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鋼鎚使いの無能神官  作者: しらぬい
第2章 紅焔破刃の継承者編
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EP 28 賑やかな都市ヒストルエ

とりあえず、どうぞ




 ヨルド国一の発展を謳われる大都市ヒストルエ。多くの異邦人がここを訪れるが、彼らはまずこの都の整然とした造りに驚かされるであろう。

 アレン達が過ごした王都カノーネが噴水を中心にして同心円状に広がっていく造りであるのに対し、こちらは正方形の区画をいくつも並べる造り。まるで碁盤の目のように細かく, それでいて雑然とした印象はない。そこにあるのは計算しつくされた美しさというものだろう。門は南と西に開かれ、東と北側はほぼ湖に面している。そのため、都は徐々に西と南へ扇のように広がっていくのだ。


 階層が高い建築物はあまり見られず、街道は石畳で舗装がされている。

 道行く人々の姿は様々だ。その大半は人間であるが、よく目を凝らせばその髪の隙間から竜人の証たる角がのぞくのが分かるだろう。中には人とも竜人ともつかぬ獣人もいるようである。


 ある一角に位置する二階建ての建造物の中から、アンナ・マルクスティは窓の外を眺めていた。なんとなしに外を見つめる彼女の顔立ちは凛々しく、藍色の艶やかな髪は髪留めで一つに(くく)られている。

 明るい陽射しに彼女は目を細める。

 アンナの表情は乏しく、端から見れば冷たい眼差しで外を眺めているようにも感じられた。


 --人々の表情は明るい。そして、享受し続けている平和が途切れることがないと信じている。


 皆先日の外報には目を通したはずであるが、表情に憂いはない。あくまで対岸の火事と、自身には関係ないと思う者が大半なのであろう。

 事実、今までに大量の魔物が国境越えを為したという報告はない。ヴィーゼ王国とヨルド国の間には大規模かつ険しい山脈地帯が存在し、国を渡るには厳重に管理された地下トンネルを通る他にない。その上各入り口には魔除けの緋石まで置いてあるのだ。今王国領土で発生している化け物たちもこの国へと侵入する術はないのである。

 しかし、それでも尚アンナには人々の思考は(いささ)か楽観的すぎると感じるのだ。例えば空を飛ぶ魔物はどうだ? 竜の群生地もあるゆえ並大抵の魔物が通り過ぎることができるとは思えないが、可能性がないわけではない。


 陥落したとはいえ、王都カノーネもまた首都であるが故に厳重な警備網が敷かれていたはずだ。それを易々と突破し、あまつさえ都を完全に沈黙させた。

 アンナはその事実に僅かな手の震えを感じ、小さく吐息を漏らした。

 騎士団の友人に聞けば、真偽は定かでないがと前置きした上で、化け物たちは突然に出現し街を襲ったと言う。

 であればこの都市とて安全ではない。それがアンナの下した結論である。


 果たして王はこの事態をどう見るのか。ふとそう考えてアンナはフン、と強く鼻を鳴らす。どうせ考えるだけ無駄だと切り捨て、頭の中からしっしと追い出した。

 嫌なことを考えたとむっつりした顔で再び窓の外へと視線をやった。青い空を見れば少しは気分も晴れるだろうと思ったのである。


 そうして彼女は遠くからやってくる小さな黒い点に気がついた。

 パチクリと目を瞬かせ、それが恐らく彼女の知る人物たちであろうと結論づけると、はて、と首を捻る。先日都に来たばかりだからしばらくはこちらに顔を出さないものだと思っていたのだーーその時の彼女は目に見えて残念がっていたーー。彼が時間をおかず来た理由はさておき、何ともまぁ幸運なものだと口の端を緩める。


「失礼します。アンナさん、言われていた資料を………」


 コンコンとノックの後に、部下のダグが大量の資料を片手に入ってくる。しかし、窓の外を眺めるアンナの様子を見てピシリと固まった。彼は滅多に笑みなど漏らさないアンナが口元を緩めていると言う事実に戦慄したのである。咥えていた煙草を落としかけ、慌てて掴み取り自分の無精髭が焦げてないかスリスリとあごを撫でた。あの鉄面皮が…と硬直し、さて入らない方が身のためだったかと頰に冷や汗が流れた。

 ゆっくりと振り返ったアンナに笑みはなく、いつもの鉄面皮がそこにある。


「ダグか。すまないが資料は机の上にでも置いておいてくれ」

「ィ、イエッサー…!」


 未知の恐ろしさゆえについ最上位の敬礼。そそくさと資料を机に置いていく。アンナは訝しげにその様子を見ていたが、ダグはその視線の居たたまれなさに慌てて部屋を出ていった。

 アンナが笑みを見せること自体はそう珍しくはないのだが、彼はあまりにもその場面に遭遇しなさ過ぎた。普段の厳しさと突然に見せたギャップゆえに彼の頭の中では勝手に恐ろしい想像が広がったが、アンナにそれを知る由もない。しばしダグの出て行った扉を見つめていたが、まぁいいかと切り替え、机に向かう。

 やるべきことは山のようにあるのだ。いずれ来るその時に備えて今はペンを走らせよう。彼女は真剣な目で机の上に積み重なった書類を切り崩す作業に取り掛かった。




§




 緩やかな空の旅からしばらく経った頃、俺たちは都市ヒストルエから少しばかり離れた場所に降り立った。まさかシェーナに乗ったまま街中に降りるわけにもいかない。都市の各門では衛兵による不審人物の調査もある。事実、門の前でいくらかの行列ができているのが遠目に見えた。

 降りた時に多少のふらつきを感じるが、快適の空の旅を楽しめたと思えば気にならないものだ。降り立つ直前に目を覚ましたルイーナも危なげなく飛び降りた。


「うぅ…、怖かったぁ……」

「気絶してなかったら空の景色も見れただろうに」

「いやぁ、多分それどころじゃないかなぁ…」


 彼女はちらっとシェーナを見、はぁとため息を吐いた。


「悪い子じゃないのはわかるんだけど、どうしても、ね」

「……そうか」


 慣れないものは仕方ない。誰にだってそういうものはある。ただ、この国が竜が住まう国であり、帰りもシェーナに乗るであろうことは間違いなく、きっとこの国は彼女には合わないものであろうことは容易に想像がついた。今後の彼女の苦労には同情する。


 俺たちの視線の先ではソルがここまで運んできてくれたシェーナを労っていた。

 ソルがシェーナの頭をポンポンと軽く叩き、お疲れさん、と言葉をかけるとシェーナは嬉しそうに喉を鳴らす。そして再び翼をはためかせ、青い空へと飛んで行った。


「帰りも頼むぜェー!!」


 シェーナの返答は聞こえない。しかしシェーナがどのような答えを出したかは彼には分かっているのだろう。うし、と満足げに頷くとくるりとこちらを振り返った。


「んじゃ、サクッと検問終わらせてよォ、目的の買い出しと行こうぜィ。姉ちゃんも目ェ覚ましたみてェだしよ」

「うぅ…、ご迷惑をおかけしました。アレンもありがとうね」

「ああ」


 縮こまるルイーナ。支えていた苦労はあったが無事辿り着けた。道中に何かトラブルがあるより余程いい。気にするなと言う意味も込めて軽い返事に留める。

 門に近づくにつれ、ぐるりと都を取り囲む頑丈な白茶色の壁の存在感が際立った。空からの襲撃に備えてかいくつもの大型のバリスタが壁上に配置されている。一定距離ごとに配置されている覗き穴は、恐らくは敵を監視するためのもので兵士が詰めているのだろう。ふと、暗がりの向こうの視線と目があったような気がした。


「ん? どォしたよ、兄ちゃん?」

「…覗き穴の向こうと目が合った気がしてな」

「あァ…、最近物騒なもんだからよォ。兵士も気が立ってんのかもなァ。今は何が起こるかもわかったもんじゃねェし」


 なるほど、王都であれほどのことがあったのだから警備が厳しくなるのも無理ない話ではある。見れば、ピリピリとした兵士の雰囲気に気圧されてか列に並ぶ人々はやや落ち着きがない。今しがた検問が終わった商人も思わずといった様子で息を吐いていた。余程兵士が怖かったらしい。

 検問は滞ることなく進み、いよいよ俺たちの順番である。前の一行が通り過ぎた後にソルに続いて受付へと歩を進めた。


『次っ! 身分証明書と街に来た目的を…ってソルか』


 受付に座る熟年の兵士はやや苛立った様子だったが、ソルの姿を認めるとパチクリと目を瞬かせた。人、と言うよりもやや龍に顔が近く、彼はいわゆる竜人というやつなのだろう。カリカリと羽ペンを動かしていた手を止める彼に、挨拶するソルもよゥ、と気軽なものだ。


『稼ぎができたからしばらく都には来ないとか言ってなかったか?』

『ちと買い出しが必要になってよ。そこの二人と一緒に来たってわけだ』


 いつもの言葉とは違う発音で兵士に答え、ちらりとこちらに視線を向ける。兵士はその視線につられてこちらを向き、なるほどと納得するように頷いた。


『ではソル、そちらの御仁たちはお前の連れということで良いのだな?』

『ああ、それで問題ねぇ。二人とも冒険者ギルドに所属しているらしいぜ』

『そうか、了解した。そちらのお二人、すまないが念のためにギルドの証明書を見せていただきたい』

「あー、(あん)ちゃん、姉ちゃん。ギルドの身分証明みたいなの持ってねェか? 出してくれってよォ」


 別段拒むことでもない。俺もルイーナも兵士にギルドカードを差し出した。彼は注意深くカードの記述を確認すると、おそらく礼を言って返してくれる。手元の資料にペンを走らせながら苦笑いした。きっとすまないとかそういう感じだろう。


「謝ることでもないですよ」

「兵士さんがきちんとお仕事してるって証拠だもんね」

『気にすることでもないってよ』


 俺たちの言葉をソルが通訳してくれる。何気にソルのありがたさが輝くところだ。


『そう言ってもらえると助かる。ここはいい都さ、ゆっくりしていくといい』

「ま、ゆっくりしてけってさ」


 兵士に軽く会釈して、ソルたちと連れ立って門を通り抜ける。しばし暗がりのトンネルを歩き、ようやく見えてきたのは太陽に照らされる整然とした街並みだった。

 俺たちが歩く大通りは西から東へと真っ直ぐ続いており、道を挟んで家々が立ち並ぶ。視線を左のさらに奥側、つまり北側へと向ければ小高い場所に立派な城壁と城が見える。この街、引いてはこの国を治める長の住まいだろう。今の所、こちら側への用事はないはずだ。


「わぁ…綺麗な街。カノーネとは違った華やかさだね」

「だろォ? オレも王都の方にも行ったこたァあるが、落ち着いた美しさって点じゃァ断然こっちだな」


 カノーネはどちらかといえば騒がしいくらいの活気がある街という印象だろうか。あちらは冒険者の人口が多かったのもそれに一役買っているのかもしれない。それと比べると賑やかさは劣らないものの、幾分か上品な印象だ。


「そんでもって、今日のオレたちが用があるのはこの都の東側、商業区域さ。(あん)ちゃんたちもきっと驚くぐれェの賑やかさだぜ」

「じゃあ早速そっちに行くのか?」

「おうよ、と言いてェとこなんだが…、先に冒険者ギルドに寄っていかないとなァ。所属こそ違ェけど、(あん)ちゃんと(ねえ)ちゃんの無事は報告しといた方がいいんだろ?」

「うん、それに私たちが得た情報も報告しとかないといけないかな」

「じゃ、決まりだな」


 道案内は先を行くソルに任せる。後に街の地図で見せてもらったが、冒険者ギルドはこの西からの街道と南門から伸びる街道の交わる場所にある。ここから歩いて數十分程度だ。

 ヒストルエの冒険者ギルドはカノーネのものほど大きくはないが、冒険者ギルドとしての機能、つまり依頼の受注・斡旋、魔物の素材取引などはきちんと働いているらしい。ここの住民もそれなりに利用することはあれど、冒険者の少なさのせいか依頼の処理速度は遅いとのこと。


「国の成り立ち上、根無し草の冒険者より宮仕えの兵士になる奴の方がこの国には多いのさ。冒険者の割合は地元人より外からきた奴の方がよっぽど多いぜェ」

「そうなると軍と冒険者が衝突しやしないか?」

「今は上の方でうまいこと調整してるんだとよォ。ま、詳しくはオレも知らねェんだけどさ」


 道すがらソルはそう説明してくれる。隣を歩くルイーナは話よりも初めての外国に夢中らしくあちらこちらをキョロキョロと見渡していた。



 しばし雑談をしながら歩き続ける。店らしい店は東の商業区画にほとんど密集しているらしく、景色は進んでもさほど変わらない。しかし、見慣れない街の眺めはそう飽きるものでもなかった。

 そうしてようやく十字路に差し掛かる頃、ちょうど十字路から2区画ほど南、大通りに面する家々の中に他の家屋よりは大きいが店というにはやや小ぢんまりとした建物を見つける。表にかかる看板には冒険者ギルドと書かれており、間違いなくそこが最初の目的地である。しかし、やや荒んだ看板が本当にここで大丈夫なのかと俺たちの不安を煽る。利用が少ないのは本当のようで周囲が賑やかな感じでもなさそうだ。


「…なんか、私が思ってたのと違う」

「兵士志願者が多いからこんなもん…なのか?」


 ルイーナの顔はなんとも言えない微妙な顔だ。きっと俺も似たような顔をしているだろう。まさか国でこうも差があるとは。

 ちょっとしたカルチャーショックに見舞われていると、ギルドの扉の前に誰かが立っているのを見つける。さてギルドの職員かと呑気に考えていたところ、同行するソルが片手を上げてその人物に声をかけた。


「よォ、ダグさん。ギルドにいるなんて珍しいじゃァねェか」

『おう、ソル。ちとアンナさんに使いを頼まれてな。というかお前なんで共通語なんて使ってんだ?』

「今日は連れがいるもんでよォ。外国からの客なんだ」


 その言葉にダグと呼ばれた男はソル越しに俺たちを認める。

 雑に乱れた黒髪に咥え煙草、そして無精髭。くたびれた暗緑色のシャツの割に赤いネクタイだけは新品のように綺麗に見える。三白眼の下にできた薄黒いくまが仕事終わりかとうかがわせた。


「なるほどな、そういう訳なら納得だ。よぅ、お二方。俺はこいつの知り合いでダグってもんだ。よろしく頼むぜ」


 そう言って握手を求めるダグ。いや、見た目からするときっと年上だろうからダグさん、か。

 こちらも名乗り、差し出された手に応じる。ルイーナもまた俺に続いた。


「積もる話もあんだが…、(あん)ちゃんたちは報告が先だなァ。先に終わらせて来な、オレはダグさんと話すことがあるからよォ」


 ソルの提案を受け入れ、先に報告をすませてしまうことにしよう。既にソルはダグさんと俺たちにはわからない言葉で話しこみ始めてしまっている。

 せめて受付係りはいますように、とカノーネでならありえない祈りを念じながら俺は冒険者ギルドの扉を開けたのだった。

2018/10/14 タイトルを修正しました。

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