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鋼鎚使いの無能神官  作者: しらぬい
第2章 紅焔破刃の継承者編
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EP 37 穏やかな風景




 リベリオンの守護者リッカと協力関係を結べた俺たちは今後について話し合うことにした。翌朝パトムさん達に依頼完遂の報告をするとして……。そこではた、と気がつく。

 そう、依頼完遂の証拠である討伐部位がリッカに没収されていたのだ。

 そのことを伝えると、リッカは少しの間考え込んでから鎌をふるった。どさどさっと重い音と同時に現れたのは兎の魔物と思しき死体である。


「さすがにあれを渡すことはできないの。代わりにあの魔物の原型となったであろう魔物の死体を渡すわ。これならきっと大丈夫でしょう?」


 一体どこから現れたのか、と聞けば恐らく「あなたの知らない系譜の魔法よ」と返ってくるのだろう。そんなことを考えていたのが顔に出ていたのか、彼女は意地悪な顔をして「その通りです、アレン」と告げた。


「まぁ、女の子には秘密がいっぱいだから」


 とルイーナの見当違いなフォロー。まぁ、証拠として見せられればいいのだから深くは気にしないことにした。彼女のなんでもありな魔法も今更だ。これで討伐部位の提示の憂いは消えたことになる。


 改めて現状の確認に入る。俺たちはリズから頼まれた残り2件の依頼を達成する必要がある。明日から移動して数日後に南の港町ハヴェッタへと着く予定だ。その後はそこで依頼を受けて、依頼完遂後に北のハウル村へ戻る形になる。

 リッカはこちらに合わせてくれるようで、ひとまずハヴェッタまで同行してくれるとのこと。但し、依頼に関しては現地での調査があるため参加するのは難しいらしい。


 そのことについて俺たちの方から異論はなかった。もともと俺たち二人でリズから引き受けたものなのだし、そこに無理にリッカが加わる必要もない。

 合流はパトムさんの依頼報告をしてからということに決まった。翌朝、大農園の外れにて待ち合わせだ。





§





 翌日、依頼報告はスムーズに行われた。報告用に用意していた討伐部位をゾゾン夫妻に見せて、もう農園が襲撃が受けることはないだろうと説明した。彼らはそのことにホッと胸を撫で下ろし、俺たちに礼を告げた。報酬金はその場でもらい、依頼完了の書簡を受け取る。この依頼に関してはこれをギルドに提出すれば、手続きが全て完了だ。


「ありがとうございます、ストライフさん、エレンチカさん。本当になんとお礼を言っていいか」

「いえいえ。また何か困ったことがあればギルドの方にお願いします」

「リズさんとレグルスさんにもよろしくお伝えください」

「お任せください、ターニャさん!」


 ゾゾンさん達に見送られながら、俺たちは大農園を後にする。来た時と同じ畦道を歩いていると、畑の中にポツポツと人影が見える。俺たちが依頼を完了したから人を手配したんだろうか? 畑の野菜にせっせと水をやっているようで眺める俺たちのことを気にもしない。


「……人、いたんだねぇ」


 同じく歩きながら畑を眺めるルイーナがポツリと呟く。よそ見しているせいでこけないかと思ったが、彼女の足取りは軽快なものだ。


「ま、害獣の脅威がなくなったしな。こんだけ大きけりゃ雇われる人もいるだろうさ」

「それもそうだね」


 その後、大農園の敷地を出てから道なりに少し進んでからリッカと合流した。ヒストルエとハヴェッタの分かれ道となる交差点、その近くの木陰に彼女は腰を下ろしていた。いつもの大鎌は見当たらず、目を閉じざわざわと擦れる葉の音に聞き入っている。

 人形のような無機質さだと思った。木陰に座る彼女が人ではないのではないかと錯覚する。容姿が常人のそれより整っているだけに、どこか異質さを感じさせる。絵に心得がある芸術家がいたなら、喜んで今のこの光景をキャンパスに収めようとしたかもしれない。きっとそれは実に絵になることだろう。


「アレン? どうかしたの?」


 急に足を止めた俺を不思議に思ったか、ルイーナは首を傾げてこちらを見た。


「いや……、なんでもない」


 まさか無防備に眠る彼女に見とれていたとも言えまい。気にするな、と伝えて彼女に近づいていく。

 俺たちの足音に気がついたか、彼女はパチリと目を開ける。次いでこちらの姿を確認すると服についた草を軽く払って立ち上がった。


「報告は済んだかしら?」

「うん、お待たせ。それじゃハヴェッタに出発だね!」


 南へと続く道を、ルイーナが率先して歩いていく。新たな仲間が増えたということもあり、彼女は上機嫌だった。ここからハヴェッタは数日かかる。途中で野営もせねばなるまい。できれば今日だけでいくらか進んでおきたい。


「……アレン、彼女はいつもああ元気なのかしら?」


 隣のリッカは、元気よく目の前を進んでいくルイーナを見つめながら尋ねる。

 その瞳にはどこか優しげな感情を感じる。彼女にどんな想いを持っているかは分からない。それが悪いものじゃないことだけは鈍い俺でも理解できた。


「リッカが増えたからだろうな。仲間ができて嬉しいんだろうさ」


 笑って答えてやると、彼女は理解不能とばかりに口を尖らせた。前のリッカを目線で追うフリをして横目で彼女を盗み見る。困り顔のような難しい顔のような、そんな顔をしたリッカがいる。けど、頰が少しだけ緩んでいるのはきっと見間違いなんかじゃないだろう。



 ハヴェッタへと向かう旅路でリッカのこともいくつか聞いてみた。例えば、守護者とはなんなのか、どこにいたのか。そんなリベリオンの核心に触れそうなことから、たわいもないことまで。彼女は全てを話すことはなかったが、何かを思い起こすように俺たちの質問に答えていった。


「リッカはカノーネの出身なの?」

「そうね……、よくは覚えていないけれどあの国の雰囲気には覚えがある気がします」

「覚えてないのか?」


 そう尋ねると、彼女はふと空を見上げた。遠い目で空のどこかを見つめている。その先に何があるのだろう。疑問は湧いたが、それを聞くのは憚られた。それ以上は踏み込めない気がして、俺は結局黙ったままでいた。


「さて、どうだったかしら。どこかの村で暮らしていたような気もするし、街だったかもしれません。もともと旅をしていたからどこかに長く住んでいたこともなかったわ」

「そうだったんだ。てっきりヴィーゼの人かと思ってた。大陸共通語使ってるしね」

「あぁ……、そういえばそうでしたね」


 ルイーナの言葉に対してリッカの返事は妙に歯切れが悪い。少し彼女の反応が気になったが、話はすぐに次の話題へと移って行った。

 女子が二人いるとそれだけでも随分と姦しい。この場合、ルイーナがリッカに積極的に絡みにいっているからなのだが、ルイーナに感化されてリッカもお喋りに乗じている。無論、周囲の警戒は怠っていない。時折鋭い視線が草原に投げられては、さりげなく進路が変更されていた。さすがの実力者といったところか。


「エルフで鍛冶屋……。見た目からはちょっと想像できないわね」


 ルイーナの職について触れた時、リッカは目を見張って驚いていた。確かにルイーナにゴリゴリに筋肉がついてるわけでもない。初めて聞いた時は信じられないのも無理はない。


「こう見えて私って剣とか作るの得意なのよ。もちろん、精霊にも手伝ってもらうんだけどね」

「俺の鋼鎚も彼女に整備してもらってるんだ」


 俺も彼女の剣を鍛っている時の現場を見せてもらったことがある。その時の彼女はいつものにこやかさはどこにもなく、ただ職人としての真摯さだけがあった。より高みを目指す、その想いだけが鍛冶場に溢れていたのを覚えている。

 銀糸の髪をまとめ上げ、頰を流れる汗など微塵も気にもせず。ただ一心に鉄塊に向き合い、鎚を振り上げ振り下ろす。そりゃあ人気も出るわけだ。彼女の作品一つ一つに心が込められているのだから。


「意外……、というかエルフの鍛冶屋なんて初めて見たわ。種族的に力は弱い方ですからね」

「そこはまぁ……努力?」


 あはは〜、となんでもないことのように彼女は笑う。その笑顔の裏には何年もの鍛錬があったことだろう。本当にルイーナは努力家で俺なんかとは比べ物にならない。


「あー、アレンってば今悪い顔してた!」

「わ、悪い顔? な、なんだよそれ」


 唐突な彼女の指摘。予想できなかったことで返事にどもってしまった。ペタペタと自分の顔を触ってみるが、なんか変な顔をしてるわけでもない。不自然に口の端がつり上がってるわけでもないし、片眉が跳ね上がってるわけでもない。彼女の発言はその意図がわかりかねた。

 ルイーナの発言につられて俺の顔を見たリッカもよく分かっていないようである。


「その俺なんかって考えてる顔! 言っとくけど、アレンは私よりずっとずっと凄いことしてるんだからね!」

「は、はぁ………?」

「まったくもぅ……、自分が一番わかってないんだから」


 そう言ってぷりぷりと怒るルイーナ。

 理由を尋ねようと口を開きかけたその時、バッとリッカがヒストルエの方角に目を向けた。何事かと彼女の見ている方を見るが、ただの草原と道が広がっているだけだ。


「…………」

「どうしたの、リッカ?」

「ごめんなさい、少し私と口裏を合わせてくれるかしら」


 そう言って彼女は大鎌を何もない空間から取り出す。ぬるりと現れた黒い大鎌は紫色の怪しげな光を湛えていた。


「『影よ(ミラキー)』」


 紫色の光はすぐにリッカを包み込むと、すっぽりと彼女を覆い隠してしまう。唖然として見ることしかできなかった俺たちの前に、光の中から少女が現れる。ルイーナはその姿を見るのは初めてのはずだ。俺はというと、彼女の姿はギルドで見覚えがある。

 先ほどのリッカからは容姿が幼くなり、7~8歳程度にまで若返っている。格好もあの時と同じ白いワンピース。そして前髪の端を花柄のピンで留めている。こうして見ると本当にあれはリッカだったのだと実感する。いや、こんなのもの目の前で見なければ信じまい。


 彼女は光がおさまると鎌を一振りしていずこかへ消した。きっとどこかへ収納したのだろう。自分の手をにぎにぎして感覚を確かめているようだった。そうして彼女は口を開く。


「やっぱりこの魔法は好きになれませんね。便利なのは確かなのですけれど」


 渋い顔で彼女はため息を吐いた。見た目と喋り方のギャップが激しい。


「……なんか見た目と言動のギャップが激しいな。あの時のリッカとは大違いだ」

「当たり前よ。あれは演技ですもの。そんなことより、これからすぐにここを何者かが通ります。依頼人の頼みで、私はあなた達に送られてハヴェッタに向かっている、ということで口裏を合わせてください」

「何をそこまで警戒してる?」

「うまく言えませんが、よくない気配を感じます。最悪、"終焉の杖"の構成員かもしれません」


 ピリッと空気が引き締まる。ほんわかしていたルイーナも口を引き結び、北を警戒する。剣の柄に手をかけ、いつでも抜剣できるように半身で構えている。リッカを背に隠し、俺もまた鋼鎚の柄を握りしめた。

 道の向こうを見据える。未だ誰も出ては来ない。しかし、わずかに聞こえる地面の振動が何者かの接近を伝えている。後ろにいるリッカがぼそりと俺だけに聞こえるように呟いた。


「気をつけなさい、アレン。炎の力と似た気配を感じます」

「……っ! それは大いなる力か?」

「わからないわ。見てみないとなんとも。只者じゃないということだけは言っておくわ」

「了解」


 振動は徐々に大きくなる。それはすぐにこちらに見えるくらいに大きくなってくる。

 それを見たとき俺はいささか拍子抜けした。なんてことはない、ただの幌馬車だ。人外がいるわけでもなければ、魔物が引いてるわけでもない。一息吐いて柄から手を離す。その一方で、背後のリッカは鋭い視線を崩さなかった。


 カラコロと目の前を通り過ぎていく。ルイーナも不思議そうにその幌馬車を見送っていた。幌馬車はしばらく進んだかと思えば、馬の嘶きとともにピタリと止まる。そして中からひょこりと一人の女性が顔を出した。


「む、アレン君にルイーナ君ではないか。こんなところでどうした?」


 やや低いメゾソプラノの声。艶やかな藍色の髪を流し、立ち尽くす俺たちを不思議そうに眺めている。


「あ、アンナさんかぁ……。びっくりしたぁ、そりゃ只者じゃないよね」

「アンナよ、知り合いか?」


 さらにひょこりとアンナさんの後ろから彼女の連れと思しき人物が現れる。特徴的な桃髪の三つ編みと顔のそばかす。はて、どこかで見たようなと記憶を探ってみる。確かに彼女とはどこかであったような覚えがあるし……。

 桃髪の少女はぐるりと俺たち一同のをぐるりと見渡した。そして俺の顔を見ると、その顔がどんどんと嫌なものを見る顔になった。


「お主はあの時の変態!」


 その発言ではた、と気づく。数日前にヒストルエで遭遇した人物と目の前の彼女の姿がカチリと一致する。


「誰が変態だ、誰が!」


 あの時の抗議は微塵も意味がなかったらしい。彼女の中では既に俺は変態で決定されているようだ。断固として認めたくはないが、これ以上否定の言葉を重ねて彼女がそれを聞き入れるかは疑わしい。

 アンナさんに聞けば、昨日の昼にヒストルエを出発したハヴェッタ行きの便らしい。偶々とは言え、結構珍しい巡り合わせだった。ここから歩けばハヴェッタにはまだ数日かかる。出会ったのも何かの縁だし、乗っていかないかとの提案を受けた。


 俺たちとしてはありがたいところだ。時間を短縮できるなら、それに越したことはない。ただ、心配なことといえば、幼くなったリッカの警戒が未だとけていないところだ。アンナさんの後ろから現れた少女をじっと見つめていた。


「ん? 連れがいたのか。ふむ、無理にとは言わないがどうかな?」

「そうですね……」


 んー、と考えるふりをしてリッカたちの様子を窺う。ルイーナは初めから俺に合わせるつもりでいるようだ。リッカの方はこちらの意図を汲み取ったか、コクリと黙って頷いた。すぐに危険はない、と判断したのだろう。何よりアンナさんもいる。下手なことは起きないと思いたい。


「すみませんが、お願いします。三人分で」

「うむ、心得た。御者よ、すまない。三人分追加だ」


 馬車の中はさほど人は乗っていないようで他に数人程度。途中で乗車してきた俺たちを挨拶とともに迎えた。まずルイーナ、そして俺が乗り込んだ後にリッカが乗り込む。リッカは俺を盾にするように隅っこに引っ込んでしまった。


「ふふ、では出発しよう。なに、旅は道連れ何とやらだ」


 俺たちを乗せた幌馬車はパシンッという鞭の入る音でゆっくりと進み出す。微笑むアンナの隣にいる少女がニヤリと意地悪そうに笑うのが、やけに俺の印象に焼きついた。



2018/11/25 桃髪少女とアレンの邂逅の会話を一部変更しました。物語の進行に影響はありません。

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