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鋼鎚使いの無能神官  作者: しらぬい
第1章 流嵐の王都編
18/45

EP 16 風の如き剣の舞

2018/5/20 文章を改稿しました。物語に影響があるのはこの部分です。

紋を支えるように一本の線が下に奔っている

→紋から下に揺らめいて一本線が奔る。


2018/10/14 タイトルを修正しました。



 王都カノーネの南門を超え、ルイーナを引き連れて来たるはアレンシア平原南区。

 緩やかな起伏と緑の草原の広がる大平原である。ここから南へ行けば魔の森へ辿り着く。そこから更に南へと進めばいくつかの小国を超えた先に、創造神の一角、女神ハーレーを崇める女神信仰を主教とするハーレーン聖国がある。


 アレンシア平原南区の南東には世界的に見ても大規模な農場地帯が広がっており、麦や野菜をはじめとする様々な作物が育てられている。秋になれば王都カノーネの城壁から美しい金色の草原を見ることができるだろう。

 また、西には大規模な峡谷が西区と南区を分断するように地を走り、南区を横断する川が峡谷へと滝になって流れ込んでいる。その規模たるや他に類を見ない程の迫力である。近くによればその圧倒的な存在感に飲まれることは間違いない。そしてその峡谷にかかる橋が一つ。ドロシーア大橋である。


 ドロシーア大橋はアレンシア平原の南区と西区を繋ぐ唯一の橋であり、ここ以外には王都カノーネの中を通る他は無い。建造されてからはや数十年が経ち、未だ劣化を知らないそれはアレンシア平原を繋ぐために悠然と横たわっている。通行に必要なことも簡単な身分証明だけなので気軽に利用できる。


「相変わらずのどかだね、ここは…」


 小さく呟きながら彼女は俺の隣に並んだ。その瞳は優しく、ふわりと風がブロンドの髪を(すく)う。

 ……エルフってのは誰も彼も端正な顔立ちをしてるのは知ってるが、今日の彼女はいつも以上に自信に満ちているような気がした。

 彼女は俺の視線に気づくと、クスリと笑ってどうかした? と視線で訊ね返した。

 どことなくいたたまれなくなった俺はふいっと視線を逸らして平原を眺める。時々ぴょんと草むらの影から動物が飛び出してくるのを除けば、今のところは敵影は見られない。確かにのどかといえばのどかだろう。


「なんでもないさ。ただ、これからそういうわけにもいかない、と思ってな」


 自分の気まずさを誤魔化すため、ぶっきらぼうにそう言ってやる。その言葉に彼女はニヤリと口角を上げた。


「そっか、なら早く行こうよ。この辺の魔物あらかた片づけないといけないんだから、時間はいくらあっても足りないよ」


 まったくもって彼女の言う通りだ。

 今回の依頼はカノーネ南門付近の魔物の掃討。特に元々数の多いゴブリンやコボルトといった亜人系の魔物が多く発生しているらしく、根こそぎ倒すのであれば時間はあればあるほどいい。


 軽く腰のポーチを確認する。回復用のポーションはある、魔力回復用も言わずもがな。ナイフ数刀に念のための解毒薬。何かあった時のためのメモ帳。これだけあればまず心配はないはずだ。

 彼女に軽く頷き、了承の意を伝えて歩き出す。

 まずは西だ。辺りの警戒もそこそこに俺たちは峡谷側へと歩みを進めるのだった。




§




 整備された正規の道からは少し外れ、旅人達によって踏み固められた道を辿って俺たちは大滝の手前まで辿り着いた。依然、敵影はなく、本当にこの辺りに魔物がいたのか少し首を傾げたいところである。

 隣のルイーナは警戒こそ怠っていないものの、のんきに鼻歌を歌っている。


 ふわりと暖かい風が吹いた。

 草原を吹き行くその風は、青い草の香りを運んでくる。

 太陽の恵みを受けてすくすくと育つ草木はゆらゆらと風に揺れ、その花弁を風へと託す。それはここじゃないどこか遠い場所を望んでいるように見えて、ふと視線を留めてしまっていた。


 ぴくりとルイーナの肩が震える。彼女の引き締めた顔はある一帯へ向けられた。


「やれやれ、ようやくおでましか」


 柄を握り、気配を探る。

 感覚を研ぎ澄まさずとも、それはすぐに見つかった。


 醜悪な顔面の緑の小人。右手には酒瓶サイズの棍棒を持ち、薄汚れた皮を下半身に巻きつけている。その皮からは腐った肉のごとき異臭が風にのって漂う。

 前腕は上腕に比べて異様に太く、ぽっこりと出た腹と百四十程度しかない異常なまでに低い身長がその歪さに拍車をかけていた。

 ぎょろりと血走った黄色い目は何かに怯えるように上下左右に忙しなく動く。


「ゴブリン……」


 Dランク相当の下級の魔物だ。こいつ自体の戦闘力は低く、ビギナーの冒険者でも対応さえ分かれば討伐は簡単な部類だ。

 だが侮ることなかれ、奴らの脅威とは単体の戦力ではない。奴らの脅威とは即ち――。


「……厄介だな、ざっと目視しただけでも十はいるぞ」


 数による物量戦である。

 立ち向かう冒険者とて人間。いくら実力に差があろうが、怒涛に押し寄せるそれには苦戦を()いられる。

 そう、奴らの恐ろしさとは個にあらず。薙ぎ倒そうが切り捨てようが、闘争本能のみで迫りくる群れの波こそが奴らの恐ろしさである。


「――――――」


 すらりと腰の剣を抜く。薄い刀身は小さくりぃん、と震えた。

 彼女は僅かにこちらに視線を向け、低く体を屈める。その瞳は獲物を狩る獅子のごとく、燃えるような闘志が揺らめいていた。

 合図はない。否、交わす必要もない。

 なぜなら、俺も彼女も既に互いを把握している。いつ彼女が飛び出そうが、俺にはタイミングを合わせられる自信がある。


 ゴブリンの一匹が高く棍棒を振り上げる。

 ルイーナは目を細め、さらに腰を低く落とす。

 耳障りな鳴き声を上げ、その棍棒を振り下ろそうとしたその瞬間。


「―――――ッ!!」


 弩から飛び出す矢の如く、僅かな(きら)めきを残して突風が吹き荒れた。

 同時に地を蹴る。されど俺は彼女に追い付く事はなく、俺の前を行くルイーナに舌を巻いた。

 ルイーナの速度は俺の遥か上を行く。風が彼女の背中を押すように彼女は加速を重ね――。


「――――ヤッ!!」


 二つの銀閃がひらめいた。

 棍棒を掲げていたゴブリンの頭と体はあっけなく泣き別れになる。

 その首は宙高く血飛沫(ちしぶき)を撒き散らしながら飛んでいく。


 他の個体が気づいた時には遅かった。

 彼女の剣は既に二匹の首を捕えており、交差する剣閃が容赦なくその首を切断する。仲間の死にゴブリン達は金属が擦れるような金切り声を上げた。


 風のように翻る体。

 稲妻となって炸裂する閃光。

 嵐のごとく暴れ回る彼女は、さながら死の舞踏曲(ワルツ)を踊る死神のようだった。


 今この場において、強者と弱者ははっきりと別れてしまった。そしてその弱者が自分たちなのだとゴブリン達はいつ気づくのだろう。


 腕に力を漲らせ、ルイーナを見ているゴブリンに鋼鎚を横殴りに叩き付ける。

 骨の折れる感触。それが違う驚異によってもたらされたものだと理解する間もなく、目の前のゴブリンは絶命した。


「せいッ!!」


 そのまま纏めて数体、呆気にとられるゴブリン達を巻き込んで粉砕する。

 はじめは十はいたゴブリン達もたちまちの内にその数を数匹にまで減らしていた。


「ギィァャァッ――!!」


 緑の額に血管の筋が浮き出した。怒りのあまり我を忘れて、ゴブリン達はその手に持つ棍棒を振り回して突撃する。

 だが、それはあまりにも愚かだ。


「――――シッ!!」


 超人的な速度でひらめく刃。

 一閃目は空と地を別ける如く水平に、二閃目は追従するように袈裟に描かれた。

 それは断末魔の声をあげることすら許さず、突撃するゴブリン達をあっという間に物言わぬ死骸へと変えた。


 この間、僅か十秒。

 勝敗は決せられ、勝者たるルイーナはピッと剣を払って鞘へと納めた。


「ふぅっ……」


 一息つく彼女には全く血が付いていない。彼女は片手でうっすらとかいた額の汗を拭っていた。


「相変わらずの速さだな。俺じゃなくてほとんどお前がやっちまってる」


 呆れるように言うと、彼女はペロッと舌を出して俺の言葉を躱した。

 鋼鎚を軽く振るい、背中に担ぎなおした。少し肩を動かすとちょうどいい位置にしっくり納まった。

 ふわりと風が吹く。風は南から王都の方へと流れ込んでいるようで舐めるように草原を吹き抜けていく。


 さて剥ぎ取りをしようと死骸を見れば、奇妙な顔つきで死骸を覗き込むルイーナの姿があった。


「…………」


 その顔つきは真剣そのもの。だが見ている位置が悪い。彼女はちょうど頭のなくなったゴブリンの腰履き辺りを眺めていた。

 しばし眺めていると、俺の沈黙に気付いたのかはたと俺と目があった。

 何とも言えない俺の顔から何かを察したのか、きょとんとしていた彼女の顔が熟れた果実の如く真っ赤に染まる。


「あ、や、ちょ、違うからね! 私はただ観察してただけで」

「…………」

「ちょっと! 何か言ってよ!」


 さてどうしたものか。

 ルイーナは顔を真っ赤にして矢継ぎ早に言葉を並べる。やれそういうんじゃないだの、やれ別のところを見てただけでだの身振り手振りも交えて必死に説明した挙句、彼女は俺の胸倉を掴んで真っ赤な顔をぐいと近づけた。とりあえず彼女が必死なのは分かる。


「ふーっ…! ふーっ…!」

「あー、その…、なんだ。ひとまず魔物には興味ないんだな?」

「あったり前でしょう!!」


 身の危険を察知し、即座に首を横へ倒す。次の瞬間、俺の頭があった場所を衝撃波が通り過ぎていった。

 ひゅん、と風を切るような音が耳に残っている。それが彼女から繰り出された拳なのだと分かると、俺の背にどっと冷や汗が流れた。

 興奮する彼女はきりきりと腕を引き、第二発目を放とうとしていた。


「次は当てる…」


 しかも殺す気まんまんである。

 い、いかん、このままでは魔物じゃなくて仲間に殺される! それも痴話喧嘩とか言う下らない理由で!


「ス、ストップ! すまん、俺の勘違いだった! だから頼むからその拳をおさめてくれ!」


 引き攣る口に何とか言うことを聞かせて心の底から叫んだ。

 しゅこー…、しゅこー…と最早機械のような息を吐いていた彼女はしばし目を閉じてふぅと息を吐いた。


「……分かってくれればいいよ。私も熱くなりすぎた、ごめん」


 何とか彼女の機嫌を損ねずにすんようである。彼女から解放されて安堵の息を吐いた。


「それで…、死骸なんか見て一体何してたんだ? こいつらの討伐証明部位は尖ってる耳なんだからそっちは見なくてもいいだろうに」

「ん、ちょっと気になるところがあってね」


 彼女はちょいちょいと俺を手招きすると、その手でゴブリンのへそにある何かを指さした。


「……なんだ、これ?」

「ね? 変でしょ?」


 そこには何か奇妙な紋が描いてあった。

 中心には小さな螺旋。そしてそれを覆うようにお椀型の線がかぶさっている。

 左右には羽根らしき細くうねった線が纏わりつき、紋から下に揺らめいて一本線が(はし)る。


 どうやらその紋はこのゴブリンだけではないらしく、他のゴブリンにも同じ場所に刻まれていた。


「妙だな、揃って同じ場所に同じ紋…」

「何か意味があるのかな…?」


 魔物が描いたにしてはやけに高度に描かれた紋様だ。ゴブリン程度の知能だとここまで綺麗な螺旋は描けないし、他の何かによる仕業と考えるべきだろう。

 しかし、何かが引っかかる。何故こんなものを…。


「そういえば…!」


 そうだ、紋様といえばヴェルナが言っていたじゃないか。


『どの魔物にも奇妙な紋があったねぇ。君が知りたいことかどうかは知らないけど、一応伝えておくよ』


 ヴェルナが狩ったAクラス相当の魔物にも紋が刻まれていると言っていた。その紋がこれと同じものである確率は高い。そうなれば、これを刻んだ何者かは、少なくともAクラス相当の魔物よりも高い実力を持っているということになる。

 その想像に及んだ途端、うすら寒いものが背中を走った。

 Aクラス相当以上といえば、それはもう想像を超える未知の何かだ。それが魔物であっても、人であってもそら恐ろしいものであることに違いはない。


 ふわりと風が吹く。それは生暖かく、心の底でちろちろと燃える不安の火種を勢いづけるようだった。


「今日はやけに風が吹くね…」


 ぽつりとルイーナが呟いた。

 俺はそれに「ああ…」と短く応え、ひとまずポーチに入れていたメモ帳を取り出し、その紋様をなるべく似せて描いた。後でヴェルナや師匠に伝えておいた方が良いのかもしれない。


「ひとまず剥ぎ取りを済ませてしまおう。まだ依頼は続いている」

「――そうだね、私もそれに賛成」


 二人でさっと剥ぎ取りを済ませる。討伐証明部位は尖った耳の片方だけあればいいので、作業もさくさく終わる。その数しめて十二個。まぁまぁの戦果といったところである。

 剥ぎ取りを終えた後は、さくっと穴を掘って魔物を埋める。これは死臭で他の魔物を呼ぶのを防いだり、死体からの伝染病を防ぐ意味合いがある。


「次は東だね」


 魔物を埋め終えたルイーナが皮袋の口を縛り、それを腰に提げる。

 ひとまず周囲を見渡して敵影がない以上、移動するべきだろう。行く先は、ルイーナの言う通り、東である。


「ああ、だが途中の敵は見落とすなよ?」


 風に急かされるように俺たちは東へ向かう。

 背後より流れてくる風はどこか血生臭く、空を流れる雲は俺たちを追い越すように空の向こうへと流れていった。

すみません、遅れて土日に投稿が間に合いませんでした。

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