表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鋼鎚使いの無能神官  作者: しらぬい
第2章 紅焔破刃の継承者編
32/45

EP 29 冒険者ギルドの住人

2018/10/14 タイトルを修正しました。





「おや…? この辺じゃ見ない顔のお客さんだね」


 扉を開けた先で出迎えたのは少し驚いた声音の青年の声だった。話しているのは俺たちの聞き慣れた大陸共通語だ。声の主は受付と思しき木製のカウンターの向かい側で座っている。くつろいだ様子で読んでいた本をパタリと閉じ、俺たちに向き直った。

 鼻にかけた小さめの眼鏡は視力の矯正というよりもきっと伊達やお洒落によるものなのだろう。特徴的なのは狐の目のような細目と右耳のイヤリング。それでもそれが鼻につかないのは若々しく見える整った顔と利発そうな雰囲気ゆえか。


「ギルド、"赤き龍翼(ロッダ・フリーゲル)"へようこそ。君たちも依頼かい?」


 手慣れた様子でカウンターの下から新品の依頼書を取り出した。冒険者が来た、ではなく依頼者が先に来たと考えるあたり、本当にこの国には冒険者は少ないようだ。カウンターのすぐ右に配置されている掲示板もよくよく見れば4,5個ほど紙がポツポツと貼られているだけである。依頼のランク分けがされていないのもカノーネの"星屑の燐光(シュテルン・グリッター)"を見慣れていると随分と違和感を感じる。


「いや、俺たちは依頼者とかじゃなくて、報告に来たんです」

「報告…? うーん…、今うちから受注されてる依頼はなかったと思うけど」


 青年の手の動きがピタリと止まる。はて、と不思議そうな顔をして彼は首を傾げた。


「少し長い話になると思うから順を追って話をします。今、時間は大丈夫ですか?」

「まぁ…、見てもらった通り…」


 彼はぐるっと部屋全体を見渡して肩を竦めながら苦笑いする。彼が言外にほのめかす意味を察して俺たちも苦笑した。閑古鳥が鳴くとはこのことである。


「落ち着いて話せた方がいいだろうね。2階に座れる場所があるからそっちで話そう。ええと…君の名前は…」

「アレン・ストライフです。こっちがルイーナ」

「どうも、ルイーナ・エレンチカです」


 しまっておいたギルドカードを差し出しながら自己紹介する。ギルドカードには名前、ランクの他に年齢や所属が書かれており、持ち主の魔力に感応して数分の間だけそれらが表示される。街門でも提示を求められたのはこれ1枚で身分証明になりうるものだからだ。

 彼は俺たちのカードを受け取り、その所属を見て緩んでいた表情を引き締めた。


「これは…"星屑の燐光(シュテルン・グリッター)"のギルドカード…!? もしかして君たちが報告したいというのは…」

「はい、ヴィーゼ王国王都カノーネの襲撃についてです」

「分かった。すぐに準備をするから先に上で待っていてくれ」


 頷き、入り口横の階段を昇る。昇った先の2階は中型の机が数個納まる程度の広さだった。1階と同じ大きさだから元々大きくも無いのだろうが、壁を背に配置されている本棚のせいで余計に狭く見える。本棚に近づくと埃っぽさが目についた。並べられた本はヨルドの生物の生態や武器の技能書などだがいずれもやや色褪せ年季を感じさせる。

 ルイーナは『初級魔法技能書』という参考書を手に取ってパラパラと中身を捲っていた。ふ、古い…、とついぼやきも漏れているようだ。


「遅くなってすまない二人とも」


 ドタバタと騒がしく受付の青年が階段を駆け上がってくる。両脇には大量の紙束を抱え、何枚か落ちるのも気にせずに手近な机に腰をかけた。俺たちも二人で彼の向かい側に座る。


「ふぅ…、さてまずは、僕の自己紹介といこう。僕はレグナス、一応ここのギルド長ということになってるよ」

「ギルド長が受付…」


 隣からポツリと呆れとも驚きとも取れる言葉。その言葉にレグナスさんは困ったように笑った。生憎人材不足でねぇ、とは彼の(げん)。もしかしなくてもこの国では冒険者は人気がないのだろうか…。ここを利用する冒険者もほとんど国外の者だとソルも言っていたし。


「それで、改めて確認だけど君たちはヴィーゼ王国の冒険者ギルド"星屑の燐光(シュテルン・グリッター)"の冒険者で間違いないね?」

「はい。俺もルイーナも間違いないです」

「オッケー。これから話してもらうことは他ギルドへの通達のためにも記録に残させてもらうから承知しておいてくれ」


 異論はない。その旨を伝えてから俺は事の顛末を話し始めた。高々数日での出来事。けれど記憶から消えることはないであろう忌まわしき出来事を。



§




 託されたリベリオンに始まり、魔の森での黒い影との遭遇、Aランク相当の魔物の出現、アレンシア平原南区での黒馬との戦闘、そして王都に出現した書物の悪魔。なるべく主観が入らないよう淡々と話し続ける。説明が足りない場所はルイーナが補足を入れた。

 熱心にメモを取りながら聞いていたレグナスさんは書類を確認しながらウンウンと頷いたり、考え込むように口元に手を当てる。書物の悪魔のあたりの話になると眉根を寄せ、眉間の皺をほぐし始めていた。

 最後に協力者の手を経てヴィーゼ王国からヨルド国に転移したと締めくくると、レグナスさんはただでさえ細い目をさらに細めて天を仰ぐ。しばし天井を見つめていたが、ようやく口が開けるほど頭で整理がついたのか眉を寄せたまま俺たちに向き直った。


「……荒唐無稽な話だ、って笑い飛ばせたらどんなによかっただろうね?」


 沈黙を破って彼の口から出てきたのはそんな言葉だった。

 レグナスさんの気持ちはよくわかる。今回のこれはあまりにも非常識過ぎた。一夜にして栄えていた街一つが滅ぶなどまるで伝説の堕神が起こした災害のようではないか。


「信じられないね…、と言いたいところだよ。けど先日僕の方にも、王国内の魔物の報告が上がってきていてね。君のいう書物の悪魔に似た特徴を持つ魔物も確認されているよ。巨大な腕、と言うのは今初めて聞いたけどね」

「俺たちにもあれの正体は分かりません…。ただ一つ言えるのは、次にあの腕が出る街は間違いなく甚大な被害が出るということです」

「…君はまだあの腕が出現する、と?」

「確証はないです。ただ、俺たちに協力してくれた女性の話ぶりではまだ続きがあるようでした」

「その女性の話も正直半信半疑だけど転移先がこの国、か……。ああもう…、嫌な予感がぷんぷんするね。さも次はこの国だって言ってるみたいだ」


 レグナスさんは顔色を青ざめさせた。もしも彼の予想が当たっていれば、次はこの国がヴィーゼ王国の二の舞になる可能性がある。完全に否定しきれないのは堕神の伝説がこの国を指す部分があるからだ。


ーー 一つは火なる国、全てを飲みし灼熱の海の底


『飛ばす場所はヨルド国! 伝承に語られる火なる国…! 貴方たちはそこで次の力の手がかりを探しなさい! 私もすぐに追いつきます』


 仮定でしかないが次の力はこの国のどこかに眠る火の力。しかも黒馬と同等の魔物が現れる。そうしてまた、罪のない人が犠牲になるのだ。

 知らずぎりりと奥歯を噛み締めていた。膝に置いていた手は真っ白になる程強く握りしめ、ざわりと胸が騒ぐ。赤く染まりかける思考をゆっくりと息を吐いて落ち着かせる。今は考えることじゃない。報告に集中するんだ。


「あの腕が現れるにせよ、そうでないにせよ警戒は怠らない方がいいと思います。その方が、きっともっと被害は少なくすむから…」

「…そうだね。エレンチカさんの言う通り、こちらでも通知と警戒は徹底しよう。…何も起こらなければそれが一番いい」


 そう、大層に準備して何も起こりませんでした、なら問題はないのだ。準備しなかったせいで大きな被害を被りました、となるよりはよっぽどいい。


「俺たちからの報告は以上です。なるべく客観的に話したつもりですが完全ではないと思います、すみません」

「いや、十分に参考になったよ。二人とも貴重な情報をありがとう。やれやれ…、ダグ君には申し訳ないことになりそうだなぁ」

「それってもしかして表にいた人ですか?」


 確かソルが話しかけていた男の人はダグと呼ばれていたはずだ。彼もこのギルドの冒険者なのだろうか? その割にはくたびれたシャツに目のくまと冒険者らしくは見えなかったが…。どちらかといえば夜中まで事務仕事で働いていると言う方がしっくりくるような気がする。


「うん。彼はこの街の情報屋で働いていてね。色んなところの情報を手に入れるのを手伝ってもらってるんだ。ほら、ここって人が少ないだろう? 何をするにも人手が足りなくてねぇ」


 大きくため息を吐くレグナスさん。そのため息はとても深く、軽く下へ逸らされた視線は哀愁を感じさせる。ギルド長なのに受付をやっているほどだから余程なのだ。……レグナスさん以外のギルド員はどこへ行ったのだろう?


「あのー、私たちでよかったら何かお手伝いしましょうか? 私たちも冒険者ですし…」

「ほ、ほんとかい!? いやー、僕としては依頼を片付けてくれるだけでも助かるよ!! 解決されずに兵士隊の方に回されることもあって困ってたんだよ。ただでさえ少ない依頼がもっと減っちゃうからねぇ」

「それって負のスパイラルなんじゃ…」


 ギルドじゃ依頼が解決されない。兵士隊なら依頼解決の実績がある。じゃあギルドよりも兵士隊にお願いしよう。このスパイラルがあるんじゃこのギルドが潰れる日も近い…。すぐすぐ冒険者が育つものでもないけど、人材確保はしないと洒落にならない。

 軍との衝突を避けるため、上でうまいこと解決してるってのはそもそも衝突にならない程規模に差がありすぎると言うことなのではないだろうか。


「あはは…まぁ全くいないわけじゃないから。今も何件か片付けてもらってる途中だしね」

『おーい、レグさーん。依頼片してきたよー。レグさーん?』

「あ、噂をすれば何とやら。ちょうどいい、君たちにも紹介しておくよ。下について来てくれ」


 入って来た少女の声は年若い。その少女がここ所属の冒険者らしい。ギルド長を呼ぶ彼女に会うため、レグナスさんの後を追う。少し急な階段を降りて1階の受付へ。カウンター前で佇む少女はレグナスさんの姿を見つけると、まるで遠くの人を呼ぶかのように大げさに手を振った。


『もー、何してたんですかレグさん。あなたの可愛い冒険者さんが報告に来ましたよ!』

「はいはい…。相変わらずだね、君も」


 呆れたような声だ。これが彼女のいつもの調子らしく、レグナスさんの対応はかなり雑なものである。それに対する少女も大雑把なレグナスさんの態度にもけろっと気にしていない様子だ。


『それだけが取り柄ですからねぇ。強みは活かしていきませんと。…ところで、そちらさんはどなた?』


 かぶった帽子がずれないように手で押さえながら体を傾かせる。鉛色の二つの瞳がこちらを射抜く。


「カノーネの冒険者さんだよ。いくらかお手伝いをしてもらうから君にも紹介しておこうと思ってね」

『わぁ!! カノーネの冒険者さん!? 凄い! 初めて見た!! 私リズ、よろしくね!』


 ぱぁっと華が咲いたように表情が明るくなり、俺とルイーナの手を掴んでブンブンと振った。何を言ってるかはわからないが、行動から察するに多分歓迎してくれてるのだろう。


『…? レグさん、これもしかして通じてない?』

「リズ、それ大陸共通語じゃないだろう」

『あっとと…、共通語なんて長らく使ってないからなぁ…。喋れるかなぁ』


 レグナスさんの言葉で合点がいったらしく、ぽんと両手を叩く。しばらくあー、とかうー、とか発声練習をした後、喋れることを確信したのか大きく咳払いした。


「うほん…。二人ともあたしの言葉、分かる?」

「ああ、通じてる」

「私も大丈夫だよ」

「それじゃ改めて…。あたしはリズ、リズって呼んでね。よろしく、二人とも!!」

「俺はアレン、それから…」

「ルイーナだよ。よろしくね、リズさん」


 リズはとても嬉しそうに笑っていた。それはここには仲間が少なかったと言うのもあるのかもしれない。新たな友達ができた彼女は満面の笑みを浮かべていた。


「そういえば外でソルたちと会ったよー。レグさんってば何か用事頼んでたの?」

「ソルくんが? いや、僕からは頼みごとがしてないはずだけど…」


 リズの問いかけにレグナスさんはうーん、と考え込んでいた。

 しまった、そういえばソルを外に待たせたままだ。あまり長く話し込んでは彼を待たせることになる。

 ソルを外に待たせているのは自分たちであること、そして他にもまだ行くところがあることをレグナスさんとリズに伝える。レグナスさんは納得がいったと頷き、リズはえー、と不満たらたらに抗議の声を上げた。


「せっかくお話ししようと思ったのに…」

「まぁまぁ、彼らにも事情があるから仕方ないさ」

「ごめんね、リズさん。またここに来るだろうから」

「ルイーナ! それ、絶対だからね!」


 リズはルイーナの手を掴み、小指を自分の小指と絡めると指切りげんまーんと神妙な顔で歌い出した。突然の行動にルイーナはびくりと震えたが、彼女のやりたいことが分かると苦笑して同じように歌い出す。


「ゆーび切った! これで約束だよ、ルイーナ!」

「うん、約束だね」

「それじゃあ俺たちはこれで失礼します、レグナスさん」

「うん、また君たちが来るのを待ってるよ」

「まったねー!!」


 元気な見送りの挨拶に背中を押されながらギルドを出る。近隣の住人にもリズの騒がしさは知られてるようでドアから漏れる元気な声に道を歩く人々は苦笑していた。それはソルも例外ではなく、ニヤリと笑いを浮かべて扉のすぐそばに立っていた。


「終わったみてェだな、(あん)ちゃん」

「ああ、ひとまず報告はこれで終わりだ。有益な情報になったかは分からないけどな」

「それは向こう側が判断するこったァ」

「それで、ソル。お前あとでウチに来るっつってたがそこの二人も連れて来んのか?」


 ダグさんもソルと一緒に待っていたようで煙を(くゆ)らせていた。仕事終わりの一服は格別だ、なんて言っている。


「あァ。二人をアンナに会わせときたくってよォ。つっても飯時だし…。どうしたもんかなァ」

「だったらよ、いつもの飯屋でどうだ? アンナさんもお前と会えるなら喜ぶだろ」

「それも悪くねェな」


 俺たちが口を挟む前にあれよあれよと話は進んでいき、ダグさんの上司であるアンナさんと合わせて5人で食事をすることになった。行き先はソルたち行きつけの店らしい。味は保証するぜ、とはダグさんの言い分。酒が上手いんだというのはソルの言い分。真昼間から酒か、と思ったのは言うまでもない。

 ともかく行動が決まると、ダグさんはアンナさんを呼びに行くべく一旦仕事場へと戻って行った。心なしか、その背中が嬉しそうに見えたのは気のせいだろうか。


 場所がわからない俺たちはソルにガイドを頼む。どうやら目的の店は東のマーケット区にあるらしい。東へ街道を進むにつれにわかに騒がしくなる。活気に満ちた声が遠くからでも聞こえてくる。俺たちはその声がする区域の少し前で曲がり、少し狭い路地の中へと進む。

 数分歩き、目的の場所にたどり着く。レトロな外観の落ち着いた店だ。いかにも隠れ家といった感じのその店はきっと密会をするにはちょうどいいのだろう。そんな店の前でしばし待ち、俺たちはソルの会わせたい人というのに出会うことになる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ