秋を感じる屋上だが、まだ暑いため昼食を食べたり昼寝をしたりする生徒は見当たらない。ただひとり、三年生が手品の練習をするのみ。
朝川陽太先輩だ。
「おやおや、ふたり揃って偶然だね」朝川先輩はにこやかに振り返る。「まあ、偶然という顔でもないか。そうだね、手品を教えてほしいわけでもなさそうだ…………何のお話だい?」
「景山先輩に睡眠薬を盛りましたね、というお話です」
神谷は単刀直入に切り込んだ。
朝川先輩の笑みは崩れない。にこにこと笑窪をつくりながら、黙っている。
しばらく沈黙が続くので、朝川先輩と神谷がアイコンタクトだけで会話をしているような気がしてきて、我慢できずに訊いてしまう。
「なあ、睡眠薬を盛ったって、あのコーヒーのことか?」
朝川先輩と景山が接したとするならば、神谷から取り上げたコーヒーしか思い浮かばない。そのとき混入させた、ということか。
「そのとおり、コーヒーよ。他にないじゃない」
「いや、待て。薬を混入させるタイミングは?」
「もちろん、わたしからお盆を取り上げたときよ。手品の出来る朝川先輩なら、こちらに気づかれないよう薬を入れるくらい容易いわ」
…………。
確かに、状況証拠からすれば妥当かもしれない。当然、誰も朝川先輩の罪を証言できないし、神谷も目撃したとは言い切れない。そう、だからこそおれには気になる点がある。
「神谷、お盆に乗っていたカップはすべてコーヒーだった。どうやって朝川先輩は、正確に景山に睡眠薬入りのカップでコーヒーを飲ませたんだ? 失敗すれば、周囲の女子のうちの誰かが眠っていたかもしれない」
「それも同じ。ジョーカーを引かせる手品、あれができれば、相手に意図したものを取らせることができるということ」
そうか、手品。朝川先輩には技術がある。
神谷に御堂会長、それから多くの人が三枚のトランプからたった一枚のジョーカーを引かされていた。朝川先輩がそれを応用するだけで、景山は五つのカップから特定のカップを選ぶだろう。
朝川先輩を振り返る。いまは、諦めたような儚い笑みを浮かべていた。
「はあ……タネが簡単すぎたかな。つまらないマジックを見せてしまった」
あっさり認める姿に、胸がざわつく。質実剛健の見本のような朝川先輩が人を貶め、簡単に罪を認める姿は見ていられなかった。
おそるおそる、おれは尋ねる。
「どうして、こんなことを……」
「言っただろう? 『将来いい目はみないだろう』って。気に入らなかったのさ、景山憐のあの軽々しくて浅はかな人間性がね。……制裁だよ、制裁。真面目に生きてきた人間からの罰」
そう言って、遠い目で空の向こうを眺めている。満足しての表情だろうか、不安が残っているからこその表情だろうか……おれの胸はまだ静まらない。
「だからって、骨折はやりすぎでしょう!」
「それはたまたまだよ、僕自身驚いている……それで、ふたりは僕を生徒指導部に突きだすかい? 生徒指導部は、警察沙汰になる前に事態を収めたいだろうからね」
…………。
首を振るしかなかった。
おれと神谷は間違いなく罪を糾弾したはずなのだ。なのに、なぜこんなにも後味が悪く、納得ができないのだろうか――――
事件は一件落着……?




