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鋼鎚使いの無能神官  作者: しらぬい
第2章 紅焔破刃の継承者編
43/45

EP 40 港町ハヴェッタにて




 大農園を出発してから数日。魔獣に遭遇することもなく、俺たちは平和に港町ハヴェッタへと到着する。

 時折ガタガタと振動する荷台に背を預け、ガラガラと鳴る車輪の音を聞く。外の砂利道と比べ、町の道は舗装されており乗る側も幾分か楽なものだ。町へ入ってから聞こえる賑やかしい音は、ここが発展をしている証左に他ならない。

 向かい側に座るアンナさんとエニスは何やら商談の話か、町へ入ってからの予定を話し合っている。なんとなしに馬車の外へ見やった視線はその途中にいるルイーナたちにぶつかる。小さくなって居心地が悪そうにしているリッカを懐に抱え、彼女は外を眺めていた。


「そろそろ降りる準備しないとね」


 くるりとこちらを向き、ルイーナは手荷物の紐を持ち上げる。忘れ物はない?と尋ねる彼女に俺も自身のもつ荷物を見せた。心配なさそうね、と呟くのはリッカ。ルイーナもニコニコとそれに同調した。

 数分して馬車はがくん、と終点を告げる。御者に礼を言ってハヴェッタへと踏み出した。つん、と鼻を刺激するのは潮の香り。眩い太陽の光を手で遮って、改めて町並みを視界に映す。

 背後の厩を離れてすぐの十字路。東へ続く道は俺たちがちょうど入ってきた町の入り口に続いている。


「わぁ、海!」


 一方の西へ広がるのは、店が立ち並ぶ長い長い坂。そして視線で坂を追っていった先にあるのは、行儀よく並ぶ大船と広大な青い海だ。太陽の光をキラキラと反射し、波そのものが輝いて見える。空と海を分断するように横たわる水平線は左を見ても右を見てもどこまでも途切れることはない。


「ね、リサちゃん。見て見て、海だよ海!」

「そんな言わなくても見えるから……、ちょっと持ち上げないでお姉ちゃん」


 海を見たルイーナのはしゃぎように持ち上げられたリッカは呆れたようにこぼす。心底嫌そうな顔でリッカはルイーナの手を叩いていた。早く下ろせと言う意味だろうが、キラキラと目を輝かせるルイーナには通じていないようだった。それが分かると彼女はサッと俺に視線を向ける。まぁ我慢してくれ、と思いを込めて視線を反らすと、恨めしげな視線がチクチクと刺さった。


「さて、ここでお別れだな。アレン君、ルイーナ君」


 荷物袋を肩に背負い、アンナさんはそう告げる。


「すみません、お世話になりました」

「ありがとうございました、アンナさん」

「なに、このぐらいお安い御用さ。少しでも君たちの助けになるならそれでいい」


 にこりと笑うアンナさんはそこらの男よりよっぽど男前だ。これがカリスマというやつだろうか。すらりと伸びる足と高い身長は彼女のクールさをより引き立たせる。道行く男性も女性も彼女をチラと見てほぅと息を吐いた。


「人を待たせているのでね、私たちは先に行かせてもらうよ。数日はいるつもりだから、何かあったら頼ってくれていい。君たちならサービスさせてもらうよ」


 そう言って彼女は俺に紙切れを渡してきた。どうやら泊まっている場所のようで、頼るならここへ来いということだろう。ではね、と旅の同行人は踵を返した。


「探し物が見つかると良いのぉ、小僧よ」


 急に耳元で聞こえた甘い声に、ぞわりと総毛立ちその場から慌てて飛び退る。声の主はニヤニヤと悪い顔を浮かべながら、笑いを堪えるように袖で口元を覆い隠していた。抗議するよりも早く、彼女は桃色の髪をゆらゆらと揺らし、アンナさんに着いていく。やがて二つの背中は人混みに紛れて見えなくなってしまった。


「あいつ……、趣味の悪いことを」

「全くね、私も同感だわ」


 ルイーナに下ろしてもらえたのか、リッカは隣で並んで腕を組んでいた。憮然とした表情で気に入らないとばかりに鼻を鳴らした。


「そんじゃ俺らはひとまず依頼人の元へ向かうとするか。話は早めに聞いておかないとな」


 懐から依頼書を取り出して次の依頼を確認する。ここでの依頼は『夜の影を追って!』だ。店の商品を盗む奴の捕縛が目的になる。依頼主の名前と特徴はあらかじめ聞いてるし、探せばすぐに見つかるだろう。ただ、昼間は忙しいだろうし、時間はずらさないといけないかもしれない。


「リサちゃんは別行動なんだよね?」


 ルイーナが確認すると、リッカはコクリと頷いた。ルイーナが彼女に向けるのは完全に子供を心配する保護者のそれだ。リッカがそれの視線の意味に気づくと、彼女ははぁ、とため息を吐き路地裏の道に消えていく。と思いきや一瞬で路地裏から出てきた彼女は本来の姿よりも幾分か成長した姿で現れた。

 フード付きのローブに身を包み、カツカツと靴裏で石畳を叩く。肩で揃えられていた髪はやや長さを増し、大人びたために鋭くなった目つきは内面の気難しさを感じさせる。俺たちの前に立つ彼女はとても数秒前まで幼女のそれだった人物と同じとは思えない。


「こうすれば問題ないわ、一人で行動する分にはこれで十分よ」

「そうなれるんなら別に子供になる必要はなかったんじゃないか?」

「………私は図書館に向かって調査をするわ、とは言っても大した情報は得られないでしょうけど」


 彼女は華麗に俺の指摘をスルーして町の南に目を向けた。彼女の視線の先には周囲の建物とは少々不釣り合いに大きな建物がある。場所の確認をするのは野暮なようだ。


「何かあったら連絡をちょうだい。夕方にはそこらへんでぶらぶらしてるから適当に見つけなさいな」


 彼女はそう言い残し、南の図書館へと歩いていく。隣でルイーナが迷子にならないようにと声をかけると、スタスタと戻ってきて軽い手刀をルイーナの頭に落とし、今度こそ図書館の方へ向かって歩いて行った。

 ルイーナは頭をさすりながら彼女の背中を目で追っていた。


「なんか……、印象変わっちゃったなぁ」

「……あいつのか?」


 彼女は目を細め、うん、と小さく返事する。


「最初は守護者だー!なんて言うから得体も知れないし警戒してたんだけど、農園のこととか、今のこととか馬車でのこととか。気難しいけど時々抜けてる……んー、猫?」


 本人の前では絶対言うなと釘を刺しておく。言わないよー、と笑うルイーナはリッカの消えた道を優しい笑顔で見つめていた。


「案外さ、リサちゃんの正体も私たちと同じ普通の女の子なのかもね」


 あと可愛いしねぇ、と二ヒヒと笑う。さて、彼女の正体は彼女自身が知るのみだろう。俺たちができるのは彼女の立ち振る舞いからその過去を想像するのみだ。ルイーナの言うこともそれなりに的を射ているとは思う。ただそれを詮索しようとは思わないし、彼女が自分で語ってくれるならそれを受け入れるのみだ。


「さ、私たちも行こっか。どこだっけ?」


 ひょいと依頼書を覗き込む。依頼主は西の坂道を降った先にある道具店の店主らしい。これなら適当に露天で昼食も済ませられるかもしれない。懐に依頼書をしまい、西の坂道を行く。並んで歩くルイーナは機嫌良さそうに鼻唄を歌うのだった。




§




 カツ、カツと変わらぬ歩みで石畳を鳴らす。町を歩く人々に目もくれず、されどすれ違う人々はひときわ不思議な雰囲気を放つ女性に目を奪われるかのように振り向いていた。茶色の髪が揺れ、通りを吹く風にローブの裾を揺らす。リッカは目的の場所である図書館に向かい、歩を進めているところだった。

 思うことはない。整った町並みと美しく輝く海は確かに人の心を動かすものだが、彼女には皆が思うならそうなのかもしれないくらいの認識しかない。それよりも彼女の関心ごとは"炎王の加護"にあった。


 偽物だろう。そう思いつつも捨て置けないのはごく僅かながらも彼女の探し求めるものである可能性があるからだ。誰にでも扱える、そんなはずはない。もしも"大いなる力"が誰にでも扱えるのだとすれば、大賢者エレナの後継者でなくともそれが扱えるのであれば、彼女がリベリオンを残した意味がない。そもあの"大厄災"がそれを見逃すはずもない。

 その正体は見極めねばならないと彼女は思う。最悪、"大厄災"の力となるなら破壊してしまわねばならないかと彼女が考え始めた時だった。きゃあ!と女性の悲鳴が聞こえた次に、どん、と衝撃を感じ立ち止まる。ぶつかってきたのは彼女の左から、やや浅黒い肌の青年だ。誰かに押されたようで背中から彼女の方に倒れてきた。


「す、すまねぇ、お姉さん。おい、お前らいい加減にしやがれ!!」

「ガキが出しゃばるからだよ、バーカ」


 三下もいいところの台詞を言うのは向かいの荒くれ、横縞の服と赤いバンダナを付けたガタイがいい男だ。すぐ側にはニヤニヤと笑う男たちが数名。荒くれと同じような格好をしている者もいれば、金属鎧に身を包む男たちもいる。

 その現場を見てまず彼女が思ったのは今日は厄日か、と言うこと。エルフの少女に子供のように扱われーー実際子供だったから仕方ないし、彼女とのスキンシップはそう悪いものではないと感じているものの納得はいっていないーー、桃色のちんちくりんには道中で煽られ、そして今度は港街で喧嘩の現場に居合せるときた。青年は頭に血が上っているらしく、ギリギリと歯を鳴らしている。


「お前らがそこにいる女の子にわざとぶつかったのをオレはこの目でちゃんと見てたぞ! 怪我させたらどうするつもりだ、お前ら!」


 犬歯をむき出しにして怒りを露わにする青年に対し、荒くれたちは小馬鹿にしたような態度を取るばかりだ。巻き込まれるのも面倒だと感じたリッカがその場を立ち去ろうとすると、男たちの一人が彼女に気づいたらしく、ヒューっと口笛を吹いた。


「おいおい、可愛いネェちゃんがいるじゃねぇの。ガキの相手なんてやめだやめ」

「おいこら!!」


 激昂する青年に構うことなく、去ろうとしたリッカの前をぞろぞろと男たちが塞ぐ。彼女が間をするりと抜けようとして、その道を塞がれた。


「よぅ、見ねぇ顔だ。この辺に来るのは初めてかい?なんなら俺たちが案内してやってもいいぜ?」

「必要ないわ。邪魔だからとっととどいてくれません?」


 冷え冷えした彼女の物言いも、男たちには通用しないようで下卑た笑いを浮かべるだけだ。


「そうつんけんするなよ。楽しいところも連れてってやるからよぅ」


 荒くれの腕がリッカの肩へとのびる。彼女は鋭利なナイフもかくやというほど冷たい視線をそれに送る。ロープの中の手を閃かせ、大鎌を取り出そうとしたその瞬間である。

 荒くれの腕は横から伸びてきた浅黒い手に掴まれ、その動きを止めた。かなりの力で握られているようで、ぎゃあ、と荒くれは苦悶の声を上げる。


「その人、嫌がってるじゃぁねぇか。それにまだあの子にも謝ってもらってねぇ」


 瞳の中で爛々と怒りの炎を燃やし、青年は荒くれたちを睨みつけた。対する彼らはいいところで邪魔された、と鎧姿の男が青年の胸ぐらを掴み上げた。


「調子に乗るんじゃねぇぞ、クソガキ。オメェぐれぇ簡単にひねりつぶ…」


 彼はその言葉を最後まで言うことができず、スパァン!と音を響かせて地面へと脳天から転がる。金属製の兜は頭から吹き飛び、からんからんと近くの露店の軒先まで転がっていった。

 一瞬の静寂。青年も荒くれたちも、果ては周囲で見守っていた観客たちも何が起きたか理解できず、固唾を呑んで倒れた男を見た。リッカがばんぱん、と手を叩くのを合図に各々我に返り、悲鳴をあげてリッカたちの周りに空白を作り上げる。


「お、おい…。一体何が…」

「言ったでしょう?」


 仲間と倒れた男の間で視線を彷徨わせる男にリッカは平坦な声で告げる。視線は背筋が震えるほど冷たく、荒くれはぶるりと肩を震わせた。


「邪魔だからどきなさいって。あなたたちのような雑多に構ってる暇はないの。分かったらそこをあけてもらえるかしら?」


 それでようやく男たちも理解する。彼らの仲間を地面に転がしたのは目の前の女性なのだと。不運だったのは、そこで大人しく引き下がる、ということを考えつかなかったこと。見る見る間に顔を赤く染め、リッカに殴りかかってしまったことだった。


 彼女ははぁ、とため息を吐く。振りかぶられた拳を軽くいなすと、素早く足を払いその後ろからくる男の足元に転がす。いきなり現れた足元の障害に彼らはもんどりうって倒れた。

 彼女の死角となる背後から、別の鎧の男が彼女に組みつこうと両手を伸ばした。リッカが適当に払いのけようとして、その前に乱入してきた青年に男の腕はがっちりと掴まれる。


「いい加減にしろっての‼︎」


 そのままぐるん、と大きく男の体躯は空を舞う。僅かな浮遊感の後、彼は足と背中に凄まじい衝撃を受けることとなった。

 あれよあれよという間に出来上がる死屍累々の骸たち。リッカは最後の男をぽーんっと投げ飛ばし、ふぅ、と息を吐いた。


「まさか誰一人として引き下がらないなんて…。ある意味感心しました」


 そう言い残し、リッカは再び歩き始めた。誰も彼女の前を遮るものはおらず、すささと道を譲る町民たち。海が割れるかのごとく人混みは彼女を避け、畏怖や尊敬の入り混じった視線を彼女に送った。


 歩きやすくなった、と彼女は思う。無駄な時間は喰ってしまったが、するする図書館まで進めそうなことに彼女は小さく口の端をゆがめた。

 そんな彼女を追いかける人影が一つ。先ほどまでリッカとともに荒くれたちをのした青年である。


「おぉーい、待ってくれよそこのお姉さん!」


 リッカはその声を無視して歩き続ける。その声に彼女は聞き覚えがあったし、おそらく例の青年だろうということは容易に想像ができた。

 すぐに諦めるだろう、と歩いていると、不意に彼の顔が隣にあった。どうやら全力で走ったらしく、ゼェゼェと息切れし、額に汗を浮かべている。


 リッカは頭痛がしてきた頭を抑えて立ち止まる。青年の方へ振り向けば、彼は息を整えるように深呼吸している最中であった。


「……いったい何の用かしら?」

「す、すまねぇ、ちょっとだけぇ待ってくれ」


 彼のいう通り、リッカは十数秒こつこつと指で肘を叩きながら彼の回復を待つ。ようやく息が整ってきた青年は顔を上げ、ニッと白い歯を見せ笑う。


「いやぁ、悪いなお姉さん。ちょっとお礼を言いたくてよ」


 よもやそれだけのためにわざわざ全力疾走で追いかけてきたのかと、リッカは疑問符を頭に浮かべる。それはリッカにとって理解できない奇特なことであった。


「女の子も怪我はなかったし、助太刀してくれてありがとうよぉ!オレは商人のソル、よかったらお姉さんの名前も聞かせてくれよぉ!」

「……リサよ。別にあなたがいなくても絡まれたら私はああしていたわ。感謝は不要よ」


 もう用はないわね、とリッカは踵を返す。青年も彼女を無理に引き止めることはなく、手を振って彼女の背中を見送ったのだった。




 その数時間後、調査を終えたリッカが空腹を癒そうと適当に入った店でばったり彼と再会するのはまた別の話である。

2019/3/3 修正 依頼人は西の坂道を降った先にある露天の店主らしい。

      →依頼人は西の坂道を降った先にある道具店の店主らしい。

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