EP 1 できそこないと呼ばれる男
2018/10/14 タイトルを修正しました。
俺が神官に向いていないと気づいたのは、今から6年前、神官になってから1ヶ月後の話だった。
もっと早く気づけと言われるのは最もな話であるが、その頃の俺は念願の神官になれたことで浮かれていたのである。
そもそも神官になるにはどうすればいいのか。それには神官たちを取りまとめる『聖法協会』に認められ登録される必要がある。
『聖法協会』は世界各国から選ばれた選りすぐりの司祭たちによって立ち上げられた機関だ。各地方への神官の派遣、新人の育成、各地に眠る古代動力装置の回収、保管などを主な活動としておりその権威は大きい。ここ、俺の住んでいるヴィーゼ王国からも協会を運営する代表として数人の司祭が選出されている。
その『聖法協会』から神官になるために出されている基本的な条件はたった二つ。それは回復魔法を一つでも使うことができ、魔力を豊富に保有していること、そして魔力の操作に長けていることである。また国によっては更に神に対する信仰心などを条件に付与されることもある。
回復魔法が一つでも、とハードルが下げられているのはひとえに人材確保のため。回復魔法は適性を持つ者が少ないので、少しでも多くの人間を拾い上げるための措置だ。
また、適正があるということは後の練度次第では、使える回復魔法の種類が増える可能性があるということでもある。
若い芽は摘まず、残していこうというわけだ。この方策のおかげで、多くの神官候補が救われているのはまた別の話である。
そうした目的の裏腹で、協会内では実力主義が基本である。高位になればなる程、並外れた好待遇を受けられるのだからある意味当然の帰結ともいえる。
集められた人材は多少実力に差異はあるものの、一人前になるために血の滲むような努力をする。そうでなければあっという間にトップからふるい落とされるのだ。こうして鍛え抜かれた神官たちは切磋琢磨しながらその実力を高め合い、各地で存分にその力を発揮する。しかし…、
「まぁ、まさか俺みたいなのがいるなんて思わないよなぁ…」
苦々しい顔でひとりごちる。こと俺に関しては悉くその期待を裏切ったのである。
§
神官になってから3年が経った時、それでも俺は回復魔法が一種類しか使えなかった。それは神官生命においてかなり致命的である。
通常、覚えている魔法の種類を増やしたければ、適性のある魔法の魔導書を読み、その魔法を理解することが必要になる。手順的には、魔導書で内容を理解する、魔力の操作を学ぶ、実践するのプロセスである。
知識が無ければ初めの段階で門斬払いされ、魔力操作の扱いが下手であれば次の段階ではじき出される。それらを経ていよいよ実践の段階だ。
高位の魔法になればなるほど魔力の操作は難しくなるので、今使える魔法を繰り返し使って魔力操作の練度を上げるしかないわけだ。
魔法を繰り返し使っていれば、魔力の操作は自然と上手くなり、勉学に励んでいれば魔導書の内容も理解できる。つまり、勉学に励みながら普通に過ごしていれば使える魔法と言うのは増えていく。
しかし、俺にはその常識があてはまらなかったのである。
魔導書の言っている内容は理解できる。魔力の操作も無論問題ない。しかし、いざ実戦となった時に途端に魔法が不発に終わるのである。
最初は魔力操作の練度の不足のせいかと思い、覚えていた魔法をずっと使っていた。その頃に覚えていたのは“リジェネ”。体力が回復するのを促進する初期回復魔法である。
しかし『リジェネ』を使えど使えど新たな魔法を覚えることはできなかった。『リジェネ』に関してはほぼマスターできていたにも関わらず、である。
流石に何かがおかしいと感じ始めていた。『リジェネ』ができるならそれより簡単な傷を治療する魔法『ヒール』が使えてもおかしくないはずだと思った俺が、『ヒール』を詠唱するも不発。その時の俺は間違いなく顔が引きつっていたはずだ。
当時の同期や上位の神官に相談を求めたが、原因は不明。結局分からずじまいで真相は迷宮入りである。
それでも何とかしようと『リジェネ』を使い続けた結果、『リジェネ』が自分にしかかからないとかいう訳の分からない事態が発生した。
更に厄介なことにこの『リジェネ』、なんとかけられる対象は一人なのである。さらに上位の『ハイ・リジェネ』であれば複数対象にかけられるのだが、現状の状態だと俺自身にしかかけられない魔法になってしまったのである。
そのおかげで体力は回復され続けるものの、普通に過ごすだけで魔力が消費され、時に魔力切れでぶっ倒れる。そうして新米神官から役立たずに成り下がったのである。
しかも傷を治療するのではなく、体力を回復する効果なあたり使い勝手も微妙だ。ちなみにこれのせいで巷で“体力お化け”と呼ばれるようになるのはまた別の話である。
その後、俺が役立たずだと知れ渡り、嘲り見下す奴らが出てくるにはそう時間はいらなかった。
実力主義が横行しているだけに、ある意味で身分社会が形成されているのである。
実力のある者が実力のない者を従え、その権威をふるう。既に組織の腐敗の予兆を感じられることに、協会の未来を心配せずにはいられない。
『おい、知ってるか。あいつ、『リジェネ』しか使えないんだってよ』
『しかも他人にかけられないから、実質魔法が使えないのと同じなんだとか』
『ハッ! 何の役にも立たない無能じゃねえか』
『なんでそんなやつがまだ残ってるのよ、とっととやめたら良いのに』
周りが俺を見るたびにそうひそひそと囁くのだ。
猛烈に腹が立つし、そいつらに食って掛かったこともある。しかしその度に彼らは、でも無能なのは間違っていないだろう?と笑って言うのである。
確かにそれは魔法が使えないという点において間違っていない。悔しいことに俺はそれに対して何も反論することができなかった。
“無能神官”。いつしか俺はそう呼ばれるようになった。
誰が言いだしたのかは分からない。けれど、それが純粋な悪意をもっていることは想像に難くなかった。
悔しさで眠れない日が何度も続いた。魔導書を読みふけ、勉強に没頭し、過労で倒れたこともあった。魔法の特訓をして無茶がたたって何日も昏睡した日があった。
けれどいつまで経っても使える魔法は増えない。相変わらずの役立たずから変わることはできなかった。
そうなった俺に残された道は二つだった。
神官としての人生を諦め別の道を探すか、あるいは無謀と知りながらこの道を続けていくのか。
諦めるのは簡単だ。けどどうしても俺はそれを選ぶことができなかったのだ。
悔しい! 俺を馬鹿にしたあいつらを見返してやりたい!
ただそれだけの想いが俺の心を埋め尽くしていた。
ここで辞めればあいつらの思い通りになる。それだけが何より悔しくて、認められなかった。だからこそ、俺は死にもの狂いで神官として生き残る方法を探した。
魔法は使えない。俺にできるのは魔力が尽きるまで体力を回復し続ける『リジェネ』のみ。
なんとかこれを活かそうとし、そして俺はある助言を受け、一つの活路を見出した。
鏡の隣に立てかけてある相棒にそっと触れる。それには余計な装飾は何一つなく、柄の先にある鎚頭が鈍く光っていた。鎚頭の片側は鋭い爪の形状になっており、もう片側は全てを叩き潰すために大きな円を描いている。円の表面は平らではなく、少しでも標的に傷を与えられるよう凹凸が彫られている。
もう3年もの間共に戦ってきた鋼鎚がそこにある。
そう、俺が辿り着いたのは鋼鎚を持って敵を殴ることだったのである。
9/19 時系列がおかしかったので修正しました。