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鋼鎚使いの無能神官  作者: しらぬい
第1章 流嵐の王都編
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prolog カクシテセカイハメグル



 いつだって世界というのは理不尽だ。

 求めているものはいくら手を伸ばしても手に入らず、この手から零れてゆく。

 何も…、何も私の手には残らない。

 私を拾ってくれた暖かな手も、この手を掴んでくれた誰かの手も、するりと離れていった。


 待って! 置いて行かないで!


 必死に叫んでも、彼らは可哀そうにこちらを振り返るだけ。

 追いかけども追いかけども、その背中は遠くなる。そのまま私の前から消えていった。


 どうして? どうしてなの?


 いくら問うても答えはなく、ただ濁りが心の底に溜まっていく。

 ぱしゃりと音がした。気づけば私は倒れ込んでいて暗い闇を見上げていた。どこまでも深く吸い込まれそうな黒。

 ふと手を見ればいつの間にか私の体は闇の中へ消えていた。


 瞼を閉じる。ずぶりと鈍い音がして私の体は何かに包まれた。

 沈んでゆく、沈んでゆく。深く暗い闇の中へ落ちてゆく。僅かな浮遊感とざわめきを感じながら私はやがて意識を手放した。



§



 神官(プリースト)、というものをご存じだろうか?

 そう、魔物と戦う味方の後方にいて、聖属性魔法や回復魔法とかを使って味方をサポートする職業だ。

 傷の治療から解毒に解呪、高位の神官ともなれば損失部位の再生なんかもお手の物な縁の下の力持ち。冒険をするパーティに絶対一人は欲しい人材である。

 それはどこの世界でも同じことで、冒険者からも教会からも、あちらこちらから引っ張りだこになる。


 若く、未熟な神官を、未来への投資としてパーティに誘う冒険者は少なくない。高位の神官はそもそも人材が少ないので、引き入れること自体が困難なのである。たとえ未熟な神官であったとしても、一緒に戦う中で実力を付けさせれば立派な戦力に早変わりだ。

 とはいえ多くの若者に大人気の神官であるが、無論誰もがなれるわけではない。

 神官になれる適正の基準は基本的に二つ。


 ―― 一つ、一つでも回復魔法が使うことができ、魔力を豊富に有していること。

 ―― 二つ、魔力の操作に長けていること。


 神への信仰心が条件になるところもあるが、それは今回は割愛する。

 たった二つの基準だが、まず一つ目の時点で多くの人間がふるい落とされる。

 人にはそれぞれ魔法適正というものがあり、大半が回復魔法に対して適正がない。つまり、回復魔法を使えないのだ。

 回復魔法が使えるのはごく少数の人間であり、これが神官の人材が少ない原因でもある。回復魔法の使えない神官なんてルーの入ってないカレーみたいなもんである。なにそれただの野菜煮込み?


 また、適正があることがすぐに回復魔法を使えることに繋がっているわけではない。適正はあくまでその魔法を使うことができますよというだけで、実際使うとなれば魔法の練習や勉学に励む必要がある。それでやっと魔法を覚えたとしても持ってる魔力が少なければ魔法を使えず、今までの努力は水の泡。骨折り損のくたびれもうけとはまさにこのことである。

 魔力を増やすならぶっ倒れるまで魔法を使い続けるか、元々持っている魔力が多くなるように祈りながら生まれてくる他ない。もっとも、前者の場合は元々持っている魔力量で伸びる量も変わるので期待できる程のものではない。

 そうやって一つ目の関門を越えれば、次は二つ目の関門が待ち受けている。


 患部の細胞の再生を魔力で促進させて治療を行うというのが回復魔法の仕組み故に、非常に繊細な魔力の操作を要求される。患部に流し込む魔力が多すぎても少なすぎても回復魔法は失敗する。不発に終わるだけならいいが、下手をすれば3本目の腕が生えてくるということもあるので慎重に行う必要があるのだ。

 とはいえ、一つ目の関門を越えている時点で大体の人が魔力操作には長けているのでほとんどがここはスルーできる。


 二つの関門を乗り越え、見事神官となった暁には皆に大人気の引っ張りだこ人生が待っている。うまくいけば栄誉も得ることができるだろう。神官は結構なエリートコースなのである。


 しかし、歴代神官の中でも一人だけ例外が存在している。

 ぼさぼさのくせっ毛の黒髪、実年齢21歳にも関わらず18歳に間違われる童顔、それでいてどこかパッとしない地味な印象を与える雰囲気。ローブを(まと)っているせいで体つきは見えないが、常人よりも肩幅は少し広く、その手はごつごつとしている。その例外は鏡の前で口を一文字に結びながら、眉根を寄せて鏡の中の青年を睨んでいた。


「……やっぱ似合わねえなぁ」


 アレン・ストライフと刺繍されたローブを取りながら俺はため息を吐く。

 脱いだローブを適当にベッドに放ろうとして、ぴたりと動きを止める。このまま放ると口うるさい同居人からまた説教を受けてしまう。

 やれやれと思いながら服掛けに引っかけ改めて鏡を見る。


 ――神官でありながらたった一つの回復魔法しか使えない男。


 人はそんな俺のことを“無能神官(できそこない)”と呼ぶのである。

2015/09/05 タイトルを直しました。

2018/10/14 タイトルを修正しました。

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