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鋼鎚使いの無能神官  作者: しらぬい
第1章 流嵐の王都編
24/45

EP 22 できそこないの末路

では、どうぞ




 目の前で起きた出来事に俺は眼を疑った。

 あれ程までにボロボロになりながら倒した化け物を、あの少女はたった1回の魔法で滅したのだ。その上聞いたことのない未知の魔法だ。

 最早立ち上がることすら困難な俺をルイーナが支えてくれている。俺たちは互いに傷ついた体で新たな乱入者を迎えることとなった。


 その堂々たる様や並の度胸の持ち主ではあるまい。

 言葉が多く語らずとも、彼女の纏う迫力と尊大さがいくつもの修羅場を超えてきたことを物語っている。

 大鎌を立て、乾いた風に揺られる髪先を彼女は鬱陶しそうにかき分ける。


 今しがた彼女はなんと言った。『よくやった』、それはつまり彼女はこんなことが起きた原因を知っているのではないか。

 警戒心を深める俺に、少女は呆れる様に鼻を鳴らした。


「…そんなに睨まないでもらえるかしら。これでも労っているつもりなのですけれど」

「正体のわからない上に事情を知ってる奴を、そうほいほいと信用できるかよ」

「そうね、それは実に正論だわ。ならば名乗りましょうか、私の名前を…」


 実に面倒だと言わんばかりにコクリと横に首を傾ける。肩にかかる茶色の髪をかきあげ、遥かな高みから見下ろすように自らの名を告げた。


「私はリッカ、リッカ・アルタール。あなたの持つ『リベリオン』を護る者です」


 その言葉は俺の目を見張らせるほどに衝撃的だった。

 今彼女は間違いなくリベリオンと口にした。そして、それを護ると確かにそう言った。それはこのおかしな首飾りも、そしてそれに吸収された黒馬のことも知っているということに他ならない。

 ようやく手がかりらしきものがこの手に舞い込んできたということだ。


 とっ捕まえて無理やりにでも話を聞き出したいところだが、いかんせん力の差は歴然。あの黒馬を一瞬にして葬ったところを見ても余程の実力者だと見ていいだろう。

 それに引き替え、こちらは満身創痍の冒険者二人。この場を掌握しているのはあのアルタールと言う少女だ。


「…ひとまず加勢してくれて感謝するよ、ありがとう。それと、君に私たちに危害を加える気があるのかどうか聞いておきたいんだけど…?」


 ルイーナはアルタールに臆すことなく問いかける。

 彼女はクッと小さく笑うと、ゆっくりとこちらへ歩みを進め始めた。その様子を見てルイーナの眉根がきゅっと寄る。


「そっちの連れの方が人ができてるみたいね。信用できるかどうかなんて貴方たち次第だけど…」


 アルタールはすぐそばまで近づいてきたかと思うと俺たちの顔を覗き込むようにしてニヤリと笑った。


「貴方たちの敵ではないわ。なにより、その『リベリオン』は私が託したのですから」


 その深い琥珀色の瞳の中に、俺は一体何の感情を見たのだろう。

 吸い込まれてしまいそうなそれに俺は身震いした。


「嘘を言うな…! 俺にこれを託したのはもっと幼い少女だった」

「それが私だと言っているのですよ。この世界には貴方たちの知らない魔法の系譜があることも知っておくことね」

「ふ、ふざけんな! そんなでたらめなことが…!」

「そんなことはどうでもいいのよ、アレン・ストライフ」


 激昂する俺に対して彼女は興味無さげにそう言うと、次いで炎上する王都に目をやった。

 その目には何の感慨もなく、その態度は自分とは無関係な対岸の火事を見やるような冷酷な目だった。


「王都はもうダメですね。“鉄血の処刑人(エクスキューショナー)”がいるから少しはもつかと思いましたが…」

「おい、お前! 王都がダメってどういう意味だ! 」


 何を言っているんだと馬鹿でも見るかのような目で彼女は俺を見る。


「どういう意味も何も…、王都は陥落寸前(・・・・)ですよ。他ならぬ書物の悪魔どもの手によって…」

「書物の…悪魔…?」


 聞いたことのない単語にルイーナは首を捻る。それもそのはず、書物の悪魔はごく限られた資料にしかその存在が載っていない。


「おや、そちらの方はご存じないですか。でも、そっちの彼には心当たりがあるみたいね」


 指摘された当の俺は自然と冷や汗をかいていた。

 書物の悪魔は、とある書物に記されていたとされる悪魔の総称だ。その書物とは……かつて“大災厄(リベリオン)”が所有していたと言われる“禁魔の書”を指す。

 “大災厄(リベリオン)”はその“禁魔の書”を用い、攻め入る猛者たちを苦しめたとされる。


 だがそれはあくまで伝説上の話だ。そもそも“大災厄(リベリオン)”がいるかどうかすらが怪しいのに、それに付属していた悪魔などもっと信憑性がない。

 だからありえないのだ。そんなお伽噺の中の存在が今この世界に現れ、街を破壊しているなど信じられるはずがない。


「…ありえない。そんな嘘みたいな話、あるわけないだろう…!」

「そう言うと思ったわ、でも残念ながら事実です。王都カノーネは書物の悪魔に滅ぼされ、壊滅させられた…」

「やめろ!!」


 思わず叫んでいた。力も入らない震える手でアルタールの胸倉を掴み、ふー、ふー、と荒い息を吐く。しかし、力が入らないせいで胸倉を掴む、というよりはまるで縋るように服を握ってしまう。


 否定したかったのだ。

 命をかけてまで戦って、ボロボロになりながらその末にようやく勝利を掴み取った。とても無事とは言えないかもしれないが、それでも残った王都へと戻り、またいつもの日常に戻れると思ったのだ。

 だってそうじゃないと馬鹿みたいじゃないか。あんなに懸命に戦ったのに、帰る場所がなくなっていたことにも気づかないなんてただの道化だ。


「…言葉で言うより見せた方が早いかもしれないですね」


 アルタールはそう言うと、大鎌の柄の先を地面を打ち付ける。瞬間、白い魔法陣が彼女を中心として広がり始めた。

 魔法陣は3メートルほどまでにその大きさを広げたかと思うと、くるくるとゆっくりと回り始める。やがて白色と紅色の二つに分かれたかと思うと、それぞれ地面と空へと向かっていく。

 バチバチとスパークが弾け、魔方陣の中心から淡い光球がいくつもあふれ始めた。


「こ、これ…」

「慌てないで、害はないですから」


 戸惑うルイーナをアルタールは宥める。

 数えきれないほどの光に包まれ、俺の視界は徐々にホワイトアウトしていく。彼女は一体何を見せようというのか。その答えはすぐに分かることとなった。




§




 ぱちりと目を開いたような錯覚。いや、もとより俺の目は開いている。元から開いているものが再び開くような感覚は実に奇妙なものだった。

 雲のような白い靄に包まれた視界は徐々に風と共に晴れていく。その先に広がったのは大空から見下ろす地上の世界だった。


『なっ……!?』


 飛んでいるわけじゃない。身体の感覚は確かに今ルイーナに支えられているままで、地面にしっかりとついたままだ。

 空を飛んでいるという視界の情報と地上に座っているという体の情報が錯綜し、混乱と吐き気が引き起こされる。うっぷと思わず口元を抑えてしまった。


『ちょっと、吐かないでもらえるかしら…。貴方の体は地上にあるんだからそのまま吐くと、そこの連れといっしょに大参事よ』


 見えはしないが、今の彼女は恐らく眉根を寄せているのだろう。不快の念がありありと感じられる。

 だったら何をするかぐらい言えよ…。込みあげる何かを無理やり胃の中に押し込んだ。


『これは一体なんだ?』

『今空からの視界を貴方たちに共有しています。だからもうじきに見えてくるはずよ、この事態の結末が…』


 ごうごうと風の音が聞こえてきそうなほどに視界は急速に地上に接近し始める。赤い豆粒みたいだった何かが次第に大きくなり、それが王都カノーネであったのだと気が付いた。


 カノーネの状況は悲惨なものだった。

 南区はほぼ壊滅状態。無事な建物などなく、荒れ果てた残骸がいくつも転がっている。その中にはきっと人だったモノもあるのだろう。俺は自然と唇を噛みしめていた。

 煌々と燃える炎と立ち上る黒煙。命の気配は薄く、死が充満するそれはまるで地上に現れた地獄だった。


 そしてその中に現れては消えていく漆黒の魔法陣。中心から吹き出す煙が形作るのは、醜悪な異形。見紛うはずもない、それは昔資料で目にした書物の悪魔たちだ。

 悪鬼(ガーゴイル)羊頭鬼(バフォメット)石蛇鬼(ゴルゴーン)炎蜥蜴(サラマンダー)…その他多数の下級の悪魔たち。どれもこの世には存在しない幻想。それが街を闊歩し、本能のままに暴れ破壊の限りを尽くし、北へ北へと進軍している。

 奴らが通った後には残るのは無残に殺された人の死体。そのどれもが恐怖と苦痛に満ちた表情だった。一体どれだけの苦しみを味わったというのだろう。計り知れないやるせなさが俺を襲った。


『ひどい…。こんなことって…』


 呟くルイーナの声も震えている。

 きっと彼女もまた俺と同じような苦しみに心を押しつぶされそうになっているのだろう。それぐらいにこの光景は衝撃的過ぎた。


 目を背けてしまいたい。けれども、この光景は目を閉じたところで変わらず俺の脳へと焼き付け続ける。

 そして、その一角にて魔力光が弾けるのが見えた。


『…お、おい、あれ!』


 断続的に輝く白色の光は、間違いなくそこで誰かが戦っているという証だった。

 視界はその付近をズームアップするように近づいていく。地上も間近、というあたりで戦っている人物がくっきりと判別できた。


『師匠…!』

『ユーノさん…!』


 余裕など一切ない様子で悪魔たちと切り結ぶ師匠の姿がそこにあった。両手に握る長剣と(スタッフ)で相手を圧倒し、何もさせないままに力で捻じ伏せ、切り捨てていく。

 師匠を取り囲む悪魔たちは切り裂かれ、潰され、光に飲み込まれ、あっという間にその数を減らしていく。

 孤軍奮闘、一騎当千とはまさにこのことだろう。かつて“鉄血の処刑人(エクスキューショナー)”と呼ばれた実力は伊達ではない。鬼神のごとく戦う彼女はその名にふさわしい活躍を見せつけていた。


『流石…といったところですね。やはり彼女は強い、ですが…』


 悪魔たちを斬り捨てる師匠に迫る3つの飛来物。師匠はそれにいち早く気づき、難なく弾き返す。しかし、それを弾いた彼女の顔は実に苦いものだった。

 地面に落ちるそれは漆黒の暗器。人を殺すためだけに特化した武器。

 そしてその軌跡を辿った先にいたのは…。


『誰…あれ……?』


 フードの付いた黒衣を身に纏っている。黒衣の裾にあるのは血にも似た紅色の糸の刺繍。

 フードの隙間から落ちる髪はまるで銀糸。それが左右で三つ編みにされており、顔の上部は仮面で覆われている。その仮面に刻まれるのは以前ゴブリンに見た謎の紋章。覆われていない肌は生気の欠片も感じないほどの白色、それと対照的にやたらに艶やかな赤い唇をその者はぺろりと舐めずる。

 ニヤリと笑う口は半月状。90度どころかそれを超えてまで首を傾けるそいつは異常だった。痛みをまるで感じないとでもいうように、口は笑ったままである。


 その口が一言、何かを発した。音が聞こえない俺にはそれがなんと言ったのか聞こえない。

 この魔法は視界だけを共有しているようで音はここまで伝わってこない。しかし、その口は確かにこう言ったように見えた。



 ――久しぶりね…、ユーノ。



 次の瞬間、そいつはかくんと頭をこちらに傾け、深く深く笑みを浮かべて口の端を割けるんじゃないかと言うほど吊り上げた。

 狂気。脳裏に浮かんだ言葉は頭全体に一気に浸透する。

 えも言われぬ恐怖と僅かに頭を掠める痛み。ぞわりと悪寒が背中を駆け巡った。目の前にはいないはずの敵は間違いなくこちらを視認して、その存在を確認したかのような錯覚を受けた。


『まずい……!』


 視界が急速にその場から離れていく。ここにきてアルタールは初めて焦りを見せた。


『お、おい、なんで離れる!! そこに師匠が…!』

『厄介な奴に気づかれました。まさか遠見すらも見抜けるなんて思いもしなかった…! やはりあいつは危険だ』

『何がどうなってんだよ!』


 ぐんぐんと離れていく地上世界。そして街を一望できる高さまで戻ってくると同時に、街全体を包むほどの巨大な魔方陣が起動する。

 巨大なスパークをまき散らしながら渦を作り上げ、中心となる噴水広場にぽっかりと黒い穴を作り上げた。

 中は虚無の闇。覗き込む物全てを飲み込むかのようなそこから、勢いよく突き出された巨大な腕。嵐を纏ったかのように翡翠の暴風で作られた何者かの腕だった。


『う、腕だよ! 街の中心から腕が…!』

『……! まずい、このままではここも…!』


 その腕はゆっくりと大きく振りかぶる。そして一体なにをしようとしているのか理解する。


『やめろ…! やめろぉぉぉぉ!!』


 それが大量の死を生みだし、止まりようがないと分かっていても叫ばずにはいられなかった。


『いいですか? よく聞いてください、アレン・ストライフ、ルイーナ・エレンチカ。今から貴方たちをここではない別の場所に転移で飛ばします…!』

『べ、別の場所ってどこなの!?』

『飛ばす場所はヨルド国! 伝承に語られる火なる国…! 貴方たちはそこで次の力の手がかりを探しなさい! 私もすぐに追いつきます』


 ブゥン…と魔方陣の起動する音。今見えている光景ではなく、俺たちの体の付近で起動した魔法陣の音だった。

 目を離せない。信じたくもない、見たくもない最悪の光景から俺は目を離せなかった。まるでそれを目に焼き付けることが俺の義務だと言わんばかりに悲劇は俺に囁いた。


『手掛かり!? 手がかりって何!?』

『詳しいことはその首飾りが教えてくれるでしょう! リベリオンの導きに従いなさい…!』


 ゴゴゴゴと響く地鳴り。これは遠見の魔法とやらによるものでも転移の魔法とやらによるものでもない。

 純粋な力の波動。それはつまり、あの巨大な腕によって引き起こされる力の波紋だ。


『立ち止まらずに…進みなさい、二人とも…!!』


 巨大な腕が振り下ろされるまさにその瞬間、凛とした声が響き渡った。


転移(ポータル)火の国(フラマ・フォースグランダム)ヨルドッ!!』


 途切れる空からの視界。体を襲う猛烈な力の圧力と、意識自体を揺さぶるような強い震動に急速に世界が遠くなっていく。

 ブラックアウトしていく世界に、俺の意識はぷっつりと繋がりを断ち切った。







 その日、驚くべき知らせが世界を走り、人々を震撼させることとなる。

 ヴィーゼ王国王都カノーネの壊滅、そして王と王位継承者である王子の行方の消失。事実上、ヴィーゼ王国は崩壊したと言ってもいいだろう。

 また未知の悪魔たちの出現。これから世界が荒れることは容易に想像できた。

 その知らせに人々は様々な反応を返す。


 ある者は痛ましい国の未来に憂いの顔を浮かべ…。

 ある者は自らの国に害を及ぼす者の出現に眉根を寄せ…。

 ある者は壊滅の知らせに口端を吊り上げ…。

 またある者は増える心労に深いため息を吐いた。


 世界はこれより喧騒と動乱に巻き込まれることとなる。

 その未来を知る者は誰もおらず、悪夢の時代の再来に人々は恐れ(おのの)いた。

 運命を導く鍵は少年に託された首飾り。天高くそびえる山々に見下ろされて眠る少年たちが、新たな段階(ステージ)へと導かれたことを知るのは今少し後の話である。







第1章 『流嵐の王都』編 Fin

これにて第1章「流嵐の王都」編完結です。

次回より第2章「紅焔破刃の継承者」編が始まります。


2017/1/10 後書きの予告の誤字を修正しました。

2018/10/14 タイトルを修正しました。


―――――――――――――――――


 リベリオンの守護者、リッカ・アルタールによって導かれた先は伝承に語られる、火なる国ヨルド。


 険しい山々が大半を覆う国土に暮らすのは、誇り高き種族――竜人。


 竜と共に生き、独自の文化を築き上げていた彼らを護るのは数百年前より存在する火神の加護。


 王になり、国を治める者に火神は絶大な力を与えるとされていた。


 そんな国で目を覚ました彼らが出会ったのは、一人の竜人。


 その出会いが新たな運命を呼び、彼らは更なる運命の歯車を回す。


 最早止められぬ者などおらぬ――悪夢の時は動き始めた。



次章「紅焔破刃の継承者」編 開幕

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