EP 4 鍛冶屋の営み
2018/10/14 タイトルを修正しました。
暖かな春の日差しが差す窓辺。さんさんと輝く太陽はまだ朝を迎えたばかりだというのに、存分にその仕事を果たしていた。
カノーネの住民の朝は早い。彼らは日の出とともに目覚め、新たな一日を迎える。
カノーネ城へと続く大通りは至る所から賑やかしい商いの声が聞こえてくる。まだ日が昇り二、三時間ほどだが大通りは雑踏を極めていた。
そんな活気ある大通りを窓際にあるカウンターでぼんやりと眺めながら、俺は手持ち無沙汰にそれを弄っていた。
首にかけるための鎖は美しい金細工。その鎖を辿れば、そこには中心に位置する白銀の宝石を引き立てるように六つの宝石が散りばめられていた。赤、青、緑、黄、紫、黒、それぞれの色の宝石が白銀の宝石を囲んでいる。
昨日、名も知らぬ少女から有無を言わさず手渡されたネックレスである。角度を変えて見てみるも、どこにも錆びも劣化も見つからない。余程大切に扱われていたもののようだ。
手に持ったネックレスを日に向かって掲げてみる。それはキラキラと光を反射してまるで万華鏡のように七色に輝いた。
見れば見るほど人を魅了するようなネックレスだ。手に入れようと思えばそれこそ大量の金貨を積まねば手に入るまい。
そのネックレスの名はリベリオン。かつて大陸全土を混沌へと陥れた堕神の名を冠するネックレスである。
§
「リベリオン、ねぇ…」
ぽつりと呟く。
その昔、悪逆の限りを尽くし世界を恐怖させた大堕神だと言われている。
日が昇れば人を殺し、腹が減っては命を喰らい、暇を持て余せば大地を火の海に変え、虫の居所が悪ければ海を割る。一度笑えば、雷鳴が轟き、彼女の一睨みで山が消える。最後は名の知れた勇者たちに敗れ、その力は散り散りになって封印されたと伝説は締めくくられている。
本当にそんな神様いたのかよと思うのだが、案外その名残らしき跡は残っているらしい。
そういう場所は特別魔力が溜まりやすく、魔獣の発生頻度も高いのだとか。
その濃密な魔力こそがその堕神がいた象徴なのだと言う専門家もいるようである。
もしやこれもその堕神の力の一部を封じたのではあるまいなと警戒してみたが、まったくそんなことはなく、魔力はこれっぽっちも感じられない。ただの綺麗な首飾りである。
事情が事情故に勝手に捨てるわけにもいかず、かといってどうこうすることもできず。はてさてどうしたものかと悩んでいた。
「なぁに難しい顔してるのさ?」
頭上から突如振ってくる活気のある声。ふと顔を向ければそこには俺の鋼鎚を片手に、優しげに微笑む少女の姿があった。
細くしなやかなブロンドの髪は絹のように美しく、後頭部で一つに纏められた可愛らしいポニーテールが、彼女が頭をゆらすたびひょこひょこ顔を出す。肌は色が抜けるように白く、笑うと頬に深い笑窪のできる優しい顔立ち。ピンと尖った耳は彼女が人ではない亜人だということを思い出させる。
彼女は人ではない、エルフと呼ばれる亜人である。豊富な魔力をその身に宿し、精霊を永遠の友とする彼らは、魔法に非常に高い親和性を持ち、数多くの魔法を使いこなす。
その反面、近接戦闘を苦手とし、素の体力は並の人間に劣ると言われている。
また彼らはプライドの高い排他的な種族であり、俗世から遠く離れた森の奥に里を作っている。それ故、弓の扱いが並外れているのも彼らの特徴である。
彼女の名はルイーナ・エレンチカ。カノーネで鍛冶屋を営む一風変わったエルフの少女である。
武器の鋳造からメンテナンス、防具の売買と装備に関してはなんでもござれ。彼女の経営するこの鍛冶屋は広く名が知れているわけではないものの、知る人ぞ知る武具屋なのである。
彼女自ら槌を取り、武器を造る。エルフでありながらその腕は確かなもので、鍛つものはどれも一級品。エルフは貧弱という常識を見事に覆す例である。
「いや、わけの分からんものを託されちまってな…」
ぷらぷらと彼女にネックレスを見せる。彼女は不思議そうにネックレスと俺を見比べた。
「どしたの、これ? 恋人からの贈り物?」
「馬鹿言え、男がこんな派手な首飾り貰って喜ぶもんか」
「だよねぇ。アレンに宝石とかオークに宝石あげるようなもんだもん」
苦々しげに言うと、からかうように彼女は言った。ほう、俺はオークと同等ですか。
オークは知性の低い魔獣である。つまり、こいつは俺のことを馬鹿と言っているのである。
無言で手刀を振り落とすと「おっと」と言いながら身軽に避ける。けらけらと笑いながら彼女は俺の顔を覗き込んだ。
「敏捷さが足りないねぇ、アレン。大事なのはスピード、パワー、あとスピードだよ!」
「それスピード被ってるじゃねえか…」
「速さこそ命だからねぇ。それで、なんでそんな変わった首飾り持ってるのさ?」
どこからか椅子引っ張ってきて彼女は俺の隣に並んで座る。
手に持っていた鋼鎚を優しく布で磨きながら、彼女は当然の疑問を口にした。
どう答えたものやら。話そうとして言葉に詰まる。
何もやましいことなどないのだが、話は荒唐無稽である。突然少女に押し付けられましたなんて言っても、到底納得できまい。俺なら納得できない。
ちらりと彼女を見ればこちらを一瞥もせず、丁寧に鋼鎚を磨いていた。その様は真剣そのもので妥協は微塵も感じられない。職人としての誇りを感じる磨き方である。
しばし見つめていると、彼女の肘がこつんと脇腹に当たる。
早く話せとの意味だろう。俺はなるべく分かりやすいように言葉を選ぶ。
「素性の知らん、わけの分からん少女から押し付けられた」
ぴたりと彼女の動きが止まる。次いで、彼女は呆れた顔をこちらに向けた。
「あのさ、アレン…。もうちょっと説明してくれないと私も分からないんだけど?」
一応簡単に言ったつもりである。というかそれ以上の説明のしようがない。
「俺の知性はオーク並らしいからな」
「はいはい、さっきのはごめんね。でももう少し説明してよ。気になって作業が進まないじゃないか」
嘘つけ。いつの間にかしれっと作業を再開してるくせによく言う。
「もう少しも何も本当に説明できないんだが…。昨日依頼を報告してる最中に知らない少女から渡されたんだよ。預かってくれってな」
「ふーん、変わったこともあるもんだねぇ。依頼か何かで頼まれたの?」
「いや、直接そのまま渡された。おかげでこっちはどうすりゃいいのか扱いに困ってる」
難しい顔で柄と鎚頭との間を彼女は拭いていた。途中で汗をぬぐったせいで、油がピッと頬に線を描いている。
「預かってて…、ってことは誰かに狙われる貴重なもの…だとか?」
「その可能性は確かにあるな。それに名前がリベリオンってのも気になる」
「それ、神様の名前じゃない。だったら封印具とかなのかな。でも見た感じだと魔力もないし…」
ちらっとネックレスを見て、うーんと考え込む。
しかし、とくに思い当たることもなかったのか、すぐに拭き作業に戻る。どうやら思考を放棄したようだ。
「とにかく、それ無くさないようにしといた方が良いと思うよ」
「当たり前だ。依頼じゃないとはいえ、預かり物だからな」
「ん、そういう約束をきちんと守るところアレンの偉いところだよ」
「よし!」と言いながら彼女は磨き上げた鋼鎚を前にニヤリと口角を上げた。満足のいく出来栄えだったらしい。
「でもそんなのをポンッと渡すってことはよっぽど高い身分の子なのかもね。もしかしたら…王族とか?」
「王族が俺にこんなもの渡す理由がないだろ…」
「それもそっか。まぁ大事に持っておけばいいんじゃない? 預かるってことは多分返してもらうつもりでいるんだろうし」
そう言って彼女は鋼鎚をこちらに差し出した。
「メンテ終わったよ。しめて金貨一枚でお願い」
腰のポーチから金貨を一枚取り出し、彼女の手に握らせる。
「毎度あり~」
金貨を受け取った彼女は、にへへ、と子どものようにころころ笑った。
受け取った鋼鎚を背中に担ぎなおす。ずしりとくる重さはいつものそれと相違ない。少しばかりの安心感が心に広がる。
「話に何か進展あったら教えてよね」
「そんなもんないと思うがな」
ニコニコと笑う少女を背に、店の出口へと足を向ける。
「ありがとうございました~。またのお越しをお待ちしておりま~す」
更新が遅くなってしまってすみませんでした。「episode 4」更新です。
次回更新予定は9月5日10:00となっています。明日は可能なら2本の投稿を予定しています。
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