表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鋼鎚使いの無能神官  作者: しらぬい
第2章 紅焔破刃の継承者編
30/45

EP 27 幼竜シェーナ

お久しぶりです。

とりあえず先、どうぞ


2018/10/14 タイトルを修正しました。




 机の上に地図を広げ、ソルたちが暮らすハウル村を探した時、その場所はヨルド国の北西部に見つけることができる。

 北側はわずかに広がる丘陵地帯を除けばほとんど人の立ち入ることのできない山脈地帯であり、その先には海鳥達の暮らす絶壁と遥か先まで海が広がる。水平線の先にどんな世界が広がっているのか。新たな大地を夢見て旅をした猛者は指折り数える程だがそのいずれもが行方をくらませている。海の先は未だ前人未到の地。しかし、時折海岸へ流れ着くがらくたや得体のしれない鉄の塊はさもこの海の先に新たな地平があることを夢想させる。夢を見、血気盛んな若者たちは遥か先の夢の地に想いを馳せるのだ。


 ヨルド国はぐるりと国全体が山脈地帯で囲まれており、唯一平原が海に接する南西地帯以外はその山脈が国境線を担っていると言っても過言ではない。ヨルド国から他国へ移動するには南西にある港町ハヴェッタから船に乗り海を渡るか、あるいは平原を進み地下トンネルを進むかの二択である。東のトンネルを抜ければ俺達の住むヴィーゼ王国が、南のトンネルを抜ければロバスト国を始めとする小国群が並ぶ。

 南へ抜ける際に通る火山地帯はその昔火山活動が活発化していたという話らしいが今はその雰囲気はなく、ここ数百年は落ち着いているそうだ。


 ソルの言う都とは即ち国を代表する巨大な街のことであり、ここではヨルド国の中心に位置するヒストルエを意味している。

 ヴィーゼ王国から来た場合、ヒストルエ近くに広く広がるバスキー湖を避けねばならないのだが、西進するルートと南進するルートと存在する。南進する場合には3つの橋を渡り、ロバスト国へ続く街路へ合流した後、北へと向かう。

 西進するルートに比べれば移動距離は短く、多くの旅行者や冒険者はこちらのルートを利用することが多い。

 一方で、西進するルートは距離こそ長いものの、ソルのいる村や竜人たちの集落へ向かう道へと続いている。湖の西側の端までたどり着けば北と南へと道は分かれ、北へ進めば俺達のいるハウル村にたどり着くというわけだ。ちなみに竜人たちの集落はさらにこの道の途中にある分かれ道を東へと進む。


「ま、こっからヒストルエまで馬車使えば3日半ってとこだァ。オレたちは西進ルートへしか合流できねェから歩きはよしといた方がいいぜェ」


 先を歩くソルは手振り身振りを交えて気楽そうにそう言った。

 ハウル村を出て二時間と少し。朝食の後片付けもそこそこに俺達は軽い手荷物だけ持ってヒストルエへの道を進んでいた。


 彼曰く、あんまり荷物を持っていても邪魔になるだけだしどうせ今日中には戻ってくるとのことである。

 それを聞いた俺は鋼鎚とリベリオン、それから腰にかけたポーチにいくらかの金を入れて村を出た。ソルに貸してもらった服を身にまとっているのだが、幾分か丈が大きい。なまじ俺よりも若く見えるだけになんとなく悔しい。

 ルイーナも身軽な格好で軽鎧に双剣だけだ。歩くたびに軽鎧の下に着ている翡翠色のインナーが見え隠れする。


「でもそれだと今日中に戻るのは無理じゃないの?」


 ルイーナは首を傾げてポニーテールを揺らし、ソルの矛盾を指摘する。彼は人差し指を立て、軽くウィンクするとよくぞ聞いてくれましたとばかりに饒舌に語り始める。


「そうなんだよ。オレがぺェぺェの頃は歩きしかなくてよォ、これまた苦労したぜェ。なにせ商品持ったまんま都とハウル村を行き来しなくちゃなんねェからよォ。いやァ、ありゃァ骨がおれたもんさ」

「ソル、本当にどうするんだ? 場合によっては引き返して外泊の用意をしたほうがいいんじゃ…」


 話を遮るように彼に問いかけるが、別段気を悪くした風でもない。ちっちっと指を振ってソルはニヤリと笑みを深くした。


「まァまァ、待てって(あん)ちゃん。オレだって何にも考えてねェわけじゃねェって」

「しかし…」


 そう言って空を見上げる。地平の向こうから昇った太陽は既に天高く、じきに頂点を超えて反対側の地平へ沈み始めるだろう。

 日が暮れるのは思っているよりもよっぽど早い。日差しが傾き出せばあっという間にこの辺りは闇に包まれるだろう。街道とはいえ灯りはポツポツとある程度。夜の道を行くには少々心もとない。

 そうなればこんな格好で行軍している俺たちはすぐに動けなくなる。野営の道具もなしに野宿など間抜けもいいところである。


「もうすぐ日が昇りきってしまうぞ…」

「なァに、オレにゃ心強い相棒がいるからよォ」


 彼は周囲に木のない開けた場所へ出ると、甲高く指笛を鳴らす。その残響が空気に溶けると、ばさり…ばさり…とまるで何かを仰ぐような音が聞こえてくる。

 その音源はちょうど俺達の真上にあり、そう分かったと同時に地面に暗い影が落ちた。

 風が前髪を揺らす。見上げた先には太陽の光を完全に遮ってしまうほどの巨体。口元から漏れるちろちろとした靄は恐らく体内の炎熱器官で生成したファイアブレス。


「り……り、りり、竜種!?」


 ルイーナは仰天して影から距離を取る。さっと俺の後ろに隠れると腕を掴んで頭上の竜を恐る恐る見上げた。


「おう、オレの相棒のシェーナってんだ」


 ズゥンと重い音を立ててその竜種、シェーナは地上へと降り立った。

 紺碧色の巨躯は目視でざっと測って3メートルほど。恐らく幼体から成体への成長を迎えていない個体だ。成体の竜種は全長が10メートルに渡り、もっと大きいものでは立ち上がった時の全長が20メートルを軽く越すという。他を寄せ付けぬ強さを持つだけに、相対した時には無事は祈るだけ無駄かもしれない。

 1対の翼の間には背骨に沿って突起がいくつも生えている。ソルはシェーナの頭を優しく撫でてやると、ひらりとその背に飛び乗った。


「こいつと都に行きゃァ行きも帰りもすぐだぜ、(あん)ちゃん」


 なるほど、竜種の力を借りるのなら話は別だ。大空を飛び回るだけあって、竜種の飛行速度は他を遥かに凌駕する。

 これならば1時間とかからず都へとたどり着けるだろう。


「こういう手があるなら先に言っておくべきだぞ、ソル」

「いやァ…(あん)ちゃんを驚かせたくってよォ」

「まぁ、びっくりはしたが…」

「……なァんか反応鈍ィなァ…」


 ふて腐れるソルだが竜種がいる国なのだから相棒にしていてもそこまでの驚きはない。

 対するルイーナはオーバーリアクションと言っていいほどやけに過剰な反応を示していた。そっと後ろからシェーナの顔を覗き見ては目線が合った瞬間、風もかくやと背に隠れている。シェーナはそんなルイーナの様子を不思議に見ていた。


「ルイーナ、お前どうしたんだ? さっきから様子が変だぞ?」

「うぅ…私竜は苦手なんだよぅ。大きいし火を吹くし、何より威圧感が半端じゃないし…」

「そうかぁ?」


 シェーナは竜種だけあっていかつい顔はしているが、別段気性が荒そうなわけでもない。むしろ主に寄り添う辺り穏やかな部類に見える。

 磨き抜かれた宝石のように曇りのない瞳は、くりっとしていて少しばかり可愛げを感じさせる。


「…とても暴れそうには見えないぞ」

「でも苦手なものは苦手なの!!」

「けどこれに乗ってかねェと今日中に都につかないぜィ?」


 うぅぅ、としばしルイーナは頭を抱えて悩んでいたがきっと顔を上げた。覚悟を決めたのだろう。その顔は厳しく、堂々と立ち向かう姿はさすが冒険者といったところである。ただ一点、表情と裏腹にビクビクと近づく様子を除けば、だが。

 シェーナはルイーナをゆっくりと目線で追い、彼女が傍まで近くとゆっくりと顔を下げた。

 ビクン! と肩を震わせるが、シェーナがそのまま何もしないのを見ると緊張した面持ちでその頭を撫でる。シェーナは撫でられるがままにその喉を鳴らす。かなり人懐こいようでぐりぐりと頭を手に押し付けるとちろりとその手先を撫でた。ルイーナはピシリと石のように固まるとそのまま動かなくなる。


「おい、ルイーナ……ルイーナ?」

「…姉ちゃん気絶してんぞ」


 そこまで苦手だったのか…。目こそ開いているものの、ピクリとも動かない彼女の姿は滑稽極まる。立ったまま気絶するなんて器用なことをするとは…。

 しょうがない。気絶している彼女には悪いが肩を貸してシェーナの上に登ってしまう。ルイーナの肩を持ったまま、シェーナの背に掴まった。


「しっかり掴まったかい、(あん)ちゃん?」

「ああ、大丈夫だ。飛んでくれ」

「んじゃ行くぜェ!! 姉ちゃん落とさないようにしっかり掴まっててくれよな!」


 彼はニヤリと笑って大きく手を振り上げた。その動きに反応し、シェーナは空へとその鼻先を上げる。大きく口を開けて発せられた雄叫びはビリビリと空気を震わせ、ぐん、と沈めた体は勢いよく青い空へと飛び上がった。

 瞬間、顔に叩き付けられる暴風の壁。バサバサと服がはためき翻る。

 人三人の重さなどまるで堪えていない。力強く翼を羽ばたかせて飛翔するその姿は、幼いながらも空の最強種と呼ぶに似つかわしい。


 竜の背に凄まじい力で押し付けられる。顔をあげれば目もまともに開けていられない。突起を掴んでいないとずるずると風に引きずられ、落ちてしまいそうなその中でソルは悠然と座っていた。


 頭を下げ、死に物狂いでしがみつく。風の嵐の中で耐えていると唐突にその圧力はふっ…と消えさり、次いでふわりと浮遊感を感じた。

 上を見上げればどこまでも続く青いキャンパス。その中で眩く輝くのは紅の太陽。淡く(こぼ)された乳白色のおぼろ雲は、南の空からやってきては頭上を過ぎ去り、北の彼方へと消えていく。自分がちっぽけに感じられるほど雄大で、それを間近に見た俺はふと気がつけば言葉を失っていた。


「へへッ…まだ驚くにゃ早いぜェ、(あん)ちゃん。そのまま下の景色見てみなって。おっと、そうは言っても落ちるんじゃァねェぜ?」


 促されるまま、落ちないように気をつけながらそっと下を覗き込む。そうして俺は再び目を見張ることになる。


 眼下に広がるのは灰色のでこぼことした山々とそれらに囲まれたなだらかな平原。山々は新緑の衣を纏い、空を見上げるように頂きの肌を晒している。

 天を突かんばかりに立ち並び、ところどころに見受けられる不恰好なへこみは幾万年もの月日を見てきた証だ。

 草原を駆けるあの黒い群れは何だろう? 何か草食動物の群れだろうか。地上から見上げた鳥たちもここではその様を見下ろすことになる。あちらへ…こちらへ…何にも縛られることなく自由に飛ぶ姿はわけもなく俺の心を揺さぶった。


「どうだい、(あん)ちゃん? 竜に乗っての空の旅ってェのも中々いいもんだろう?」


 その声にハッと現実に引き戻される。前に座るソルはニッと歯を見せて満面の笑みを浮かべた。どこか誇らしげに、内緒にしていた宝物を見せた子供のように彼の笑顔は純真だった。


「…ああ、まさにその通りだ。ははっ、ルイーナももったいないことしたな」

「そうかい、それならオレも満足だ」


 くるりと前に振り返って彼は大きく伸びをする。そうしてごろんとシェーナの背に寝転ぶと、ひらひらと手を振った。


「都の近くに着いたらシェーナが知らせてくれるからよォ、好きにしててくれていいぜェ」


 そう言うや否や、返事を聞く暇もなく彼はぐぅと寝息を立ててしまった。

 やれやれと肩を竦めながらも再び下の景色を眺め続ける。浮つく心に俺の中にもまだ子供らしさが残っていたかと少し笑ってしまう。ルイーナも起きてさえいれば俺と同じようにはしゃいでいたかもしれないな。

 吹き抜ける風は俺の髪を揺らす。いつかこの風も新たな(タネ)を次の地へと運んでいくのだろう。


 巡り続けるその様子はまさに世界が生きている様だった。そう言うにふさわしい景色が広がっている。

 そう思えば俺の存在はまるでちっぽけなものだ。こうして広がる世界を見ている間だけは色んな悩みから解放されるようだった。


 グゥゥ……、とシェーナはこちらを振り向き俺を見つめていた。言葉を交わすことはできないけれど、どこか俺のことを心配してくれているような気がした。


「ありがとうな、シェーナ」


 優しく背を撫でてやると嬉しそうに目を細め、次いで目的地たる都へとその顔を向けた。

 ソルの言う通り、都へ着くにはまだいくらかの時間がかかるだろう。その間、俺はこの世界を見続けることにした。

 この目に、この心に焼き付けるように眺め続けた。だが決して東の空は見はしない。それが逃避によるものだと分かっていても俺は目を逸らし続けた。


 どうか今だけは、この世界を純粋に楽しんでいたかった。



就職活動やらなにやらでだいぶ遅くなってしまいました。

お待ちしていた方、すみませんでした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ