EP 6 我らが師は無邪気に笑う
まるで久々に会った旧友に挨拶するかのように、師匠、ユーノ・フェレンディアはひらひらと手を振った。
「そっちも相変わらず悪戯するほど元気なようで…」
「悪戯こそ我が生き甲斐よ。退屈な毎日を楽しませてくれるもの」
私こそが正義なりとばかりに、師匠は無駄にでかい胸を張った。隣に立つリベルさんがそれは深いため息を吐く。相当苦労してるんだな、リベルさん。
しかし、こう見えて“大神官”の異名を持ち、多くの神官から畏怖と敬意の念を抱かれている。『ヒール』をはじめとする回復魔法や、腕力を強化する『マハト』などの強化魔法を使いこなし、戦場に癒しを与える偉大な神官。それが一応表向きの彼女の姿である。
それは確かに彼女の一面ではあるものの、それがすべてではない。
「で、リベル。伝えたいことって何なの?」
彼女は悪戯が成功したことに満足したのか、上機嫌で自分の執務用椅子に腰かけた。
そうして手を組み、今更恰好をつけてリベルさんに尋ねる。
「はい、どうやら市場に出回っていた魔石が枯渇しつつあるとのことなのです。ただの不足かもしれませんが、一応お耳に入れておこうかと思いまして」
慣れているリベルさんは淡々と伝えるべきことを伝えた。
彼の報告に彼女はぴくと片眉を跳ね上げる。次いで、眉根を寄せて眉間に皺を刻んだ。
「魔石が…? はい、ここでクエスチョンよアレン。魔石っていったいなんだったかしら?」
唐突に俺に質問を投げる師匠。だがかつてこの人の教えを受けていた時には見慣れた光景である。
「魔石とはモンスターの体内で生成される魔力を多量に秘めた鉱石のこと。貯蓄されている魔力量によって大きさは変化し、特殊な魔法『サクリファイス』を使うことで中の魔力を取り出すことができる」
「上々ね。ならリベル、その魔石は今現在どういう風に使われてるかしら?」
「貯蓄されている魔力量にも依りますが、魔力によって動く魔導器や魔力を回復するポーションなど幅広く使われています」
「よろしい。魔石は多く市場に出回り、人々の生活に浸透している。だから不足するなんてことはない、ていうのが通説よね。まぁ私もそうだと思うんだけど…」
目を閉じ、しばし彼女は黙り込んだ。
その様は彼女が“大神官”と呼ばれるにふさわしく威厳に満ちている。
黙っていれば綺麗なのにと思っていると、僅かばかりの殺気が飛んできた。まるで、考えていることはお見通しだぞとばかりにうっすら片目を開けて彼女はこちらを見ていた。恐るべき勘の良さである。
「とにかく今の段階じゃなんとも言えないわね。もしかしたら誰かによる買い占めの可能性もあるわ。今後もそれは追っていく必要がありそうだけど…、リベルお願いできる?」
「承知いたしました、わが師よ」
「何かあったら言ってね。私も動くから」
そう言って彼女は執務机の上の羽ペンを取り、さらさらと紙の上を走らせた。それが終わると、書いた紙をくるくると小さく巻き、引き出しから取り出した紐でキュッと結ぶ。
「一応このリストに書いてあるものも調べておいて。多分、何もなければ変なところはないはずだから」
リベルさんはそれを恭しく受け取ると、一礼して部屋を出て行った。頭に粉をかぶったままである。
……外から悲鳴が聞こえたような気がするが、聞かなかったことにしておこう。
「あら…? 私があげた鋼鎚ちゃんと使ってるみたいね」
俺の背負った鋼鎚に気付くと、彼女はニヤリと得意げに笑う。
「どう? 中々使い勝手がいいでしょう?」
「ああ、おかげさまで何度かこいつには助けられたよ」
うんうんと嬉しそうに師匠は頷いた。
この鋼鎚は師匠から譲り受けたものである。そしてどん底だった俺の神官人生を不死鳥の如く蘇らせてくれたのだ。
彼女は“大神官”である。
だが、同時に彼女は“悪魔祓い”でもあった。
“悪魔祓い”。それは読んで字のごとく人々を魅了し、悪の道へと引きずり込む悪魔や死霊達を祓う処刑執行人。
闇の魔法に対して圧倒的な耐性を誇り、人々を陥れる悪魔たちを速やかに浄化する。そして、彼らは悪魔たちと闇の取引を交わした人間たちを秘密裏に始末するのだ。
全ては世界の平穏を守らんがために。清め、祓い、浄化する。
中でも、彼女は別格だった。
高位の悪魔たちを次々と消滅させ、闇に堕ちた人間たちを葬り去った。
彼女が愛用したのは一振りの鋼鎚と一振りの剣。慈悲もなく、情けもなく彼女は淡々と悪魔狩りを行った。
それ故に付いたあだ名が“鉄血の処刑人”。人でありながら機械のように悪魔を殺す彼女を皮肉る二つ名である。
今の彼女は既に前線から引いている。それは俺に愛用していた鋼鎚を託していることからも明らかだ。
彼女はあまり“悪魔祓い”だった頃の話に触れてほしくないらしく、以前聞いた時にははぐらかされてしまった。だから、彼女にはもうそのことは聞かないようにしている。
彼女が協会の本棟から離れたこの棟にいるのもそれが関係していると聞いたことがある。もっとも、彼女はこの場所を気に入っているようだが。
「あ、ちゃんとメンテしてるでしょうね? 武器って言うのは定期的にメンテしないとすぐにダメになっちゃうんだからね」
「つい今朝方頼んできたばかりだよ。手強い奴と闘ったからな」
「ふむふむ、ならよろしい。それでアレンの方は何かあったの? 滅多なことじゃ私を訪ねないくせに」
そうだ、彼女に見てもらいたものがあったのだ。俺は懐から少女から預かったネックレスを取り出し、執務机の上に置いた。
「……なにこれ? 私へのプレゼント?」
「違う、預かり物だ。これが何なのかを少し見てほしくてな」
「ふぅん…」
彼女は納得したように相槌を打つと、ひょいとそれを持ち上げた。そうしてしげしげとそれを眺めると、うーんと低く唸る。
「うぅん……。何か感じるようなそうでないような…」
「師匠にしては偉く中途半端だな」
「見た目は別に何の変哲もないんだけどね。魔力が漏れてるわけでもなし。ただ…、なんか気になるんだよねぇ」
説明しきれない違和感をぬぐえないのか、しきりに彼女は角度を変えてネックレスを眺める。
彼女は埋め込まれた宝石に触れたり、鎖に注意深く目を凝らした。
「これ、預かり物って言ってたけど誰の?」
「それが……、十歳にも満たなさそうな少女から渡されてな。その少女が言うにはリベリオンというらしいが」
瞬間、ピタッとネックレスを弄る手が止まる。
それまで緩んでいた彼女の雰囲気が途端に真剣なものになる。彼女の顔が強張り、ネックレスを眺める瞳はいっそう厳しくなった。
「リベリオン…、その子は本当にリベリオンって言ったの?」
「あ、ああ。間違いない」
「そう……」
呟くように言って、彼女は鋼鎚を降ろして俺に少し離れているよう告げた。
訝しみながらも彼女の言う通りにする。入口の辺りまで下がると、彼女は一回深呼吸して右手に魔力を集中させた。
その手でネックレスに触れる。するとぽう、と緑色の光が輝いた。
と、次の瞬間、俺は扉を破り、背中から廊下の壁へと叩き付けられていた。
背中に激痛が走る。幸い頭は守れたようだが、何の構えも取っていなかった俺はすぐに復帰できず、そのまま床に倒れ込んだ。
何が起こった? いや、それ以前に師匠は無事なのか?
頭が戦闘用に切り替わる。誰かの不意打ち? いや、そんなはずはない。あの時部屋にいたのは俺と彼女のみ。危害を加えるような者は誰一人としていない。
ドクドクと急激に脈を打ち始める心臓を、呼吸でなんとか治め、痛む身体を起こして部屋へと突入する。
第三者がいるなら鋼鎚で薙ぎ倒すまで。幸い、鋼鎚は入口の付近にある。
だが、突入した部屋には第三者などいない。いたのは打ち付けられた身体を摩る師匠だけだった。
「師匠! 大丈夫ですか!?」
すぐに駆け寄り、彼女安否を確認する。彼女は、大丈夫と笑うとゆっくり立ち上がった。
どうやら俺と同じように吹き飛ばされただけらしく、身体は痛むものの大事はないらしい。
彼女は次いで部屋を眺めると、右手で顔を覆い天を仰いだ。
部屋は酷い有様だった。
纏めてあったであろう書類は至る所に飛び散り、本棚にしまってあった本は床に投げ出され、物がぐちゃぐちゃに散乱している。まるでここだけ嵐が通り過ぎたかのように部屋は荒れていた。
「うーん…。ちょっと魔力を籠めてこの威力とは。げに恐ろしきは…ってとこかな……」
彼女はぽつりと呟く。どうやら師匠があれに魔力を籠めた結果らしい。離れていてと言ったのはこの結果を師匠は予測できていたということだろうか。
「師匠、説明を」
「あー、うん。まぁあれに魔力を籠めた結果がこれだね。ちょっと緑色の宝石から何か感じたからどうなるかなって……。うわっ! ガラスに切り傷入ってる」
ショックを受けたように項垂れる師匠。また出費だよー、とか泣きそうな声で漏らしている。
「俺、いきなり吹き飛ばされたんだけど?」
「暴風が発生して私達二人して吹き飛ばされたみたい。もっとも吹き飛ばされただけ僥倖と言うべきだったかもね」
彼女は無数の切り傷の入ったガラスを、片手でコンコンと叩きながら言った。
俺たちももしかしたらあんな風になっていたのかと思うとぞっとする。
「まぁ、肝心のネックレスはもううんともすんとも言ってないみたいだけどね」
ついと原因であるネックレスに目を向ける。そのネックレスは何事もなかったかのように執務机の上に置かれていた。
「アレン。これ、気をつけなよ。膨大な魔力なんか流した時にはアンタの身体は木端微塵よ」
「ああ、それは身を以てよく思い知った」
「一応魔力が流れないように封印はしておいてあげる。まぁ、あんまり魔力を流すと壊れちゃうから気休めみたいなものだけど」
そう言って彼女はネックレスに振れない程度に、手をかざし魔法を行使した。
うっすらとネックレス白く光ったかと思うと、次第に青色へと変化していく。彼女の魔法が終わった時、ネックレスはぼんやりと青い光を帯びていた。
「ん、これで大丈夫。ちょっとくらいの魔力なら遮断するから、持ち歩きは多少平気になるはずよ」
「ありがとう、師匠。助かったよ」
「どういたしまして」
にっこりと彼女は笑い、ネックレスを俺に手渡した。それを受け取り、懐に大切にしまい込む。
「それが何かはよく分からないけど、多分とんでもないものだと私は思う。リベリオンって名前に負けてないくらい。扱いには十分に気を付けて」
「ああ、分かった」
師匠にもこれの正体は分からなかったらしい。
分かったことと言えば宝石に魔力を流せばなにかしらが起こるということくらいか。いや、それだけ分かっただけでもだいぶ進歩はある。
戦闘中には十分に気を付けなければ。特に『リジェネ』に食われる魔力を抑えなければ、いつ何かの拍子でこれに魔力が流れ込むか分かったものじゃない。
「それが何かこっちでも調べてみる。昔の文献を調べたらもしかしたら何かあるかもしれないし」
「ありがとう、何かあったらまた連絡する」
「はいはーい」
立てかけておいた鋼鎚を背負い直し、彼女に別れを告げる。
ひとまずは収穫はあった。それだけでも良しとするべきだろう。
「……気を付けなよ、アレン」
後ろ手にパタンと扉を閉じ、俺は師匠の元を後にした。
キャラが増えてきたらキャラ紹介回でも作ろうかと思ってます。
次回更新日は9月6日10:00となっております。
2015/09/06 誤字があったので修正しました。
2017/03/14 ユーノの名前に間違いがあったので修正しました。
2018/10/14 タイトルを修正しました。