第三幕 比べられる手品
A組の教室の前まで来ると、数人の列ができていた。店の売りがコスプレともなれば、男子生徒や興味本位の客が寄りつくだろう。そう、おれのように。
最後尾につくと、並んでいるのは見知った人だった。
「あ、今成くん。リサさんのところに来たんだね」
その倉林先輩がおれに気がつく。倉林先輩と御堂会長、生徒会役員ふたりだ。
「生徒会の仕事が一段落したんですか?」
「ああ、司会は鹿島たちと交代したよ」御堂会長が答える。「忙しくてね、きょう遊べるのはいまくらいさ」
「それは大変ですね。……それにしても、ふたりで文化祭巡りだなんて。好い仲なんですか?」
少しからかってみたが、ふたりは肩を竦める。
「ないない、ほかに時間の合う人がいなかったんだよ」倉林先輩の否定。
「その質問はきょうだけで三回目訊かれたな。まあ、倉林の言うとおり消去法」
御堂会長が重ねると、その会長の背後からぬっともうひとりが顔を出す。
「それに、ふたりだけじゃないよ。ぼくもいる」
「朝川先輩!」
「ぼくも前の代の役員でね。時間が合ったから合流したんだ」
朝川先輩が生徒会……この人の爽やかさは誰もが評価している、ということか。
会話に花が咲くかというところで順番が回ってきて、普段の制服を着た男子生徒に座席へと案内される。
そこにやって来たのは、まさしくメイド服姿の神谷である。
「わあ、本当にメイド服だ!」声を高くする倉林先輩。
「何も言わないでください」神谷らしくもなく、顔を赤くする。それから、その憂さを晴らすかのようにおれを睨みつけた。「あんたは水道水で充分よね」
皿の縁に止まったハエを見れば、こういう目をするだろう。
「それが客に対する態度かよ。常識的に考えれば店長を呼ばれるぞ」
何か食べ物を注文しようかと思ったが、調理場として使っている家庭科室のほうがまだ準備万端とは言えないらしく、時間がかかるという。生徒会のふたりはちょっと休めればいいと言うから、飲み物だけ注文することにした。
それぞれ注文を取っていき、最後がおれだった。
「……じゃあ、おれはコーラをもらおうかな」
「はい、お冷ですね、承りました」
…………。
よく見る簡単な手品の種明かしなどを朝川先輩から聞いていると、倉林先輩が何かに気がついて、部屋の奥を恨めしそうに凝視している。
「うわ、最悪だね。まったく」
「どうしました?」
おれも倉林先輩の見ているほうに視線を向ける。その先、部屋の隅の席には数人の男女がいる。……いや、ひとりの男子を四人の女子が囲っている。さっきから部屋は賑やかだったが、主な原因はその一団だった。
その中心にいる男子は、ちゃらちゃらとしていけ好かない。女子に媚びたジョークをわざとらしく並べ、A組のメイドたちにも声をかける。どうやら二年生らしく、倉林先輩の嫌悪は激しい。
「景山憐、嫌な感じでしょ? あいつこの前、そこにいる女の子振ったんだよ」
……時田あおい!
倉林先輩が「そこにいる女の子」と言って目をやった先には、メイド服を着た時田がいるではないか。嫌な因果もあるものだ。
「ひどい奴だよね、散々遊んでるくせに。ましてあんなにたくさんの女の子を連れてくるなんて……御堂も今成くんも、男としてどう思う?」
「褒められた男ではないな」静かに御堂会長が応じる。
「まあ、それは……」おれはいま見ただけで倉林先輩ほど嫌うことはできないが、それなりに同調する。「おれの嫌いなタイプですけど」
「ああいう人もいるものだよ」一番冷静だったのは朝川先輩だ。それでも、目の奥にははっきりと怒りの色が浮かんでいるのが解った。「将来いい目は見ないだろうから、それでいいんだよ、きっと」
朝川先輩のひと言は曖昧だったが、この場の倉林先輩を静めるのには充分だった。
その後もマジックや生徒会の話題で和んだ。しかし、倉林先輩はどうしても時田や景山が気になってしまい、何度もきょろきょろと部屋を見回していた。そのうち何回目だったか、朝川先輩が倉林先輩に釣られてちらりと時田のいる部屋の入り口のほうを見たときだった。
「おっと、……これは危ないね」
朝川先輩はそう呟くと、急に立ち上がる。歩いて行った先には、五つのコーヒーカップをお盆に乗せてふらふらと運ぶ神谷がいた。
いまにもお盆をひっくり返しそうな危なっかしい神谷のそばへ、朝川先輩は歩いて行くと、さっとお盆を取り上げて身を翻し、コーヒーをこぼさず持ち切った。
「大丈夫かい? 慣れていないのは解るけれどね」
「あ、はい……すみません」
突然のことにぽかんとしている神谷を置いて、朝川先輩はそのままお盆を部屋の奥、景山のところまで運んで行った。景山ら五人は自分たちの会話に夢中になりながら、めいめいのカップを何のありがたみもなく取っていくのが見える。
景山らの態度を目の前にして顔色ひとつ変えない朝川先輩を見ると、まったくすごい人だと思う。
「朝川先輩、底抜けに優しい人ですね」
おれの賛辞を聞いた御堂会長が、懐かしそうな様子で苦笑した。
「生徒会のときからそうだったな、先輩は。……優しすぎるきらいもあるかもしれんが」
やがて、神谷がおれたち四人の注文した飲み物を持ってきた。
御堂会長のアイスコーヒーに、倉林先輩のアイスココア、朝川先輩のウーロン茶が並べられる。しかし、おれの前にはなかなか飲み物が来ない。
「あれ? おれのコーラは?」
……お冷が出てきた。




