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神谷リサは見逃さない  作者: 稲葉孝太郎 シナリオ / 大和麻也 著
ひらいたトランプ Cards on the Table
26/41

第二幕 楽しませる手品

 探偵学園の文化祭がついに始まった。

 沸き立つ学内には、賑やかな生徒たちのみならず、校外からの来客も溢れている。受験を考えている中学生が多いらしく、チョコバナナを売っている一年B組の模擬店も、それなりに成果を残せるだろう。

 地面からの熱が蒸し暑く伝わってくる校庭の真ん中、チョコレートの香りが鬱陶しい屋台。まだ開始間もないのにシフトに入っているおれは、やや持て余しながら文化祭の雰囲気を楽しんでいた。

 昼を過ぎたころでなければ客も増えないが、チョコレートの匂いに釣られる女子生徒はちらほらと来る。その中には当然、チョコレートばかり食す愛好家もいる。

「よう、偏食」

「あら、ひどい暴言。客にする態度なのかしら?」

 神谷リサである。絶えずチョコレートを食べている神谷なら、そのうち来るだろうと思っていた。

「まあいいわ。いいものを売っているね。わたしの好みに合わせてくれたの?」

「そんなはずがないだろう! ……それに、お前の好みはこっちだろう」

 皮肉に、奥にあるチョコレートのチューブを見せつける。

「それは無理ね、多すぎて」適当に応えると、神谷は鞄を漁って紙切れを取り出す。「じゃあ、みっつちょうだいな」

 そう言って惜しみなく差し出してきたのは、各模擬店共通の百円食券、三枚。

「……まいどあり」

 嬉しそうに三本を手に取る神谷。痩せ型な神谷なのに、ことチョコレートになると恐ろしい食欲だ。一食ぶんのカロリーだって摂取できるかもしれない。

 そのまま店の脇で黙々と食していたが、一本を食べ終えたころ、気がついたように話しかけてきた。

「そういえば、朝川先輩だっけ? 奇術同好会のステージ、そろそろじゃない?」

「あ、そうだったか?」

 神谷が見せてくれたパンフレットによると、あと十分もすればショーが始まる。ちょうどいいことに、おれのシフトも残すところさほど長くない。

「じゃあ、行くか」神谷に賛同を示してから、クラスメイトに許しを請う。「なあ、おれ抜けてもいいかな?」

 いいよ、と気の抜けた男子の返事が帰って来た。「シフトを抜けるな」とは言われない店の状況だし、いまさらおれが神谷と行動を共にしても冷やかされない。すぐに会場の体育館へと移動できた。



 前の発表団体がダンス部だったこともあって、体育館は人でごったがえしていた。

「うわ、すごい混みようだな」

「とりあえず前に行こうよ」

 神谷はそう提案すると、おれの返事も聞かずにぐいぐいと躊躇なく人山をかき分けていった。なんという非常識だろうか、仕方なくおれも必死に人ごみの中を進む。

 ようやく神谷に追いつき最前列に出ると、ちょうど公演が始まり、朝川先輩がライトを浴びながら舞台の中央で礼をしていた。

 まずは、ヘッドセットのマイクを通して、朝川先輩がジョークを交えた挨拶をした。ダンスを見た観客の興奮を鎮めながらも、マジックへの楽しみを残した前口上で、好青年っぷりをここでもいかんなく振りまいていた。

 やがて些細なマジックを立て続けに披露したあと、本命とも言えようトランプを取り出す。その手元は、カメラとプロジェクターを用いて体育館のスクリーンに映し出された。そこには三枚のトランプが裏返しで並んでいる。

「ここに見てのとおり、トランプが三枚並べられています」朝川先輩が手を広げて説明する。「この中からお客さんに、ジョーカーを引いてもらいます」

 おお、と場内で期待の声が湧く。朝川先輩はぐるっと場内を見回し、手前に視線が来たところで、にっと笑う。ぱっちりと目が合ったのは――

「え? わたし?」

 神谷リサである。


「あの、どれがジョーカーか、裏返しで見えないんですけど……」

 舞台に上がった神谷は、トランプを前に質問する。

「どれでも構わないよ。どれか一枚、めくってごらん。それがジョーカーだから」

 含みのある言い方に、場内がわあっと声を漏らす。

 神谷は実際に、適当な一枚をめくった。

 ジョーカーだ。

「どうせ残りの二枚もジョーカー、というわけね」

 神谷はそう言って口角を上げ、他の二枚をめくる。しかし、それぞれハートのエースとスペードのエースだ。

「え、どうして? も、もう一回!」

 悔しそうに神谷が叫ぶ。それを見た朝川先輩は、これでもかというくらいにカードの位置を滅茶苦茶に変え、もう一度神谷に引かせる。

 ジョーカーだ。

 もう一度。

 ジョーカーだ。

「どうしてなの? まったくわからない……」

 論理的な思考を尊ぶ神谷にとって、マジックほど心を乱すものはない。突然何のヒントもなしに、ぱっと状況に変化が生じてしまうからだ。

 だが、神谷が混乱している様を見ても、場内からは「サクラではないか」「仕掛け人に決まっている」「やらせだな」などという声が聞かれる。

 そのクレームに対し、朝川先輩の対応も抜かりない。

「じゃあ、会長。めくってみてください」

 指名されたのは、会場の司会を担当していた御堂翔馬生徒会長だ。

 会長が悠々と部隊の真ん中に行き、静かにトランプをめくる。

 ジョーカーだ。

「いやあ、先輩。これは参りましたね」

 会長のそのわざとらしい台詞に、会場はもっと湧き上がる。「俺も」「私も」と大勢が手を挙げるので、朝川先輩は楽しそうに彼らを指名していった。



 公演は大成功に終わり、ほくほくとした気分で講堂を出る。

 一方神谷は未だにもやもやと考え込んでいるようで、腕を組み、目を閉じている。そんな神谷には、種明かしをしてやろうじゃないか。あのくらいのマジックなら、おれも知っている。

「神谷、あのマジックはだな――」

「あ! リサさん!」

 おれの声を遮って、女子生徒の声が飛んでくる。

 神谷がその女子生徒を振り返ると、「あ」と漏らす。その女子生徒が続ける。

「シフト、もうすぐだからお願いね」

 うん、と神谷は小声で曖昧に返事をする。珍しく歯切れの悪い神谷に、ふとおれは疑問に思う。

「なあ、神谷のクラス……A組って、何を出しているんだ?」

 神谷は答えようとしない。代わりにクラスメイトであろう女子生徒がもったいぶりながら答えてくれた。

「それがだね……メイド喫茶なのだよ」

「それはまた随分なものを……うん? シフトが神谷ってことは――――」

 気がついたら神谷はおれの隣から消え、猛スピードで逃げて行く。

 なるほど神谷のメイド姿か、それはとても興味深い。神谷の口真似をして言うならば、

「面白そうだな」

「絶対に来るな!」

 一喝して逃げて行く神谷を追って、一年A組へと向かった。

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