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神谷リサは見逃さない  作者: 稲葉孝太郎 シナリオ / 大和麻也 著
生徒会室の怪事件 The Affair at Student Council
16/41

第三幕 推理する会議

「入口の鍵も、窓の鍵も閉まっていた。何も取られていない。しかし、ホワイトボードの文字だけは消されている……?」

 御堂会長が要点をまとめてくれた。頭を抱え、すっかり考えてしまっている。

 盗みが起こらず一同安心はしたものの、ひと息つくのも束の間、今度はとんだミステリだ。侵入経路のない会議室にどうやって侵入して、ホワイトボードを綺麗に消し去ってしまったのだろう? 何も盗まなかったのだから、侵入の理由も謎だ。

 みな考え込んで、唸ってしまう。

 そんなとき、「あ」と声が漏れた。全員の視線が集まったのは、倉林先輩だ。

「ねえ、せっかくリサさんがいるんだし……」

 言いかけたところで、全員が理解した。ただひとり神谷リサ本人は首を傾げていたが。

「よし、ここは探偵学園だ。推理大会といこうか」

 御堂会長はまた、ぱん、と手を叩いた。



 役員が席に着き、おれも誘われた。三人寄れば文殊の知恵、推理が多く揃えばその中に真実があるかもしれない。

 しかし、神谷は未だに部屋をうろうろしている。

「ちょっと暑いな、インタビューのときにつけていたのに」御堂会長が立ち上がり、冷房をつけた。「まあ、もう六月だからすぐ暑くもなるか」

 すると、席に戻るのを確認した倉林先輩が手を挙げる。

「わたし、思いついた!」

「早いな。よし、話してみろ」

 御堂会長が促すと、倉林先輩は自信たっぷりに話しはじめた。

「ドアは閉まり、窓も閉まっている密室……犯人が会議室に入ることは無理。だから、犯人は部屋に入ることなくホワイトボードの文字を消したの。そう、あの配線用の穴から長い棒を使って拭き取ったんだよ」

 そう言って配線の穴を指差した。確かに、なかなか大きな穴が開いているから不可能ではない説だ。おれはひとつ、確認も兼ねて質問する。

「では、生徒会室にはどうやって入ったんです? 穴の向こうは生徒会室、そちらに入れなければ仕方がありません」

「ふふん、それはきっとね、窓だよ。会議室の窓は閉まっていたけれど、生徒会室のほうは開いているに決まっている」

 実際に、生徒会室へ移動して調べてみた。

 一直線に倉林先輩は窓へ駆け、ひとつひとつ開けようとした。しかし、どの窓もがたがたと音を立てるばかりで開かない。鍵はかかっていた。

「閉まっていますよ。まあ、エアコンを使っていましたし、閉まっているのも自然かもしれませんね」

 おれが呆れ半分に倉林先輩に言うと、先輩は困り果てて首を傾げた。生徒会室もすべての侵入経路が施錠されていたということは、倉林先輩による第一の説は成立しない。

「ねえねえ、今成」

「……へ?」

 突然呼ばれて振り返ると、神谷がいた。いつの間についてきていたのだろう? その神谷はおれを手招きしているのだが、そこは、

「おい、ゴミ箱なんか漁るなよ」

「これこれ。ほら、見て」

 渋々神谷のところへ行く。すると、さっき生田先輩に勧められて食べた外国製のチョコレートの包み紙を示していた。特に変なところは見当たらない。

「べったり溶けてチョコレートがついてる」

「そりゃあ、チョコレートの包み紙だから当然だろう」

「……前提を疑ったらどうなんだ」

「何か言ったか?」

 神谷は、ふん、とそっぽを向いてしまった。



 とぼとぼと会議室に戻ると、鹿島がにやにやと笑っていた。

「まあ、単純すぎましたね」

 鹿島がそう倉林先輩をからかうと、先輩は頬をむう、と膨らませてふてくされてしまった。それを見ながら、鹿島は人差し指を立てる。

「じゃあ、おれの推理を述べましょう。

 密室だからといって、おれたちが部屋に入ったときすでに無人だったと考えたのが間違いだったのです。犯人は、まだ部屋の中にいた」

「どこかに隠れていたと?」御堂会長が問う。「この会議室で、隠れられるようなところは机の下くらいじゃないか? 流石に無理だろう」

「ところが、隠れていたんです」鹿島も負けない。「隠れていたのは、そこです」

 指さした先は、

「……ドア?」倉林先輩が怪訝な声で漏らす。

「そう、ドア。ここのドアは部屋の内側に開くので、壁とドアとの間に隙間ができます。ちょうどホワイトボードとは反対側の箇所です、我々がホワイトボードに目を取られているうちに、犯人は逃げ出した! ……どうです、これで筋が通りました」

 自信満々に鹿島は言い切ったが、役員の反応は芳しくない。

「そんな、忍者じゃないんだから」倉林先輩。

「イタズラの割にはなかなか辛いことをするな」御堂会長。

「狭くて隠れきれないと思う……」生田先輩。

 肯定する役員が現れず、鹿島は顔を歪める。おれは助け船を出すことにした。

「そうだ」手を打って注目を集める。「試しにそのスペースを調べてみましょう。鹿島の言うとおりなら、きっとたまった埃に足跡がついているはず」

 おお、と声が漏れる。よし、我ながら良い方法を考えた。しかし、

「わあ、汚い。この部屋、ちゃんと掃除していないんでしたっけ?」

 …………。

 神谷がドアを開いて鹿島が語る部屋の隅のスペースをつくり、しゃがみこんでそこを覗き込んでいた。呆れた光景である。

「何が言いたいんだ、神谷――」

 神谷の傍に行っておれも覗き込んでみたが、そこにはうっすらと均等に埃が溜まっている。誰かがそこにいたような形跡はなく、鹿島による第二の説の証拠となる足跡はどこにもない。

 ということは、つまり――

「鹿島の推理も、ボツだな」

 がっくり肩を落とした御堂会長が切り捨てた。



 推理が硬直した会議室を、神谷がうろうろと歩き回る。たまに生田先輩からもらったチョコレートを箱から取り出しては、円錐台の形をしたそれを愛おしそうに眺めてから口に放り込む。部屋中ふわふわとチョコレートの香りが舞っていた。

 誰もが考え込む中、おれだけは意見がまとまっていた。倉林先輩と鹿島が推理を披露しているときも、自分の考えに繋がるところはないかと考えていた。

 意を決し、口を開く。

「じゃあ、おれの推理を話しますね」

 役員の視線がさっと集まってくる。倉林先輩が推理コンビのことを話していたのだろう、期待の色が見える目だ。びくりと体が震えてしまうような瞬間だった。

 眼鏡をかけ直し、息を吐く。心を落ち着かせ、話す。

「そもそも、密室、密室とは言いますが、密室にも種類があります。『完全密室』と、『不完全密室』……今回はどちらにあたるのか、特徴を捉えないと筋が通せません」

「なるほどな、聞いたことがある」御堂会長が反応した。「封鎖されて立ち入りがまったくできない『完全密室』と、閉ざされているようで出口のある『不完全密室』――という分類だったよな?」

「そのとおりです。会議室は窓もドアも閉ざされ、まして隣の生徒会室まで鍵がかけられていましたから、今回は『完全密室』で間違いないでしょう。

 この『完全密室』の中で犯行を実行するなら、トリックはいくつかに絞られる。どうやら、今回最も当てはめやすいのは『犯行時間の錯誤』のようですね」

 何だそれ、と鹿島から漏れる。まあ、推理の手順に名前など考えないだろう。

「簡単に言えば、密室のできる時間と、犯行の時間がずれている、ということ。会議室と生徒会室の鍵が閉められる前に犯行があったのか、開けられたときに犯行があったのか、これを確かめればいい――――

 まあ、開錠された直後にホワイトボードを綺麗さっぱり真っ白にするのは不可能でしょうから、密室になる前に何者かがホワイトボードの文字を消したということです。つまり、食堂に行くころにはすでにホワイトボードは真っ白だった」

 感心したように役員たちが頷いている。気持ちいいのと、少々の恥ずかしさを楽しんでいたが、同時に疑問も出てきた。

「待って」遠慮したような声で生田先輩が訊く。「……校舎の外から見たとき、文字は残っていたよ?」

「ええ、見えるでしょうね」おれはちゃんと推理を説明することにした。叔父の推理法を思い出し、慎重に段階を踏む。「食堂に行く直前、役員は一旦解散しました。このとき、ひとりだけ部屋に残り、ホワイトボードの文字を消しました。

 このあとが重要です。犯人はパソコンを起動し、あらかじめ用意してあったホワイトボードを撮影した画像ファイルをビューアーで表示します。そして、プロジェクターを起動し、画質を調節してホワイトボードに映し出す。これでホワイトボードには、見た目の上で、文字が残されます。

 あとは、会議室に入るまでにリモコンでプロジェクターの電源を落とせば、見たところ密室のまま犯行は完成です」

 …………。

 会議室が静まる。

 鹿島が沈黙を破り、最初に口を開いた。

「それって、生田先輩が犯人ってことじゃ……」

 え? と生田先輩だけでなくすべての役員が声を漏らす。

「い、いや、だって……会議室とかホワイトボードとかに注意していたようだったし、集合にも最後に来たし」

 鹿島が言うと、今度はおれに視線が向けられる。ぎくりとして、おれは両手を上げた。

「そこまでは断言できませんよ」

「ああ。そうだぞ、みんな」

 御堂会長が場を制し、おれと向き合う。

「なるほど、筋は通った。実際プロジェクターはリモコン式だし、パソコンの電源はつけっぱなしになっている。今成くんの言う犯行は充分に可能だから、証明となる画像ファイルをパソコンから探し出せるはずだ」

 言われたとおり、おれはパソコンに手を伸ばす。マウスを動かそうとしたが、なかなか動かない。ちょっとマウスを持ち上げてみると、マウスの裏に糊のようなものがへばりついていたからそれをティッシュで拭き取り、再び動かした。パソコンまわりくらい、もう少し掃除してほしい。

 画像のありそうなフォルダを開いては、画像を確認する。しかし、なかなかこれが見つからない。パソコン内すべてのファイルを検索し、まとめて表示させてみたが、それらしい画像ファイルは見つからなかった。

「そんな、噓だろ……?」



 またも推理は硬直し、役員たちは唸る。

 ついに倉林先輩は退屈になったのか、未だ部屋をうろうろする神谷に対して投げやりに問う。

「リサさん、何も思いつかない?」

 …………。

 神谷はさも当然の如く無視した。目を閉じて腕を組んでおり、考えている様子だから、しばらくは返事をしてくれないかもしれない。

「すみません、考えているようなので」

 おれが適当に謝っておく。念のため、おれからも尋ねてみようと思ったが、

「さて、仕方がない」御堂会長が大きめの声で言いながら手を叩いた。「きょうはお開きにしよう。いちいち黙り込んで、疑心暗鬼になっていても仕方がない。今成くんたちをいつまでも引き留めているのもまずいしな」

 会長の一声で、そでいいか、というような空気になる。

「また部外者にイタズラされないよう、これからは充分戸締りに気をつける。いいな? 顧問の先生にも報告しておくから」


 荷物をまとめはじめると、神谷が歩み寄って来た。目を開き、腕も組んでいない。

「さ、帰ろう。今成」

 六月の末とはいえ、外の空気は思いのほか涼しかった。

 すたすたと胸を張って歩いて行く神谷の横を、おれはとぼとぼと肩を落としながら歩く。おれは、推理を失敗した悔しさと虚しさに苛まれていた。まして、『探偵と思えない』と切り捨てた神谷の目の前で、だ。こんなはずではなかった。

 結局、神谷に訊いてしまう。

「なあ、思いついているんだろう? お前なりの仮定は、もう完成しているはずだ」

 …………。

 返事はない。考えるときの癖が表れていない神谷だ、きっと筋を通せている。ようやく返事が来たと思えば、とんちんかんなことを言った。

「ずばり、みんな三十点」

「はあ? 何の点数だ?」

「推理。みんなで合わせて九十点って意味。……そうだね、美羽先輩が三十点、鹿島くんが十点、今成が五十点かな? 今成が一番核心を突いていたし」

「……!」

 ちょっとだけ喜んでしまった。納得のいかない気持ちも混ざり、もやもやと気持ち悪い。おれが黙っていると、神谷がまた突拍子のないことを言う。

「ねえ、今成はあしたヒマ?」

 …………。

 突然何かに誘われた。日曜日だから、予定はない。しかし、何を目論んでいるか解らないから素直に了承する気にもなれない。数秒悩んで、イエスと答えようとしたが、遮られる。

「犯人は、もう一度必ず会議室に来る。……絶対に」

 …………。

 なるほど、そういうことね。ちょっと期待したおれが馬鹿だった。

「あした、会議室で犯人を待ち伏せする、ということか?」

「そう、そのとおり。九十点を満点にするために、あと十点わたしが足してあげる。……わたしは、見逃さないよ」

次回事件の真相が明らかに! みなさんは誰の推理を推しますか?

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