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鋼鎚使いの無能神官  作者: しらぬい
第1章 流嵐の王都編
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EP 18 英雄の真似事

大変長らくお待たせいたしました。それではお楽しみくださいませ




 それは形を持たないモノでありながら、圧倒的な力の塊だった。

 風なんて普通は目に見えるものじゃない。しかしその風は、その存在を知らしめるがごとく白い輝きを(ほとばし)らせ、あらゆるものを薙ぎ払った。その射線上には文字通り何一つとして残らず。かくしてその暴風は、強固に築き上げていたカノーネの城壁の一角を完膚なきまでに破壊した。

 街を守っていた城壁はその区画だけ完全に消え失せ、街からは火の手と思しき光が曇天の空を照らしている。


 息を呑んだ。あれはどうにもならない、そう思わされるほどの威力だ。

 気を逸らすためにあれの前に躍り出ようとすることがどれほど愚かな行為か、これを目にした誰もが理解するだろう。俺一人があれの前に出たところで粉微塵に吹き飛んでいたに違いない。

 けれど、それを撃たせてしまったのは目の前にいながら足が竦んだ俺の責任だ。まともに効きもしない鉄塊を振り回したところで暴風を放つことは止められなかっただろうが、少しでもその矛先を逸らすことはできたかもしれない。


 ――あれで一体どれだけの人間が死んだ。


 考えるだけでもゾッとする。カノーネ南区はその大半が居住区。あの直撃で多くの人間が死んだはずだ。

 いくら葛藤したところで過去は変わらない。だからこそ悔やまずにはいられなかった。


「そんな…、カノーネの城壁が崩れるなんて…。この百年一度だって崩されたことないのに…」


 目を見張るルイーナ。ありえない、と彼女は呟く。

 未だ城壁の崩壊は続いている。その驚愕はいかほどのものか。彼女も俺も目の前の光景に呆然と立ち尽くす他ない。

 そんな俺たちのことは露知らず、黒馬はゆっくりと王都へと歩みを始めた。


「……ッ! 行かせるかよ!!」


 鋼鎚の柄を握り、それを大きく振りかぶる。


「うぉぉぉぉ!!」


 抑えきれない恐怖は微かな手の震えとして武器に伝わる。

 型も何もない。ただ力任せの一撃。震えを認めまいとして無理矢理に叫びをあげる。

 酷い振り方だ。師匠が見たなら呆れて口も塞がるまい。雄叫(おたけ)びを上げて繰り出すそれは、不完全な一撃ながらも黒馬の横っ腹に叩き込まれた。


 黒馬に効果はない。その一撃は風の障壁に吸収されダメージが通っている様子は全くない。黒馬は歩みを止めず、俺のことなど歯牙にもかけやしない。

 まるで分厚い壁でも殴っているようだ。叩いたこちらがその反動で鋼鎚を取り落としそうになる。


「クソッ!! もう一発…!」


 腹に力を入れて、もう一度大きく振りかぶる。ギチギチとしなる筋肉に叱咤(しった)して今度は奴の後足に一発を叩き込む。

 いくら頑丈であろうと足をやられれば無関心ではいられまい…!

 狙いを定め、今度は外さないとその後脚を凝視する。


「待って、アレン!!」


 突如としてかかる制止の声。一瞬制止した俺の隙を見逃すはずもなく、俺の足元にいくつもの影が落ちていく。


風精(シルフェン)!!」


 突如として発生した風の壁に押されるように、俺の体は後方へと吹き飛ばされた。その直後、上から落ちてくる何かで地面が(えぐ)れ、(めく)りあがる。

 獲物を逃したそれはずずず…、と口惜しそうに形を崩していった。


「なっ……!!」


 地面の抉れ様は凄まじいものだった。槍のような鋭いもので思い切りあけた様な穴。そして、その周囲に小規模だが地割れが起きている。

 だが、驚愕すべくはそれをもたらしたのが黒馬の背になびいていた雲のような毛だった。

 目標を逃したそれは、(ほど)けるように形を失い、再び黒馬の背の上で風になびき始める。


「アレン、無茶しないで!」

「すまん、ルイーナ。助かった」


 ルイーナも戦闘態勢を整え、庇うように俺の前に立ち、双剣を構えている。だがその足は震え、唇は何かに耐えるようにキュッと引き結ばれている。

 地面の抉れ方を見るに、余程硬質化されたものだったようだ。太く、それでいて威力が分散しないほど鋭く…。こうも奇天烈なことが続けば、思わずおかしな笑いも出そうになる。風の障壁に、城壁が崩壊するほどの暴風、おまけに硬質化する毛ときた。つくづく常識離れした存在だと身震いさせられる。


 黒馬はちらとこちらに顔を向けると、無事な俺の姿を見て低く唸りを上げた。

 野郎、俺のことを無視してたわけじゃなかったのか。


「あいつ、俺たちのことは意識にないわけじゃなかったみたいだな」

「アレンの一撃が響いたってこと?」

「いや…。どちらかと言えば、自分の周りをウザったく飛び回る羽虫だと思ってるんじゃないか?」


 黒馬はこちらを見たまま動かない。余裕を気取っているのか? あるいはこちらの隙を窺い、観察しているのか…。


 一つ、息を吐く。

 王都に被害を受けたが、今防衛の対応もしているはずだ。師匠やヴェルナだって残ってる。今は向こうを信じよう。

 焦りを感じていた頭を落ち着け、自身の状態を確認する。


 体に目立った外傷はなし、魔力にもまだ余裕がある。疲労は『リジェネ』が続いている限りは大丈夫なはずだ。もっとも、それがいつまで保つかは分かったもんじゃないが…。

 ポーションは回復用が2本に、魔力用が3本。こいつとやり合うには心もとが無さすぎる。ナイフが数本と解毒薬があるが、こいつらは特に何の役にも立ちはしないだろう。


 正常な冒険者ならもうこの時点で撤退命令を出している。どう考えたって敵うわけがないのだから、命を無駄に捨てる必要もないだろう。

 だが、そうするわけにはいかない。俺たちが撤退をするということは、即ちこの黒馬の進撃を許すことになる。恐らく、奴が向かう先は王都。先程の一撃で混乱している街を襲われでもしたら、なすがままに町の人たちは殺されてしまうだろう。


 撤退して進撃を許すか。それとも、ここで武器をとり死ぬか。

 なんて馬鹿げた選択肢だ。冒険者はいつだって辛い2択を迫られるが、今回は格別だ。


「けど…、こんな馬鹿げた状況でもどうにかするのが冒険者って奴だよな…!」


 ならば、俺の取るべき選択肢はそのどちらでもない。ここで立ち向かい、何とかしてこいつを撃破する。最悪、撃退できるのならそれでいい。

 たとえ死んだとしても、街にいる人たちが死んでしまうよりはよっぽどマシだ。

 街には師匠たちもいるんだ。尚更俺がしっぽを巻いて逃げることはできない。



 けど、ルイーナは別だ。

 彼女を俺のわがままに付き合わせるわけにはいかない。むざむざ死ぬかもしれないと分かっている戦いに巻き込むことはできない。


「ルイーナ、お前は街へ走れ」


 彼女は勢いよく振り返り、信じられないとでも言いたそうに唇をゆがめる。


「俺が隙を作る。その間にお前は街へ走って応援を…」

「馬鹿言わないでよ!! 私にまたアレンを見殺しにしろって言うの!?」


 ガッと胸倉が掴まれる。彼女の瞳は怒りに燃え、悲痛な声を出すその口は小刻みに震えていた。


「違う、そうじゃないルイーナ。街から応援を呼んで来ればこいつを倒せるかもしれない、俺はそう言いたいだけだ」

「でもそれってアレンがここに残って囮になるってことじゃない! 死んじゃうかもしれないのよ!?」

「けど、他に方法がないだろう! 二人で王都へ撤退すればこいつは間違いなく王都へ進撃する。そうなれば、準備の整わないまま、街の人間がこいつと闘うことになるんだぞ!」

「だったら、二人で戦うって選択肢をなんで考えないのよ!!」


 ガツンと頭に衝撃を受けた。比喩ではなく、物理的に。

 視界がちかちかしてうっすら星が飛んでいるように見える。額には鈍い痛みが走り、思わず手の平で覆う。

 一体何が起きたと、ふらつく視界で彼女のでこが赤くなっているのを見た。心なしか、煙が上がっている気もする。

 ああ、こんな敵の目前で仲間に頭突きを喰らわす馬鹿がいるか。


「私だって死ぬのは怖い。でも、仲間を見捨てて自分だけが助かるのはもっと嫌! 仲間なんだから私にもドンと任せて、一緒に戦うくらいさせなさいよ!! そりゃ実力はアレンに劣るかもしれないけど、支えることくらいできるんだから、私を見くびらないで!!!」


 そこまで言いきって彼女は胸倉の手を解き、くるりと敵に向き直った。


「アレンがなんと言おうと、一緒に戦うからね! それに、私が一人で王都に向かったところで確固撃破されるのが関の山なんだから」


 …ここまで彼女が激昂したのは初めて見た。それもはっきりと怒りを露わにして。

 彼女の背中に最早震えはない。あるのはたとえどんなに強大でも敵に立ち向かうという確固たる信念。いや、それは意地なのかもしれない。俺は今、彼女の背中に強い意志を感じていた。

 これはもうどんな言葉を重ねても彼女はここから動こうとしないはずだ。いや、もうそんな必要もない。


 一人の戦士として戦える彼女を無意識に未熟扱いして、この場から遠ざけようとしていたのはこの俺に他ならない。

 それは自分が助かるために仲間を見捨てることを強要されることに等しい。それは、彼女には我慢ならないことだった。

 当たり前だ。仲間がピンチならば、誰だってその仲間を助けるために全力をかける。俺が彼女を助けるため、一人でここに残ろうとしたように。

 …俺は彼女の意志を、尊厳を(いたずら)に傷つけようとしていただけだったんだ。


 ギッと黒馬を見据える。覚悟は決まったかと、あざ笑うように首を一振りさせる。 

 ああ、決まったよこの野郎。俺も腹をくくってやる。


「…ルイーナ」

「なによ」

「すまない、お前の力を貸してくれるか?」


 俺の言葉にルイーナはニヤリと口の端を吊り上げた。


「当たり前だよ! 私の力、存分に使っちゃってよね!」

「了解! そんじゃあ、戦闘再開と行きましょうかね!」


 互いに武器を構え直し、気合を入れる。

 大丈夫だ、この戦いにはきっと負けない。だって、頼もしい仲間が今の俺にはいるのだから。

 だが、奴に勝つためにはどうにかして体に攻撃を当てる方法を、あの風の障壁を突破する探さなくてはならない。それがこの戦いに勝つための必須条件だ。


 黒馬はこちらを敵と認めるようにゆらりと体の向きを変えた。重苦しいプレッシャーが吹き狂う風と共に俺たちに叩き付けられる。

 今度は体を煽られるような無様な姿は見せはしない。しっかりと大地を踏みしめ、それに抗った。

 白銀の角がバチン!バチン!と発光を始める。向こうも臨戦態勢を整え、その背毛がざわざわと揺らぎ始めた。

 かかってこい、と奴は全身で物語っていた。そして、たとえ誰であろうと自分を突破することはできぬ、と絶対の自信に満ち溢れている。


 すぅと息を吸う。

 この世にものに完全な物がないように、どんなものにも必ずどこかに穴がある。

 見ていろ、意地でもそれを見つけ出してやる!!

 俺の手は、決意の固さを表すかのように硬く柄を握っていた。

皆様、お久しぶりです。

諸事情により休止していましたが、更新の再開をしようと思います。

更新頻度は以前に比べて落ちますが、よろしくお願いします。

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