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鋼鎚使いの無能神官  作者: しらぬい
第2章 紅焔破刃の継承者編
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EP 41 パンシック道具店の主





 西に伸びる坂道はそれなりに傾斜があり、立ち並ぶ店は斜面を切り取って均した部分に点々と建てられている。港街ということもあり、全く見たことのない装飾品やインテリアも目に映る。

 目的の場所はもっと坂道を下りた先だ。しかし、物珍しさからかついつい足を止めて店先に並ぶ商品を見てしまう。実用的な道具類を眺める俺に対し、ルイーナは装飾品に興味を持っているようだった。そこはやはり女の子だな、と頬をほころばせる。


 店の冷やかしもそこそこに再び坂道を下っていく。すれ違う人々は竜人の多かったヒストルエと比べ、やや普通の人が多い印象だった。特にガタイの多い男性や、変わった衣装を身にまとう人々をよく見かける。港町だから自然とそうなるのかもしれない。


「んー…、ここを逃げるのって結構難しそうだよねぇ」


 隣を歩くルイーナは不思議そうにつぶやく。時々店々の間にある隙間を確認しながら、彼女は難しそうな顔を作っていた。彼女がのぞいている隙間を俺もひょいとのぞき込む。その奥は別の建物の背面が見えた。


「ほら、入口の方から港に向かって高さが下がっていってるじゃない? だから高さごとにああやって整理されてるんだよね。路地も見た感じふさがれてるっぽいし」


 彼女が指差すのは新たに見えてきた十字路と小さな広場。先ほどの馬屋の近くにあった十字路と似たような作りだ。十字路の北と南に続く道には海側を向くようにして並ぶ家々がある。

 ちょうど上から階段のように高さに段階を持たせて作られているらしい。下の港から上の入口に逃げたりするのならこの坂道を登るか、各段を跳んでいかなくてはならないことになる。盗品を抱えて逃げるなら、たしかに結構な労力になるだろう。


「あんまり傾斜のない別の道があるのかなぁ…?」

「案外飛んでいるのかもしれないぞ」

「ええ、それ困るよ。アレンは当然として私も風精の力を借りてもそこまで高く跳躍できないし」


 ばっさりと戦力外通告するルイーナ。まったくもって彼女のいう通りなので、そうでないことを祈るばかりだ。さすがの俺も飛び回る敵を鋼鎚を担いで追いかけられる自信はない。



 海を眺めながらの道中を過ぎればこれまでよりややひらけた場所に出る。これまでと同じように東西南北を結ぶ中継点、坂の傾斜はこれまでより緩やかになる。海により近づいたためかザァッと吹く風が強い磯の香りを運んできた。

 途中で依頼人の詳しい場所を聞くついでに串焼きの屋台に寄る。ここに寄ったのは店先に並べられた串焼きが、強く薫る潮の香りに混じって俺たちの腹を刺激してきたからだ。思わずくぅと腹が鳴ったのはどちらだったか。食欲にあっさりと白旗をあげた俺たちは列に並び順番を待つことにした。


 店先に並んでるのは肉の塊ようなものを木串で刺しているものだ。ところが香ってくるのは肉の香りではなく魚のものである。はて、鶏串みたいなものではないのだろうか?


「魚の串焼きなのかな? 初めて見る料理だよ」

「港町だからこそ食えるってもんなんだろう」


 程なくして前の客ははけ、自分たちの順番がくる。いらっしゃい、と俺たちを迎えたのは屋根に頭がぶつかるんじゃないかというほどの大男だ。白い布帯を額に巻き、ずずいと身を乗り出している。

 雰囲気に気圧されながらも、各々1本、串焼きを頼む。


「1本でいいのかい、ニイちゃん? わけんだからもっと食いねぇ! 俺のとこは新鮮な魚を使ってっからうめぇぞ! ネエちゃんもサービスしとくぜ!」

「はは…、じゃ、じゃあもう2本追加しとこうかな」


 若干屈みながらニカッと笑う濃い顔は結構な迫力がある。にも関わらず、焦がさずくるくると串をひっくり返す手さばきはよどみない。見た目と打って変わって繊細さを感じさせた。

 焼きたての串を受け取ったところで依頼人の道具店の場所を尋ねてみる。すると主人は俺たちのなりをじーっと見て、あっちだぜ、と笑いながら指をさした。


「今は行っても会えねぇかもしれねぇなぁ。困った事態になっちまって忙しそうだったからよ」

「困った事態?」


 主人は顎に手を当て、さすさすと顎を撫でながら思い出すように思案顔になる。


「なんでも商品にする予定だった魔石が盗まれちまったらしくてな。それも何軒の店もやられてるって話さ」

「いろんなところから盗まれてるんですか?」

「俺が聞くところによると、だけどな。客もカンカンに怒ってるって話だし、不憫なもんだぜ」


 困ったもんだよなぁ、と主人はため息を吐いてその話を締めくくった。彼から聞いた話はリズから聞いていたものと一致する。今回の依頼人は代表で依頼を出してきたとも言ってたしな。

 魔石、モンスターの体内で生成される魔力結晶。その利用法は魔導器をはじめ、多岐にわたる。誰が一体どんな目的でそれを確保しようとしているのかはちょっと見えてこないな。その辺りは依頼人にも確認しておくべき事項だ。


「ありがとう。貴重な話を聞けたよ」

「おうよ、また寄ってくれよな!」


 主人に礼を言い、屋台を後にした。道を歩きながら串焼きを一口かじる。途端に口の中に広がるホクホクした熱さと濃厚な魚肉の味。魚肉をすりつぶしてそれを焼いているようだ。アクセントに入れられた酸味のある果実が、もう一口俺にかぶり付かせるほど食欲を刺激する。なるほど、うまいと自分で豪語するだけはある。これならすぐに食べ切ってしまいそうだ。

 ちら、と横を確認すれば目を輝かせ、必死に串焼きを頬張るルイーナの姿が。はた、とこちらの視線に気づいたか頰を紅潮させ、さっと顔を背けていた。それくらい美味しいってことだろう。

 一本目はあっという間に食べ終わり、すぐに二本目に取り掛かる。腹が減っていたのも相まってみるみるうちに肉付きを失っていく木串。ペロリと平らげたのはそれから数分にも満たない時間である。




§




「店主さんが言ってたのはこの辺りだね」


 キョロキョロとルイーナは辺りを見渡す。目的の場所はパンシック道具店。ハヴェッタではそれなりに知名度のある道具店らしい。外国から輸送してきた物珍しい商品も扱っているのと、幅広い分野の道具が並ぶことで人気がある、とはリズから聞いている。

 人の流れに身を任せるように進んでいく。すると、小さな店や屋台が並ぶ中にひときわ大きく、存在感を放つ建物が目についた。表には"パンシック道具店"と書かれた風情ある看板がかけられている。通りのちょうど左側だ。


「……結構な大きさだぞ、こりゃ」


 半ば独り言のように俺はつぶやいていた。通りの邪魔にならないように人を避けながら店の前へ。改めて見上げた建物の大きさはこの町で三本指に入るほどじゃなかろうか。


「どうしたの、アレン? 入らないの?」


 気づけばもうルイーナは扉の取手に手をかけ、押そうとしているところだった。彼女は店の大きさに圧倒されることもない。鼻歌を歌いながら店の中へ入っていく。慌てて彼女のあとを追いかけて中に入る。



 店内は買い物客で賑わいを見せていた。あちらこちらに整然と商品が陳列されている。小物は等間隔で並んだ木棚に見栄え良く置かれ、大型の武器や家具なんかはきちっと壁側に並べられていた。入口のすぐ左側には2階に続く階段もあり、上にもまだ陳列スペースがあるようだった。

 反対に入口のすぐ右は勘定所で受付嬢が買い物客との対応をしているようだ。ざっと店内を見まわしたところリズが語っていた特徴のある人物はいない。


「……いなさそうだな」

「リズの言ってた背の低いおじさんは見当たらないね。髪を後ろになでつけてるからすぐわかるって言ってたけど……」


 こんなに大きい商店なんだ。前に出てこない裏方のお偉いさんなんだろう。となると、この依頼はそれなりに大きな案件じゃないのか? そんな疑問が頭を過ぎる。


「ひとまず受付に聞いてみるか。依頼を受けた冒険者だって言えば面会できるかもしれない」

「そうだね、私もそう思ってたところさ」


 試しに客の並んでない受付嬢にギルドカードを提示し依頼人の所在を尋ねてみる。彼女は気だるげに俺たちに応対すると、少々お待ちください、と告げカウンターから奥の方へ引っ込んで行った。

 戻ってくるのを待つこと数分。扉の向こうからこれまた気だるげに現れ、扉の奥へ案内される。奥に目的の人物がいる、ということらしい。入れ替わりに別の店員が彼女の穴を埋めるようにカウンターへパタパタと入っていった。


 受付嬢に案内されるまま廊下を歩く。こちら側はただの事務所のようで、表のような華やかさはない。実務的な簡素な造りだ。


「お二方はまだお若いのに冒険者をされているのですね」


 先を歩く受付嬢が顔だけこちらへ向ける。それがどういう感情を伴うものかは無感情の瞳からは読み取れない。けれどそれが悪いものではないことはなんとなく感じ取る。


「まだまだ強い人には及びませんがね」

「いえ、人を助けようとするその志は立派なものだと思います。今ではリズさん以外の冒険者なんて、ほとんど見ませんから」


 ほんの少しだけ、彼女の声音に寂しさが混じる。

 冒険者の不足はギルドマスターのレグナスも嘆いていたことだ。その原因は兵士隊に寄るところもある。そう簡単に解決できる問題でもないだろう。


「正直、冒険者の方が来てくださって助かりました。兵士隊の方はちょっと……」

「……なにか問題が?」

「……いえ、すみません。お気になさらないでください」


 彼女はすぐに話題を打ち切り、それ以降歩き続けるだけだった。彼女の話ぶりを見るに、あまりよろしくないことがあるのは確かだ。世間話が終わってすぐ、応接室と思しき部屋に到着する。受付嬢はすぐに呼んでくる、と俺たちに告げ部屋を後にした。


「ねね、アレン。兵士隊のこと気にならなかった?」

「気になりはするが、今の所俺たちで何かできるわけでもないからな…。冒険者が少ないせいで兵士隊の発言力が大きくなりすぎているんだろう」

「レグナスさん、大丈夫かな……?」


 俺たちがこの地を離れた後のことは気になる。なんとか兵士隊と協力して悪魔たちの脅威を退けては欲しいが、現実的ではない。その辺は一冒険者の俺が考えるよりもレグナスさんが考えた方がいい手が浮かぶはずだ。

 ルイーナと兵士隊のことを話していると、中年の男性が部屋へと入ってくる。低い身長と後ろに撫で付けられた髪、それに加えてよほど気に入っているのか丁寧に手入れされた口髭が特徴的な男性だ。彼は額を布でぬぐいながら驚くぐらいの低姿勢で俺たちに挨拶する。


「いやぁ、お待たせして本当に申し訳ない。私が依頼をしたグレゴール・パンシックです。お二人とも、すみませんがよろしくお願いします」

「いえいえ、俺たちも来たばかりですから。俺が冒険者のアレン、こちらの少女が俺と一緒に今回依頼を受けるルイーナです」

「よろしくお願いします、パンシックさん」

「これはこれはご丁寧に……」


 互いの名乗りが終わるとすぐに話は仕事の話に移る。まずは依頼の詳細を話してもらう。

 パンシックさんが語るには盗まれたのは魔導器の燃料用に保管しておいた魔石らしい。倉庫に厳重に保管していたが、何者かがその倉庫に侵入し、中の魔石を根こそぎ持って行ったらしい。以前から街で魔石盗難の被害は相次いでおり、おそらく同一犯だろうというのがパンシックさんたち町民の見解である。


「期間はどのくらい空けて起こりました?」

「それが数日と経たず、なのですよ。問題の魔石もどこかで見つかったわけでも何か大きな魔法が使われた跡もなく、唯一の手がかりといえば夜によくわからない影を見たという町民が増えたくらいなのです……」


 パンシックさんは重苦しい息を吐き、額の汗を拭っている。対する俺も内心苦い顔でそれを聞いていた。


「その影が犯人ということは? パンシックさんたちは確認をしなかったのですか?」

「もちろんしようとしました。ですがその影は予想外にすばしっこいもので……町の腕の立つ人物にも頼んで見たのですが追いかけるのもかなり厳しくどうにもならない状況なのです。冒険者の方ならなんとかできると思い、依頼した次第なのです」


 なるほど、そういう事情なら仕方ない。が、嫌な予感が当たったという他ない。今回はルイーナに頼ることになりそうだ。


「事情はわかりました。しかし、調査は必要ですね。聞き込みもしてみないと……」

「パンシックさん、その影って空を飛んでいたりしました?」

「え、空ですか? いえ、私が聞いている限りは空を飛んだという話はありませんが……」

「少なくとも空を飛んでるってことはないんですね」


 なんとかなりそうだね、とルイーナがアイコンタクトを送ってくる。……物でも投げて援護するか? 今回は立ち回りを考えないと本当にお荷物になってしまう。頭の中で必死に計略を巡らせた。

 パンシックさんは俺たちが依頼を受けてくれることに一安心したらしい。汗まみれの額を拭きながら安堵の息を吐いていた。


「解決はできるだけ早くしてくれると助かります。何せ日が経てば経つほど被害がどんどん増えていくもので……。影を見たという人物はこちらでリストアップしておきましょう。少しでもアレンさんたちの負担軽減になれば幸いです」

「ありがたい限りです。俺たちも全力で解決にあたります」


 本当にお願いします、とパンシックさんは俺たちの手を握りペコペコと頭を下げていた。彼は先ほど案内してくれた受付嬢を呼び、聞き込みリストを作るよう指示した。そして再び俺たちにぺこりと頭を下げると仕事に戻って行く。

 指示を受けた受付嬢はすぐにリストを作ってくれるらしく、応接室で待つよう伝えて部屋を出て行った。しばらく待つこと数分、にわかに店の方が騒がしくなる。リストを作って持ってきてくれたのかと廊下の様子を確認するとそれとは違うようで店員が慌ただしく店と事務所を行き来していた。


「何かあったのかな?」


 俺の後ろから廊下の様子を窺うルイーナ。しばらく彼女と廊下の様子を観察していると、店から怒号と悲鳴とが入り乱れて聞こえてくる。ただことではない、そう判断した俺たちはすぐさま店の方へと駆け出した。

 走りながら武器はすぐに取り出せるように確認する。モンスターの出現ではないだろう。ただ、厄介ごとが起きたのだけは間違いない。

 事務所と店を区切る扉を開けはなつと、そこにあったのは気だるげな受付嬢の胸ぐらを掴む鎧姿の男だった。

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