EP 21 死闘
では、お楽しみください。
大地を強く踏みしめる。鋼鎚と共に、奴を倒す覚悟は確かにこの手の中にある。
この鋼鎚にかかる魔法を俺は知らない。けどそんなことはどうでもいい。こいつは奴の恐ろしいあの一撃を無効化させる、それだけで十分に大きなアドバンテージだ。
黒馬を見据える。鋼鎚の周囲で巻き起こる風がふわりと前髪を撫でた。
咆哮を上げ、巨獣が跳ぶ。
重さを感じさせないほどの力強い跳躍。暴風を撒き散らし、どす黒い体躯が銃弾の如く空を舞う。
隕石みたいに降ってくる黒馬の凶悪な蹄を見据えて息を吸った。
大きく体を捻り、腕の筋肉にこれでもかというほど力を込める。早鐘を打つ心臓は猛烈な勢いで力を込める腕へと血液を送り始めた。
あの巨体、ただの一撃では打ちあう事すらも叶うまい。紙でも割くかのように、呆気無く腕はもっていかれる。
だがしかし――。
「えぇいりゃあぁぁぁッ!!」
咆哮とともに鋼鎚を振り上げた。弾けたバネのように開放された筋肉で鋼鎚を振り回す。
瞬間、何もかもを吹き飛ばす風が鎚頭の後方から吹き出した。
鎚頭は地面を削り、空気を爆裂させるその様はまるで獲物を狩る刃だ。その勢いは瞬時に頂点へと達し、落下する暴力と音速を超えた速度で激突する。
轟音と共に大地に巨大なクレーターが出来上がる。
可視化された翡翠の障壁が、破砕音を響かせながら粒子となって消えていく。
地を揺るがすような衝撃がびりびりと体の内を伝っていく。接触する面は眩く輝き、吹き荒れる風を放ち続ける。
果たして鋼鎚は奴の蹄と打ち合った。踏み出した足は一歩も引かず、前傾した体は微塵も倒れずブレてしまいそうな腕を叱咤する。
――これなら届く。この風を纏わせた鋼鎚なら、いくらでも勢いを増幅させられる。
だがその代償は重い。腕がぽっきりと折れてしまいそうな程の重量。
おまけに推進力を生む暴風から加わる力のせいで、腕の筋肉からみちみちと聞きたくもない音が聞こえてくる。
数秒後にでもこの腕が破裂して、ぐちゃぐちゃになってしまうんじゃないかという嫌な未来が頭を過ぎる。
だからって、ここで引く選択肢は俺にはない。
カノーネの街を護るためにも、敵わないと知りながらも俺と共に戦ったルイーナのためにも。
なにより悲鳴を上げ始めているのはこちらだけではない。
ギシギシと軋み始める黒馬の蹄。その危うさに気づいたか、黒馬は僅かに怯みを見せる。
見逃さず、ここぞとばかりに大きく鋼鎚を振り抜いた。砂塵がいっぱいに巻き上がる。
だが致命打は与えられていない。後退し、俺に勝利を譲らざるをえなかった黒馬は忌々しげにその赤い眼を光らせた。
後を追い、疾駆する。
再度リベリオンに魔力を込め、風を起こす。今度は駄目元で風に干渉し、その形を変えようと試みる。少しでもリーチを伸ばすことができればそれだけでも俺のとれる手は増える。
いくら風と言えどリベリオンを動かしている原動力は俺の魔力。コントロールは間違いなく俺に…。
バチンッ!!
「なっ……!?」
制御を弾かれ、鋼鎚の風が掻き消えた。翡翠の風に包まれていた鎚頭はむき出しに、光を放っていたリベリオンはその輝きを収め、緩やかに明滅し始める。
「なん、で……!」
浮上する疑問に、一瞬の内に頭は答えを導き出した。
そうだ、操作なんてできるわけがない。リベリオン自体を起動しているのは確かに俺の魔力だ。だが、現象を起こしている肝心の魔力は俺のものじゃない。この風の素は恐らく奴の魔力だ。
自分以外の魔力は取り込めないし操れない。垂れ流しにすることはできようが、緻密なコントロールはいかなる方法でも不可能だ。
リベリオンに魔力はまだ残っている。だが引き出せない。魔力をいくら通しても、云とも寸とも言いやしない。
――ならば仕方がない。持ちうる手段で奴を攻める。
『リジェネ』で動かなくなりそうな足の疲労を癒す。疾走する速度はそのままに、鈍色に光る鋼鎚を手に走り抜ける。
ゆらりと暗雲が揺らめいた。僅かに感じた違和感を頼りに横へと跳躍する。
次の瞬間、俺が走り抜けるはずだった場所を上方から背毛が鉤爪のごとく抉りつけた。いくつも飛来する鉤爪は迫る俺を八つ裂きにせんと空を裂く。
警戒すべくは上空だけではない。走りを阻むかのように正面に広がるそれは、まるで黒い壁が迫ってくるようだ。
「くっ……!! おぉぉッ!!」
上空の鉤爪を辛うじて避け切り、漆黒の壁に突入する。
鋭い刺突と風切り音。体を掠めていく鉤爪がたちまちの内に肉の表面を削っていく。『リジェネ』をかけ続けてなお、息を切らす程鋼鎚を上下左右に振り回して体を庇うも間に合わない。
致命傷だけを避けていくつもりがあっという間に防戦一方だ。
――それでも、前へ。
立ち止まれば死ぬ。一瞬でも進みを止めれば圧倒的な量に押し潰される。後退しても同じこと。押しつぶされる未来が数秒後に延びるだけ。
――だから、前へ。
「がっ……!!」
――数秒の後に体を貫き、削る未来が見えても前へ。
脇腹が焼けるように熱い。どくどくと生暖かい液体が流れる感覚は、覚悟できていても本能的な恐怖を呼び起こした。
痛い。死ぬほど痛い。蹲り、足を止めてしまいそうになる。見なくても分かる。身体の一部が吹き飛んだ。
掠るなんてかわいいものじゃない。文字通り、俺の脇腹の肉は一瞬の内に吹き飛び、抉れ、そして消え去った。
「あ……ぁ……ぁああああ!!」
足が竦んでしまわないように、それすらも意志と咆哮で跳ね飛ばす。
進みを止めろと囁く恐怖を無理やりに振り払う。漆黒の壁を抜け、蔑むように見下ろす黒馬に向けて鋼鎚を振り下ろした。
されど、返ってくるのは厚い壁を叩くようなあの感覚。
「障壁…!」
悔しさに歯ぎしりする。打ち付けた鋼鎚は黒馬に届くことなく絶対の障壁に阻まれた。
まただ。またあの壁に阻まれる。あとほんの少し、たった拳一つ分もない程の近い距離だ。
届かない。蹄を砕く一撃は届いたのに、今のこの一撃は届かない。
そんな馬鹿なことがあってたまるか。何故だ、何故この俺は奴の蹄を砕くことができた。
焦らずに考えろ。何が違う? 明らかに変わったのはリベリオンを使った後と前。そう、だったらそのことが必ず鍵になるはずだ。
瞬間、ある一つの可能性が脳裏を掠める。それはこの絶望的な戦闘に光を示していた。
「まさか…! そうか、つまりこいつは…!!」
ポケットからナイフを取り出し、奴に投げつけると同時に再び鋼鎚を振るう。それでもやはりその二つは別々に展開された障壁によって阻まれた。
黒馬から目を離すことなく跳躍し、距離を取る。奴にも遠距離攻撃があることは分かっているが、今は情報を整理する時間が一瞬でも欲しかった。
素の鋼鎚では黒馬への攻撃は障壁によって阻まれる。ナイフもまた同様だ。だが、リベリオンによって風を纏わせた鋼鎚は奴の障壁に防がれることなくその蹄を砕きかけた。
それは即ち―――風の障壁は同じく風の魔法によってかき消される。
そうだ、思い出せ。俺の攻撃を何度も障壁で防いだ奴は、一度たりともルイーナの攻撃を障壁で防いでいない。
同時に二つ、あるいはそれ以上障壁を展開できるはずの黒馬は、使えるはずのものを使わずに避け、自身の体で弾いていた。奴は障壁で防がなかったのではない、防げなかったのだ。
ルイーナの双剣は精霊の力で風の力が宿っている。それは奴の障壁を無効化し、その刃は黒馬まで届くだろう。だからこそ奴は障壁を使わなかった。その弱点を晒さないためにも。
この攻撃がもし奴に届くというのなら、ここで戦い攻め続けることも無意味じゃない…!
だが気になるのはリベリオン。先程の制御でリベリオンはうまく起動しない。
こいつが風の魔法を吐きだしてくれなければ、いくら突破法を思いついたところで撃破は難しい。どうにかしてこいつから風の魔法を引き出さないことには…。
思考する暇を与えまいと黒馬は嘶き、その角を唸らせ突進する。
ドドドと大地を揺らして走るその迫力や並大抵じゃない。
「ったく…! 考え事くらいゆっくりさせろってんだ!!」
奴から逃れるべく、その斜線上から飛び退いた。しかし、がっちりとホーミングするように奴はその走路を徐々に修正し始める。
角の切っ先はこちらを向いたまま、風を切るように馬鹿みたいな速度で突っ込んできた。
舌打ちする。素の鋼鎚じゃ防げないのは魔の森でとっくに確認済みだ。
意地でも避けるしかない。ここまできて根性論にすがらなきゃならないとは泣けてくる。
だがやるしかない。少しでも切っ先を逸らして離脱する。仮に失敗すれば串刺しにされてあの世行きなんて笑えない冗談だ。
奴の走路から逃れるように横へ横へと疾走した。
じくりじくりと腹が痛む。その痛みは時間をかけて体を蝕む毒のように、少しずつその自己主張を激しくし始めていた。
頼む、保ってくれよ俺の体。せめて今だけは、この戦いに…。
祈りながらいなしの構えを取る。横っ腹を突き上げる白銀の角を、鎚頭を擦るように逸らして俺は地面へと盛大に転がった。
だがしかし、その俺を追撃するように続けざまに黒馬は風を放つ。
白く輝く半月状。触れれば間違いなく命の保証はない。
咄嗟に立ち上がろうとした体を支えることなく、腕はかくんと力なく地面へ投げ出された。
突然の事態に思考が停止する。
あれを避けなければ死ぬ。そんなの考えなくても分かっている。けれど腕に力が入らない。
「あっ……」
倒れた体の下には血だまりができていた。
服はびっしょりと赤く染まり、脇腹に空いた穴からはだくだくと流れる血と朱色の肉が見える。
地に倒れてしまった原因。それは血の流し過ぎというあまりにも単純なもの。脳の危険信号すらも脳内麻薬で塗り替え、体を酷使し続けた当然の結末だった。
俺が転んだって風は、その進路を変えてなんてくれない。それが数秒後に自身の首を刈り取る未来が見え…。
震える手は咄嗟にリベリオンを翳してその風を受けた。無意識に突き出した腕を支えるように、反対の手は翳す手首に添えられている。
ガァン! と鋼がぶつかるような衝撃と強烈な閃光を残し、風はそれに吸い込まれるように消え去った。
同時に今まで沈黙していたリベリオンに魔力の流れが戻り始める。止まっていた心臓が動き出すように、リベリオンはその輝きを再び取り戻した。
風を受けてなお首と胴が繋がっていることを数秒かけて認識し、どっと噴出す汗と五月蝿いくらいに早鐘を打つ鼓動を感じた。
今のは運良く無意識に助けられた。けれど生き残ったことに感動している暇もない。鋼鎚を杖代わりに、立ち上がる。
リベリオンに魔力を込めれば再び風が巻き起こり鋼鎚に絡みついた。
依然として状況は不利なまま。精々が鋼鎚が元に戻ったくらいだ。
もう体も限界が近づいている。生命力は空っ穴、立っている足は貧血のせいでがくがくと震え、薄ぼんやりとする視界は気力でなんとか持ちこたえている。
そう長く戦闘は続けられない。頭を狙って黒馬の頭蓋を完全に潰しにかかる。奴だって頭を砕かれればいくら何でも死ぬはずだ。
今のこの鋼鎚なら届く。それさえできれば、間違いなく奴を葬り去れる。
だが一撃では届くまい。
奴の障壁を破壊し、そして頭蓋を粉々に砕くにはまだ足りない。
突破口を開くために更なるベットを要求しているのだ。
なんて賭博だ。ローリスクローリターンどころかハイリスクローリターン。奴の攻撃を掻い潜り、突破口を開こうが無事な保証がない。
空手だった手は胸にかかったリベリオンを強く握り締める。そこには奴から吸収した膨大な魔力が詰まっている。
――いや、考えたってやることは同じか。
結局思いつくのはいつもと同じことで、それしか能がないのかと我ながら苦笑する。
「本当に俺って"無能神官"がよく似合うこった」
誰にも聞かれない自虐を漏らし、黒馬めがけて走りだす。
チャンスは一度きりだ。これでこの戦いに決着を着ける。
奴だって黙っちゃいない。徹底的に葬るつもりか、硬質化した背毛の槍をいくつも作りあげ、それを矢のように無数に放ち始めた。
―――地を蹴る度に感覚が研ぎ澄まされていくのが分かる。死にかけの境地というやつか世界は徐々に遠くなる。見えるものは走る俺と迎え撃つ奴の姿だけ。
一発一発が必死。この死の嵐の中を疾風の如く駆け抜ける。
―――ぐっと体勢を縮め、リベリオンに魔力を込める。鋼鎚に絡みつく風はその勢いを増し、鮮やかな翡翠の燐光を迸らせる。
白銀の角が猛烈な勢いで煌めき始める。その眩さを示すかのように天高くその角を掲げた。
「ぁああァァァっ!!」
加速する。ありったけの魔力をリベリオンに注ぎ込んで地を駆ける。
鋼鎚を纏う風に背中を押されるように黒馬に肉薄する。リベリオンは俺の魔力を存分に喰らい、風を肥大化させ続けその姿を徐々に翡翠の大槌へと変え始めた。
激しさを増す闇色の槍の間を縫うように潜りぬけ―――
「風魔のォォ大槌ィィィィィ!!」
黒馬の尖角と翡翠の大槌が激突した。一瞬の静寂の後に、行き場を求めるエネルギーは同心円上に広がっていく。
再び黒馬の障壁はガラスが砕けるように消えていく。
互いに相手を飲み込まんと、激突した力達は獰猛に相手の力を侵食し始めた。
……そう、結局いくら考えを巡らせたって俺にできるのはこのくらいなのだ。
どんな奴が相手だったとしても、この鋼鎚で完膚なきまでに相手を叩き潰す。それが俺の戦い方なんだから。
しかし、尖角と大槌の鍔迫り合いの均衡は長くは保たず、徐々にこちら側へと押され始めた。
ガス欠の体に鞭打って魔力を生成させ、大槌の出力をめいっぱいにする。ぐるぐると世界が回り始める視界、急速に脱力していく体を意志だけでどうにか支え続ける。
けれどそんな状態が長く持つわけもない。体にかかる圧力はどんどんと増していく。
これだけ押されていても、俺の心はどうしてか微塵も萎える気配を見せていなかった。
それどころかどうにか押し返そうと腹の底から咆哮を上げた。
「オォォォォ!!」
力と力の純粋なぶつかり合い。気合だけで優勢図が変わる程単純でも簡単でもない。
しかし、俺の大槌が押す力は徐々にその大きさを増し、奴の尖角を押し返し始めていた。
俺にはもうそれだけの力は残ってなんていない。だが、事実として俺の大槌は奴との鍔迫り合いに僅かながら勝ち始めていた。
「なっ……!?」
「アレン…!!」
あるはずのない声を、俺は背中越しに聞く。
「そのまま…、押し返しちゃえぇ!! 風精!!」
それは間違いなく、気を失っていた彼女のものだ。
精霊による守護を受けていた。ほとんど魔力も体力も残ってなんていないはずだ。それでも、俺の勝利を信じ残り少ない力を託してくれた。その力を使って俺の後押しをしてくれている。
ああ、なんて頼もしい仲間なのだろう。きっと俺一人では辿りつけやしなかった。
きっと俺一人では得ることのできなかった勝利だ。
「あァァ―――!!!」
ぴしりと、僅かな破砕音が聞こえる。そして奴の、黒馬の表情に信じられないという感情を見た気がした。
白銀の輝きに僅かな陰りが生じた。そしてそれは徐々に蜘蛛の巣状に角全体に広がっていく。
「いっけぇぇぇぇぇ!!」
「くらえぇぇぇぇぇ!!」
ひび割れは止まらない。バキバキと歪みを生じさせながら、そして遂にその形を崩壊させた。
鍔迫り合いの相手を失くした大槌は、キラキラと光る尖角の破片と共に地面へと吸い込まれる。
まだだ! まだあと一撃!
慣性で落下する鎚頭を、無理やり左方へとぶん回す。
――ブチンッ! ブチブチッ!!
「あ…が…っ……!!」
何かの切れる音と共に激痛が頭へ伝わる。
やっぱり無事なわけがない。柄へと掌を添えるのすらやっとだ。
だが、心配は無用。最後の一撃は既に放たれた。俺はただそれを導くだけでいい。
翡翠色の残光を残し、ぐるんと大きく回る鎚頭。風をブースターとして放ち続けながら、その勢いのまま違うことなく黒馬の頭に吸い込まれる――!
「大衝撃ォォッ!!」
頭蓋を砕き、頚椎を折り、一瞬の断末魔すらかき消して大槌は黒馬の頭を地面にめり込ませた。
数秒、黒馬の体は痙攣した後に思い出したように地響きとともにその体を横たえた。
終わりは呆気無いものだった。
数秒待ってみても黒馬が起き上がることはなく、俺はそれを確認して天を仰ぎみた。
大槌は霧散し、中の鋼鎚だけが残される。風の残滓はキラキラと光りながら再びリベリオンへと吸収されていった。
ようやく、終わった……。
長く、絶望的な戦いは白星を得るという形で何とか終えることができた。その安心感からか今すぐにでもその場に倒れこんで休んでしまいたい衝動に駆られる。けれど、それをぐっとこらえて俺は後ろを振り向いた。
そこには全身治りかけの傷だらけで、疲れた笑顔を浮かべるルイーナの姿があった。今は、彼女の健闘を讃えてやらないと…。
「よう、お互い無事…ってわけでもなさそうだな」
「まあね、…とは言ってもだいぶ頼りっぱなしだったけど…」
「なに、ひとまずお互い生きてて何よりだ」
互いに笑い合う。生きていてよかったと、命を繋ぎ生き永らえたと笑う。
あの時もしも俺一人で残るという選択肢を取っていたら…、その先は想像は難くないだろう。
ふと空を仰ぎ見る。
空からも徐々に雲の姿が消え始め、青々とした空が見え始めた。その清々しさが俺に闘いの終わりを告げているようだった。
だが街の方ではまだ火の手が見える。完全に事態を収拾できたわけではなさそうだ。今すぐにでも行って戦わないと…。
あともう少し。それで終わる。
だけどたどり着けるだろうか…。今はここから街への距離ですら地の果てを目指すことのように感じられる。
そう思い、空から目を下ろし共に戦った戦友を…、
「アレン! 後ろ!!」
緊迫したルイーナの声に即座に反応できたのは奇跡としか言いようがなかった。
即座に前方へ身を投げ、止まる力もなくそのまま地面を転がった。
ようやく体が止まり、上下が反転した世界でそいつの姿を目に映し俺は正気を疑った。
「おいおい…、嘘だろ…」
そこには幽鬼のように姿が変わり果てたおどろおどろしい黒馬の姿があった。
首はあらぬ方向に曲がり、目があった場所は黒く窪み落ち、頭蓋骨が酷く斜めに変形している。あれじゃあもう脳はほとんど潰されている。
なにより驚くべくはその姿でありながら、生きてそこに存在していることだった。
「まさか…アンデッド!?」
「そんな馬鹿な! まだ真昼間だぞ! 太陽だって出始めてるのにアンデッドなわけが…」
ズゥン…。
ゆっくりとした地響き。たった一歩奴が前進しただけだ。それだけで思わず息を呑んだ。
奴が自分たちの知らない、何か酷くおぞましく不気味な何かだという認識が俺達の戦意を削いでいた。
何よりようやく終わったばかりだったのだ。そこでこの連戦だ。疲労はとっくにピークを超えてるし俺もルイーナも戦えるような体じゃない。
逃げるしかない。こいつに勝てるビジョンが思い浮かばない。
こいつは間違いなく――
「本物の……バケモノだ…」
足が震える。これは貧血のせいだけじゃない。疲労のせいだけでもない。
間違いなく俺はこいつを恐れている。正体不明のこいつを俺は恐怖しているのだ。
「……ルイーナ、走れるか?」
「はは…、ごめん。結構無理かも?」
「やれやれ、そりゃ笑えない冗談だな…」
退却は不可能。だからって素直に負けて死ぬのも却下。
だったらもう取れる選択肢は一つしかない。
悲鳴を上げる体に鞭打って鋼鎚を…構えることはできなかった。それどころか立ち上がることすら困難だ。腕はだらりと下がったまま上がらない。身体はもう動けないのだと訴えていた。
これでは最悪、相打ちに持ち込むことすら危うい。せめてどうにかしてルイーナだけでも…。
萎えそうになる戦意を無理やり奮え立たせようとしたまさにその時、地面から生えた六本の黒い長鎗が黒馬を串刺しにした。
「なっ…!」
黒馬は長鎗を見るなり、その呪縛から逃れるためか急に暴れ始めた。
されどその体は串刺しにされたままで逃げることは叶わない。
「とっとと堕ちなさい、嵐馬――『消滅の魔鎗』」
どこか聞き覚えのある少女の声を聞いたと同時に黒馬は一層太い長鎗で胴体を貫かれた。
黒馬はガラスを擦るような耳障りな断末魔を残して、翡翠の粒子にその姿を変える。そしてその光はリベリオンへと注ぎ込まれ、完全に吸収してしまった。
「な、何が……」
ざっ…と土を踏む音。今まで黒馬の立っていた場所に新たな人物が姿を見せた。
肩の辺りで切りそろえられた茶髪に、ピンで留められた前髪。その人物は白と青を基調とした鎧を身に纏い、150はある彼女の身長を優に超えようかという大きさの大鎌を軽々ともっている。
そしてパタパタとスカートを手で払い、少女は眉根を寄せて俺達を睥睨した。
俺はどこかその姿に既視感を感じていた。
「よくやった、とでも言っておきましょうか、アレン・ストライフ」
低く、威圧感を感じさせる声。名も知らぬ少女は短くそう言うのだった。
もうじき序章終了です。
11/6 誤字を訂正しました
2018/10/14 タイトルを修正しました。