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鋼鎚使いの無能神官  作者: しらぬい
第2章 紅焔破刃の継承者編
34/45

EP 31 朧げな記憶

2018/10/14 タイトルを修正しました。





「名前はミア。数年前、俺が殺した人間の女性だ」


 ソルの息を呑む気配が伝わった。ルイーナは目を伏せ、ぎゅっと拳を握っていた。


「こ、殺したって何言ってんだよ、(あん)ちゃん……」

「以前、パーティで一緒になってな。俺のせいでパーティが全滅したんだ」


 ミアさんを筆頭とする4人の仲間。まだズブの素人だった俺を拾って仲間と認めてくれた人たちだ。

 数年前に請け負った依頼で予想外な強敵に遭遇した。俺が足を引っ張ったせいで逃げ遅れ、俺を除く全員が殺されたのだ。あの時、師匠が来てくれなかったら俺も同じように死んでいただろう。一番使えない俺だけが生き残ってしまったのだ。


「アレン、自分を責めすぎだよ……。あれは君のせいじゃないってユーノさんも言ってたじゃない」

「……俺が殺したようなもんだ」


 彼女の血で真っ赤に濡れた腕は今でも鮮明に思い出せた。その度に俺は喉を掻き毟りたくなる。夢であの場面を見るたび目を背けたくなる。お前が仲間を殺したのだ、と俺の無意識は俺に罪を突きつけてくるのだ。

 今でも吹っ切れたわけじゃない。夢から目が覚めればびっしょりと汗はかいているし、鏡に喉のかすり傷が映れば自分が何をしたか察してしまう。


「……(あん)ちゃんがその女性を直接殺したわけじゃァねェってのはオレにも分かったぜ。(あん)ちゃんはちょいと自分を責めすぎなところがあるからなァ」


 困ったような顔でガシガシと頭をかくソル。


「けどよォ、なんでその女の人がこの国にいるんだ? 俺にゃァさっぱり分からねェぜ」

「俺にも分からない。でも見間違いとも思えなかった」


 あの人物は確かにこちらを視認した上で『またね』と言った。あそこまで酷似していて別人というのも考えにくい。何よりあの額当ては彼女が特注で頼んだこの世で二つとないもののはずだ。彼女は火の精霊の加護を受けた精霊石と呼ばれる宝石を使っていると言っていた。それがこの世に二つとないことも。だから、あれを持っているのはミアさんだけのはずなのだ。

 彼女の装備品は俺と師匠が彼女の遺体とともに墓に埋葬した。それはこの目で見ている。だからあれがこの世にあるはずがない。


「アレン……、でも……死人は生き返らない。それは変わらない事実だよ」


 ルイーナはいつもとは違う、少し強い口調だった。彼女は口を結び、悲しそうに眦を下げる。


「……分かってる。自分でもバカなことを言っている自覚はあるんだ」


 自分の手で埋葬した死人が歩いているなんて悪夢もいいところだ。物語に書くのだって悪趣味だと批判されることは間違いない。けど、それでも縋ってしまうのだ。実は生きていたなんてありえない幻想に。


「……ありえない体験をしすぎて頭が混乱していたのかもしれないな。ルイーナの言う通り、死人は生き返らない。これは絶対的な真理だ」

「アレン……」


 もしも……、もしも彼女が生きているのだとすればそれは喜ばしいことだ。話したいことは沢山ある。でもそれはもしもの話であって、期待をするのが間違いなのだ。気のせいだったと考える方が辻褄が合う。

 今日は色んな嫌なことを思い出した。それで精神が参ってしまって幻覚を見せたのだろう。直接喋ったのを聞いたわけではないし、もしかすると別人で追いかけていた俺から単純に逃げていた可能性もある。過去の出来事にとらわれ過ぎて、俺が思い込んだだけなのか。……そうなるとよほど恥ずかしいことをしたわけだが。


「すまない、心配をかけた。買い物に戻ろう二人とも」

「んー……、顔色も戻ってるみてェだしいいけどよォ。あんまり姉ちゃんを心配させんじゃねェぞ、(あん)ちゃん」

「そうだよ、アレン。君ってば一人で突っ走るところがあるんだから。そこだけは本っ当に昔から変わらないね」

「面目無い……」


 ベンチから立ち上がり、天に向かって一息吐く。大丈夫、俺は正気だ。この荒れる胸中も深く心の奥に沈めて、頭を巡る問題も消してしまおう。いくら考えても無駄なことは考えないに限る。本当のことがわかった時に考えよう。その方が、きっといい。

 未だ心配そうに見る二人に笑顔を見せ、買い物へと背中を押す。ソルはパンッと俺の背中を叩いてからのしのしと先を歩いて行った。心配させた罰ってことだろう。ルイーナも俺のおでこをペチッと叩いて、ソルに続く。甘んじて罰を受けた俺も二人に続いて道を進むのだった。




§




 暗がりの中、私は乱れた息を整えていた。外を見れば未だ風で荒れ狂い、翡翠色に輝く暴力が大地を削っていた。ここなら外界の影響は受けない。理由は分からないが、いくら外で嵐が吹き荒れようが傷どころか音すら届かない。

 身体のあちこちに傷はあるけど気になるほど深いものじゃない。血は流れているけど許容範囲内。この白い鎧にも大きく亀裂が入ってしまっていた。物を直すのはあまり得意じゃない。魔力も無駄に消費する。それでもこれからの戦いを思うと放っておくわけにもいかず、仕方なしに魔力を練り上げた。ぽぅ……と白色に右手が輝き、それを補修する場所に当てる。


「まったく……、大厄災の一部でこれですか。やはり彼らを先にヨルドへ送ったのは正解でしたね。とてもじゃないけれど、こんなもの並の人間が耐えられるはずがない」


 鎧を変質させ、糸で服を編むように穴を塞いでいく。穴が塞がったら魔力で強度の補強もしておく。気休め程度だけどこれで薄くなった分の補強はできたはずだ。

 フッと光は消え、再び暗がりが戻る。

 ふぅと一息吐いて中に目をやった。中は小さな祭壇と4つの柱、それから祭壇の周囲に7つの異なる色の水晶がある。いずれの水晶も輝きは失われ、暗く部屋を映すのみだ。祭壇の先、この部屋の中心に位置する大きな水晶はほとんどが割れ、破片が床に散らばっている。きっと大きくこの世のものとは思えない立派な水晶だったのだろう。けれど私が目を覚ました時にはとうに割れていた。どうやら何かの魔法の依代に使われていたみたいだ。


 私はこの場所を隠者の祠と呼んでいる。別にそういう名前なわけじゃない。私が勝手に呼んでいるだけだ。長い眠りから覚めた私が唯一安心できる場所。私が見る限りだと外界から魔法的に切り離され、独立して存在している。きっとここを作った人間は誰にも知られたくなかったのだと思う。


 立てかけた大鎌は輝きを失い、この暗がりの中に溶け込んでいる。膝を抱え、そこに頭を埋める。休んでいる暇なんかないのは分かってるけれど、少しだけ眠りにつきたい。ほんの少しだけ、一瞬でいいから……。

 何日も寝ていないせいもあったからか、瞼を閉じた私の意識はあっという間に夢の中へと落ちていく。




 私がここで目覚めたのはほんの数年前のことだ。

 気がつけば、裸で水晶の前に投げ出されて冷たい床に寝そべっていた。何故こんなところで目覚めたのかなんて覚えていないし、それまでの記憶もない。私に分かったのはリッカという自分の名前と、長い間眠っていたということだ。


 近くにあった祭壇を支えにして立ち上がると、やけに体がやけに重たいことに気がつく。長い間眠っていた弊害だろうか。やっとの思いで祭壇に座り込んだ私は、身体の奥底で眠る魔力回路を叩き起こして全身に魔力を巡らせた。惰眠を貪っていた回路は急いで生命力を魔力へと変え始める。体力が戻るわけじゃないけれど、体を動かす補助にするには十分だ。

 ぶんぶんと手を振って身体が楽になったことを確認する。どうやら回路は私が眠っている間にすっかり錆びついてしまっていたらしく、全部を動かすにはかなりリハビリが必要みたいだ。魔力変換の効率が下がるな、とか思いながらふと祭壇の上に置いてあるものに気がついた。


 うっすらと白色の光を放つ金細工の首飾り。7つの宝石が埋め込まれている。


「なに……これ……」


 眠りから目覚めて初めて出した声は酷くしわがれたものだった。我ながら酷い声に顔を顰めながら、その首飾りを手に取った。

 ここまで綺麗な細工の首飾りは初めて見る。そう思ったけれど、私はその首飾りにひどく懐かしさを感じていた。何故だろう。


『やぁ。気分はどう、守護者のリッカちゃん?』


 部屋の中に突然響いた声に私は驚いて頭を上げた。周囲を急いで見渡すも、暗がりのせいで私以外には誰も見当たらない。その首飾りをぎゅっと握りしめたまま、私は祭壇から立ち上がった。


「誰……? 誰かいるの……?」

『あ、あれ……? もしかして私のこと覚えてないの? えぇ……、困ったなぁ……失敗しちゃったかなぁ』


 覚えていないってなんのこと? 私は今ここで目覚めたばかりだ。知らないことがあまりにも多すぎる。

 声の主は姿こそ見えないけれど、私のことを認識しているらしい。私の方から姿が見えないというのはあまりにも不気味だった。


『申し訳ないけどリッカちゃん、あなたに説明できる時間もそう多くないの。不甲斐ないことに私が残せたのはほんのわずかな時間だけだから』

「ねぇ、なんのこと……!? あなたは誰……!?」


 その声は少し高い女の人の声だ。そしてその声はこの部屋全体から響いている。

 視線を巡らせども巡らせども姿は捕まらない。怖くなって一歩ずつ下がっていく。ジャリっと水晶を踏みつけて、足の裏にチリッとした痛みを感じた。どうやら足裏を切っちゃったみたい。


『ひとまずエレナとでも名乗っておくね。時間がないから手短に話すよ。リッカちゃん、あなたは本来もっと遅くに起きるはずだったんだけど、目覚めが早くなってしまったみたい』

「…………」

『理由は、昔封印した厄介者を起こそうって奴らのせい。今そいつを起こされたらこの世界には対抗できる術がないの』

「……何を言ってるかわかんないよ…、エレナさん」

『今は分からなくてもいいわ。今この世界が危機だってことさえわかってくれればそれでいいの。だから、あなたにやって欲しいことがある』


 時間がないと言ったことは本当みたいで、声の主の困ったような様子はすっかり消えている。口早に説明されるけど、私の頭は追いつかない。そもそも寝起きの頭で色んなことを分かれ、という方が難しい。


『あなたにはその首飾りをこの世界のどこかにいる私の後継者に渡して欲しい。正しい持ち主にそれは反応するから』

「これを…… ?」

『そう、その首飾りの名はリベリオン。魔の力を溜め、邪気を(はら)う、奴に唯一対抗できる手段。それを渡して、私が各地に………てお…たマ……回…させ…欲し…!』


 エレナさんの声に徐々にノイズが混じり始めた。ザザ…というような砂嵐にも似た音が邪魔をして、聞き取り辛くなる。


「エレナさん! もうちょっと大きな声で喋ってよ…! 何を言ってるか分からない!!」

『なん…こと…! い…、リッカ……ん? それは…部の力を回……ないと本来の…を発揮……いの! 奴が目覚…る前に全部の……を……て各地の………れた…を………ば…て!』

「エレナさん!!」



『生きて、リッカちゃん。あなたのためにも奴、"大厄災"を倒すのよ』



 その言葉を残して声は消えてしまった。最後だけやけにはっきり聞こえたのは何故だろう。その理由は分からないけれど、多分彼女が一番思っていたことな気がする。

 言いたいことだけ言われて勝手に押し付けられた。結局わかったこともこれを誰かに渡して封印したって言う何かを倒すってことだけ。その正体も名前だけ。これでどうしろって言うんだろう。


「でも……これを渡せば、なんとかなるんだよね……?」


 私の問いかけに答える人は誰もいない。さっきの声も私の声に答えたりしない。

 分からないことばかりだけれど、私のやることは決まった。これを正しい持ち主に渡すってこと。


「ひとまず……ここから出ないとね」


 幸いなことに入り口に法衣がかけてある。とりあえずその場凌ぎくらいにはなるでしょう。……早いところ代わりを用意しないと。

 祭壇を乗り越え、階段を登り、法衣を身にまとう。少しぶかぶかだけど許容範囲内。首飾りを首にかけて、よし、と私は気合を入れた。ここではた、と自分の手元が心もとないことに気づく。さすがに素手は厳しいんじゃないだろうか。

 キョロキョロと周りを見ると、部屋の隅に黒い何かが置いてあった。


「えぇ……。こんなのどうやって使うんだろう」


 それは黒い大鎌だ。心なしかぼやぁっと光っている気もする。手にもつとズシリとした重さが腕に響いた。魔力をもっと多く巡らせてようやく持ち上がるくらい。振り回してみると体は持っていかれるけど、ブォンと鳴る風切り音は頼もしさを感じさせる。何もないよりはましかな?

 少し引きずりながらもそれを持って行くことにする。


「エレナさんの後継者……か。わけわかんないことばっかりだ…」


 ボソッとボヤく。きっとこれくらいの不満は言ってもいい。私は面をあげて、外への一歩を踏み出した。瞬間、部屋の中では感じられなかったまばゆい光に包まれた。



 それから私は世界を巡り、エレナの後継者を探し続けた。世界を旅する内に徐々に記憶も戻っていった。とは言ってもそれも断片的なものばかり。魔法、目覚める以前より自分に課していた使命、首飾りの能力、そして倒すべき憎き敵。肝心の自分の出自は思い出せなかったけれど、ひとまずは横に置いておいていい。

 エレナの言う通り、刻一刻とタイムリミットが迫ってきていた。"大厄災"を目覚めさせようとしている大馬鹿者どもの組織のせいだ。私の目覚めが不完全で、記憶が飛んでいたのもそいつらのせいだったらしい。中々尻尾を現さないけれど、絶対にこの手で掴んで葬ってみせる。


 "大厄災"を復活させないことが私の使命。そのために首飾りはエレナの後継者であるストライフに渡した。あの首飾りが依頼中だったストライフに反応したのだ。ようやく見つけた時はどれほど嬉しかったことか。

 けれど、彼は後継者というには、その……あまりにも弱かった。多分私が一対一で戦ったら勝ってしまうと思う。だから、彼を助けなくてはならない。彼一人で力を集めるのはきっと無理だと思うから。

 そしていつか来るかもしれない時に備えなくては。


 けれど、どうしてだろう。私を突き動かすこの使命感が、胸の奥で燃え盛るこの衝動が、どこかずれたように感じてしまうのは。

 ……いいえ、私は自分の使命に違和感なんて抱いていない。きっと疲れているだけなのだ。


 ごぽり、と意識の海で気泡が上がった。どうやら体が起き始めたみたいだ。意識の海に沈めていた自分を徐々に水面へと押し上げていく。




 パチリと目が覚めた。相変わらず祠の中は薄暗いままだ。外の翡翠色の光は消え、薄暗い暗雲が立ち込めている。どうやら嵐は去ったらしい。

 体を起こすとパキパキと各所から小気味好い音が鳴る。変な態勢で寝ていたせいだ。妙に関節が痛いのもそれのせいだろう。グッと伸びをしてごまかすことにした。


「ふぅ……。次は火の力ですか」


 風の力を集める時には見たことのない魔物の邪魔が入った。多分あれも"大厄災"を復活させたい奴らの作り上げたものに違いない。奴の力の片鱗が感じられた。次の火でも何かしらの邪魔が入ることは間違いない。


「早いところ、彼に合流しなくてはなりませんね」


 大陸を西へ横断する手段もあるけれど、今のヴィーゼ王国を行くのは少々危険だろう。少し大回りして東の共和国から海路を使うことにしよう。確かあちらはヨルドのハヴェッタへ続く航路があったと思う。転移(ポータル)を使えたらいいのに……。二人も送ったから魔力が足りないのが辛いところだ。

 大鎌を手に取り、送還する。鎌は光に包まれ、フッと消える。これも私専用の魔法。色々と荷物が少なくなるあたりとても便利だ。


「さて、では出かけることとしましょう」


 目指すはヨルド国、火の力が封印された火なる国。そこで彼に火の力を集めさせるのだ。

 意気込みもそこそこに外への一歩を踏み出す。目が(くら)むばかりの光に包まれ、私は隠者の祠を後にした。



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