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鋼鎚使いの無能神官  作者: しらぬい
第1章 流嵐の王都編
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EP 7 怒りの矛先




 朝もやのかかる森の中、ひそりと暗い影が立ち上がる。人の形を成さぬそれは、陽炎のようにゆらりゆらりと揺らめいていた。

 不安定な存在感でありながら、そこに確かにいる様はあまりにも歪だった。

 影はしばしそこに立っていたかと思うと、不意にその形を崩し、とぷんと音を立てて地面へと融けていく。


 その直後、その場に一人の少女が降り立った。

 歳は十五,六といったところ。肩の辺りで切りそろえられた茶髪で、前髪は端の方でピンで留められている。

 白と青を基調とした鎧を身に纏い、150はある彼女の身長を優に超えようかという大きさの大鎌を片手で軽々ともっている。

 その表情は厳しく、影が融け込んだ辺りを睨んでいた。


「また、逃がしましたか…。その探知能力は厄介ですね」


 そして彼女は顔を上げ、王都がある北へと目を向けた。


「王都、ですか。……いえ、彼にとってはちょうどいい試練でしょう」


 平坦な声でつぶやくと、くるりと踵を返し彼女はその場を後にする。

 彼女が懸念するのは彼に託したあれが無事かどうかの一点のみ。今の彼には使いこなせないだろうが、守るくらいはできるはずだ。

 もしも、それすらできなかった時には……。


「その時は、運がなかったと言うべきですかね…」


 彼女の鎌の柄がカンと地面に打ち当てられた。

 彼女の足先から光の粒子へと変わっていく。

 ゆっくりとそれは彼女の身体を解かし、やがてすべてが金色の粒子になって消えていった。


 後に残されたのは静寂。森の木々たちはこれからの未来を不安がるかのように、ざわざわとその枝を揺らし続けた。




§




 師匠の部屋を後にした俺はすぐさま協会の出口へと向かっていた。理由はもちろん嫌な奴に会わないためである。

 俺が“無能神官”と呼ばれるようになって以来どうにも突っかかってくる奴がいる。

 師匠に魔法で貢献することは無理だと断言されてからは、魔法は諦め、身体と鋼鎚で活躍することに決めた。実際その通りにしてからは大半が表だって俺に突っかかってくることはなくなった。


 だが、それでもまだ嫌みったらしくねちねちと言う奴がいるのだ。しかもそいつは人の多い場所に限って出会うのだから気分も盛り下がろうというものである。

 しかも面倒なことに協会で出会う頻度が高い。向こうも神官なのだからそれは道理なのだが、俺が協会に来る時はほぼと言っていいほどの確率で出会う。もはや嫌味を言うためだけにストーカーをしてるのではなかろうかと勘繰るレベルである。


 走ることはしないまでも、早歩きでさっさと出口に向かう。

 途中で急ぐ俺を何事かと驚く神官たち。だがすぐに俺だということが分かるとクスクスと忍び笑いを漏らす。いつもの光景なので気にせず歩き続けた。


 そうしてようやく出口が見え、ほっと安心したかと思うとざっと黒い影が俺の進路を遮った。


「よぉう、アレン。元気そうじゃないか、とっくにくたばちまったと思ったよ」


 そいつはニヤニヤと嫌な笑いを顔に浮かべながら、馬鹿にするような声でそう言った。


 会いたくない奴に会ってしまった。

 しかも、よりによってもうすぐ出口と言うところで。もうすぐ外に出れただけに、嫌な表情を露骨に顔に出してしまった。


「お前も相変わらずだな、ジュード」


 同期の神官の中では最高峰の実力を誇る神官。将来を有望視され、上位の神官たちとの繋がりは強い。

 聖属性魔法に高い適性を持ち、下位の死霊なら一瞬で浄化させられるほどの魔法の使い手。

 彼の名はジュード・アストラル。未だ俺に突っかかってくる唯一の俺の天敵である。


 よく天は人に二物を与えずというが、そんなことはない。現に、その例外が目の前にいる。

 回復魔法に理解が深く、聖属性魔法に高い適性を持ち、頭脳明晰。並の戦士に比べれば体力は劣るものの、他の神官たちに比べれば遥かに高い身体能力。そして何より整った顔立ちに流れるような金髪。

 上司たちからの信頼も厚く、女性神官からはよくモテる。

 これが神が二物も三物も与えた結果だ。こいつを見る度、世の中不公平だと思い知らされる。


 彼はその高い実力ゆえに人並み外れたプライドを持ち、弱者を見下す傾向がある。しいて彼の欠点を言うのならそれが欠点だろう。

 だが、それを差し引いても彼には人気があるのだから理不尽な話である。


「なんだよ、そんなに僕に会いたくなかったわけ? そんな嫌そうな顔するなよ」

「当たり前だ。人を馬鹿にしてくる奴に会いたいなんて思う奴はいない」


 苦々しげに口にすると、彼は大きな笑い声をあげた。


「はは! 僕は君にアドバイスしてるつもりなんだけどね。どうやら君にはそう聞こえないらしい。いや、それは君の勉学が足りないせいじゃないのかい?」


 アホらしいとため息を吐き、彼の横を通り過ぎようとする。

 だが、彼の後ろから出て来た複数の人影にその道を塞がれた。


「おっと、待てよアレン。まだ話は終わっちゃいないぜ」

「そうだ、ジュードさんの話を無視するなんざ十年早いぜ“無能神官”」

「あんたのためにジュードさんはおっしゃってくれてるのよ! ちゃんと話を聞きなさいよ」


 ジュードの取り巻きである。

 鬱陶しいことこの上ないのだが、道を塞がれている以上、どうにもなるまい。横にそれたところでどの道また塞がれる。

 仕方がないので、非常に嫌なのだが彼の話を聞くことにする。


「で、何の用だよ。さっさと済ませろ、俺は忙しい」

「ハ! これは傑作だ。“無能神官”たる君が忙しいだって? 冗談は休み休み言えよ、一つしか回復魔法を使えないくせにさ!」

「前も言っただろ。俺は魔法は諦めた。だから鋼鎚(こいつ)で戦っている」


 背中に背負う鋼鎚を指し、そう言いかえす。

 こいつに何と言い返したところでどうせ俺を小馬鹿にするよう持っていく。しかも周りに聞こえるように大きな声で喋るのだからなおさら(たち)が悪い。見れば、何事かと周囲の神官たちは揃ってこちらに視線を向けている。


「それってもう神官じゃないよね。いっそ戦士にでも転向したらどうだい?」

「助言どうも。けど俺は神官の資格を失っているわけじゃないし、俺なりの神官としての道を進むことを決めただけだ」

「その鉄塊を持って殴ることがかい? スマートじゃないねぇ。そんなのバカのオークやゴブリンにだってできることじゃないか!」


 そこで何が面白かったのかどっと取り巻きたちが笑い出す。下品に俺を指さし、馬鹿にするような表情を顔に浮かべる。

 周囲からもクスクスと笑いが漏れるのが聞こえる。

 奴らは自分たちよりも実力が下の人間を見て笑っているのだ。ああ、あれに比べれば自分はましじゃないかと自分を慰めている。


 言い返せば言い返すほど、俺は『生贄(スケープゴート)』としての役割を果たしていく。

 だから一番いいのは何も言い返さず、実力で奴らを見返すこと。それが俺の神官を続ける原動力に他ならない。


 黙り込んだ俺が面白くないのか、彼は小さく舌打ちした。


「大体、そんなのでいいと思ってるわけ? 君がいることで僕たちの質まで疑われることになるんだよ。協会の神官は魔法を使えない無能集団だってね」

「……だったらどうだってんだ」

「だってそれは困るだろう? なにせまた一年前みたいなことが起こると思われるかもしれないじゃないか」


 意味が分からないと表情に出すと、彼はこれ以上ないくらいに口角を吊り上げ、ニヤニヤと笑って言った。




「どこかの無能な神官のせいで、人が無駄死にするってね」




 瞬間、カッと頭に血が上る。頭の中が怒りで埋め尽くされ、今にも飛び掛からんとしそうになる身体を僅かに残る自制心で抑え込んだ。

 右手はいつの間にか鋼鎚の柄に添えられており、ぎりぎりと奥歯を噛みしめていた。

 こいつは…。

 こいつは人を馬鹿にするためなら人のトラウマすらも掘り起し、無残に蹂躙するというのか。


 ふーっ、ふーっと荒い息を吐く俺を、面白いものでも見るかのように彼はあざ笑った。


「やっぱり僕らも神官じゃん? 人を死なせるなんてことはできないし、どこの誰なんだろうねぇそんな無能っぷりを晒したのは」


 怒気が俺の中で膨れ上がる。空気を入れた風船のようにぱんぱんに膨らみ、いつ爆発してもおかしくはない。

 だが、その次に続く奴の一言はその均衡を完全に崩してしまうには十分な破壊力を持っていた。


「でも、死んだそいつも悪いよね。そんな無能な奴を引き連れてダンジョンになんか潜ろうとしたんだからさ!」


 ぷつんと俺の中で何かが切れた。頭が真っ白になり、分かることはただ一つ。この馬鹿を叩きのめすことのみ。

 躊躇うことなく拳を握り、奴目がけてその拳を殴りつけた。

 奴はこれが狙いだったのだろう。俺の様子にまったく動じず、ニヤニヤと嫌な笑いを張り付けたままだ。

 だがそれがどうだというのだろう。奴は俺だけを馬鹿にしたんじゃない。俺のせいで死んでしまった大切な人の尊厳までをも踏みにじった! だったらこの拳をふるう理由はそれだけで十分だ。


「静まれ!!」


 俺の拳が奴の顔に振れる寸前、協会中を揺るがす程の大声が響き渡った。

 そこで我に返った俺は何とか拳を止めた。ジュードはむっと顔を顰めるとふんと鼻を鳴らして声の主を仰ぎ見た。


「神聖なる協会で騒ぎを立てるとは何事か! 恥を知れ!」


 声の主たる神官は入口から階段を上って真っ直ぐ続く、聖堂への入り口に立っていた。

 そしてその横に一人の威風堂堂たる老人が立っている。(いか)めしい顔にずんぐりとした身体。頭は完全に剃られており、右目は昔の傷なのか太く長い傷が走る。足腰が弱ってきているのか、右手で杖をつき、残る左目で眼下の神官たちを見下ろした。


「総員、すぐに自らの仕事に戻りなさい」


 重く、荘厳さを含む声が協会に響く。それが決して大きな声ではなかったものの、周囲を取り巻く神官たちを動かすには十分の迫力を持っていた。

 大主教。

 全ての神官たちを取りまとめる神官の頂点。以前ちらっとしか見たことがなかったが、ここにいたのか。

 大主教とそれに伴う神官はゆっくりと俺たちの前まで下りてきたかと思うとぴたりと立ち止まった。


 ジュードは先ほど俺に向けていた表情をころりと変え、ニコリと笑顔を浮かべた。


「ご機嫌麗しゅう、大主教様。本日はお日柄もよく…」

「私は戻りなさいと言ったはずだ、アストラル史」


 ジュードは一瞬きょとんとすると、微妙な表情を浮かべ一礼して去っていった。

 大主教は残る俺を一瞥すると、すぐに興味を失ったようにそのまま出口へと向かっていった。


 まさか調停してくれた…のか?

 いや、そうじゃない。恐らく彼が出かけた時に偶然に騒ぎに出くわした。ただそれだけだ。

 だが運がよかった。あの止める声がなかったらどうなっていたか。俺は奴を殴りつけ、奴の思惑に乗せられていただろう。


「……まだ、修行が足りないな」


 残された俺も当初の目的を果たすように出口を目指して歩いてく。胸にはただ後味の悪い感覚が残り、不完全に燃えた種火がぶすぶすと燻っていた。

更新が少し遅れてしまってすみません。「episode 7」更新です。

次回の更新は9月8日となっております。時間は恐らく20:00くらいになる見込みです。

次話が終わったらキャラ紹介回を0話に挟みます。


twitterでリツイート、フォローしてくださってありがとうございます。これからも頑張っていきますのでよろしくお願いします。

twitter⇒https://twitter.com/?lang=ja


2018/10/14 タイトルを修正しました。

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