解説 ミステリの読み方 その4
推理小説において、なぜ事件は起こるのでしょうか。この「なぜ」がメインになる作品を、「ホワイダニット」と呼びます。英語のWhy done it?のカタカナ読みです。もっと分かり易く言えば、「動機」を当てる推理小説と言ってもよいでしょう。
「ホワイダニット」は、「ハウダニット」(どうやって?)および「フーダニット」(誰が?)と比べると、ややマイナーなジャンルに属します。その大きな理由は、動機を特定するのが非常に困難であるということです。動機とは個人の心理現象ですから、いくら客観的な情報を積まれても分からないことがあります。これは推理小説の中だけでなく、現実の犯罪においてもそうなのです。
この「人間の心は覗き込めない」という問題を、推理小説作家たちは、様々なアプローチで解決しようと試みました。例えば、フロイトに端を発する精神分析が新しい科学と考えられていた時代、すなわち19世紀前半には、「犯人の心理を分析する」と称した推理が多く見られます。代表的な例が、アガサ・クリスティーの『ひらいたトランプ』です。この中で探偵のエルキュール・ポアロは、トランプゲームの進行から容疑者の心理状態が分かり、犯人を特定できるというのです。これは今日から見れば、およそ納得できない推理です。客観的根拠に乏しい精神分析は、現代の医療現場からはほとんど消えかけています。
そこで新たに目を付けられたのが、行動心理学にもとづく犯罪者プロファイリングを用いた心理捜査官ものです。アメリカの刑事ドラマなどでは非常に流行っている分野ですが、日本ではまだそれほど普及していないように思われます。但し、この犯罪者プロファイリングなるものには注意が必要で、分析結果が犯罪者個人の特定に繋がることは、まずありません。この点に忠実なのが、トマス・ハリスの『羊たちの沈黙』です。レクター博士はクラリスに大雑把な犯人像を示すことはできますが、「犯人が誰であるか?」は教えられません。これは解決するには、もっと地道な捜査が必要になります。
このように、ホワイダニットは、心理学と結びつく傾向にあります。しかし、必ずしも心理学的な根拠が必要なわけではありません。日常の謎がメインになった作品においては、登場人物は普通、素人探偵です。犯罪者プロファイリングを行うことはできません。ハウダニットやフーダニットとは違い、理屈ではなく登場人物たちのやり取りなどを楽しむのが、ひとつのコツと言えるのではないでしょうか。
『今成少年の醜聞 A Scandal of Sadamu Imanari』
⇒シャーロック・ホームズシリーズで最初に発表された短編『A Scandal in Bohemia』より。主に『ボヘミアの醜聞』、まれに『ボヘミア国王の醜聞』として翻訳されている。
ホームズには「あの女性」と呼ぶ人物がいる――久しぶりに再会したホームズとワトスンのもとに、ボヘミアの貴族と名乗り仮面を被ったボヘミア国王が依頼に訪れる。その依頼とは、若いころに親しかったアイリーン・アドラーという美しい歌手との、スキャンダルになりかねない写真を取り戻してほしい、というものだった……ホームズの女性に対する態度を見ることのできる短編。




