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鋼鎚使いの無能神官  作者: しらぬい
第2章 紅焔破刃の継承者編
35/45

EP 32 夜の尋ね人

では、どうぞ。




 買い物を終えた俺たちは大量の荷物を抱え、ヒストルエの門を通り過ぎようとしていた。その量たるや、すれ違う通行人がギョッと二度見をするほど。肩に背負う麻袋の重さがズシリと体に響く。前を行くソルは俺と同じくらいの量を持っている割に体が全然ブレてない。力持ちなんだな、とふとそんなことを思う。

 体格は俺とそう変わらないはずだが、そこはやはり竜人の力ということか。まだ彼は若いしこれから身長も伸びるのだろう。少し、ほんの少しだけ羨ましさが湧いた気がした。


『はいよ、ギルドカード返すぜ』

「もう大丈夫だぜィ、(あん)ちゃん、姉ちゃん」


 門の兵士にもう一度ギルドカードを見せて身元の証明を行う。入りの時ほど厳しくはないようで、ちらっとした確認だけで終わった。反対側のイライラしていた兵士とは真逆で、こちらはのんびりとした兵士のようだ。去り際にちらっと見たが、大きな欠伸を漏らしている。軍の中にも色々な人がいるようだ。

 帰り際に話していたことだが、シェーナは街門から出てある程度離れてから呼ぶらしい。この街付近で呼べば無駄に兵士を刺激させてしまうということもあるとのことだ。シェーナとしてもそれはたまったもんじゃないだろう。


「ふぎゃっ!」


 と、トンと前から衝撃を感じた。はて、と視線を前に戻すと桃色の髪の中につむじが見えた。一瞬思考停止したが、ルイーナに背中を叩かれてハッと我に返る。どうやらよそ見をしていたせいでぶつかってしまっていたらしい。

 ぶつかったのは幼い少女だったようだ。上げた面は涙目で赤くなった鼻頭を押さえている。


「す、すまん。よそ見をしていたよ」

「もぅ……、何してるのさアレン。きみ、鼻は大丈夫?」


 ルイーナはしゃがんで少女に目線を合わせる。しかし、少女はルイーナからバッと勢いよく跳び退(すさ)った。フカーッ!! と威嚇するその様はまるで野生動物のそれである。


「ぶ、ぶつかられた挙句子供扱いされるだなんて思わなんだわ!! この戯けども!」

「…………」


 少女の口から突然飛び出た言葉に俺たちは言葉を失った。そりゃぶつかったのは悪かったがそこまで言われるとは思わなかったぞ。ルイーナも多分俺と同じ気持ちでいるのだろう。なんと言ったものかと頰を掻いている。


 それに子供扱いするなといったが……。

 改めて少女の姿をまじまじと見る。少女の身長は多く見積もっても俺より頭一つ分は下である。幼さの残る顔に鼻のそばかす、後ろで三つ編みにされた桃色の髪。怒りで頰を紅潮させ、少女は柳眉を逆立てる。何より決定的と言えるのはフリフリっとしたリボンのついたドレスだろう。……ちょっと大人が着るには恥ずかしいと思う気がする。

 俺の暖かな眼差しに気がついたか、少女は自分の身を抱く。その目にまるでおぞましいものが映ったかのように顔面を蒼白にさせた。


「な、なんじゃその目は。まさかお前妾のこと……」

「そんなわけないだろ……!」


 彼女の言う意図がまるでないことを手の平を天に向けて示す。どうやら思い込みが激しいという特徴も追加のようだ。少女はフン、と鼻を鳴らすと口を尖らせて俺の隣を通り過ぎていく。ぶつくさと文句を並べ、ここにはいない誰かに対して吐き捨てるようだった。


「まーったく……これじゃから嫌じゃと言うたのに。あーぁ、馬鹿らしいのぅ。なんでわしがここまで……」


 プリプリと去っていく少女は俺には目もくれず、スタスタと歩き去っていく。突然に嵐に見舞われた気分だ。なんというか釈然としない。


「災難だったなァ、(あん)ちゃん。ま、でけェ都だしあァいうのもいるのさ」

「色々と対応がまずかったのもあるけどね」


 これについては俺の不注意と不運だろう。過ぎたこと、と早々に忘れてしまった方が良さそうだ。

 俺は少女が去っていった方向を一瞥し、ヒストルエを離れていく。しかし、随分と幼かったがここまで一人で来たのだろうか? いくら街道があるとはいえ、一人旅をするには外の世界は危険過ぎる。そう思うと、案外見た目によらず実力者だったのかもしれない。

 つまらない思考はすぐに消えていく。ソルがシェーナを呼び、帰りの空の旅をする頃には俺はすっかり少女のことを忘れてしまっているのだった。




§




 ガチャリ、と扉を開けてベッドに倒れこむ。疲労のたまった体はベッドに包まれるように沈んでいく。ちょっとした硬さも今は気にならない。机の上に置いてあるランタンは部屋を薄ぼんやりと照らし、ベッドの上に俺の影を作り出した。時刻はもう夜更け。外は日が落ちてとっぷりと暗くなっていた。

 ブラド爺さんたちの住む家はやたら部屋が余っているらしく、一人一室を借りることとなった。なんでも、昔に知人が泊まることが多くその時用に部屋を作っていたらしい。彼らには本当に頭が上がらない。見ず知らずの俺たちにここまで優しくしてくれる人もそうそういないだろう。


 ぐるり、と体の向きを変え、天井を見上げた。綺麗な木目がある天井だ。夜中だからといって天井のシミが人の顔に見えるわけでもない。そういうのはおおよそ気のせいであるし、何より実際のゴーストのモンスターの方が厄介だ。ルイーナはやたらと怖がっていたが。

 そうやってぼぅっとしてるとコンコン、と控えめに扉がノックされた。このノックの仕方はルイーナだろうか。ベッドから重い体を起こして対応に出ると、短めのスボンにシャツを着たルイーナだった。心なしかホカホカと湯気が出ている気がする。


「やっほ。お邪魔してもいい、アレン?」

「ああ、そこの椅子でも使ってくれ」


 中に迎え入れ、椅子を勧める。俺はベッドに腰掛け、結果として彼女と向き合う形となった。

 寝間着用なのかいつも見る冒険服ではなさそうだ。後ろに縛っていた髪をおろし、肩にかかったブロンドがランタンの光に反射する。ほのかに香るのは石鹸の匂いだろう。


「それで、わざわざどうしたんだ?」


 俺は彼女に部屋を訪ねてきた理由を聞いた。彼女はうん…、と静かに返事をするとその瞳をこちらに向けた。潤んだ瞳の中にあるのは不安と迷い。揺らめく炎に照らされているばかりではあるまい。一度口を開きかけ、再び口を噤んだ。


「……言いにくいことか?」

「そういうわけじゃ…ないんだけど。……アレンはさ、これからどうするのかなって」


 ルイーナが口にしたのはなんとも抽象的な言葉だった。どうする、とはどういうことだろう。その意味をはかりかねていると、彼女は言葉の続きを語り始めた。


「アレンと私はさ、ギルドに今回の一件を報告して冒険者としての義務は一応果たしたわけじゃない? だから……、もうその首飾りの一件に関わるべきじゃないと思ったんだ」

「…………」

「あの時は助けもあってなんとかなった。アレンを置いていくなんて考えられなかったし、私はその選択肢を後悔してないよ」


 でもね、とルイーナは続ける。見れば彼女の左手は震えていた。ぎゅっと握りしめられ、彼女の歪んだ眉は彼女の顔に浅からぬ皺を作っていた。


「正直死ぬほど怖かった」


 シンプルに、純粋に、彼女の感情が込められていたからだろう。いやにはっきりと、その言葉は俺の心に響いてきた。


「今思い出しただけでもぞっとするよ。なんであんな無茶ができたんだろうって。思い出してもみてよ、あの魔物の異端さを。私も君も……危うく死にかけた」


 もしもアルタールが現れなかったら、もしもソルが俺たちを見つけなかったら……。考えられる『もしも』は数多い。それはこうして向かい合っている時間が、いくつもの奇跡の上に成り立っていることを意味している。そのことが分かるだろう? と彼女の表情は如実に物語っていた。


「次は助からないかもしれない。ううん、こんな戦いが続けば絶対にどこかで命を落とす。情けない話だけど、私はここで目が覚めて涙が出てきたよ。よかった、私は生きてたんだって……」

「ルイーナ……」

「冒険者である以上、戦いで命を落とすかもしれないっていうのは分かってた。でも……、でもあんなの無茶苦茶よ。私たちじゃ…どうにもならない……っ!」


 ルイーナのそれは声こそ殺していたけど、心の慟哭に近かった。俺の目が覚め、安心したからこそ滲み出てきた恐怖の感情。ずっと張り詰めていた心からジワリジワリと、布で濾したように出てきた黒い感情。それを今、行き場のない感情を発露するように彼女は俺にぶつけていた。

 俯いた顔からポタリと雫が落ちる。透明な雫は手の甲に落ちると小さく飛沫を散らして床へと落ちていった。彼女の頰には光の筋が流れ、湿った睫毛が揺れる。


「アレンは人一倍責任感が強いから、きっとやめないって分かってる。でもお願い……、もう終わりにしよう…? 首飾りならアルタールさんに任せればいい。私は…私が死ぬところも、君が死ぬところも見たくない……っ」


 嗚咽を堪え、彼女の口から出てきたのは懇願。どうか、終わりにしてほしいと、この件から降りてくれと涙ながらに訴える。彼女は自身の両親を俺に重ねているのかもしれない。冒険者として依頼を受け、それきり帰ってこなかった父と母の姿を。

 俺は沈黙していた。胸中は複雑だ。俺自身、助からないと思う場面は何度もあった。腹が抉れて死に体なのに、化け物が立ち上がってきた時は本当に絶望を感じた。リベリオンを辿れば、きっとこの先あんな戦闘はいくつもある。まるでゾンビのような生命力を持った敵が次々と現れるのだ。ああ、そんな嫌なことはあって欲しくない。けれど、それはほぼ確定している未来だ。俺が対峙しようとする限り、否応なくその運命は俺につきまとう。


 目の前のルイーナを見る。俯かせた顔はきっと酷いことになっている。その涙を止めてあげることができるならどんなにいいことだろう。けれど、俺は彼女を泣かせることになる。


「……ルイーナ、俺はやめようとは思わないよ」

「…………っ!!」


 彼女の息を飲む音が伝わった。表情は窺い知れない。


「これは感情論なんかじゃない。今俺が降りればこの国どころか世界が危ぶまれるかもしれないんだ。アルタールは『伝承に語られる』と言っていた。だったら、俺たちが探している手がかりは"大厄災"の伝承にあるようにこの世界全土に散らばっている可能性がある」

「……そんなのデタラメだよっ! ねぇ、アレンは死にたいの!? 二度と……二度と戻ってこれないかもしれないんだよ!?」

「俺だって死にたくない。でもな、ルイーナ。ここで俺が降りてもきっと同じなんだ。敵はあの化け物だけじゃないのは気づいているだろう? あの化け物どもを従えてる親玉がいる。そいつらを倒さない以上、遅かれ早かれ世界は窮地に立たされる」


 それは確信めいた自信だった。黒衣の男、仮面の女、あいつら二人だけでもアルタールが相手をするには役不足だろう。師匠が手こずるほどの相手なのだ。それどころかまだ敵がいる可能性だってある。そうなれば、アルタール一人では処理しきれず、結局俺たちに鉢が回ってくる。貴重な情報を持った人間を失った上で、だ。

 いずれにせよ窮地を迎えるのなら、どちらの未来を選ぶべきか。そんなの決まっている。俺たちは生存率がわずかにでも高い選択肢を選ぶのみだ。


「それでも、アレンがやる必要はないじゃないっ! 誰か、そう例えば軍とかに任せれば……!」

「同じことだ、ルイーナ」

「……っ!」

「見ただろう、街があっという間に破壊される様を。そりゃ人数がいるに越したことはないのは確かだ。でも軍は動きが鈍い。次から次へと迫る状況に対応できるとは思いにくい」


 だからこそ、ギルドとも情報屋とも情報を共有した。俺たちが先行してことに当たっているのだということを、多くの人に知っていてもらうために。レグナスさんは周囲への通知を徹底すると約束してくれた。それを聞いた人がどう受け取るかは別の話だが、それで味方の数が増えてくれれば心強い。


「……馬鹿げてるよ、誰とも知らない他人のために命を投げ捨てるなんて」


 すん、と鼻を鳴らしルイーナはぼそりと呟いた。場には沈黙が満ちる。その沈黙が意地の張り合いのように俺は感じられた。どちらから先に言葉を発することもなく、ただ無言で相手の言葉を待つ。ゆらり、ゆらりと揺れる炎は壁に映った俺たちの影を揺らしていた。

 実際には高々指で数えられるほどの時間だったのだろう。しかし、その無言の時間はやけに長く感じられた。


「……でも…それがアレンだもんね。分かってたよ、君が絶対に曲げないことは、さ」


 上げた面には困ったような笑み。泣き腫らし、赤くなった目元を彼女は手で拭う。ごめんね、と彼女は謝った。何を謝る必要があるのだろう。彼女は至極当然の感情を持っていただけだ。わがままを言っているのは俺の方なのだ。

 立ち上がり、ルイーナの横で彼女の視線に合わせるようにしゃがみこんだ。


「それにな、ルイーナ。これはお前やソル、ブラド爺さんたちを救うことにもなる。だから誰とも知らない誰かのために命を投げ捨ててるってことにはならないさ」


 彼女を安心させるように頭を撫でた。彼女は俺の行動にビクッと驚いたが、拒否することもなく俺の手を受け入れた。


「……ぷっ。もう……、そういうのって屁理屈って言うんだよ? ……頼りない仲間でごめんね、アレン」

「何言ってる。俺のわがままに付き合って、お前は俺に背中を預けてくれた」


 あの時、彼女の中でどれだけ葛藤があったことか。それでも死の恐怖を怒声で吹き飛ばし、俺に加勢してくれた勇気に俺は深く感謝をしていた。彼女という仲間がいたからこそ、俺は踏ん張れた。死にかけても、気合いを絞り出せた。だから、ありがとう、と俺は彼女に感謝を伝えるのだ。


「……これじゃどっちが年上かって話だね。やめさせるつもりが、逆にアレンに励まされちゃった」

「けど、ルイーナ。お前が無理に俺について来る必要はないんだぞ。この先も命を落とすことが…」


 そこまで言ってルイーナは俺の口に彼女の人差し指を当てた。それ以上は言ったらダメだよ、と。


「それこそナンセンスだよ、アレン。私が君をみすみす死にに行くのを放っておくわけないでしょう。大丈夫、君から勇気をもらえた。私も闘うよ」


 その瞳には先ほどまでの揺れた感情は既にない。決意に満ちた希望の光が宿っていた。




§




(ったく、(あん)ちゃんも人を惹きつけるのがうまいもんだ)


 アレンたちがいる部屋の外側で、ソルは扉脇の壁に背を預けていた。ルイーナのことが心配だったが杞憂だったかと彼は思う。きっと彼女が折れることはもうないだろう。今の彼女は確固たる決心を胸に宿していた。


(あれは才能というか……、生まれ持った素質だよなぁ)


 運び屋としての商いをする自分にとっては羨ましい才能だ。誰かに信用してもらう、というのは存外に難しい。それが初対面なら尚更だ。けど、今のソルは彼のことを好ましく思っている。どんな逆境でも、劣勢でも諦めないその姿勢に強者を感じたからだ。

 竜人族は強者を感じさせる者と縁を繋ぎたがる。それは無意識の奥底深くに刻み込まれた、自身が強者であるという誇りがあるからだ。自分と肩を並べる者は強者たる所以(ゆえん)を持つ者。それこそが自身が強者たる証明である。


(俺も、悪い気はしてないぜ)


 どうか長生きしてほしいものだ、と彼は思う。いつか酒を交わし、語らう日も来るのかもしれない。だが、それは彼らの言う"大厄災"の一連の騒動が終わってからだ。その時に自分も彼らも生きていたら嬉しいと思うのだ。

 中の二人は先ほどまでの剣幕とは違い、穏やかに談笑を始めている。いざとなったら乗り込んで場をおさめようかと考えていたソルは、やれやれと肩を竦めた。自分の出番はなさそうだな、と部屋に背を向ける。一度だけ振り返ってからフッと口の端を歪め、彼は廊下の闇に消えて行った。



最近はTwitterとかで流れて来る作品とかにも目を通してます。

あとで読もっかなって思った者はブックマークバンバンつけちゃいます。


更新のたびに呟いてるのでよかったらドゾー

Twitter - しらぬい@小説家になろう https://twitter.com/kotetu_puri



2018/10/14 タイトルを修正しました。

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