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鋼鎚使いの無能神官  作者: しらぬい
第1章 流嵐の王都編
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EP 3 少女と首飾り

依頼回後編です。




 轟音が鳴り響き、雷光が暴れ狂う。

 それは決して自然的に起きたものではない。意図して引き起こされたものだ。

 そうにも関わらずその一つ一つが自然に発生したものと威力は相違ない。掠りでもすればたちまちに身体は痺れ、無事かどうかなど考えるまでもあるまい。直撃すれば黒焦げになるのはほぼ確実である。


「っ……!!」


 迫る雷を地面を蹴って紙一重で回避する。強烈な閃光を放ちながら雷は左腕の真横を通り過ぎた。

 触れてもいないのに左腕が鈍い。ぞわりと悪寒が走る。

 厄介なことに相性は最悪だ。

 激怒してからと言うもの、奴は一度たりともこちらに近づいてこない。大きく吠えたかと思うと、その体から雷を放つだけだ。


「畜生、なんてやつだ」


 荒れた息を整える。未だに有効打は与えられていない。

 今の俺にできるのはただ避けることのみ。鋼鎚を持つ手がずしりと重い。

 少しも動いていない奴に比べ、避けるのに必死な俺はもう息が上がっていた。鋼鎚が重いのもそれに拍車をかけている。


 身体からすぅと魔力が消える。その代わりに上がっていた息は平常に戻り、握力もいつものそれに戻る。


 油断は見られない。いっそ奴からは余裕すら感じられるほどだ。

 未だ奴の目には傷つけられた怒りが宿っている。どうやら半端に怒らせてしまったらしい。


 だが傷は健在だ。奴の首からはぽたりぽたりと血が流れ、着実に体力を削っているはずである。

 ならば倒すことはできる。

 少しの隙さえあれば、この鋼鎚を叩き込んで決着を付けられる。

 だがその隙が先ほどから全く見つけられないのが問題だった。


「くそったれ!」


 選択肢は限られている。このままだとジリ貧だと分かっているなら、どうにかして隙を作るほかない。


 鋼鎚を構え直し、強く地を蹴った。

 ヘルハウンドの体が発光する。金色の毛皮がゆらりと揺れ、バチンと大きな音を立てて雷が放たれた。

 構えた鋼鎚を無理矢理雷光に向かって掲げ、鎚頭と雷を激突させる。


 瞬間、爆弾でもくらったかのような衝撃と眩いばかりの光が俺を襲った。


「ぐっ……、ぬ……!」


 鋼鎚に接触した雷は衝突した瞬間に閃光を放ち、拡散する。

 赤熱した鎚頭を辿り、その光は俺に迫ろうとしていた。


 このままでは雷は俺に達し、容赦なくその身を焼くだろう。

 歯を食いしばり、振り上げた鋼鎚を全力を以て大地に叩き付けた。雷は俺よりも更に流れやすい大地へと還っていく。

 ミチミチと身体がきしむ。振り下ろした鋼鎚は重く、あっという間に体力切れになる。


 だがまだだ。

 全身に魔力を漲らせる。それに呼応するように、俺の身体は無意識に魔力を喰らい『リジェネ』を発動させた。

 瞬く間に身体から疲労が消える。身体に力がみなぎり、鋼鎚は鳥の羽根のように軽い。


「うぉぉおおおっ!」


 足は軽快にステップを踏む。踏み出した右足を軸に、豪快に身体を回転させた。

 両腕にめいいっぱい力を入れる。鋼鎚は重々しい持ち上がりから一転、風のように宙に弧を描く。

 鎚頭が最上点まで持ち上がる。それを見計らい、俺はヘルハウンド目がけて飛び込んだ。


 よもや突っ込んでくるとは思わなかったのだろう。ヘルハウンドは俺の動きに僅かに戸惑いを見せた。

 だがそれも一瞬。勢いよく雷を俺へと浴びせかけた。


 着弾は僅かに向こうが早い。だがそれは些末事。

 迫る雷を俺は鋼鎚で迎え撃ち――、


「そぉらっ!!」


 激突の衝撃で暴れる鋼鎚を力でねじ伏せ、そのまま気合と共にヘルハウンドの頭へと叩き込んだ。

 命中した。寸分の狂いもなく、鋼鎚はヘルハウンドの頭に命中し、その頭蓋を叩き割る。

 悲鳴を出す暇すら与えなかった。とどめとばかりに振り下ろした腕に更に力を籠める。

 バキンと陶器を叩き壊すような感覚。やった。間違いなく、奴の頭蓋をやった。

 奴の死は必至。最早一秒とて生きることは叶うまい。


 だというのに、奴の身体からこれまで以上の雷が発せられた。

 強烈な光が目を焼いた。叩き付けた鋼鎚が弾き飛ばされ、何かに押し返されるように後方へ吹き飛んだ。


「まじ…か、よ」


 そのまま背中から地面へ叩き付けられる。一瞬で肺の中の空気が吐き出され、酸素を求めて無様に喘ぐ。

 視界はちかちかと白く、頭がくらくらする。直撃とまではいかないまでも、雷の影響を受けたらしい。身体はずしりと重く、僅かな痺れを感じていた。

 このままでは命取りだ。すぐにでも奴は俺の息の根を止めに来るだろう。


 悲鳴を上げる身体に鞭を打ち、起き上がる。だが、俺の目に映ったのは既に絶命し、黒い身体を地面に横たえたヘルハウンドの姿だった。


「……んだよ、イタチの最後っ屁ってやつか」


 立ち上がり、確かに奴が絶命していることを確認する。

 奴との勝負には辛くも勝ったらしい。


「ふぅ…、なんとか任務完了ってやつだな」


 一息吐き、その場にへたり込む。無事任務を終えた俺はふぅと安堵の息を吐くのだった。




§




 ヘルハウンドを狩り終えた俺は、討伐を証明するための部位を剥ぎ取った後、再びギルド“星屑の燐光(シュテルン・グリッター)”へと戻ってきていた。依頼の報告のためである。

 今の時刻は夕方。おおよそ半日の間も奴と激闘を繰り広げていたらしい。勝手に発動される『リジェネ』のおかげで身体の疲労は感じないものの、魔力は僅かに残る程度で精神的な疲労が重く身体に圧し掛かる。すぐにでもポーションやらを飲んで回復したいところである。

 緩やかな足取りで報告用のカウンターへ向かう。

 俺の姿を認めた受付嬢がニコリと笑いながら俺を出迎えた。


「ようこそ、冒険者ギルドへ! 何か御用ですか?」

「ああ、依頼の報告をしたい。魔の森を騒がせる魔獣の討伐依頼なんだが…」


 受付嬢はぱちくりと目を瞬かせると、次いでああ、と納得がいったようにポンと手を叩いた。


「あの報酬が凄かった奴ですね。討伐対象はなんでしたか? こちらの調査だと恐らくハウンド種だろうと思っていたのですけれど…」

「ああ、雷撃をかますヘルハウンドだった。討伐証明の品を渡したい」

「分かりました。では、まず身分証明のためのギルドカードをご提示願います」


 どうやらギルドの間でも噂にはなっていたらしい。そりゃ報酬の値段が並の依頼の10倍ならそうもなるか。

 受付嬢の言う通り、ギルドカードを取り出して見せる。彼女はカードを手に取りじっくりと見た後「はい、結構です」と返してくれた。


「では、討伐の証をお渡しください」


 頷き、腰のポーチからヘルハウンドの討伐部位である耳と爪をカウンターの上に広げた。

 受付嬢は丁寧にそれらをまとめ、しばらく待つよう告げて奥へ引っ込んでいった。


 手持ち無沙汰になった俺は背中に背負った鋼鎚を地面に下ろした。今日の戦いで鎚頭が少し摩耗したらしく、細かな傷が入っている。

 雷を受けた時赤熱していたので割れたりしないかひやひやしたがそんなことはなく、外見は変わらない。もっとも、中の方がやられている可能性もあるので、またあそこ(・・・)でメンテをして貰う必要がありそうだ。


 一通り武器を見終わった俺はちらりとギルドの中を見渡した。

 相変わらず酒場の方は騒がしい。毎日が祝い事のように冒険者たちが騒いでいる。その中に俺の知る顔もあったが、顔を真っ赤にして他人に絡んでいるところを見ると、声をかける気になれない。無理矢理酒を飲まされるのがオチである。

 と、ふとすぐ近くで俺のことを見上げている少女に気が付いた。

 その子は他のことは気にせず真っ直ぐ俺のことを見ており、俺が気づいたことが分かるとニコッと笑いかけた。


 肩で切りそろえられた茶髪。前髪の端っこはそれぞれ花柄の可愛らしいピンで留められており、ふわっとした髪質だ。

 白いワンピースを身にまとっており、首には何やら宝石の散りばめられたネックレスをかけている。

 まだ10歳にも満たぬであろう少女が、こんな場違いな場所にいるのは酷く奇妙な光景だった。


 はて、知り合いだっただろうか?

 記憶を漁ってみるもどうもそんな子は引っかからない。恐らく、彼女と俺は初対面である。


 訝しむ俺のことなどいざ知らず、とてとてと彼女は俺の元まで歩いてくると、満面の笑みを浮かべた。


「お兄ちゃん、強いんだね!」

「お、おう」


 強い? まぁ冒険者をやってるから人並みには強いはずだ。

 少女は無遠慮にじろじろと俺のことを眺め、鋼鎚を見つけると興味深げに近づいた。


「あ、おい、危ないぞ!」


 慌てて鋼鎚を周りに当てないように注意深く背中に背負った。少女はぶーと膨れ面を作ると、「お兄ちゃんのケチー」とのたまった。


 しかしこの子はなんだ? 俺に何か用でもあるのかと思えばしげしげと俺を眺めてばかり。

 何か用かと問えば、「うーんとねー」と彼女は難しい顔を作った。


「お兄ちゃんなら大丈夫かな…」


 そんなことをぽつりと言った後、ふわりと髪を揺らして彼女は右手を差し出した。


「はい、これ!」

「は?」


 差し出されたものは彼女が先ほどまで付けていた宝石の散りばめられたネックレス。いつの間に外したのだろう。

 いきなりで訳が分からず、呆然としていると、彼女は「ん」とずいと手を突き出した。


 ええと、これをとれということだろうか? しかし何故?

 頭に疑問符を浮かべたまま少女を見ていると、待ちかねたのか彼女は無理やり俺の右手を取ってそれを握らせた。


「お兄ちゃんに、私からのお願い! これ、私の代わりに預かっていてほしいんだ」

「いや、わけが…」

「これ、リベリオンって言うの。お兄ちゃんならきっと任せられるから!」


 そう言って彼女は俺にネックレスを残したまま、来た時と同じようにとてとてと離れて行った。


「おい、待てって!」


 ハッと気づいて彼女を追うも、間が悪くすぐ前をギルドの職員が通り過ぎていく。

 内心で舌打ちしながら職員が通り過ぎてすぐ彼女の姿を探す。ところが、そこには彼女の影も形もなかった。


 きょろきょろとギルド内を見渡すも、やはり彼女の姿は見つからない。

 残されたのは途方に暮れる俺と右手に握られたリベリオンとかいうネックレスだけだった。


「どうすんだよ、これ」


 右手に握るそれを見る。託されたこれがなんなのか俺にはさっぱり見当がつかない。

 それは途方に暮れる俺を慰めるかのように、色鮮やかに輝いていた。

次回更新は9月4日20:00の予定です。

感想、評価などどんどん受け付けています。


9月4日修正

ネックレスがペンダントになっていたので修正しました。


10月12日修正

ギルドの把握状態がおかしかったので修正しました。


2018/10/14 タイトルを修正しました。

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